黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第七章 母を訪ねて三千里

52.失われた場所

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 胸をくすぐる柔らかい感触に眠りの国に居たはずの意識が水中を昇る泡のように浮上して来る。
 それが何かと手を伸ばせば ツルツル とした短い毛に覆われた コリコリ とした不思議な感触。おや?と少し重たい瞼を持ち上げると、少しばかりの黒を含んだ渋みのある銀色の三角の山が二つ ピクピクッ と動いたので全ての記憶が呼び覚まされた。

「気分はどお?」

 先に起きていたミアは顔を持ち上げると優しい眼差しで見上げて来る。顔を見ただけで返事も待たずに俺の腕を枕にすると、位置を定めたいのか、抱き付きながらもモゾモゾと身体を動かした。

「ミア、ごめんな。お前を都合良く利用した」
「利害の一致、私は幸せな時間をもらった」

 抱いて欲しいと言ったのは俺の為の誘い文句ではなく本心からなのか。それほどまでに俺を想ってくれているミアの事を、ただノアを忘れる為だけの捌け口にした俺は愚か者だな。何故もっとミアに対して愛情をもってやれなかったのかという嘲りが自分の胸を突く。

 今はまだノアほどにはミアの事を想う気持ちはない。けど一緒にいればあるいはそのうち……




 ミアのおかげでノアにフラれた痛みが落ち着き、だいぶ心が楽になったので、エアロライダーに張られた風幕で向かい来る風を受け流しつつ心地よい程度の風を感じながら何も無い荒野を更に進んだ。

「今日は前」

 そう言ったミアの希望通り俺の前に座らせると、運転したいのかと思いきや、そうではないと言う。背を預けて座るミアが落ちないように両腕で軽く挟み込むように支えつつひた走ると、それまで黙っていたミアが唐突に口を開いた。

「寄り道する」
「寄り道ぃ?どこ行くんだ?」
「……ひみつ」

 特段急ぐわけでも無いのでミアの意思に従い少し方向を逸らすと、時折小さな森らしきものがチラホラ見えていただけの大地に瓦礫の山、人気のなさそうな廃墟らしきものが見えてきた。

「もしかしてアレか?」
「そう」

 エアロライダーの速度を落として町だったモノに侵入すると、ドラゴンか何かにでも叩き潰されたかのように全ての建物が滅茶苦茶に破壊し尽くされている。一瞬フォルテア村の光景が思い浮かんだがすぐに消えて行った。

 大きな町だったのだろう、ゆっくり走っているとはいえ破壊された町並みがなかなか終わらない。だがそんな町を見ていると分かってくる事もある、町が破壊された要因だ。至るところに魔法を使用した破壊の後があり、魔物の襲来で滅んだ町ではなく魔族の襲撃でもあったかのようだ。

「こんなところに来てどうするんだ?」

 ミアの スッ と指差す方向には一際大きな瓦礫の山があり、そこに辿り着くとエアロライダーを停めた。
 他とは比べものにならないほどの大量の瓦礫、破壊されてだいぶ月日が経っているようで雨風に晒されて風化しているようにも見える。これも魔族の仕業なのだろうか?それにしてもこんな大きな町が完全に破壊されるなど聞いたこともない。

「ミア、ここは……」
「かつて栄華を極め、世界で一番強かった国」

 国の歴史など全く知らない俺はそれが何という国なのか当然のように知らないし、聞いたとしても分からないだろう。だが何となく歩いてみたい気分になりミアと共に廃墟などという味気ない場所で手を繋いでの散歩をした。
 だがやはり廃墟は廃墟、崩れた建物がそのまま放置され瓦礫が散らばるだけの寂しい土地に、ここで生活していた人々は死んでしまったのかと再びフォルテア村が思い浮かぶ。

 大きな瓦礫の山を時計回りにグルリと回って行くと、僅かに膨らむ丘の上に枯れてしまって葉っぱすら付けていないが大きくて立派な木が佇んでいた。
 手を回してもとてもじゃないが届かないような太い幹が無数の枝を重たげに支えているような姿、それは国が国民を支える絵のような印象を与えてくる。かつては青々とした葉が覆い繁っていただろうソレは、国の崩壊と共に葉を散らし枯れ果ててしまった、何故だが分からないがそんな事を感じさせる悲しい木だ。

「あれはお墓」
「お墓?誰のだ?」

 吸い寄せられるような妙な感覚がして、丘の手前で立ち止まったミアを置き去りにその木に近付くとゴツゴツとした幹に触れてみた。表面は水分を失い、少し力を入れると崩れてしまいそうなほどにカサカサになっている。


 その時だった。突然湧いた焦燥感に焦りを感じ、ミアを守らなくてはと振り向いた瞬間には全ての景色の色が失われており、ミアもモノクロへと変わり果てて離れた場所で真っ直ぐ俺を見つめたまま微動だにしない。

「何だこれは!?」

 走り出した直後におかしい事に気付き、木から少しだけ離れた所で立ち止まると背後から感じた気配に再び木の方を振り返る。

 するとどうだろう。枯れ果てて枝のみとなっていた筈の木が桃色の何かに埋め尽くされており、吹き抜ける風にその一部を乗せて灰色の空へとヒラヒラと美しくばら撒いている。

 唖然としながらもよくよく見ると、枯れ木の纏う桃色は何処かで見た形の小さな花の集まりで、風に舞うのは抜け落ちた花弁のようだ。
 あれは確か俺の持つルイスハイデの王家の証に描かれている、国の花だった筈の “桜“ と言う名の花。ルイスハイデに一本だけしか無い木に咲く花で今では失われてしまったと爺ちゃんに聞いたが、こんなに綺麗な色の花だったんだな。それにしても何故ここに?

 そして気配の正体は、さっきまでは居なかった筈の木の根元に静かに座る一人の男。そいつはクルクルと回転しながら落ちてくる花弁を手のひらで受けると、ゆったりとした動きで立ち上がり俺を見据える。

「誰だ!これをやったのはお前か?何をしたんだ!?」

 だが言葉を発すると同時に「あれ?」と妙な事を思う。長さは違えど癖のある黒髪に、金色の瞳……ん?俺!?

「ようやく現れたな、一先ず自己紹介してやろう。アベラート・ランドストレム・オブ・ルイスハイデ、俺の名だ。ようこそ、俺と同じ力を継ぎし者よ」


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