黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第七章 母を訪ねて三千里

53.先人の教え

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「ルイスハイデ!?」

 黒髪に金の瞳、突然姿を表した俺と同じ容姿をする男の名乗りに驚き鼓動が跳ね上がる。
 ルイスハイデの一族は国と共に滅び、今や俺とミカ兄の二人きりのはず、では目の前のコイツは一体……。

「そうだ、ここはかつての俺の国、そしてサルグレッドに滅ぼされたルイスハイデ王国の成れの果てだ」

「マジか……」

「マジもマジマジ、大マジだよ。俺の姿見れば分かるだろう?お前とそっくり、いや~、気持ち悪いねぇ。でも、まっ、虚無の魔力ニヒリティ・シーラの適正者だ、仕方ねぇわな」

「どういう事だ?」

「なんだ、知らないのか?虚無の魔力ニヒリティ・シーラの適正を持つ者は、俺達ルイスハイデ一族の祖である男の容姿に似るらしいぜ?なんでも似てれば似てるだけ強い力を引き継いでいるって伝承でな、お前もだが俺も虚無の魔力ニヒリティ・シーラを色濃く受け継いだ。つまり、俺達の始まりの男は俺達のような容姿だったってわけだな。

 でも、んなこったぁどぉでもいいんだよ。見てくれなんてただの飾りだ、男は中身で勝負、だろ?まぁ、お前の中身が悪くとも虚無の魔力ニヒリティ・シーラのおかげで女は食い放題だがな!カカカッ。お前もそんな人生を楽しんでんだろ?終わっちまった俺からすれば羨ましい限りだなぁ、おいっ」

 本心から楽しんでいるように豪快に笑う姿は、どことなくミカ兄を連想させる。そういえばミカ兄は今、何をしているんだろう。

「だが、一つだけ、先輩からの助言をしてやろう。お前がどれだけの女を鳴かそうと知ったこっちゃないが、本当に……心から愛するものだけは何があっても守れ。俺はお遊びが過ぎて一番大切なモノを失った。それは散々後悔したが、結果が出てから気付いてもおせぇんだよ。

 お前はお前が大切だと思える奴の事を片時も離すな。雁字搦めにロープで結んだ上から鎖に繋いで箱に仕舞った上に布を被せて重りを乗せてその上に座って見張っておけ!
 いいか?これは大袈裟でもなんでもねぇ!それくらいしないと女なんて簡単に逃げて行くんだよ……。

 俺みたいにはなるな。以上だ、終わったらさっさと帰れ」

 シッシッと犬でも追い払うようにする素振りに イラッ とするが、こいつが何の為に現れたのかがまだ分からない。

「待て待て待てっ!良い事言ったと思ったらいきなりそれかよ!突然現れて言うだけ言ったらさっさと帰れとかお前、性格悪いぞ」

「んだょ、女ならまだしも自分そっくりの男となんか顔を合わせていても気持ちよくないだろ?ほらお互いの為じゃないか、さっさと帰れよ。これで俺の役目は終わりなんだ、後はてめぇで好きにやれよ。忠告はしてやったからな?せっかくの俺様の好意を無駄にするなよ?じゃあなっ」

「役目ってなんだよ!何が言いたかったかサッパリ分からなかったぞ?なんなんだお前」

 その言葉が気に入らなかったのか、仰け反りながら叫び声を上げ苛々した様子でボリボリと頭を掻くと、目を吊り上げて人差し指を突き出してきた。

「かぁーーーーーーーーーっ!てめぇ、先輩様に向かってお前とかなんだよっ、殺すぞ!
 俺の役目はお前に俺がなんで失敗したのかを告げること、お前が力に溺れて暴走しないように促してやること、それがあの女の与えた俺への仕事。ようやく仕事が終わったんだからこんな寂しい場所とはおさらばするんだよっ。女を待たせる男って最低だろ?

 あったま悪いお前にも分かるようにもう一度だけ言ってやる。いいか、よく聞け。聞いたらさっさと帰れよ。

 いいか、虚無の魔力ニヒリティ・シーラは発動させる際にお前の心を乗っ取ろうと仕掛けてくるのは知ってるだろ?アレに対抗するにはお前の弱い部分を埋めてくれる者に頼るしかない。それを奪われないように気を付けろ。

 そいつを奪われお前の心が闇に喰われた時、今度こそ世界は滅びるぞ。あのクソ野郎に負けるな、俺達一族を利用する奴の野望を、逆にお前が破壊してやれ!

 この世界そのものの仇をお前が討ってくれ、頼んだぜ……後輩」

 言葉の終わりを合図に吹き付けてきた強い風に煽られ咲き誇っていた満開の桜が役目は終えたとばかりに一斉に散って行く。その幹に手を伸ばし、もう片方の手を腰に当ててこちらを向いたまま白い歯を見せて不敵に笑う俺とそっくりな容姿のアベラート。

 ヒラヒラと、だが豪雨のように降り注ぐ大量の花弁に飲み込まれると、色を無くして動かないミアへと視線を向けて目を細めて微笑んだのを最後に、吹き付けた風に乗って桃色の津波と共に姿を消した。




「会えた?」

 その声に『ハッ!』とすれば、俺は枯れ果てた木の幹に手を当てたままで立っていた。ミアに駆け寄ろうと木から離れたはずなのにと不思議に思うが、それ以上に不思議な事にあれだけあった桜の花弁は地面に落ちてはおらず、ただの一枚も見当たらない。

「ミア?」
「ここにはもう用はない、行こう」

 白昼夢にも似た祖先を名乗る男との邂逅、アレが現実だったのかどうかも怪しい感じすらしてきたが、色を無くして動かなくなっていた筈のミアはまるでそのことを知っているかのような雰囲気で、その為に来たと言わんばかりだ。

 何も言わずにトコトコと先を行く背中を追いかけ隣に並んでみるが、俺を見る事もなく真っ直ぐ前だけを見つめて黙って歩く彼女に問いかけても答えは返ってこないのだろうな。


▲▼▲▼


 再びエアロライダーを駆り、行く宛の見えない目的地へと向かって見慣れた荒野を走って行く。

 ルイスハイデ跡地だと聞いてもなんの感慨も湧かなかったのは、スピサ王国の後に残るクレルトルのように人の住む町ではなかったからかもしれない。サルグレッドに滅ぼされ人の住めなくなった旧王国。幸いだったのは、その時の戦いで出来た亡骸がきちんと処理されていて見当たらなかった事だろうか。

 そんな事を考えているとモヤモヤしたものが胸に溜まって来たので、大きく息を吸い込みソレと共に吐き出した。
 目の前にある美しい銀の髪に顔を突っ込み、空っぽになった肺に鼻から息を吸い込むと、ノアと同じ太陽の匂いがして再び彼女の事が思い起こされる。「何?」と振り返るミアに「なんでも無い」と首を振りつつそんなことをして後悔している自分に『馬鹿野郎』と唾を吐く。



 ミアが停めろと言った場所は目印も何もない見晴らしの良いだけの大地。エアロライダーはカバンに仕舞い、目を瞑り鼻を突き出して匂いを嗅ぐ事に集中するミアの後ろをピンと立ったままの銀色の尻尾を眺めつつ黙って歩いた。

 十分くらいは歩いただろうか、突然振り返ったミアの顔はやっとお目当てのものが見つかったからか、満面の笑顔だったので思わぬ不意打ちにドキリとしてしまう。
 ミアの立ち止まった場所はやはりなんの変哲もないところで、目印となるものなど何も無いような辺鄙な場所。こんな所でなぜ彼女が振り向いたのかさっぱり分からなかった。

「その刀に魔力を流して。貴方しか使えない魔力」

 朔羅を指差し虚無の魔力ニヒリティ・シーラを使えと言う。何故そんなことを知っているのかと聞こうとした時、ミアが勢いよく抱き付き俺の胸に顔を埋めた。

「私が付いてる、怖くないよ」
「ミア、君は……」
「貴方を待ってる人が居る、はやく」

 俺の言葉を遮るミアは質問には答える気が無い、と言うことなのだろう。仕方なく言われるがままに気合いを入れ虚無の魔力ニヒリティ・シーラを解放し朔羅へと流し込めば、鞘を通り越して黒い光が輝き始める。

 こんなに反応があったのは初めてだと驚いていると、朔羅の放つ光に反応して足元にも同じ黒い光が浮かび上がった。それが魔法陣だと気が付いた時、唇には柔らかな感触。目の前には目を瞑ったミアの顔。
 唇が離れ水色の瞳が俺を見つめると、先程のように極上の笑顔を俺にくれる。

「ミア……」

 何かがおかしい……物凄い違和感が胸の中に湧き上がり「どうした?」と聞こうと思った時には既に浮遊感に襲われており、目の前が真っ暗になってしまった。


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