黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第七章 母を訪ねて三千里

54.用意された出会い

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 転移で意識を失うのは二回目だった。一度目はゾルタインからプリッツェレへ飛ばされた時、あの時は三日も寝ていたらしい。
 あれは特殊なケースだったとはいえ、幸いにも今回はそれ程時間も経たずに目覚めたらしく身体に違和感がある訳ではなかった。

 土をくり抜いたような土壁に囲まれた三メートル四方の狭い部屋。手掘りのゴツゴツとした感じではなく魔法で整えたような滑らかな土壁が部屋を囲っている。窓も灯りも無いのに明るく、なんだかティリッジのダンジョンのようだ。
 立ち上がって足元を見ると魔力の通っていない魔法陣が描かれているので、ここが出入り口なのだろう。

「ミア?」

 一緒に転移した筈のミアの姿がその部屋には無く、呼んでみるものの誰の返事もない。部屋に取り付けられた木製の扉を開けてみると部屋と同じく松明も無いのに明るい通路。

「ミアっ、どこだ?」

 通路の先には再び木製の扉があり、その向こうには人の気配がする。古びた扉に手を掛け軽く力を込めるとギギギギッと錆びた音を立てて開いていく。

「ミ~ア~」

 覗き込んだ先は十メートル四方は有りそうなそこそこ広い空間。造りは先程の部屋と同じく土壁で出来ているが、食器棚や竃といった生活用品が置かれているので誰かが住んでいる場所なのだと容易に想像が着く。

「どちら様ですか?」

 部屋の奥にある食卓用のテーブルには一人の女性が警戒心を剥き出しにして無許可で踏み入って来た俺を睨みつけている。

「突然すみません。俺はレイ、貴女がアリシアさんで間違いないですか?」

「へ?」

 見知らぬ人に名前を呼ばれ警戒するのも忘れて キョトン とした女性の頭には白いウサギの耳がピンと立っており、侵入者である俺を警戒してどんな音も逃すまいとしているのがよく分かった。

 よくよく見ればエレナと同じ蒼色の瞳をしておりブロンドの長い髪も同じなのだが、どう考えてもお母さんというよりはお姉さんにしか思えない程に若々しい。
 ただ一点、年齢を感じさせるといえば着ている服くらいか。シャツに短いスカートを普段着としているエレナに対し、上から下まで一枚の布でつくられた丈の長いスカート姿は落ち着いた感じに見える。

 エレナは頑として公言しないが二十歳くらいの筈。その母であるアリシアは四十歳を過ぎていてもおかしくはないのに、おばさんなどとはとても呼べない容姿。

──この世界には年齢を超越出来る魔法でもあるのか?

 ルミアは魔族だからと無理矢理誤魔化すにしても、モニカの母であるケイティアさんや、スピサの血族だったトーニャさんなんかは明らかに年齢と容姿が一致していない。

「あ、あの、貴方は一体……何故私の名前を?」
「すみません、俺は怪しい者ではありません。もちろん貴女を捕まえに来たわけでもない。アリシアさんはライナーツという人をご存知ですよね?」
「っ!!!どっ、どうしてその名前をっ!?」

 それ以上開いたら綺麗な目が落ちちゃうよと言うくらいに目を見開いたアリシアは、ガタッと音を立てて座っていた椅子を膝裏で突き飛ばして立ち上がると慌てた様子で俺に駆け寄り両手で肩を掴んできた。
 そんな反応を見れば間違いなくこの人がライナーツさんの妻であり、エレナの母である事が分かるというもの。つまり、エレナを嫁にした俺にとっては義理母だという事だ。


──すんません、突然ですが仲良くしてください


「落ち着いて下さい。ライナーツさんは自分の意思で貴族の屋敷にて執事として働く事を決め、今はそこで平和に暮らしています。そして貴女の娘であるエレナはここから一日ちょっとのところに居る。俺と一緒に会いに行きませんか?」

「エレナですって!!エレナっ!エレナがいるのっ!?あの子は、あの子は無事なのねっ?良かった……私みたいに人間に捕まって酷い目にあっていないのね、本当に良かった……」

 よほど安心したのか ヘナヘナ と床に座り込んでしまったアリシアに視線を合わせようと膝を突いてしゃがみ込むと、驚きついでに言っちゃえ!と告白することにした。

「えっと、酷い目にあっている訳ではないのでその点に関しては安心してもらいたいのですが、エレナは俺が捕まえました」

「えっ!?じゃ、じゃあやっぱり貴方は……」

 悲壮感が目に浮かび後退りかけたアリシアが行動に移す前に次の言葉を紡ぐ。

「と、言っても獣人としてではありません。今は俺の妻として共に旅をしています。
 アリシアさんに会ったばかりの今言うべきか迷ったのですが、勢いで言ってしまいました。突然の告白ですみません。もちろんエレナとの結婚はエレナ本人も納得していますし、ライナーツさんの許可ももらって……」


「えぇぇぇぇぇぇぇえぇぇえぇぇぇぇぇぇええええぇえぇぇぇぇえええええぇぇええええええええっっっ!!!!!!!」


 広い部屋に響き渡る大絶叫に思わず耳を塞いだが、息が続かなくなったのか目を見開いたままに口を開けっぱなしにして固まってしまったアリシアの様子を見て『あれ?』と、おかしい事に気が付く。

「アリシアさんっ!!息っ!息をして!!」

 失礼ながらも驚きのあまり息をするのも忘れて固まったアリシアを正気に戻す為に勢い良く背中を何度か叩いてやると、咳き込みながらも息を吸う事を思い出したようで呼吸を再開し事無きを得ることが出来た。
 せっかく会えたというのに、 “結婚の告白したら驚いて死んじゃいました、エヘッ” とかエレナに言えるわけがない、勘弁してくれよ。

「ゲホッゲホッ……はぁっ、すみません。あ~びっくりした!
 レイさん、でしたよね?本当にエレナと結婚なさったのですか?あの子は昔っからちょっと変わった子で、まさかこんなカッコいい旦那様がいるとは夢にも思わなかったですよ!
 ふぅ~ん、貴方がねぇ……ふぅ~ん……」

 落ち着きを取り戻したアリシアは俺の手を握りしめて物凄い勢いで顔を覗き込んでくる。『嘘ついてない?貴方どんな人?』と無言ながらに聞き込んで来る勢いは凄まじく、あまりの接近具合にキスでもしたいのかと思うほどだが、多分そんな事など微塵も気にしておらず、自分の感情のままに俺を観察しているだけなのだろう。

 俺としては義理母に迫られているような感じがしてしまい “禁断の愛” に目覚めるわけにはいかないので身を退くものの、それに連れてアリシアがジリジリと迫ってくる。

「アっ、アリシアさん?ちょっとっ、近い……うゎぁっ!」

 逃げても逃げても寄って来るので、座ったままの姿勢ではすぐに限界を迎えて後ろへ倒れ込んでしまった。

「ひゃぁっ!?」

 俺を押し倒す形で床へと倒れ込んで来たところでようやく我に返り、自分がどんな体勢になっているのか理解すると逆に悲鳴をあげられた。さすが天然系エレナの母である。その実力は折り紙つきということか!?

「アリシア?何を騒いで……」

 俺が入って来たのとは違う奥の扉が開き、一人の女性が部屋へと入って来た。
 だが現在、床に寝そべる俺と、その上にのし掛かるアリシアの構図。部屋に入った瞬間に状況を理解……いや、誤解したその人はじっくり三秒固まり、後ろ足にて部屋の外へと出ると、何事も無かったかのようにソッと扉を閉めた。

「うわ~~~ぁぁぁぁぁぁっ!待って!違うのぉっ!待ってヴィクララぁっ、待ってってばぁぁっ!!」

 流石と言えば流石なのか、ウサギが敵から逃げるときのような素早い動きで女性が顔を出した扉へと駆け寄り閉められた扉を開けようとドアノブに手を伸ばした時、自分で開けるはずの扉は意に反して勢いよく開け放たれ青筋を立てた先程の女性が再び顔を覗かせる。

「ヴィクラ……(ゴンッ!)はぅっ!?」
「なぁにが違うのか…………あ、すまぬ」

 開いた扉でオデコを強打したようで、入ってきた女性の見守る中、ゆっくりと倒れ始めたアリシアに素早く近付くと背中へと手を伸ばした。
 仰け反り、腕の中に倒れ込んできたアリシアの白いオデコは派手に赤くなっており『もうダメ』とグッタリする様子はまさに “撃沈” 。

 アリシアの印象は『流石はエレナの生みの親』で確定した。



 だがそんなアリシアの様子よりも俺の目を奪ったのは部屋に入ってきた女性の容姿。一目見て『はぁ!?』と、びっくりしたが、今こうして目の前でじっくり見ると、あるはずがないのに俺の見間違いではないように錯覚してしまう。

 腰まで伸ばした真っ黒な髪には一切の癖が無く艶々としている。造られた存在であるベルにも負けないような整った顔には黒い瞳が部屋の明かりを反射しており、体に纏う薄手のローブの上からでも分かる強弱のハッキリした細身の身体には大きなお胸様が鎮座する。

 背丈といい容姿といい、昨日夢で会ったばかりの朔羅が現実世界に実体化した事を錯覚させるほどに朔羅に似たその女性は俺の目を釘付けにした。

「うぬはなんだ?妾の身体を舐め回すように見るとはイヤラシイ。ここは妾とアリシアの愛の巣ぞ?何故にうぬのような醜い雄が紛れ込んでおるのじゃ?アリシア、よもやお主の仕業ではなかろうな?」

「違うっ!違うのよ、聞いてっヴィクララ。彼は私を迎えに来た人なの、娘のお婿さんなのよ!」

 赤く腫れ上がったオデコを晒して ガバッ と復活すると、ヴィクララと呼ばれた朔羅擬きの手を取りぶんぶん振り回しながら興奮した面持ちで説明するが、それを聞く彼女の目は冷たい物だった。

「お主、まさかとは思うが、その者が言った事をそのまま信じ込んでおらぬだろうな?いい加減にその癖を直さぬと、またすぐに人間に騙されて奴隷に逆戻りする事になるぞ?それで良いのか?んんっ?
 他人を信じるのは良い事じゃ、だが、軽はずみに信じ過ぎるのは愚か者ぞ?汝は愚か者か?」

「うぇっ!?お、おろかものです……」

「まったく……この世に生きる全てのモノは学習することで成長する、野生の動物とてそれくらいの事は出来るし、普段気にする事のない植物ですら学習し進化していくというのにお主と来たら……呆れて物も言えぬぞ。
 それで、うぬは何しにここに来た?普通では見つけられないはずのこの場所をどうやって見つけたのだ?心当たりが無くもないが不可解な事ばかりじゃ、答えよ」

 アリシアを叱り終わると次は俺だとばかりに優しい目つきから厳しいモノへと変化する。その目は今はまだ敵意といったモノを含んではいないが、底知れぬモノを感じさせる彼女は怒らせない方が無難だろう。

「えっと何から話せば良いのか……あ、そうだ。俺はここにある人に連れられて来た。言われるがままにこの刀に魔力を流したら転移されてしまったんだけど、俺と一緒に来たミアという銀狼の獣人を知らないか?俺がここにいるのならミアもここに居るはずなんだが見当たらないんだ。彼女に聞けば俺の言うことも信じられるんじゃないかと思うんだが……」

「はぁ……やはりそうか。ミアがお主を、か。妾の感じた通りうぬはルイスハイデの者なのだな?ククッ、あの血族の者が姿を表すとは一体何年ぶりのことやら……その黒い刀はステライド製じゃな?見せてみよ」

 要求通りに素直に腰から引き抜くと、差し出されたヴィクララの手の上にそっと朔羅を置く。
 それを握り締めた彼女はおもむろに抜き放つと、刃を立てて黒き刀身をまじまじと見つめて黙り込んだ。

「ヴィクララ?そんなの持って、危ないわよ?」

 朔羅が朔羅を眼前に掲げる様子はなんだかとても様になり、一言で言えばカッコいい。長い黒髪を靡かせて黒色の刀身を操る姿を想像すると惚れ惚れしそうだ。

「ねぇ、ヴィクララ?聞いてる?おーいっ」

 アリシアの言葉にも反応を示さず、ただ黙って真剣な眼差しで朔羅を見続けていたヴィクララの顔が フッ と綻びを見せたかと思うと、次の瞬間には俺の首筋に朔羅の刃が当てられている。
 その剣速は凄まじいの一言で、違和感を覚えた俺が咄嗟に反応しようとした時には既に動き終わった後。この人は師匠より強いのではないのかと思わざるを得ない刀捌きに背中を冷たいモノが伝って行く。

「ふんっ、まだまだじゃな。このくらいは対応出来んとこの先、死ぬ事になるぞ?日々鍛錬せい」

「はい、ありがとうございます」

 素直な態度に満足してくれたのか「うむ」と頷くと鮮やかな一振りで鞘へと仕舞いつつも目を瞑り、チンッ と鳴った鍔鳴り音に聞き入っている様子──それ、良い音だよねぇ、俺も好きなんだ。

「ふむ、良い刀じゃな。造り手は誰ぞ?」

「王都にいるシャーロットと言う名の女性です」

「王都、か。サルグレッドの事じゃな?今はそんな呼び名になっておるのか。四王家の二つを潰しおった悪国のクセに滑稽じゃな、まぁ良い。
 シャーロットとは背の低い色黒の娘じゃな?ミカエラの弟子であればこれほどの物を造れても不思議ではない。それにしても朔羅と言ったか?ルイスハイデのご神木と同じ名を付けるとは……ふっ、まぁよい。大事にしてやるが良い」

 シャロの事を知っているのに驚いたが、それよりシャロがミカエラの弟子だって!?そんなの初耳だぞ?

 それに、あっさり口にしたけどミカエラの事も知っている。この人は一体何者なんだ?

「ん?なんじゃ、うぬは自分が何をしにここに来たのか理解しておらぬのか?まったくもって呆れてしまうな。それでもこの世界を委ねられし者か?しっかりせいっ。
 うぬがしくじればこの世界は奴の思惑通りに滅びる事になるぞ?

 理由なぞ分からぬのなら考えても仕方なかろう、ここは世界の闇を司る妾の居城、うぬは妾に会いに来たのであろう?

 巨大な力に対抗する為、闇の属性竜である妾の力を欲するか?最後に生まれた世界の命運を背負いし闇の皇子、レイシュア・ハーキース・オブ・ルイスハイデよ」


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