黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

文字の大きさ
518 / 562
第十章 嬉しい悲鳴をあげた大森林

6.TPOって知ってる?

しおりを挟む
(…………あれ?)

 目の前には金と銀の頭が二つ。

 丸めた背中を襲うはずの痛みが来ないのに疑問を感じていれば イラッ とする話し声が聞こえてくる。

「多勢に無勢とはこのことじゃなぁい?これってば虐めだよイ・ジ・メ。 丸腰相手に何人で寄って集るつもりかなぁ?」

 振り返ってみれば両手を上げて降参のポーズを見せる金髪のチャラ男。
 左耳には七つもの釘のようなピアスが刺さり、黒いTシャツに映える銀のネックレスには逆さになった十字架が付けられている。ジーパンのベルト通しにも銀のチェーンが三本も掛けられており、手首にも銀のブレスレットが幾つも嵌っている。

 何処からどう見ても仕事もせず町で女の子をナンパして遊んで暮らすチャラ男そのもの。つまり、町のはみ出し者 “ゴロツキ” の予備軍だな。

 よし、決めた! 例え奴にどんな名前があろうとも奴の名前は『チャラ男』だっ。


 チャラ男を牽制するように立ち上がっていたのは、見た事もないほどの冷たい目を向ける魔導銃を構えたモニカだ。

 それだけではない。

 両手に嵌めるケイリスフェラシオンから稲妻を走らせ、今にも飛び出そうと腰溜めに構えるティナと、手近にあったテーブルナイフを逆手に今にも飛びかからんとばかりに重心を落としたコレットさんの姿まである。

 宙を舞う透明な剣を八本も浮かべたララは、この場にいる者全てを惨殺するつもりなのだろうか。

 それよりなにより一番驚いたのはアリサだ。

 サラの傍に居たいと我儘を言った俺が、独りぼっちにしてしまう彼女の話し相手を頼んで置いて来た朔羅を抜き放ち、一直線にヤツへと伸ばした黒光りする刀身と共に冷ややかな視線を向けている。

「ちょこぉぉっと噂の人物に挨拶しただけだろ?ほらっ、もう何もしないってぇ~。
 そうだっ! まだ名乗ってなかったねぇ、自己紹介しよう。ぼかぁ~故あってこの国に居候してるミュエリック・ハスカス、人間の君達なら聞いた事くらいはある名前じゃぁないかぁい?」

 収まらない怒りに唇を噛みしめながらも即座に腹の傷を塞いでくれたサラに「ありがとう」を告げれば、彼女の表情が幾分か和らぐ。

 しかし自分達の仲間へと敵意を向けた人物への対応は当然のように冷たく『私、知ってるっ』なんて声は一つも上がらない──まぁ、本当に知らないだけかも知れないが……。

「まぁ~じかよぉぉ……まぁ、良いさ。たまたまラブリヴァへと流れ着いたぼかぁ~隊長不在の危機を救った、なぁんて話、聞きたくなぁい?」

 誰も何も答えない、反応すらしてくれない事に肩を竦めると、一人寂しくわざとらしい溜息を吐いた。

「あ、そぅ……これでもぼかぁ~世界に何人かしかいないみんなの憧れSランク冒険者なんだけど!……どうだいっ、驚いたぁ?」

「その娘達は全員レイ君を慕ってここに居る。そのレイ君に牙を剥いた貴方が何を言っても無駄だという事くらい言わなくても分かるわよね?
 貴方がこの国を支えてくれた事は聞いてるし、それについては感謝もするわ。けど、もう十分過ぎる報酬は受け取ったのではないかしら?」

「なんだよなんだよ、用が済めばお払い箱ってぇかぁ?まぁ~あ~、田舎過ぎてそろそろ飽きて来たしぃ、あんたの言う通りそれなりの報酬は貰ったかもな。いいぜ、邪魔者は消えてやんよ」

 軽いジャンプで天井に刺さった剣を引き抜くと空中で一回転、華麗に鞘へと仕舞いながら俺達を飛び越えて部屋の入り口に着地する。
 丁度その場に現れたのは騒ぎを聞きつけた騎士団長のアーミオン。この国では国を守る騎士団長が国王を護る近衛隊長を兼任するのが習わしらしい。

 アーミオンは眉間に皺を寄せると何か言いたげな顔をしたが、奴に睨まれ ビクッ とすると、開こうとした口を慌てて噤んだ。

 仲良くなれそうにない奴が自分から出て行くと宣言したのは喜ぶべき事だ。
 だが、いやらしさはあれど敵意も殺意も無かったのは本当に小手調べがしたかっただけなのかもしれないし、串刺しに出来たにも関わらず少し刺しただけで止めたのは奴なりの挨拶だったのかもしれないのだが、一般的に容認されるものではない。

 ただ、物事にはタイミングがあるのは勿論の事、やりようというものがぼんやりと決まっており、かなりの自由度はあれど 、“時” と “場所” と “場合” という人が他人と関わる上で守らなければならない重要な部分を無視すれば爪弾きにされるのは仕方のない事だ。

「っ!何しやがる……」

 すんでで感づき振り返ったチャラ男の目の前には、ヤツ自身の指に挟まれた黒くて長い針。

「貴方からは人間とは違う魔力を感じる……貴方、魔族ね?」

「だったらどうだって言うんだい……アリサ姫殿下? 」

 空いた口を パクパク とする驚きを隠せないアーミオンなど気にも止めず、声をかけたアリサに敵意を現す訳でもなくただただ見返すと、手にした黒針を片手で折って捨てる。

「それだけの強さを持ちながら組織に属するでもなく、一人きりでこんな場所にいる貴方は一体何処を目指すと言うの?」

「はんっ、ぼかぁ~今が楽しければそれで良いんだ。魔族の未来になんて興味ないねぇ。
 話はそれだけかい?じゃあな、姫様」

 その容姿のように軽い感じで片手を上げて出て行くチャラ男を引き留める者は誰も居なかった。   



「この森を抜け出し人間の世界で暮らす獣人が沢山いるように、魔族の世界を捨てて人間達に紛れて暮らす魔族も少なからずいるものなの。
 誰の力も借りず、幸せを掴もうと努力する人々には温かい未来が訪れるといいわね」

 静まりかえった部屋の中、誰に言うでもなく呟いたアリサの声が響いたのを合図に俺の手が引かれる。

「ご飯、食べよう」

「ならコッチおいでよ、私の隣が空いてるわよ?」

 サラに釣られて歩き始めれば、さっきまでとは打って変わって笑顔になったティナが自分の隣の椅子を引いて座れと促す。

「私と一緒に食べましょうよ!椅子なんて一緒に座れば一つでいいですよねっ!」

「エレナぁ~、そんな危ない男なんて置いといてワシの隣に……」
「こんっジジィ!娘では飽き足らず孫にまで手を出そうって魂胆かぁぁ!成敗してやるからそこに直れぇぇっ!!!」

 何故か対抗心を出してきたエレナが左腕に絡み付けば、彼女の座っていた椅子に引っ張られてしまう。
 だがそれまで縮こまっていたセルジルが立ち上がり、だらしなく涎のはみ出す口を開けて手招きすれば、燃え盛る炎をバックに何処からともなく取り出した大きなハリセンを手にするアリシアが瞬時に般若と化す。

「レイシュアっ!昨晩の事は僕にも非が無かった訳ではないから目を瞑るけど、ようやく、よぉ~やく実体化した僕を放っぽり出して他の女の子と イチャイチャ するのは許せないよっ!!
 君がそういう態度を示すなら僕にも考えがある、アリサっ!僕を連れてってくれ!」

「え? うふふっ、それもそうね。そうしましょうか。この刀も気に入っちゃった事だし、レイが要らないのならサクラ共々わたくしが戴いちゃうわ。ご機嫌よう~」

 ウインクと共に抜身の刀身に口付けをすると、サクラの腰に手を回して二人一緒に忽然と姿を消す。

「はぁ!? ちょっ!嘘だろ、待てよ!アリサっ、アリサぁぁっ!!」

 これからはずっと傍に居てくれると思っていたアリサが転移で逃げ出した!
 しかも俺の相棒である朔羅を奪って……。

 まさかの有り得ない展開に愕然としたのも束の間、背中に飛び付く何者かの勢いで顔面から床にダイブするところをどうにか踏ん張り耐え切った。

「な~~んてねっ!びっくりした? ねぇねぇ、びっくりしたぁ?」

 アリサの転移した先は俺の背後。

 一緒に飛んだサクラが俺の背中から身を乗り出し、愉しげな表情を浮かべているのを見て心底安心した。
 ほんと、こういうドッキリはマジで勘弁してもらいたい。


──たかが朝食、されど朝食

 奪い合うほどに愛されているのだと実感しながらも、食事くらい普通に食べさせてもらいたいものだと儚い希望を胸に抱いた獣人王国ラブリヴァでの二日目の朝だった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

処理中です...