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11.閑話 その3 3人目の縁談相手
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エルシャの夫となる男は誠実で能力があり、なおかつ彼女を一生守り愛し抜くような……誰かいないかと私は仕事の合間に、エルシャに相応しい人間を頭の中で探した。
「宰相様。この書類に不備がありました。再確認をお願いします」
無表情に淡々と書類を差し出すのはオリス・アルタウスだ。
この男はどうだろうか。仕事も出来るし馬鹿がつくほど真面目で浮いた話は心配になるほど全くない。両親を亡くした時に何かと世話を焼いたので、私に恩を返すと仕事に邁進してくれたが彼にも人並みの幸せを感じて欲しい。
この男になら任せられると思い早速、私はオリスにエルシャの話を切り出そうとした。
「宰相様。一つ伺いたいことがございます。私事で恐縮ですが今、よろしいでしょうか?」
普段無口で仕事の話以外しない男が改めて聞きたいことがあるなど珍しいと思いながらも頷く。
「なんだ?」
「ボンノ伯爵令嬢がギーレン侯爵子息との婚約を解消したと聞いたのですが本当でしょうか?」
今まさに自分が考えていたことを口に出され驚く。
「ああ……。本当だがそれが?」
私は冷静を装い若干警戒しながら話の続きを促す。オリスは意を決したように真剣な眼差しを向けた。
「では、私に紹介して頂けないでしょうか? 宰相様はボンノ伯爵と懇意にしていらっしゃいます。どうかお願いします」
ラモンは宰相としても公爵家当主としても常に冷静沈着に振る舞っていたが、今はあまりにも想像も出来ないことに遭遇して目を丸くした。オリスがエルシャとの縁談を望んでいる。本気かと訝しみオリスの顔をまじまじと見れば表情は変わらないのに耳だけが赤い。これは……どうやら本気のようだ。
「……理由を聞いてもいいか?」
「もともと宰相様からボンノ伯爵令嬢の話を聞いていて好感を抱いていました」
確かに自分は周りの人間にいかにエルシャが可愛いかをよく話している。
「それだけで結婚を望むのか?」
「いえ、先日夜会でクズ侯爵……ギーレン侯爵子息と一緒にいるところを見ました。彼女は転倒してしまい手を貸したかったのですが、私は離れたところにいて間に合わず、ボンノ伯爵令嬢はお一人で立ち上がり毅然と振る舞っていました。クズ侯爵……いや、ギーレン侯爵子息がその後彼女を置いて帰ったのを見て、私はその屋敷の従者に私の馬車を使って彼女を屋敷に送るよう手配を頼みました。御者には彼女を送り届けたらもう一度戻ってくるように頼み、それから帰宅しました。あのときの彼女の美しい佇まいは、まるで白百合の花のように凛として美しく、その、一目惚れをしてしまいました」
「それは、何とも、……」
なんだかオリスらしくないロマンティックな内容に困惑した。ちょっと夢見がちな気もするがエルシャの良さを理解しているのなら言うことはない。
エルシャは辛い思いをしたが、その結果オリスがエルシャに惚れたなら救われる気がする。ラモンはオリスを部下としても人間としても信頼していた。無愛想で不器用な男だがエルシャを裏切るようなことだけはしないだろう。少なくともロアルドが見つけてくる男どもより百倍はいいはずだ。
「無理でしょうか?」
オリスが珍しく眉を下げ縋るような目をしている。この男にも可愛いところがあるじゃないか。
「オリス。エルシャを一生、愛し守ると約束できるか?」
オリスは目を見開き口角を上げた。喜び方がどこか不敵に見えるが……気にしないことにした。
「命に代えても、お守りします!」
ラモンは翌日、早速行動に移した。妻に協力を仰ぎロアルドとメリアにオリスとの縁談を持ち掛ける。二人は二つ返事で了承した。
「ラモンは見る目があるから大丈夫だろう」
「ロアルドに任せていたらエルシャがいつまで経っても結婚できないと心配していたのよ。ラモン、ありがとう」
そして二人の顔合わせも済み、エルシャもオリスを気に入ってくれたようで二人は順調に交流を深めている。国王陛下の誕生祭を前に繁忙になったが、これが終われば結婚の準備に専念できるだろうと思っていた。だが、オリスは通常業務以外に何か手を出しているようで、ただでさえ忙しいのに家にも帰れないようで隈が酷い。一体何をしているのかそろそろ問い詰めるべきかと思っていたら思いがけない報告書を提出してきた。
「宰相様のサインをもらったら騎士団と法務局の方にも報告書を提出します」
それはギーレン侯爵の不正の事実の調査結果だった。ギーレン侯爵領は小麦の産地で王都内に多く流通している。上質で味もよく評判がいい。
「昨年から今年にかけてギーレン領は水害で小麦の生産量が半分以下になったにも関わらず、例年通りに流通させています。数が絶対的に合わない。不審に思い調べた結果、他国から安価で輸入した小麦を自領産と偽装して取引をしていました。それも不作を理由に倍の値段で売りつけていたようです。その上、不作の実態も国から補填金を多く受け取るために改ざんしています」
しっかりと証拠を揃え裏付けまで取った報告書に感心する。忙しい中よくこれだけ調べたものだ。
「よく気づいたな?」
「エルシャ様のおかげです」
オリスはどこか自慢げに胸を張っている。
「エルシャとなんの関係が?」
「実は彼女が王都のパン屋の話をしてくれました。明らかに味が落ちているから小麦を変えたのかと店主に聞いたそうです。ところが小麦はずっとギーレン領から仕入れていて、今年は価格が倍まで上がったが質を落としたくなくてその価格で取引をしていたそうです。ところが小麦の味が悪い。店主は抗議をしたそうですがそれなら取引を打ち切ると言われ仕方なく言いなりになっているそうです。それと同じことが一軒だけでなく何軒もあったと教えてくれました。不審に思い調査を始めたのです。確証がなかったので結果が出てから宰相様に報告するつもりでした」
「よくやった。この報告書ならギーレン侯爵を捕縛するのに十分だな」
「ええ、エルシャ様を傷つけた男の家をのさばらせておく訳にはいきませんから」
ん? それは完全に私的な報復ではないのか。いや、侯爵は立派な犯罪を犯したのだから問題ない。侯爵子息の不出来は父親の責任でもあるし、私の溜飲も下がるというものだ。オリスの黒い笑みには気付かなかったことにした。
「そう言えばエルシャにプレゼントを贈ったそうだな」
「ええ、忙しくて会いに行けないので、私の存在を忘れられないように手配しました。今日もマイヤー子爵がカタログを持ってくることになっているので注文するつもりです」
マイヤー子爵はそこそこ大きな商会を営んでいる。特に令嬢に人気の雑貨やドレスなど多種類にわたる。宰相補佐室の人間は繁忙期には忙しくて帰宅も出来なくなる。妻や子供に愛想をつかされないようにカタログなどでプレゼントを選び屋敷に届けてもらう。機嫌を損ねて最悪、離婚になどとならないように男たちは必死である。
今までオリスは利用していなかったがエルシャと婚約して浮かれているようだ。カタログを見ている時は肩がウキウキしている。あの不愛想で冷酷と言われている男の変化が見ていて楽しい。ラモンにとってオリスは息子同然の存在でもある。
ただ、マイヤー子爵の娘がオリスを気に入っていて再三アプローチをしていることが気になる。オリスはきっぱりと断ったそうだが令嬢は諦めていないようだ。子爵にもしつこいと抗議をしているようだが父親の方も諦めてはいない。マイヤー子爵は娘を宰相補佐であるオリスに嫁がせることで今後の商売が有利になると期待しているし、娘の方は無駄に自分に自信があるから自分こそがオリスに相応しいと触れ回っているらしい。親子揃って愚かなことだ。
ラモンが口を出してねじ伏せるのは簡単だが、今後はオリスがエルシャを守っていくのだからこの件をオリスがどう処理するかを見守っていた。だが…………エルシャが顔を出さずにオリスのために持ってきたクッキーを置いて帰ったことから誤解をされたであろう大体の予想は出来た。ラモンはそっと溜息を吐いた。
「そろそろ、仕事も落ち着いてきたから、順番に休みを取るように。最初はオリス、お前が休め」
「えっ? ですが……」
「これは上司命令だ。休んでエルシャの顔を見てこい」
宰相補佐室の面々はオリスを見ながらニヤニヤと笑みを浮かべる。皆オリスの変化を好ましく見守っている。オリスは耳を赤くしながら頷いた。
「はい。ではお言葉に甘えさせていただきます。お気遣いに感謝します」
ラモンは心の中でオリスに声援を送った。
「宰相様。この書類に不備がありました。再確認をお願いします」
無表情に淡々と書類を差し出すのはオリス・アルタウスだ。
この男はどうだろうか。仕事も出来るし馬鹿がつくほど真面目で浮いた話は心配になるほど全くない。両親を亡くした時に何かと世話を焼いたので、私に恩を返すと仕事に邁進してくれたが彼にも人並みの幸せを感じて欲しい。
この男になら任せられると思い早速、私はオリスにエルシャの話を切り出そうとした。
「宰相様。一つ伺いたいことがございます。私事で恐縮ですが今、よろしいでしょうか?」
普段無口で仕事の話以外しない男が改めて聞きたいことがあるなど珍しいと思いながらも頷く。
「なんだ?」
「ボンノ伯爵令嬢がギーレン侯爵子息との婚約を解消したと聞いたのですが本当でしょうか?」
今まさに自分が考えていたことを口に出され驚く。
「ああ……。本当だがそれが?」
私は冷静を装い若干警戒しながら話の続きを促す。オリスは意を決したように真剣な眼差しを向けた。
「では、私に紹介して頂けないでしょうか? 宰相様はボンノ伯爵と懇意にしていらっしゃいます。どうかお願いします」
ラモンは宰相としても公爵家当主としても常に冷静沈着に振る舞っていたが、今はあまりにも想像も出来ないことに遭遇して目を丸くした。オリスがエルシャとの縁談を望んでいる。本気かと訝しみオリスの顔をまじまじと見れば表情は変わらないのに耳だけが赤い。これは……どうやら本気のようだ。
「……理由を聞いてもいいか?」
「もともと宰相様からボンノ伯爵令嬢の話を聞いていて好感を抱いていました」
確かに自分は周りの人間にいかにエルシャが可愛いかをよく話している。
「それだけで結婚を望むのか?」
「いえ、先日夜会でクズ侯爵……ギーレン侯爵子息と一緒にいるところを見ました。彼女は転倒してしまい手を貸したかったのですが、私は離れたところにいて間に合わず、ボンノ伯爵令嬢はお一人で立ち上がり毅然と振る舞っていました。クズ侯爵……いや、ギーレン侯爵子息がその後彼女を置いて帰ったのを見て、私はその屋敷の従者に私の馬車を使って彼女を屋敷に送るよう手配を頼みました。御者には彼女を送り届けたらもう一度戻ってくるように頼み、それから帰宅しました。あのときの彼女の美しい佇まいは、まるで白百合の花のように凛として美しく、その、一目惚れをしてしまいました」
「それは、何とも、……」
なんだかオリスらしくないロマンティックな内容に困惑した。ちょっと夢見がちな気もするがエルシャの良さを理解しているのなら言うことはない。
エルシャは辛い思いをしたが、その結果オリスがエルシャに惚れたなら救われる気がする。ラモンはオリスを部下としても人間としても信頼していた。無愛想で不器用な男だがエルシャを裏切るようなことだけはしないだろう。少なくともロアルドが見つけてくる男どもより百倍はいいはずだ。
「無理でしょうか?」
オリスが珍しく眉を下げ縋るような目をしている。この男にも可愛いところがあるじゃないか。
「オリス。エルシャを一生、愛し守ると約束できるか?」
オリスは目を見開き口角を上げた。喜び方がどこか不敵に見えるが……気にしないことにした。
「命に代えても、お守りします!」
ラモンは翌日、早速行動に移した。妻に協力を仰ぎロアルドとメリアにオリスとの縁談を持ち掛ける。二人は二つ返事で了承した。
「ラモンは見る目があるから大丈夫だろう」
「ロアルドに任せていたらエルシャがいつまで経っても結婚できないと心配していたのよ。ラモン、ありがとう」
そして二人の顔合わせも済み、エルシャもオリスを気に入ってくれたようで二人は順調に交流を深めている。国王陛下の誕生祭を前に繁忙になったが、これが終われば結婚の準備に専念できるだろうと思っていた。だが、オリスは通常業務以外に何か手を出しているようで、ただでさえ忙しいのに家にも帰れないようで隈が酷い。一体何をしているのかそろそろ問い詰めるべきかと思っていたら思いがけない報告書を提出してきた。
「宰相様のサインをもらったら騎士団と法務局の方にも報告書を提出します」
それはギーレン侯爵の不正の事実の調査結果だった。ギーレン侯爵領は小麦の産地で王都内に多く流通している。上質で味もよく評判がいい。
「昨年から今年にかけてギーレン領は水害で小麦の生産量が半分以下になったにも関わらず、例年通りに流通させています。数が絶対的に合わない。不審に思い調べた結果、他国から安価で輸入した小麦を自領産と偽装して取引をしていました。それも不作を理由に倍の値段で売りつけていたようです。その上、不作の実態も国から補填金を多く受け取るために改ざんしています」
しっかりと証拠を揃え裏付けまで取った報告書に感心する。忙しい中よくこれだけ調べたものだ。
「よく気づいたな?」
「エルシャ様のおかげです」
オリスはどこか自慢げに胸を張っている。
「エルシャとなんの関係が?」
「実は彼女が王都のパン屋の話をしてくれました。明らかに味が落ちているから小麦を変えたのかと店主に聞いたそうです。ところが小麦はずっとギーレン領から仕入れていて、今年は価格が倍まで上がったが質を落としたくなくてその価格で取引をしていたそうです。ところが小麦の味が悪い。店主は抗議をしたそうですがそれなら取引を打ち切ると言われ仕方なく言いなりになっているそうです。それと同じことが一軒だけでなく何軒もあったと教えてくれました。不審に思い調査を始めたのです。確証がなかったので結果が出てから宰相様に報告するつもりでした」
「よくやった。この報告書ならギーレン侯爵を捕縛するのに十分だな」
「ええ、エルシャ様を傷つけた男の家をのさばらせておく訳にはいきませんから」
ん? それは完全に私的な報復ではないのか。いや、侯爵は立派な犯罪を犯したのだから問題ない。侯爵子息の不出来は父親の責任でもあるし、私の溜飲も下がるというものだ。オリスの黒い笑みには気付かなかったことにした。
「そう言えばエルシャにプレゼントを贈ったそうだな」
「ええ、忙しくて会いに行けないので、私の存在を忘れられないように手配しました。今日もマイヤー子爵がカタログを持ってくることになっているので注文するつもりです」
マイヤー子爵はそこそこ大きな商会を営んでいる。特に令嬢に人気の雑貨やドレスなど多種類にわたる。宰相補佐室の人間は繁忙期には忙しくて帰宅も出来なくなる。妻や子供に愛想をつかされないようにカタログなどでプレゼントを選び屋敷に届けてもらう。機嫌を損ねて最悪、離婚になどとならないように男たちは必死である。
今までオリスは利用していなかったがエルシャと婚約して浮かれているようだ。カタログを見ている時は肩がウキウキしている。あの不愛想で冷酷と言われている男の変化が見ていて楽しい。ラモンにとってオリスは息子同然の存在でもある。
ただ、マイヤー子爵の娘がオリスを気に入っていて再三アプローチをしていることが気になる。オリスはきっぱりと断ったそうだが令嬢は諦めていないようだ。子爵にもしつこいと抗議をしているようだが父親の方も諦めてはいない。マイヤー子爵は娘を宰相補佐であるオリスに嫁がせることで今後の商売が有利になると期待しているし、娘の方は無駄に自分に自信があるから自分こそがオリスに相応しいと触れ回っているらしい。親子揃って愚かなことだ。
ラモンが口を出してねじ伏せるのは簡単だが、今後はオリスがエルシャを守っていくのだからこの件をオリスがどう処理するかを見守っていた。だが…………エルシャが顔を出さずにオリスのために持ってきたクッキーを置いて帰ったことから誤解をされたであろう大体の予想は出来た。ラモンはそっと溜息を吐いた。
「そろそろ、仕事も落ち着いてきたから、順番に休みを取るように。最初はオリス、お前が休め」
「えっ? ですが……」
「これは上司命令だ。休んでエルシャの顔を見てこい」
宰相補佐室の面々はオリスを見ながらニヤニヤと笑みを浮かべる。皆オリスの変化を好ましく見守っている。オリスは耳を赤くしながら頷いた。
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