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Chapter_3:機械工の性
Note_61
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コロニーにおいて、武器の所持および使用は法律に違反しない代わりに、執行猶予は適用されない。逮捕され、裁判により判決で言い渡された刑期を、問答無用で受け入れなければならない。
逆に考えると、逮捕さえされなければ刑を避けることだってできる。暴力団【アルデバラン】の体制では、部下が任務を全うした暁に、“団員”として役人達から保護することになっている。
裏の世界にいたものは、長いものに巻かれるように、ギャングの最大手へと集う。そして集団も大規模なものへとなっていく。役所でさえ慎重に動くほどになった。
マテリアルエリアにて、スラムから猛スピードで機体が走ってくる。ライラの隣にいたサドは、彼女を庇って事故を避ける。どうやら過ぎ去ったようだ。
「いつ狙われるかわかりませんね。治安も悪いですし……爆音も鳴るかもしれませんね。」
「そこは地球と一緒なのね。」
「えっ!?」
「海外に行ったとき、マフィアの市街戦に何度か遭ったことがあるの。最初は怖かったけど、冷静に身構えられるようにはなったわ。」
「……今は怖くないんですか?」
「怖いから!今でも!」
ライラは突っ込みを入れた。外は危険である。とにかく早めに店へ入りたがっていた。
しかし、看板がどこにも見当たらない。高層ビルばかりが立ち並ぶ。サドは疑問に思った。
「販売店はここで集中していると思ったけど……あんなビル群のどこにあるんだろ。」
『あそこにある“アクサビル”の53階に【ヴィーナスグループ】系列の店、“ウラノビル”の32階に【GUSTAV】系列の店、“ノートビル”の64階に……』
「ありがとう、マークⅢ。後は自分で探すから。」
『お褒めに預かり光栄です。』
マークⅢの情報量に、サド達の脳が追いつくはずもなかった。別の手段を考える。
サドは思考を巡らせる。
「看板こそ無いけど……それだったら販売店はどこでやるんだろう?完全にネットかな?オフィス街だろうし。
もしくはどこかに一括しているのかな?」
「……っ!」
エンジン音が正面から聞こえてくる。ライラは既に反応して、サドを盾にして隠れた。怯えた声で話しかける。
「サド君……一旦、中で考えよ?」
「……そうですね。」
ライラの目だけは本気だった。彼女の腕と脚が震わせているのが、目と肌で分かる。
2人は付近のビルへ逃げる。
ロビーのソファに隣り合って座る。向かう前に何も調べなかったのが、彼らの失態であった。
調べてみると、機体自体は倉庫にあるようで、販売店は専用の機器でのみ行われているそうだ。このビルの89階で行われているらしい。
(コロニーって意外と窮屈な世界だね。)
「とにかく、89階で受けられるんだよね?何故に、こんな疎らなのかしら。」
「……分からない。治安が悪いから、一見さんお断りでこうなったと思う。」
「さっさと買って、帰ろうよ!」
「元からそのつもりですけど……ここまで手こずるとは思いもしませんでした。
入金もしたので、さっさと行きましょう。」
2人は立ち上がり、エレベーターへと歩く。ライラが右に、サドが左側に立った。
ライラはエレベーターのボタンを押す。
(89……あっ、87も押しちゃったけど……まあいいか。)
間違えて別の階のボタンを押してしまう。別に迷惑をかけるつもりはないので、そのままにした。
サドの様子を見てみる。少しだけ気張っているのか、光線銃をすぐに撃てるように、身構えていた。
1人で張り詰めていた。ライラは左手を横に差し出した。
「サド君。」
ライラは何も言わずに笑顔を向ける。サドが右手を出して、彼女の反応を待った。
「インチキしないの。強張らないで、ほら。」
「!///」
ライラから積極的に掴んできた。突然のことで、サドは恥ずかしがって目を背けた。
初めて、サドの生身を実感する。彼がロボットであることを忘れるほどに、柔らかい手はとても温かかった。
しばらく手を繋いでいた。目標の89階の前に、87階に止まる。
扉が開くと、目の前には強面の男衆が出迎えていた。2人は目が点になっていた。
「誰やお前。」
「警察の差金か?」
「何の用や……言うてみぃ!」
どうやら、とんでもない階に来たようだ。ライラは扉を閉ざそうとするが、相手がボタンを押して開けたままにしてくる。
「僕達2つ上の階に用があって!」
「そ、そうよ!私達、全然関係ない……キャッ!」
この階に強引に連れ出された。エレベーターは先に行ってしまう。
「2つ上は、何も無いはずや。そないなとこに行く怪しい奴、ワシらが見逃すと思うか?」
「……嘘……何も無いって本当ですか……ッ!」
「ジタバタすんなや、クソガキ!」
男が実弾で、サドの額を撃ち抜こうとした。弾かれたような音がして、痣ができただけであった。しかし銃が効かないこと自体には、違和感を覚えなかった。
「人造人間……お前もか。」
ライラはサドを庇った。
「あんた達……何したか分かっているの?」
「ああ、知っているさ……お前らが桃毛女の部下共ってことは知ってる。
あの女は……【アルデバラン】の副長様に歯向かいやがったんだ!顔に傷を付けて、俺らを馬鹿にしてんだ!」
事情は分からないが、ライラは銃を抜いて覚悟を決めた。
「それが事実だとしても……私は許せない!」
「登場の時からふざけやがって……黙って頭爆ぜとけや!」
横から殴りかかって来たところを、ライラは目を瞑って撃ち抜く。
「クソが!」
正面の男が構えて、女に銃を向けた。引き金を引く。
「……ッ!」
彼女が庇っていた少年は、光線銃で男の銃を弾き飛ばした。
「楯突きおって……お前ラァッ!」
「ひと呼吸、置いてから。いきなりやっても……怖くなるだけですよ。」
サドは立ち上がった。ビームソードを構えて、立ち向かった。
まっすぐ光線銃を撃ち込み、命中した敵に光剣を突き刺して、盾にしながら前に出る。光を消して、蹴りで後ろに退かせる。
背中を2人の男が狙う。巧みな足捌きで、前進しながら周囲の敵を斬りつける。
敵の守備が弱く、一撃で倒れる。
「ウラアアァァァッ!!!」
背後から撃とうと、ギャングが躍起になる。サドは振り向くが、奴の引き金は既に引かれていた。
撃ったと同時に、敵は手を押さえて膝をつく。敵の弾丸はサドの肩に弾かれた。
…ライラが撃ってくれたのだ。どうやら、彼女が撃った奴が最後のようだった。
「グッ……くぅ……」
「皆様は、【アルデバラン】の人達なのですか?」
「サド君!早く出て行こうよ!」
サドが手を押さえた男に、事情を聞く。男は答える。
「お前ら……ここ知ってるから来たんとちゃうんか?」
「……何度も申すようで恐縮ですが、私達の目的はロボを手に入れて帰ること。あなたの仲間に手を出す暇などありません。
その女性について、データに残していますか?あったら見せてほしいです。」
「んなもんねぇよ。」
「は?」
サドは汚物を見るような目で男を見下す。
「俺らは下っ端。でも……桃毛の女の部下は、桃毛のガキと、美女って聞かれた。それがお前らだったってことだ。」
男の話を聞く限り、サドとライラの正体は特徴だけ知れている。おそらくレオも危険である。
最後に、サドは彼に向けて言う。
「あなた方にデータが送られない理由……分かりました。」
「あ?」
「暴力に屈して、簡単に話す奴らだからです。副長はあなたの事をおそらく、下っ端よりも信用してません。
捨てられる前に、逃げた方がいいでしょう。」
サドはエレベーターに戻る。ライラも付いていく。扉を閉ざし、上へと目指す。
ライラは胸に手を当て、ひと呼吸してから、無言で手をサドに差し伸べた。二度目だからか、サドから改めて手を繋ぎなおす。
緊張した心が緩み、サドの恥じらいもすっかり消えていた。
扉が開き、無事に販売店へと入る。廊下を歩き、受付にたどり着く。無人の販売所であった。
「ここですね。」
「ロボは何を選べばいいかな……?」
「かわいい機体なら【Candy-men】、
機動力なら【ヴィーナス】、
防御重視なら【Majin】、
馬力なら【Gustav】……ですね。
初心者に扱いやすいのは【Majin】ですけど。」
「じゃあそれで!」
ライラは即決する。どうやらスムーズに決まりそうだ。
彼女が選んだ機体は、【Majin社】の“クラスシリーズ”、20m汎用移動機体【クラスE-m型】である。【オートマ】機体の中でもかなり安い部類だ。受け身も取りやすく、倒れてもすぐに立ち直れる。
サドはもう2機ほど買う。【Candy-menグループ】より、人型1.7m機体を1つ…これは後で探索のときに使う。
もう1つは、【Gustav】から18mの灰色の汎用機動機体【Pluto the Renewer】を購入する。移動機体との大きな違いは、戦闘補助システムが付いていることだ。
他、諸々整備用品についても購入した。特に【タイタン号】の強化に必要な素材は見逃さずに購入する。
他に、実弾銃も用意する。【9ミリセミオート拳銃】、【鉄芯銃】、【AIショット】を購入した。
合計で145万Uドル丁度であった。レジスタンス機の損傷もあり、3万ほど高くついてしまった。しかし、レジスタンス機のグレードも上がる。悪い事だけではないのだ。
値段は調べ、事前に前払いを済ませている。余った分は別の都市でも使える。領収書を取り、このビルから2人は立ち去る。
扉を開けて、再び怯えながら道を歩く。サドは提案する。
「先に【タイタン号】に戻りましょう。レオに連絡して、アメリアさんに送ってもらいます。
公共交通で帰りますね。」
「分かったわ!」
2人がモノレール駅へと向かうときだった。
「お前ら!」
聞き覚えのある声だった。振り向けば、桃毛の少女の姿が見える。それはサドの姉、レオであった。
「レオ……!?」
レオはこちらに向かって駆けつける…後ろに男を3人引き連れて。
「ちょ、ちょっと!タイムタイムタイム!」
「マークⅢ!」
『援護します!』
ライラが動揺する間に、サドが全力でレオの脇を通って、敵に飛び蹴りを見舞う。
倒れた敵を投げて、もう1人を倒す。
最後の1人を光剣で打ち上げ、光線銃で2発撃ち込む。最後の敵から、部品が落ちてくる。どうやらアンドロイドのようだ。
レオは後ろで、サドの戦闘を見ていた。
「レオ。」
「おう……!?」
「サド君……?」
サドがレオの腕を強引に掴み、路地裏へと連れて行く。ライラはサドの後を追う。
レオを路地裏に投げる。
「何のつもりだ……サド。リーダーの私に背くのか?」
レオが問うものの、サドは答えるつもりがない。ハニカムが彼を包み込み、無言で真の姿を現す。マークⅢが彼女の話に応じる。
『……あなたとは、こちらの姿でお話しましょう。』
「!?」
彼女の目から見れば、強いノイズだったものが唐突に白黒のロボに切り替わる。
『私達には分かっていますよ。レオさんに化けて、何をなさるつもりですか?答えてください。』
「何を言ってるか、分からねぇなっ!」
とぼけるレオの頬をつねる。肌がすり抜け、小さく激しい電子音が弾く。映像の奥の硬い部分に当たる。
マークⅢは怪電波を発動させ、レオの映像にノイズを走らせる。このままでは、相手の身も持たない。
真の姿が現れる。少女型のアンドロイドだ。
『へへへ……バレちゃった。』
「サド君!これって……」
ライラは後ろから、ゆっくりと近づく。サドは事情を話す。
『ライラさん、彼はレオじゃありません。アンドロイドです。』
「えっ、んじゃあ暴れていたのって……」
マークⅢはアンドロイドに問い詰める。
『どうして、レオに化けたんですか?』
『……知りたい?どうしようかなぁ?』
マークⅢはじっと見つめる。そのまま謎のアンドロイドに関する情報を引き出していく。
(名前は【ミア】、非売品……でも性能は【Candy-men】と同じ。制作者は……【アメリア】さん!?それに、更新者が別人で……)
『アメリアさんと、関わりがあるんですか?』
『アンタなんかに話すわけないでしょ!』
少女は逆上する。対して、マークⅢは忠告する。
『すぐに、アメリアさんの所に戻りましょう。あなたのプログラムは……誰かに改造されている。』
『………。』
黙り込む。互いに探り合う。
少女が光線銃をマークⅢに撃ち込む。一切怯まない。少女は路地裏の壁を蹴って、上へと向かう。
ライラは撃ち込もうとした。腰には無い。どうやら奴に盗まれたようだ。
マークⅢがエネルギーの3枚羽を両翼に広げ、まっすぐ彼女の方へ飛ぶ。一気に距離を縮めた。
『ハァ!?』
マークⅢは抱き込む。
『離してよ!アンタとアメリアに何の関係があるって言うの!?』
『アメリアさんと会ったんです!レオは……彼女の友人です。ギャングの人達に、何をしたんですか?
……レオさんに何をするつもりなんですか!?』
『関係無いって!アメリアの味方だけど、アンタ達とは敵だから!離せよ!』
『……尚更、逃がしません!』
屋上へと投げる。ミアは受け身を取り、逃げようと脚を回す。
しかし、一向に前に進まない。マークⅢは【ミクロダークホール】を用いて、彼女を捉えていた。ミアは後転し、マークⅢは解除して、彼女の顔を掴んで地面に押し込んだ。
サドは補助する。
(マークⅢ、そのまま押さえていて!【プラズマネットワーク】を彼女に繋げて、機能停止させるよ!)
(………。)
マークⅢは思い悩んでいた。
仮想空間上で、サドは彼女を繋げようとしたときに、マークⅢが彼の腕を掴んで止めてきた。
サドはマークⅢの方に向いて話を聞く。
『彼女を【プラズマネットワーク】に繋げると……【ミア】は二度と復元されません。ソフトウェアごと、取り替えなければなりません。
つまり……彼女は彼女じゃなくなるんです。経験したことも、【アメリア】さんとの記憶も、すべて消えてしまう。
私達で、【アメリア】さんのロボを勝手に“無き者”にするつもりなんですか!?』
マークⅢは怖気づいていた。同じ自律型ロボとして、同じロボを、しかも仲間の物に手を出すことに抵抗があった。
…対して、サドは至って冷酷であった。
「開発者のデータは残している。無論、それで納得してもらえないと思うし、怨まれるかもしれない。レオに殴られるかもしれない。償えないと思う。
……それでも僕ならやるよ。」
『なら……』
「マークⅢならもう分かっていること。既に彼は、【アメリア】さんのロボじゃない。プログラムごと改竄されて、手を付けられないんだ!
そのまま野放しにすれば、彼を改造した人達の思うつぼさ!」
『!』
サドは続ける。
「傷つくのは紛れもなく、アメリアさんとレオだ。
消されてもいい。許されなくてもいい。この瞬間を逃して……自分の大切な物が消えていくのが……怖いんだよ。」
サドは辛い顔をしていた。事態を重く見ていた。ミアを逃がしたことで生じるリスクは、計り知れない。
レオに化けて騙すこと、アメリアとの齟齬が生まれうること、プログラムが改変されてること。最悪、レオとアメリアが共に消されうる。
サドは自分が全責任を負ってでも、茨の道を歩まんとしていた。嫌われてでも、意地でも押し通す。
覚悟の上、彼とネットワークの通信を始めようとした。
…途端にマークⅢの力が弱まった。ミアは蹴り飛ばして、遠くへと逃げ出す。
ビルから飛び降り、建造物の壁に張り付き、向こう側の壁へと飛ぶ。身軽な動きで徐々に降下し、華麗に着地する。
ミアは情報を周囲に広げて探す。サドの情報を必死に探った。写真、記事、動画、過去のアーカイブを次々と探し、自らの手でサドを作り出す。
『こいつが、サド……【サド・キャンソン】か。桃毛のレオと……そうか。弟なのか。』
ミアは映像で化けていく…サドの姿に変化した。空を見上げて、ミアは不敵な笑みで心を躍らせる。
『地獄に落としてやる!私に歯向かってきたことを……一生かけて……姉弟仲良く後悔してろ!』
サドの姿のまま、スラムの方へ駆けつけた。
マークⅢは放心していた。冷酷なサドに自ら逆らったのだ。もう、彼女の後も追えない。
サドの体に戻っていく。自身の手を見つめて、考えを巡らせていた。
「………。」
仮想空間にある、サドの前にあるコンピュータからは、エラーが発生していた。その画面を見つめ続ける…時間だけが経過していた。
逆に考えると、逮捕さえされなければ刑を避けることだってできる。暴力団【アルデバラン】の体制では、部下が任務を全うした暁に、“団員”として役人達から保護することになっている。
裏の世界にいたものは、長いものに巻かれるように、ギャングの最大手へと集う。そして集団も大規模なものへとなっていく。役所でさえ慎重に動くほどになった。
マテリアルエリアにて、スラムから猛スピードで機体が走ってくる。ライラの隣にいたサドは、彼女を庇って事故を避ける。どうやら過ぎ去ったようだ。
「いつ狙われるかわかりませんね。治安も悪いですし……爆音も鳴るかもしれませんね。」
「そこは地球と一緒なのね。」
「えっ!?」
「海外に行ったとき、マフィアの市街戦に何度か遭ったことがあるの。最初は怖かったけど、冷静に身構えられるようにはなったわ。」
「……今は怖くないんですか?」
「怖いから!今でも!」
ライラは突っ込みを入れた。外は危険である。とにかく早めに店へ入りたがっていた。
しかし、看板がどこにも見当たらない。高層ビルばかりが立ち並ぶ。サドは疑問に思った。
「販売店はここで集中していると思ったけど……あんなビル群のどこにあるんだろ。」
『あそこにある“アクサビル”の53階に【ヴィーナスグループ】系列の店、“ウラノビル”の32階に【GUSTAV】系列の店、“ノートビル”の64階に……』
「ありがとう、マークⅢ。後は自分で探すから。」
『お褒めに預かり光栄です。』
マークⅢの情報量に、サド達の脳が追いつくはずもなかった。別の手段を考える。
サドは思考を巡らせる。
「看板こそ無いけど……それだったら販売店はどこでやるんだろう?完全にネットかな?オフィス街だろうし。
もしくはどこかに一括しているのかな?」
「……っ!」
エンジン音が正面から聞こえてくる。ライラは既に反応して、サドを盾にして隠れた。怯えた声で話しかける。
「サド君……一旦、中で考えよ?」
「……そうですね。」
ライラの目だけは本気だった。彼女の腕と脚が震わせているのが、目と肌で分かる。
2人は付近のビルへ逃げる。
ロビーのソファに隣り合って座る。向かう前に何も調べなかったのが、彼らの失態であった。
調べてみると、機体自体は倉庫にあるようで、販売店は専用の機器でのみ行われているそうだ。このビルの89階で行われているらしい。
(コロニーって意外と窮屈な世界だね。)
「とにかく、89階で受けられるんだよね?何故に、こんな疎らなのかしら。」
「……分からない。治安が悪いから、一見さんお断りでこうなったと思う。」
「さっさと買って、帰ろうよ!」
「元からそのつもりですけど……ここまで手こずるとは思いもしませんでした。
入金もしたので、さっさと行きましょう。」
2人は立ち上がり、エレベーターへと歩く。ライラが右に、サドが左側に立った。
ライラはエレベーターのボタンを押す。
(89……あっ、87も押しちゃったけど……まあいいか。)
間違えて別の階のボタンを押してしまう。別に迷惑をかけるつもりはないので、そのままにした。
サドの様子を見てみる。少しだけ気張っているのか、光線銃をすぐに撃てるように、身構えていた。
1人で張り詰めていた。ライラは左手を横に差し出した。
「サド君。」
ライラは何も言わずに笑顔を向ける。サドが右手を出して、彼女の反応を待った。
「インチキしないの。強張らないで、ほら。」
「!///」
ライラから積極的に掴んできた。突然のことで、サドは恥ずかしがって目を背けた。
初めて、サドの生身を実感する。彼がロボットであることを忘れるほどに、柔らかい手はとても温かかった。
しばらく手を繋いでいた。目標の89階の前に、87階に止まる。
扉が開くと、目の前には強面の男衆が出迎えていた。2人は目が点になっていた。
「誰やお前。」
「警察の差金か?」
「何の用や……言うてみぃ!」
どうやら、とんでもない階に来たようだ。ライラは扉を閉ざそうとするが、相手がボタンを押して開けたままにしてくる。
「僕達2つ上の階に用があって!」
「そ、そうよ!私達、全然関係ない……キャッ!」
この階に強引に連れ出された。エレベーターは先に行ってしまう。
「2つ上は、何も無いはずや。そないなとこに行く怪しい奴、ワシらが見逃すと思うか?」
「……嘘……何も無いって本当ですか……ッ!」
「ジタバタすんなや、クソガキ!」
男が実弾で、サドの額を撃ち抜こうとした。弾かれたような音がして、痣ができただけであった。しかし銃が効かないこと自体には、違和感を覚えなかった。
「人造人間……お前もか。」
ライラはサドを庇った。
「あんた達……何したか分かっているの?」
「ああ、知っているさ……お前らが桃毛女の部下共ってことは知ってる。
あの女は……【アルデバラン】の副長様に歯向かいやがったんだ!顔に傷を付けて、俺らを馬鹿にしてんだ!」
事情は分からないが、ライラは銃を抜いて覚悟を決めた。
「それが事実だとしても……私は許せない!」
「登場の時からふざけやがって……黙って頭爆ぜとけや!」
横から殴りかかって来たところを、ライラは目を瞑って撃ち抜く。
「クソが!」
正面の男が構えて、女に銃を向けた。引き金を引く。
「……ッ!」
彼女が庇っていた少年は、光線銃で男の銃を弾き飛ばした。
「楯突きおって……お前ラァッ!」
「ひと呼吸、置いてから。いきなりやっても……怖くなるだけですよ。」
サドは立ち上がった。ビームソードを構えて、立ち向かった。
まっすぐ光線銃を撃ち込み、命中した敵に光剣を突き刺して、盾にしながら前に出る。光を消して、蹴りで後ろに退かせる。
背中を2人の男が狙う。巧みな足捌きで、前進しながら周囲の敵を斬りつける。
敵の守備が弱く、一撃で倒れる。
「ウラアアァァァッ!!!」
背後から撃とうと、ギャングが躍起になる。サドは振り向くが、奴の引き金は既に引かれていた。
撃ったと同時に、敵は手を押さえて膝をつく。敵の弾丸はサドの肩に弾かれた。
…ライラが撃ってくれたのだ。どうやら、彼女が撃った奴が最後のようだった。
「グッ……くぅ……」
「皆様は、【アルデバラン】の人達なのですか?」
「サド君!早く出て行こうよ!」
サドが手を押さえた男に、事情を聞く。男は答える。
「お前ら……ここ知ってるから来たんとちゃうんか?」
「……何度も申すようで恐縮ですが、私達の目的はロボを手に入れて帰ること。あなたの仲間に手を出す暇などありません。
その女性について、データに残していますか?あったら見せてほしいです。」
「んなもんねぇよ。」
「は?」
サドは汚物を見るような目で男を見下す。
「俺らは下っ端。でも……桃毛の女の部下は、桃毛のガキと、美女って聞かれた。それがお前らだったってことだ。」
男の話を聞く限り、サドとライラの正体は特徴だけ知れている。おそらくレオも危険である。
最後に、サドは彼に向けて言う。
「あなた方にデータが送られない理由……分かりました。」
「あ?」
「暴力に屈して、簡単に話す奴らだからです。副長はあなたの事をおそらく、下っ端よりも信用してません。
捨てられる前に、逃げた方がいいでしょう。」
サドはエレベーターに戻る。ライラも付いていく。扉を閉ざし、上へと目指す。
ライラは胸に手を当て、ひと呼吸してから、無言で手をサドに差し伸べた。二度目だからか、サドから改めて手を繋ぎなおす。
緊張した心が緩み、サドの恥じらいもすっかり消えていた。
扉が開き、無事に販売店へと入る。廊下を歩き、受付にたどり着く。無人の販売所であった。
「ここですね。」
「ロボは何を選べばいいかな……?」
「かわいい機体なら【Candy-men】、
機動力なら【ヴィーナス】、
防御重視なら【Majin】、
馬力なら【Gustav】……ですね。
初心者に扱いやすいのは【Majin】ですけど。」
「じゃあそれで!」
ライラは即決する。どうやらスムーズに決まりそうだ。
彼女が選んだ機体は、【Majin社】の“クラスシリーズ”、20m汎用移動機体【クラスE-m型】である。【オートマ】機体の中でもかなり安い部類だ。受け身も取りやすく、倒れてもすぐに立ち直れる。
サドはもう2機ほど買う。【Candy-menグループ】より、人型1.7m機体を1つ…これは後で探索のときに使う。
もう1つは、【Gustav】から18mの灰色の汎用機動機体【Pluto the Renewer】を購入する。移動機体との大きな違いは、戦闘補助システムが付いていることだ。
他、諸々整備用品についても購入した。特に【タイタン号】の強化に必要な素材は見逃さずに購入する。
他に、実弾銃も用意する。【9ミリセミオート拳銃】、【鉄芯銃】、【AIショット】を購入した。
合計で145万Uドル丁度であった。レジスタンス機の損傷もあり、3万ほど高くついてしまった。しかし、レジスタンス機のグレードも上がる。悪い事だけではないのだ。
値段は調べ、事前に前払いを済ませている。余った分は別の都市でも使える。領収書を取り、このビルから2人は立ち去る。
扉を開けて、再び怯えながら道を歩く。サドは提案する。
「先に【タイタン号】に戻りましょう。レオに連絡して、アメリアさんに送ってもらいます。
公共交通で帰りますね。」
「分かったわ!」
2人がモノレール駅へと向かうときだった。
「お前ら!」
聞き覚えのある声だった。振り向けば、桃毛の少女の姿が見える。それはサドの姉、レオであった。
「レオ……!?」
レオはこちらに向かって駆けつける…後ろに男を3人引き連れて。
「ちょ、ちょっと!タイムタイムタイム!」
「マークⅢ!」
『援護します!』
ライラが動揺する間に、サドが全力でレオの脇を通って、敵に飛び蹴りを見舞う。
倒れた敵を投げて、もう1人を倒す。
最後の1人を光剣で打ち上げ、光線銃で2発撃ち込む。最後の敵から、部品が落ちてくる。どうやらアンドロイドのようだ。
レオは後ろで、サドの戦闘を見ていた。
「レオ。」
「おう……!?」
「サド君……?」
サドがレオの腕を強引に掴み、路地裏へと連れて行く。ライラはサドの後を追う。
レオを路地裏に投げる。
「何のつもりだ……サド。リーダーの私に背くのか?」
レオが問うものの、サドは答えるつもりがない。ハニカムが彼を包み込み、無言で真の姿を現す。マークⅢが彼女の話に応じる。
『……あなたとは、こちらの姿でお話しましょう。』
「!?」
彼女の目から見れば、強いノイズだったものが唐突に白黒のロボに切り替わる。
『私達には分かっていますよ。レオさんに化けて、何をなさるつもりですか?答えてください。』
「何を言ってるか、分からねぇなっ!」
とぼけるレオの頬をつねる。肌がすり抜け、小さく激しい電子音が弾く。映像の奥の硬い部分に当たる。
マークⅢは怪電波を発動させ、レオの映像にノイズを走らせる。このままでは、相手の身も持たない。
真の姿が現れる。少女型のアンドロイドだ。
『へへへ……バレちゃった。』
「サド君!これって……」
ライラは後ろから、ゆっくりと近づく。サドは事情を話す。
『ライラさん、彼はレオじゃありません。アンドロイドです。』
「えっ、んじゃあ暴れていたのって……」
マークⅢはアンドロイドに問い詰める。
『どうして、レオに化けたんですか?』
『……知りたい?どうしようかなぁ?』
マークⅢはじっと見つめる。そのまま謎のアンドロイドに関する情報を引き出していく。
(名前は【ミア】、非売品……でも性能は【Candy-men】と同じ。制作者は……【アメリア】さん!?それに、更新者が別人で……)
『アメリアさんと、関わりがあるんですか?』
『アンタなんかに話すわけないでしょ!』
少女は逆上する。対して、マークⅢは忠告する。
『すぐに、アメリアさんの所に戻りましょう。あなたのプログラムは……誰かに改造されている。』
『………。』
黙り込む。互いに探り合う。
少女が光線銃をマークⅢに撃ち込む。一切怯まない。少女は路地裏の壁を蹴って、上へと向かう。
ライラは撃ち込もうとした。腰には無い。どうやら奴に盗まれたようだ。
マークⅢがエネルギーの3枚羽を両翼に広げ、まっすぐ彼女の方へ飛ぶ。一気に距離を縮めた。
『ハァ!?』
マークⅢは抱き込む。
『離してよ!アンタとアメリアに何の関係があるって言うの!?』
『アメリアさんと会ったんです!レオは……彼女の友人です。ギャングの人達に、何をしたんですか?
……レオさんに何をするつもりなんですか!?』
『関係無いって!アメリアの味方だけど、アンタ達とは敵だから!離せよ!』
『……尚更、逃がしません!』
屋上へと投げる。ミアは受け身を取り、逃げようと脚を回す。
しかし、一向に前に進まない。マークⅢは【ミクロダークホール】を用いて、彼女を捉えていた。ミアは後転し、マークⅢは解除して、彼女の顔を掴んで地面に押し込んだ。
サドは補助する。
(マークⅢ、そのまま押さえていて!【プラズマネットワーク】を彼女に繋げて、機能停止させるよ!)
(………。)
マークⅢは思い悩んでいた。
仮想空間上で、サドは彼女を繋げようとしたときに、マークⅢが彼の腕を掴んで止めてきた。
サドはマークⅢの方に向いて話を聞く。
『彼女を【プラズマネットワーク】に繋げると……【ミア】は二度と復元されません。ソフトウェアごと、取り替えなければなりません。
つまり……彼女は彼女じゃなくなるんです。経験したことも、【アメリア】さんとの記憶も、すべて消えてしまう。
私達で、【アメリア】さんのロボを勝手に“無き者”にするつもりなんですか!?』
マークⅢは怖気づいていた。同じ自律型ロボとして、同じロボを、しかも仲間の物に手を出すことに抵抗があった。
…対して、サドは至って冷酷であった。
「開発者のデータは残している。無論、それで納得してもらえないと思うし、怨まれるかもしれない。レオに殴られるかもしれない。償えないと思う。
……それでも僕ならやるよ。」
『なら……』
「マークⅢならもう分かっていること。既に彼は、【アメリア】さんのロボじゃない。プログラムごと改竄されて、手を付けられないんだ!
そのまま野放しにすれば、彼を改造した人達の思うつぼさ!」
『!』
サドは続ける。
「傷つくのは紛れもなく、アメリアさんとレオだ。
消されてもいい。許されなくてもいい。この瞬間を逃して……自分の大切な物が消えていくのが……怖いんだよ。」
サドは辛い顔をしていた。事態を重く見ていた。ミアを逃がしたことで生じるリスクは、計り知れない。
レオに化けて騙すこと、アメリアとの齟齬が生まれうること、プログラムが改変されてること。最悪、レオとアメリアが共に消されうる。
サドは自分が全責任を負ってでも、茨の道を歩まんとしていた。嫌われてでも、意地でも押し通す。
覚悟の上、彼とネットワークの通信を始めようとした。
…途端にマークⅢの力が弱まった。ミアは蹴り飛ばして、遠くへと逃げ出す。
ビルから飛び降り、建造物の壁に張り付き、向こう側の壁へと飛ぶ。身軽な動きで徐々に降下し、華麗に着地する。
ミアは情報を周囲に広げて探す。サドの情報を必死に探った。写真、記事、動画、過去のアーカイブを次々と探し、自らの手でサドを作り出す。
『こいつが、サド……【サド・キャンソン】か。桃毛のレオと……そうか。弟なのか。』
ミアは映像で化けていく…サドの姿に変化した。空を見上げて、ミアは不敵な笑みで心を躍らせる。
『地獄に落としてやる!私に歯向かってきたことを……一生かけて……姉弟仲良く後悔してろ!』
サドの姿のまま、スラムの方へ駆けつけた。
マークⅢは放心していた。冷酷なサドに自ら逆らったのだ。もう、彼女の後も追えない。
サドの体に戻っていく。自身の手を見つめて、考えを巡らせていた。
「………。」
仮想空間にある、サドの前にあるコンピュータからは、エラーが発生していた。その画面を見つめ続ける…時間だけが経過していた。
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