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Chapter_2:コーズ&エフェクト

Note_33

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 【フェニコプテラス】の夕陽は不平等である。それも巨大な外壁によるものが原因で、必ず日陰になる場所が存在してしまうからだ。

 その差別による要因が原因となり、コロニーの建造が提案された。しかしそれを反対するものが、“上院”に存在していた。彼らの拒否権が一定数行使されたことで、却下された。

 そんなの関係ないのが地下の駐機場である。そこでキャンソン姉弟は、下院議員【アブロ・ホルミウス】を待っていた。


「……もうすっかり百万長者ミリオネアだな。実感とか全然、湧かねぇよ。」

「100万なんて、普通だよ。」

「えっ……」

「本部だと“億”超えの交渉もある。僕もそこで側近として参加したこともあるんだ。」

「えぇ……」


 レオはもう、ついて行けそうにないと自信を失う。サドは今回の交渉について語る。


「……でも……

……レオがいてくれたおかげで、大成功を収められたのさ。

……僕1人だと、何もできなかった。85万で押し通されたかもしれない。それを300、更に350万まで押し通してくれたのは……レオがいてのことさ。」

「……んで、その太い関係をそのまま、今後の戦いに繋げたのまで、私か?……違うだろ?」

「………。」


 サドは黙ってしまった。レオはサドの肩を叩く。サドは振り向くも、頬を指でさされた。


「まだまだだな。」

「……!///」


 レオはニヤけた。サドは急に恥ずかしくなった。2人で駐機場の奥にある光を見つめる。

 それを遮るように、ある男がやってくる。


「ムッフフ~!お ま た せ!」


 アブロ議員は自動でついてくるキャリーケース5つと共に、電動バイクでやって来た。


「さあ、早速始めま……」

「バイクに降りろ!!」


 レオの一喝で渋々降りる。アブロ議員は機体に乗っている部下に指示する。


「デニス君!さっさとそこの箱をトランクに入れちゃいなさい!」

「はい!ただちに!」


 部下達は2つの箱をトランクまで持っていく。アブロ議員は姉弟に話をする。


「この愛くるしいケースが5つある。1つのケースに100万!さあさあ!受け取りたまえ!」


 ケースが5つ、レオとサドの周りにやって来た。サドは撫でてみる。すると忠犬のようについて行く。レオも試しにやってみる。


「何これ!?楽しい!」

「すごいな!お前これもらっていいのか?」

「チミ達の仲間に、自慢でもしてみぃ!これが都会の娯楽エンタメってもんよぉ。」


 2人は数分間このケースを楽しんだ。そして十分楽しんだので、サドは言う。


「じゃあ、帰りますね。」

「えっ、1泊するんじゃ……」

「今日受け取ったなら、別に長居する必要ないと思うよ。こんな危険な場所。」

「それもそうだな。」


 2人は帰ろうとしたときに、アブロ議員が唐突に止めてきた。


「待て待て待てェい!気づかないの!?確認しないの!?チミ達そんなんでよく交渉とか言えるよね!?」

「えぇ……面倒くせぇなぁ……。」

「面倒くさいも何も、あんたらの受け取った総額とさっきの話と、キャリーケースの数でも見てみてよ!」


 サドはあらかたケースの中身を確認する。


「偽札は無いし、100万ちゃんと入ってるよ~。他はどうかな……これは50万の方か。」

「違うでしょ~よ!わざとやってんの!?そこは“なぜ1つ余分にあるのか”尋ねるところでしょ!?」


 レオは仕方なく付き合う。


「……“なぜ1つ余分にある”んだ?」

「ムッフフ~……教えようかな~?」

「開ければ一発だね。」


 サドはさっさと開けようとした。


「待て待て待てェッ!分かった、話すから!開ける前に聞いてくれ!!」

((素直にそうすりゃいいのに……。))


 レオとサドが白い目で見る。アブロ議員はサドに話しかける。


「むほん……ディオン君。君には今日ここで泊まるように言っていたけどね……実は深い事情があるんだよ~!」

「他に何か?」


 サドが下種を見るような目で尋ねる。


「ムッフフ~……ここからは追加報酬扱い。受けても受けてくれなくても、私は別に構わない。でも受けてほしいなぁ……“投資”したんだから少しは期待したいのよね。」

「……聞きましょう。」

「……5つ目のケース……開けてみなさい。」


 ケースを恐る恐る開けてみる。そこには金ではなく、街の見取り図と小さなメモリ、そして小型機が入っていた。小型機にはカメラが搭載されている。


「チミ達には、向こう側に潜入してスクープ映像を撮ってもらいたいんだよね~。

巷の噂じゃ、向こう側に美女達がいるとかいないとか……」

「興味ないな。」


 レオは断言する。アブロ議員は関係なく話を続ける。


「チミ達の興味とかは別にいいのよ。やって欲しいのはスクープ画像の入手ってだけ。別に付き合えってわけじゃない。」

「なぜそんなものを……」


 サドが問う。アブロ議員が問い返す。


「ムッフフ……チミ達、下院議員が上院議員に対して行使できる“役割”、それは一体何か分かるかね?

……それは今も昔も……上の立場に対する“批判”と“監視”なのよ。役人の汚職を追求して悪を挫く、そうボクだって正義の立場にある政治家なんだから……これくらいの仕事は普通のはずなのよ。」


 サドは察する。


「……“はず”ってことは、やっぱり……上院の配下に規制されているということですか?」

「そのとぉ~り!もう壁の向こう側は、監視役も上院の配下。エリートもエリートよ!

でもチミ達のやるべきことは、何が何でもその汚職データを手にするのよ。経験則だけど……この壁の向こう側は怪しいのよ!」


 250mメートル級の壁を外にして、更に同様の壁を建てる意味をレオ達は知らない。アブロ議員は更に話を進める。


「人を守るなら1つだけでも十分……それを2つにまで増築したんだから、絶ッ対!怪しいのよ!間違いない!」

「……上の貴族だけでも守るためでは?」


 サドは鋭く反論する。どうも、サドの逃げ癖が目に見えて余る。リーダーのレオから話す。


「……乗った。」

「えっ……?」


 サドはレオの発言に表情が止まる。


「ただ、突然だから上手くいくか分からん。それだけは前もって知っておけ。」

「ムッフフ~!んじゃあ……よろしく。」

「あ!お待ちを!」


 サドが止めるも、添え物のことなぞ気にもとめずアブロ議員は行く。サドはレオに事情を尋ねる。


「……向こう側は危険なんだよ?行ってしまったらもう戻れないかもしれない。」

「リーダーは私だ。別にいいだろ?」

「それはそうだけど……」


 レオはうつむくサドを心配する。


「……何か都合も悪いのか?」

「レオ……僕はまたレオを失うのが怖い。これから危険な旅になっていく。もっと強くならなきゃいけないのは分かるよ。

だから、危険な取引も大体目処がつく。今のもなんか、本当に危険。追加報酬なんて無いかもしれない。

僕はレオを守りたい。力になりたい!見捨てるのはもう嫌なんだ……。」


 サドは強く心配していた。過去の失敗が脳裏に焼き付いていて、同じ失敗をしないように強く、賢くなったのだ。

 レオはその言葉を受け止めて、サドの言葉で彼に言い返す。


「……あの時のことは、気にすんなって言ったろ?それに、同じ状況を同じ場所で打ち克ったんだ。一緒にやったんだから、やり方はもう分かってんだろ?

私はあんたがいてくれても、今はもう全然心配ないぞ。それとも……そんなに私が頼りないか?あんたも“いつも通り”、私を信じればいい。

危険なことなんか、一緒に旅して何度も乗り切ってきたんだ。今更なんてことねぇよ。今はもう“超一番”なら……なんてことないだろ?」


 サドはようやく顔を上げた。彼自身の強い自信が蘇ってくる。


「……分かった……一緒に行くよ!リーダーを支えて、守りきるのがメンバーの役目だから!」

「決まりだな。なら、先に上に行ってる。」

りょ了解!んじゃ、僕はレジスタンス機のボックスにケース入れておくね。」


 それぞれが信じて託す。遠く離れても、絶対についえない絆で結ばれている。


_____


 夕陽が壁に丁度隠れうるときに、【ファーストステップ】にて外套に身を包む少女が1人、静かに歩いていた。

 なるべく塔から外へと逃げるように、単独で慎重に警備をかわしていく。


(……壁のどこかに出口がある!外に……外に出なきゃ!)


 少女は走り出す。

 その先は鉄柵で横に塞がれた、綺麗な弧状の断崖絶壁であった。壁は真っ平らで掴める場所もない。下には綺麗な水が、すごい勢いで流れている。

 後ろから、女性の一般兵がやって来た。そして少女に話しかける。


「……お嬢さん。そこは立ち入り禁止区域です。危険ですので、フェンスから離れてください。」


 一般兵はゆっくり近づいてくる。少女は横へ逃げようとするが、既に兵に回り込まれている。3方向すべて封じられた。


「ほら……こっちは安心してね。」

(嫌っ……家に……帰りたい!)


 警備員が少女に手を出そうとしたその時であった。





『……ァァァァァアッッッ!!!↑↓↑↓↑』





 1人の叫び声と共に、物凄い勢いで移動用機体が壁に向かって飛んでいった。3人はそっちの方に注目する。


「何だありゃあァァァッ!?」

「救護!救護要請!移動用機体が貯水池に落ちます!準備を!」

「あれ……お嬢さん?」


 いつの間にか、少女は姿をくらました。それより重大事故が起きている。


『アァァァァァァ………』


 飛び込んだ機体がそのまま下に落ちていき、綺麗な貯水池へと豪快に沈む。


「……何が起きてんだ?」


 班長らしき女性は状況についていけなかったが、上司から報告を受ける。


『【ファーストステップ】エリア警備員全員に告ぐ。【第1中央塔】の保護より消息を断った女性5名のうち、4人目の少女を確保!

見つけ次第、直ちに連絡を!繰り返す……』

「えっ、……えぇ!?」


 3人は下の貯水池を眺めて行方を探る。もはや透き通る水の藻屑すら見えてこない。


「あいつ……死んだな。」


 彼女達は飛び込んだ機体に対して、ただ見つめることしかできなかった。


_____


 LEDが清き水を美しく輝かせている。水質を保つために使われる、潜水救助機体【エギルサーヴァント】は水中で作業をするために適している。武装は未所持だ。

 その機体が水面から姿を現す。おそらく、業者専用の経路にいる。機体の入り口が開き、1人の女性がふらつきながら不満を垂れる。


「……最……ッ悪……。なんでこんな目に合わなきゃならないのよ。

うわ……床もびちょびちょだし、入学祝いで買ってくれた服も傷だらけにされるし……

……私そこまで悪いことしたわけじゃ無いのに!早く帰りたいよ!」


 金髪で長髪の色白女性であった。彼女は目の前の扉に目を向ける。不満はあるが、扉の前へと向かう。


(……文句言っても、無駄……か。さびしくないもん!)


 淋しさを隠すも顔に出る。不憫で理不尽なこのご時世に、彼女は泣き寝入りするしかないことを悔しく思った。その悔しさをバネにして、扉を開けて先へ進む。


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