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3.三度目の正直を希望します
「宰相補佐様……ですか?」
「難しく考えなくても大丈夫だ。それなりの役職に就いているといっても爵位は同じ伯爵家だから気後れしないだろう?」
「…………」
最初にその話を聞いた時尻込みをして断りたいと思った。そんなにすごい人と自分の幸せな結婚生活が想像できない。それに若くして宰相補佐をするくらいの人なら融通の利かない堅物タイプかもしれないと不安になった。でも両親や兄は二度の破談で傷ついた私を心配してくれている。結婚して幸せになって欲しいと願ってくれているのに会いたくないというのは我儘に感じた。
「顔合わせだけして好きになれないと思ったら断ればいいのよ。その時はお父様が何とかしてくれるわ。ねえ、あなた?」
「ああ、もちろんだ。とりあえず会ってエルシャがどうしてもいやなら無理しなくていい。相手に納得がいかなければずっと家にいてくれていいんだ。ただ今回はラモンからの紹介だから顔合わせだけはして欲しい。まあ、今まで選んだ相手を思い出すと私には見る目がないようだが、あいつの目は確かだ。なにせ宰相をやっているくらいだからな」
「ラモンおじ様からの紹介?」
ラモンおじ様とはドムス公爵家当主でこの国の宰相様だ。お父様とは同級生で長年の親友でもある。私のことも生まれた時から実の娘のように可愛がって下さっている。そのラモンおじ様の紹介ならばきっと確かな人なのだろう。後日ラモンおじ様から手紙が来て「紹介する男は朴念仁だが誠実なやつだ」と太鼓判を押してくれた。私を安心させようとしてくれたようだ。
それでも躊躇う私のもとに現在仕事で国外に滞在中の兄からも手紙が届いた。その縁談相手は兄の同級生で「寡黙だがいい奴だ」と書かれていた。皆の言葉に後押しをされようやく顔合わせを決めた。
その人が三人目の婚約者となるオリス・アルタウス伯爵様だ。彼はラモンおじ様の下で宰相補佐の仕事をしている。
顔合わせのために我が家を訪れたオリス様の第一印象は気難しそうだった。とても秀麗な顔をしているが無表情で冷たい印象を受けた。黒髪に黒い瞳が硬質な雰囲気を醸し出す。私は自分ばかり縁談について悩んでいると思っていたが、もしかしたら彼も喜んで受けた訳ではないのかもしれない。その可能性に気付いた途端、私の顔は強張り挨拶の声はぎこちなくなってしまった。彼は呆れてしまったかもしれない。
そんな風に動揺する私にオリス様は大きく綺麗な一輪の真っ白な百合の花を私に差し出した。
「エルシャ様。これをあなたに。女性は大きな花束の方が喜ばれるかとも思いましたが、大きな花束では重くて腕に負担がかかることを懸念しこの花を選びました」
黒髪を後ろに撫でつけ、ぴしっとスーツを着こなし隙のない様子の彼が耳だけを赤くして生真面目に言う姿がどこか可愛らしかった。そして花束は重くなるという心配の仕方が女性に慣れていないことを想像させた。ラモンおじ様が朴念仁だと言っていたことを思い出す。確かに花は一旦は自ら受け取るがすぐに使用人に渡して活けてもらう。いつまでも花束を抱えていることはあまりないのだが彼は知らないのだろう。私の胸はポカポカと温かくなり自然と笑みが浮かんだ。
「綺麗な白百合ですね」
受け取った大ぶりの白百合の花びらに顔を近づけると芳しい香りがする。
「花屋には薔薇を勧められましたが万が一棘などあって怪我をさせてはと懸念しました。それにエルシャ様には白百合が似合うと、いや、その、……何でもありません……」
私はこそばゆかった。花屋にある薔薇にはきちんと棘の処理がされている。それでも彼は私の手に怪我をさせたくないと心配してくれた。この綺麗な凛とした白百合が私に似合うと思ってくれたこともすごく嬉しかった。冷たいと感じた第一印象はすぐに消し飛び優しい人なんだと思った。きっと少しだけ不器用な人。
「ありがとうございます。とても、嬉しいです」
緊張に始まった顔合わせは穏やかに進み、二人で静かにお茶をしながら話をした。そして次の会う約束を交わした。私は彼から受け取った白百合をお気に入りの花瓶に自ら活け幸せな気持ちで眺めた。
その後は定期的にお茶の場を設けた。彼は私に合わせるように少しずつ歩み寄ってくれる。彼と過ごす時間は私が話をしてばかりだが、それを嫌がることなく静かに聞いてくれる。私を見つめ相槌を打つ彼の漆黒の瞳は柔らかく優しい。二人で景色を眺めるだけで会話をしない時もあるが、不思議と会話がなくてもその時間は心地が良いものだった。
穏やかなお茶会が何回か続いた後にオリス様から正式に結婚を申し込まれた。
「私は気の利かない男ですが、エルシャ様を大切にするとお約束します。どうか私と結婚して下さい」
「はい。お受けします」
返事は躊躇うことなくスルリと口から出てきた。
オリス様はホッとしたようだ。少し目尻が下がっている。
彼と顔を合わせる前は私は卑屈になっていた。私を好きになってくれる人など存在しない。自分は幸せになれない、そう考えていた。だけど彼は会話の端々に私を肯定するような言葉をくれる。たとえば意見を言った後に「エルシャ様の考え方は好ましいですね」と言われれば嬉しい。彼と過ごすことで私は少しずつ自信を取り戻していった。
二度も破談になってしまった私でも、オリス様となら上手くやっていけるのではないかという希望を見出せるようになった。
こうして私は無事に三度目となる婚約を結ぶことが出来た。
「難しく考えなくても大丈夫だ。それなりの役職に就いているといっても爵位は同じ伯爵家だから気後れしないだろう?」
「…………」
最初にその話を聞いた時尻込みをして断りたいと思った。そんなにすごい人と自分の幸せな結婚生活が想像できない。それに若くして宰相補佐をするくらいの人なら融通の利かない堅物タイプかもしれないと不安になった。でも両親や兄は二度の破談で傷ついた私を心配してくれている。結婚して幸せになって欲しいと願ってくれているのに会いたくないというのは我儘に感じた。
「顔合わせだけして好きになれないと思ったら断ればいいのよ。その時はお父様が何とかしてくれるわ。ねえ、あなた?」
「ああ、もちろんだ。とりあえず会ってエルシャがどうしてもいやなら無理しなくていい。相手に納得がいかなければずっと家にいてくれていいんだ。ただ今回はラモンからの紹介だから顔合わせだけはして欲しい。まあ、今まで選んだ相手を思い出すと私には見る目がないようだが、あいつの目は確かだ。なにせ宰相をやっているくらいだからな」
「ラモンおじ様からの紹介?」
ラモンおじ様とはドムス公爵家当主でこの国の宰相様だ。お父様とは同級生で長年の親友でもある。私のことも生まれた時から実の娘のように可愛がって下さっている。そのラモンおじ様の紹介ならばきっと確かな人なのだろう。後日ラモンおじ様から手紙が来て「紹介する男は朴念仁だが誠実なやつだ」と太鼓判を押してくれた。私を安心させようとしてくれたようだ。
それでも躊躇う私のもとに現在仕事で国外に滞在中の兄からも手紙が届いた。その縁談相手は兄の同級生で「寡黙だがいい奴だ」と書かれていた。皆の言葉に後押しをされようやく顔合わせを決めた。
その人が三人目の婚約者となるオリス・アルタウス伯爵様だ。彼はラモンおじ様の下で宰相補佐の仕事をしている。
顔合わせのために我が家を訪れたオリス様の第一印象は気難しそうだった。とても秀麗な顔をしているが無表情で冷たい印象を受けた。黒髪に黒い瞳が硬質な雰囲気を醸し出す。私は自分ばかり縁談について悩んでいると思っていたが、もしかしたら彼も喜んで受けた訳ではないのかもしれない。その可能性に気付いた途端、私の顔は強張り挨拶の声はぎこちなくなってしまった。彼は呆れてしまったかもしれない。
そんな風に動揺する私にオリス様は大きく綺麗な一輪の真っ白な百合の花を私に差し出した。
「エルシャ様。これをあなたに。女性は大きな花束の方が喜ばれるかとも思いましたが、大きな花束では重くて腕に負担がかかることを懸念しこの花を選びました」
黒髪を後ろに撫でつけ、ぴしっとスーツを着こなし隙のない様子の彼が耳だけを赤くして生真面目に言う姿がどこか可愛らしかった。そして花束は重くなるという心配の仕方が女性に慣れていないことを想像させた。ラモンおじ様が朴念仁だと言っていたことを思い出す。確かに花は一旦は自ら受け取るがすぐに使用人に渡して活けてもらう。いつまでも花束を抱えていることはあまりないのだが彼は知らないのだろう。私の胸はポカポカと温かくなり自然と笑みが浮かんだ。
「綺麗な白百合ですね」
受け取った大ぶりの白百合の花びらに顔を近づけると芳しい香りがする。
「花屋には薔薇を勧められましたが万が一棘などあって怪我をさせてはと懸念しました。それにエルシャ様には白百合が似合うと、いや、その、……何でもありません……」
私はこそばゆかった。花屋にある薔薇にはきちんと棘の処理がされている。それでも彼は私の手に怪我をさせたくないと心配してくれた。この綺麗な凛とした白百合が私に似合うと思ってくれたこともすごく嬉しかった。冷たいと感じた第一印象はすぐに消し飛び優しい人なんだと思った。きっと少しだけ不器用な人。
「ありがとうございます。とても、嬉しいです」
緊張に始まった顔合わせは穏やかに進み、二人で静かにお茶をしながら話をした。そして次の会う約束を交わした。私は彼から受け取った白百合をお気に入りの花瓶に自ら活け幸せな気持ちで眺めた。
その後は定期的にお茶の場を設けた。彼は私に合わせるように少しずつ歩み寄ってくれる。彼と過ごす時間は私が話をしてばかりだが、それを嫌がることなく静かに聞いてくれる。私を見つめ相槌を打つ彼の漆黒の瞳は柔らかく優しい。二人で景色を眺めるだけで会話をしない時もあるが、不思議と会話がなくてもその時間は心地が良いものだった。
穏やかなお茶会が何回か続いた後にオリス様から正式に結婚を申し込まれた。
「私は気の利かない男ですが、エルシャ様を大切にするとお約束します。どうか私と結婚して下さい」
「はい。お受けします」
返事は躊躇うことなくスルリと口から出てきた。
オリス様はホッとしたようだ。少し目尻が下がっている。
彼と顔を合わせる前は私は卑屈になっていた。私を好きになってくれる人など存在しない。自分は幸せになれない、そう考えていた。だけど彼は会話の端々に私を肯定するような言葉をくれる。たとえば意見を言った後に「エルシャ様の考え方は好ましいですね」と言われれば嬉しい。彼と過ごすことで私は少しずつ自信を取り戻していった。
二度も破談になってしまった私でも、オリス様となら上手くやっていけるのではないかという希望を見出せるようになった。
こうして私は無事に三度目となる婚約を結ぶことが出来た。
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