黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第八章 遠回りこそが近道

31.勝利の美酒

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 その日は三十軒ほどを建て直したところで夕食の準備もしなくてはならなかったので「また明日!」と言い残して風の絨毯へ乗り込むとサザーランド邸へと急いだ。

 着いた頃には全ての準備は整っており、ミツ爺から『これでもか!』と言うほどの驚くばかりに大量の鉄を受け取ると早速バーベキューコンロの製作に取りかかったのだが、半日近くずっと土魔力を使っていて小慣れたせいか自分でも驚くほど アッ という間に造り終えると、薪を並べて火を灯した後はコレットさんの指示で動いてくれるメイドさん達にお任せした。

 家を失ったとしてサザーランド邸にテントを張っている人々は実に三百人を超えていると言う。もちろん今回の騒ぎで家を失った全ての人がここに居る訳ではないので、カナリッジが受けた被害の大きさを改めて感じさせられる。

 その人達の助けになるようにと横一列に並べられた三十を超えるバーベキューコンロ。
 前回のエルコジモ邸での規模を遥かに上回る人数に対応する為に慌てて用意したが、肉の焼ける良い匂いを嗅ぎながら改めて見ればなかなかに圧巻の光景であり、少しばかりやり過ぎた感も漂う。

「いっぱい造ったわね、これだけあれば間に合うんじゃない?」

 今日はずっと一緒にいた偽リリィのお墨付きをもらうと焼けた串を二本貰い、その内の一本を偽リリィに渡せば嬉しそうに口に運ぶ。

「一日頑張ったご褒美だ。あとは自分で貰って食べてくれよ?」
「えぇ~っ、一本だけぇ?ケチ!」
「そう言うなよ、サラ達はあそこにいるからみんなの所に行けよ?」
「レイは行かないの?」
「俺はまだやる事があるの、じゃあまた後でな」

 いつものリリィならわざわざ俺が言わずともご飯を目の前にすれば勝手に食べてくれるだろう。大好きな肉を前にしても嬉しそうな顔もせず、通り過ぎる俺へ何か言いたげにする偽リリィは俺の知るリリィとはだいぶ違うようだ。

「ねぇっ」

 呼ばれて振り向けば揺らめく焚き火の炎に顔の半分だけを照らされた芸術さえ感じさせられる綺麗なリリィの顔。渡した串を両手で持ったまま立ち尽くし、何処と無く寂しげな雰囲気を醸し出している薔薇色の瞳が俺を見ていた。

「私の名前はララよ。偽リリィは止めて?」

「分かったよ、ララ。でもその持ち方、止めた方がいいんじゃないか?」

 どうやら指摘するのが遅かったらしく、ララの持つ串を指差したときには串を伝い肉汁が垂れて来た後だったようだ。

「うぇっ、ベタベタするっ!やっだ~、もぉっ」

 串を持つ手の部分だけに浄化の魔法をかけてやったので、これで大丈夫だろう。ララでもリリィでも本質は一緒か?と笑みを浮かべつつ手を挙げると、再び背を向けて歩き出した。

 何の目的で身体を乗っ取っているのか知らないが、リリィはそこに居るのに居ないという不思議な状態。そんな事を考えていると『本物のリリィに会いたくなったな』などと考えつつ、屋敷の者達の宣伝と肉の焼ける匂いに釣られて出来た人集りを避けて少しばかり静かな所に腰を降ろし、背の低い机と残りの鉄を取り出して足りない分の串の製作に没頭した。


△▽


「本当に宜しいのですか?」

 造り終わった串を取りに来るメイドさんが気を利かせて焼けた肉を持って来てくれたりもしたが、メイドさん達も集まった人々の世話をするのに自分達を犠牲にして働いている。
 そんな彼女達が持って来てくれた串を俺だけが食べると言うのも気が引けて「いいから食べて」と言うと ペコリ と頭を下げて嬉しそうに食べる者や、通りすがりのメイド仲間と分け合う者もいれば、中には俺の口まで運んで来てにこやかに「半分こしましょう」と言ってくる者までいた。


 百人程の参加者がいた前回のバーベキューで用意した千本の串はほぼ使い切った事を考えると、単純に考えただけでも今回はその倍は追加しないと足りない計算になる。

 魔法の腕が上がっており、鉄の塊を千切って形を整えていた前回と比べたらつまんで引っ張り出すだけで出来上がっていると言うのは手間が省けるぶん楽で良いのだが、それでも量が量なのでたまに来るメイドさん達を心の支えに無心で串を造り続けた。

 数えるのも途中から止めてしまったので取りに来るメイドさんの足が鈍り机に溜まり始めたところで『これを仕事としている人達は凄いな』と思いつつ造るのを切り上げると、昨晩サザーランド家が用意した炊き出しを入れるカップすら持っていない人達も多くて屋敷の食器を貸し出したと聞いていたので、まだまだ沢山余っている鉄を使いカップ、スプーン、フォークを三百セット造るといくつも追加したはずの机の上は置き場が無くなってしまった。

「レイ君こんな所に居たのか。聞いたよ、町の復興に尽力してくれたそうだね。領主として改めてお礼を……ってコレはまさか、今造ったのかい?」

 机の上の物を見たケヴィンさんの理解が追い付くと「二、三日もすれば用意出来るのに」と言うが、彼等にとっては明日の朝にも配られる炊き出しの時に必要な物なのだ。
 確かに全てを失ってしまった人達には貸してあげれば済む事だろうが、ただでさえ領主の屋敷の庭を占拠しているという心苦しさがあるだろう。非常時とはいえ食べ物も、食器も、全てを用意して養ってもらうと言うのはしばらく続く避難生活を送る上で肩身が狭くなってしまうことだろう。

「無理だけはしないでくれよ」

 立ち去るケヴィンさんと入れ替わりに、俺の癒し姫が両手に串を持って笑顔でやって来る。

「トトさまはご飯食べてないのですよね?はい、どうぞ」

 差し出された串を受け取り雪を膝の上に乗せると背後から ギュッ と抱きしめ、気が付けば疲れ切っていた心の栄養を補給する。

「お疲れですか?町の皆さんの為にと頑張るのは良いのですが、それでトトさまが倒れたりしたらカカさま達がまた心配します。あの時、どれほど皆さんに心配をかけたか分からないトトさまではありませんよね?無理はしないでくださいね」

「雪ちゃんに全部言われちゃったけど、そういうことよ?だ・ん・な・さ・まっ。私を置いて居なくなるなんて許しませんからね?」

 雪に頭を撫でられる俺の隣に座ったモニカに頬をつつかれるので苦笑いを返すと、肉を一口頬張り「持ってて」とその串を渡した。

「雪、左手を貸して」

 俺が何をするのか理解した彼女は言われた通りに小さな手を俺の手の上に乗せると輝くばかりの笑顔でその時を待っている。
 昼間の復興作業の折にたまたま宝石店も建て直したのだが、その時に譲って貰った指輪を一度潰して桜をモチーフに絡み合う二匹の龍でリングを造った俺達の結婚指輪とお揃いの物を嵌めてやりサイズを調整する。

「雪は俺の妻じゃなく娘だからな、素材は俺達と同じミスリルだけど今日貰った赤色の金属を混ぜてピンク色にした。それに合わせて真ん中の石もピンクダイヤっていう希少な物にしてみたよ。
 雪は水の精霊だから青色にしようかとも思ったんだけど、ピンクの方が可愛いかと思ってこっちにした、気に入ってくれるか?」

 よほど嬉しかったようで薬指に嵌る指輪を掲げて眺めると、振り向いて立ち上がりいつもより長いキスを頬にしてくれる。

「それは俺からの呪いだぞ?っつても悪い意味じゃないけどな。雪はその指輪を受け取ってしまったのだから、俺とずっと一緒にいてくれよ?」

「私は命ある限りトトさまとカカさまと一緒に居る事を誓います」

 一瞬だけ影が差したように見えたが気のせいだったのだろうか。
 満面の笑みで再び指輪を掲げて眺める様子を寄り添って来たモニカと共に眺めていると、串を山盛りに乗せた皿を両手で持ったエレナとサラにティナ、ララとコレットさんがやって来る。

「ようやく造ってもらえたのね。ピンク色、可愛いわね」
「あ、本当だ。なんだか私達のより豪華に見えない?」
「ティナさん?それは雪ちゃんのですからねっ、盗っちゃダメですよぉ?」

 微笑みながらも目が釘付けになったコレットさん 彼女は一体いつになったら俺の気持ちを受け入れてくれるのだろう……。
 ため息を吐きたい気持ちを抑えつつ、脚の短いテーブルをもう一つ出すと肉が置かれ、それを囲むようにみんなで座った。

 目立たない場所なので他の人達には失礼してワインとグラスを出した所でアリシアとライナーツさんにジェルフォが顔を覗かせる。

「あっ!雪ちゃん、可愛い指輪!ねぇレイ君、私にはくれないの?」
「アリシアが貰っていたら、それはそれで問題だろ?」
「レイ様、お時間が空いた時で構いませんので宝飾店へ連れて行ってもらえませんか?」

 国から出てから結婚した二人には指輪を手に入れる術はなかっただろうが、元々獣人には結婚の時に指輪を送る習慣が無いのだという。義理父なのに未だに喋り方を変えてくれないライナーツさんの申し出に了承すると、二人の指輪も俺が造ろうと心に決めた。

 皆が座りグラスを手にした所で散々食べて来たはずなのに、今更乾杯をするムードになる。
 グラスを片手に全員の視線が俺へと集まり早く喋れと微笑んでいるが、いきなりそんな状況にされても何も考えていなかったので何を言ったらいいのやらと困惑してしまう。

「あーっと、なんだ……心配かけてすみませんでした!
 一日空いてしまったけど、カナリッジの為に戦い勝利を収める事が出来たのはみんなの努力の結果だ。俺以外怪我もなく無事でいてくれたことに心から感謝する。
 しかし残念な事にご覧の通り町はこの有様だ。大森林へ行くのが更に遅れるけど、この町をこのまま放置して立ち去るのも後ろ髪を引かれる。アリシア達には悪いが後五日だけこの町の復興に力を貸したいと思う。
 だが一先ず、俺達の勝利に乾杯だ」


「「「「「かんぱーい」」」」」


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