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Chapter_3:機械工の性

Note_61

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 コロニーにおいて、武器の所持および使用は法律に違反しない代わりに、執行猶予は適用されない。逮捕され、裁判により判決で言い渡された刑期を、問答無用で受け入れなければならない。

 逆に考えると、逮捕さえされなければ刑を避けることだってできる。暴力団【アルデバラン】の体制では、部下が任務を全うした暁に、“団員”として役人達から保護することになっている。

 裏の世界にいたものは、長いものに巻かれるように、ギャングの最大手へと集う。そして集団も大規模なものへとなっていく。役所でさえ慎重に動くほどになった。

 マテリアルエリアにて、スラムから猛スピードで機体が走ってくる。ライラの隣にいたサドは、彼女を庇って事故を避ける。どうやら過ぎ去ったようだ。


「いつ狙われるかわかりませんね。治安も悪いですし……爆音も鳴るかもしれませんね。」

「そこは地球と一緒なのね。」

「えっ!?」

「海外に行ったとき、マフィアの市街戦に何度か遭ったことがあるの。最初は怖かったけど、冷静に身構えられるようにはなったわ。」

「……今は怖くないんですか?」

「怖いから!今でも!」


 ライラは突っ込みを入れた。外は危険である。とにかく早めに店へ入りたがっていた。

 しかし、看板がどこにも見当たらない。高層ビルばかりが立ち並ぶ。サドは疑問に思った。


「販売店はここで集中していると思ったけど……あんなビル群のどこにあるんだろ。」

『あそこにある“アクサビル”の53階に【ヴィーナスグループ】系列の店、“ウラノビル”の32階に【GUSTAVグスタフ】系列の店、“ノートビル”の64階に……』

「ありがとう、マークⅢ。後は自分で探すから。」

『お褒めに預かり光栄です。』


 マークⅢの情報量に、サド達の脳が追いつくはずもなかった。別の手段を考える。

 サドは思考を巡らせる。


「看板こそ無いけど……それだったら販売店ディーラーはどこでやるんだろう?完全にネットかな?オフィス街だろうし。

もしくはどこかに一括しているのかな?」

「……っ!」


 エンジン音が正面から聞こえてくる。ライラは既に反応して、サドを盾にして隠れた。怯えた声で話しかける。


「サド君……一旦、中で考えよ?」

「……そうですね。」


 ライラの目だけは本気だった。彼女の腕と脚が震わせているのが、目と肌で分かる。

 2人は付近のビルへ逃げる。



 ロビーのソファに隣り合って座る。向かう前に何も調べなかったのが、彼らの失態であった。

 調べてみると、機体自体は倉庫にあるようで、販売店は専用の機器でのみ行われているそうだ。このビルの89階で行われているらしい。


(コロニーって意外と窮屈な世界だね。)

「とにかく、89階で受けられるんだよね?何故に、こんなまばらなのかしら。」

「……分からない。治安が悪いから、一見さんお断りでこうなったと思う。」

「さっさと買って、帰ろうよ!」

「元からそのつもりですけど……ここまで手こずるとは思いもしませんでした。

入金もしたので、さっさと行きましょう。」


 2人は立ち上がり、エレベーターへと歩く。ライラが右に、サドが左側に立った。

 ライラはエレベーターのボタンを押す。


(89……あっ、87も押しちゃったけど……まあいいか。)


 間違えて別の階のボタンを押してしまう。別に迷惑をかけるつもりはないので、そのままにした。

 サドの様子を見てみる。少しだけ気張っているのか、光線銃をすぐに撃てるように、身構えていた。

 1人で張り詰めていた。ライラは左手を横に差し出した。


「サド君。」


 ライラは何も言わずに笑顔を向ける。サドが右手を出して、彼女の反応を待った。


「インチキしないの。強張らないで、ほら。」

「!///」


 ライラから積極的に掴んできた。突然のことで、サドは恥ずかしがって目を背けた。

 初めて、サドの生身を実感する。彼がロボットであることを忘れるほどに、柔らかい手はとても温かかった。

 しばらく手を繋いでいた。目標の89階の前に、87階に止まる。



 扉が開くと、目の前には強面の男衆が出迎えていた。2人は目が点になっていた。


「誰やお前。」
警察サツの差金か?」
「何の用や……言うてみぃ!」


 どうやら、とんでもない階に来たようだ。ライラは扉を閉ざそうとするが、相手がボタンを押して開けたままにしてくる。


「僕達2つ上の階に用があって!」

「そ、そうよ!私達、全然関係ない……キャッ!」


 この階に強引に連れ出された。エレベーターは先に行ってしまう。


「2つ上は、何も無いはずや。そないなとこに行く怪しい奴、ワシらが見逃すと思うか?」

「……嘘……何も無いって本当ですか……ッ!」

「ジタバタすんなや、クソガキ!」


 男が実弾で、サドの額を撃ち抜こうとした。弾かれたような音がして、痣ができただけであった。しかし銃が効かないこと自体には、違和感を覚えなかった。


人造人間アンドロイド……お前もか。」


 ライラはサドを庇った。


「あんた達……何したか分かっているの?」

「ああ、知っているさ……お前らが桃毛女の部下共ってことは知ってる。

あの女は……【アルデバラン】の副長様に歯向かいやがったんだ!顔に傷を付けて、俺らを馬鹿にしてんだ!」


 事情は分からないが、ライラは銃を抜いて覚悟を決めた。


「それが事実だとしても……私は許せない!」

「登場の時からふざけやがって……黙って頭爆ぜとけや!」


 横から殴りかかって来たところを、ライラは目を瞑って撃ち抜く。


「クソが!」


 正面の男が構えて、女に銃を向けた。引き金を引く。


「……ッ!」


 彼女が庇っていた少年は、光線銃で男の銃を弾き飛ばした。


「楯突きおって……お前ラァッ!」

「ひと呼吸、置いてから。いきなりやっても……怖くなるだけですよ。」


 サドは立ち上がった。ビームソードを構えて、立ち向かった。

 まっすぐ光線銃を撃ち込み、命中した敵に光剣を突き刺して、盾にしながら前に出る。光を消して、蹴りで後ろに退かせる。

 背中を2人の男が狙う。巧みな足捌きで、前進しながら周囲の敵を斬りつける。

 敵の守備が弱く、一撃で倒れる。


「ウラアアァァァッ!!!」


 背後から撃とうと、ギャングが躍起になる。サドは振り向くが、奴の引き金は既に引かれていた。

 撃ったと同時に、敵は手を押さえて膝をつく。敵の弾丸はサドの肩に弾かれた。

…ライラが撃ってくれたのだ。どうやら、彼女が撃った奴が最後のようだった。


「グッ……くぅ……」

「皆様は、【アルデバラン】の人達なのですか?」

「サド君!早く出て行こうよ!」


 サドが手を押さえた男に、事情を聞く。男は答える。


「お前ら……ここ知ってるから来たんとちゃうんか?」

「……何度も申すようで恐縮ですが、私達の目的はロボを手に入れて帰ること。あなたの仲間に手を出す暇などありません。

その女性について、データに残していますか?あったら見せてほしいです。」

「んなもんねぇよ。」

「は?」


 サドは汚物を見るような目で男を見下す。


「俺らは下っ端。でも……桃毛の女の部下は、桃毛のガキと、美女って聞かれた。それがお前らだったってことだ。」


 男の話を聞く限り、サドとライラの正体は特徴だけ知れている。おそらくレオも危険である。

 最後に、サドは彼に向けて言う。


「あなた方にデータが送られない理由……分かりました。」

「あ?」

「暴力に屈して、簡単に話す奴らだからです。副長はあなたの事をおそらく、下っ端よりも信用してません。

捨てられる前に、逃げた方がいいでしょう。」


 サドはエレベーターに戻る。ライラも付いていく。扉を閉ざし、上へと目指す。



 ライラは胸に手を当て、ひと呼吸してから、無言で手をサドに差し伸べた。二度目だからか、サドから改めて手を繋ぎなおす。

 緊張した心が緩み、サドの恥じらいもすっかり消えていた。



 扉が開き、無事に販売店へと入る。廊下を歩き、受付にたどり着く。無人の販売所であった。


「ここですね。」

「ロボは何を選べばいいかな……?」

「かわいい機体なら【Candy-men】、
機動力なら【ヴィーナス】、
防御重視なら【Majin】、
馬力なら【Gustav】……ですね。

初心者に扱いやすいのは【Majin】ですけど。」

「じゃあそれで!」


 ライラは即決する。どうやらスムーズに決まりそうだ。

 彼女が選んだ機体は、【Majin社】の“クラスシリーズ”、20mメートル汎用移動機体【クラスE-m型】である。【オートマ】機体の中でもかなり安い部類だ。受け身も取りやすく、倒れてもすぐに立ち直れる。

 サドはもう2機ほど買う。【Candy-menグループ】より、人型1.7m機体を1つ…これは後で探索のときに使う。

 もう1つは、【Gustav】から18mの灰色の汎用機動機体【Pluto the Renewer】を購入する。移動機体との大きな違いは、戦闘補助システムが付いていることだ。

 他、諸々整備用品についても購入した。特に【タイタン号】の強化に必要な素材は見逃さずに購入する。

 他に、実弾銃も用意する。【9ミリセミオート拳銃】、【鉄芯銃】、【AIショット】を購入した。

 合計で145万Uドル丁度であった。レジスタンス機の損傷もあり、3万ほど高くついてしまった。しかし、レジスタンス機のグレードも上がる。悪い事だけではないのだ。

 値段は調べ、事前に前払いを済ませている。余った分は別の都市でも使える。領収書を取り、このビルから2人は立ち去る。





 扉を開けて、再び怯えながら道を歩く。サドは提案する。


「先に【タイタン号】に戻りましょう。レオに連絡して、アメリアさんに送ってもらいます。

公共交通で帰りますね。」

「分かったわ!」


 2人がモノレール駅へと向かうときだった。


「お前ら!」


 聞き覚えのある声だった。振り向けば、桃毛の少女の姿が見える。それはサドの姉、レオであった。


「レオ……!?」


 レオはこちらに向かって駆けつける…後ろに男を3人引き連れて。


「ちょ、ちょっと!タイムタイムタイム!」

「マークⅢ!」

『援護します!』


 ライラが動揺する間に、サドが全力でレオの脇を通って、敵に飛び蹴りを見舞う。

 倒れた敵を投げて、もう1人を倒す。

 最後の1人を光剣で打ち上げ、光線銃で2発撃ち込む。最後の敵から、部品が落ちてくる。どうやらアンドロイドのようだ。

 レオは後ろで、サドの戦闘を見ていた。


「レオ。」

「おう……!?」

「サド君……?」


 サドがレオの腕を強引に掴み、路地裏へと連れて行く。ライラはサドの後を追う。



 レオを路地裏に投げる。


「何のつもりだ……サド。リーダーの私に背くのか?」


 レオが問うものの、サドは答えるつもりがない。ハニカムが彼を包み込み、無言で真の姿を現す。マークⅢが彼女の話に応じる。


『……あなたとは、こちらの姿でお話しましょう。』

「!?」


 彼女の目から見れば、強いノイズだったものが唐突に白黒のロボに切り替わる。


『私達には分かっていますよ。レオさんに化けて、何をなさるつもりですか?答えてください。』

「何を言ってるか、分からねぇなっ!」


 とぼけるレオの頬をつねる。肌がすり抜け、小さく激しい電子音が弾く。映像の奥の硬い部分に当たる。

 マークⅢは怪電波を発動させ、レオの映像にノイズを走らせる。このままでは、相手の身も持たない。

 真の姿が現れる。少女型のアンドロイドだ。


『へへへ……バレちゃった。』

「サド君!これって……」


 ライラは後ろから、ゆっくりと近づく。サドは事情を話す。


『ライラさん、彼はレオじゃありません。アンドロイドです。』

「えっ、んじゃあ暴れていたのって……」


 マークⅢはアンドロイドに問い詰める。


『どうして、レオに化けたんですか?』

『……知りたい?どうしようかなぁ?』


 マークⅢはじっと見つめる。そのまま謎のアンドロイドに関する情報を引き出していく。


(名前は【ミア】、非売品……でも性能は【Candy-men】と同じ。制作者は……【アメリア】さん!?それに、更新者が別人で……)

『アメリアさんと、関わりがあるんですか?』

『アンタなんかに話すわけないでしょ!』


 少女は逆上する。対して、マークⅢは忠告する。


『すぐに、アメリアさんの所に戻りましょう。あなたのプログラムは……誰かに改造されている。』

『………。』


 黙り込む。互いに探り合う。

 少女が光線銃をマークⅢに撃ち込む。一切怯まない。少女は路地裏の壁を蹴って、上へと向かう。

 ライラは撃ち込もうとした。腰には無い。どうやら奴に盗まれたようだ。

 マークⅢがエネルギーの3枚羽を両翼に広げ、まっすぐ彼女の方へ飛ぶ。一気に距離を縮めた。


『ハァ!?』


 マークⅢは抱き込む。


『離してよ!アンタとアメリアに何の関係があるって言うの!?』

『アメリアさんと会ったんです!レオは……彼女の友人です。ギャングの人達に、何をしたんですか?

……レオさんに何をするつもりなんですか!?』

『関係無いって!アメリアの味方だけど、アンタ達とは敵だから!離せよ!』

『……尚更、逃がしません!』


 屋上へと投げる。ミアは受け身を取り、逃げようと脚を回す。

 しかし、一向に前に進まない。マークⅢは【ミクロダークホール】を用いて、彼女を捉えていた。ミアは後転し、マークⅢは解除して、彼女の顔を掴んで地面に押し込んだ。

 サドは補助する。


(マークⅢ、そのまま押さえていて!【プラズマネットワーク】を彼女に繋げて、機能停止させるよ!)

(………。)


 マークⅢは思い悩んでいた。



 仮想空間上で、サドは彼女を繋げようとしたときに、マークⅢが彼の腕を掴んで止めてきた。

 サドはマークⅢの方に向いて話を聞く。


『彼女を【プラズマネットワーク】に繋げると……【ミア】は二度と復元されません。ソフトウェアごと、取り替えなければなりません。

つまり……彼女は彼女じゃなくなるんです。経験したことも、【アメリア】さんとの記憶も、すべて消えてしまう。

私達で、【アメリア】さんのロボを勝手に“無き者”にするつもりなんですか!?』


 マークⅢは怖気づいていた。同じ自律型ロボとして、同じロボを、しかも仲間の物に手を出すことに抵抗があった。

…対して、サドは至って冷酷であった。


「開発者のデータは残している。無論、それで納得してもらえないと思うし、怨まれるかもしれない。レオに殴られるかもしれない。償えないと思う。

……それでも僕ならやるよ。」

『なら……』

「マークⅢならもう分かっていること。既に彼は、【アメリア】さんのロボじゃない。プログラムごと改竄されて、手を付けられないんだ!

そのまま野放しにすれば、彼を改造した人達の思うつぼさ!」

『!』


 サドは続ける。


「傷つくのは紛れもなく、アメリアさんとレオだ。

消されてもいい。許されなくてもいい。この瞬間を逃して……自分の大切な物が消えていくのが……怖いんだよ。」


 サドは辛い顔をしていた。事態を重く見ていた。ミアを逃がしたことで生じるリスクは、計り知れない。

 レオに化けて騙すこと、アメリアとの齟齬が生まれうること、プログラムが改変されてること。最悪、レオとアメリアが共に消されうる。

 サドは自分が全責任を負ってでも、茨の道を歩まんとしていた。嫌われてでも、意地でも押し通す。

 覚悟の上、彼とネットワークの通信を始めようとした。



…途端にマークⅢの力が弱まった。ミアは蹴り飛ばして、遠くへと逃げ出す。

 ビルから飛び降り、建造物の壁に張り付き、向こう側の壁へと飛ぶ。身軽な動きで徐々に降下し、華麗に着地する。

 ミアは情報を周囲に広げて探す。サドの情報を必死に探った。写真、記事、動画、過去のアーカイブを次々と探し、自らの手でサドを作り出す。


『こいつが、サド……【サド・キャンソン】か。桃毛のレオと……そうか。弟なのか。』


 ミアは映像で化けていく…サドの姿に変化した。空を見上げて、ミアは不敵な笑みで心を躍らせる。


『地獄に落としてやる!私に歯向かってきたことを……一生かけて……姉弟仲良く後悔してろ!』


 サドの姿のまま、スラムの方へ駆けつけた。



 マークⅢは放心していた。冷酷なサドに自ら逆らったのだ。もう、彼女の後も追えない。

 サドの体に戻っていく。自身の手を見つめて、考えを巡らせていた。


「………。」


 仮想空間にある、サドの前にあるコンピュータからは、エラーが発生していた。その画面を見つめ続ける…時間だけが経過していた。


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