黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

文字の大きさ
525 / 562
第十章 嬉しい悲鳴をあげた大森林

13.まぁ、キュッと行け!

しおりを挟む
 彼等の身長に合わせたこの家のテーブルは人間である俺達には少々小さかった。少々と言っても『ちょっと小さいね』という程度で気にしなければ問題ない程度。
 だがそれに対して首を傾げるほどに大きかったのは女将さんが用意してくれた紅茶のシフォンケーキだ。

 部屋中に拡がるとても美味しそうな匂いで食欲を誘われたのは文句ないのだが、三十センチ近くあるだろうドーナツ形のシフォンケーキは高さが十五センチを超えており、中心の穴には生クリームがこれでもかと入れられ角のように立っている。

「ごめんなぁ、オラのオヤツ用さ焼いだ物だけん人数分は無えんよ。悪いげんども仲良ぐ分げで食ってぐれるがすら?」

 そんな大きさのを三つも出されて「ごめん」と謝られても、逆に『食べきれなくてごめん』と謝らなくてはいけなくなりそうだ。
 一人で一つ食べろと言われなくて良かったのだが、俺達が一口戴いたときには半分近く無くなっていた女将さんには度肝を抜かれる。

「んんっ!?おいひぃっ!紅茶の香りが凄いですねっ。甘さ控えめのケーキにあまぁ~い生クリームが、んふーっ!ちょっと酸味のある果物を載せても美味しそうですね!」

 若干興奮気味なのは我等の料理番であり、オヤツ研究家たるエレナだ。
 確かに美味しい……美味しいのたが、俺的には八分の一カットで生クリーム無しが理想……。

 一緒に出された苦目の紅茶にとてつもない幸福感を感じていると、親父さんの前にある皿は既に空になっているのに気が付き驚いてみれば、琥珀色の液体が入った透明な瓶を、手にしたグラスへと傾けている。

──あれはまさか……

「何だ、おめさんも飲みだぇんか?」

 断りを入れる前に目の前にグラスが置かれ、新しいグラスに自分の分を注ぎ始めた親父さん。
 どう見てもウィスキーだろうそれは手のひらサイズのグラスとはいえ八分目まで注がれ、溢れんばかりに揺れている。

「オラの酒だがな、遠慮なぞいらんぞ?ほれ、ぐぃっと行げ、ぐぃっと」

 これで要らないと突き返せば折角の好意的な態度も損ねてしまうかもしれないという恐怖にも似た思考に葛藤が過ぎる。

『大丈夫なの?』と言いたげなモニカに『助けて』と目で訴えながらも、まだやることはいっぱいあるのにと思いつつも覚悟を決めてグラスを持ち上げ口に運ぶ。
 甘いような、それでいて強いアルコールのせいか辛味のような刺激が拡がり、そのまま飲み込めば喉が灼けるような熱を感じる。

「くっはぁっっ!」

「おおっ!兄ちゃん行げる口だな? 遠慮は要らねぇぞ?どんどん行ったれっ」

 何がそんなに嬉しいのか分からないが飲め飲めと煽る親父さんに急かされ一口、また一口と呑めば、ようやく半分程減ったところで継ぎ足されて元の量に戻ってしまう。

「お父さん、飲み友達が嬉すいがらってあんま調子乗っちゃ駄目だべよ?
 それはそうど、おめだづは何しに来だんだい?」


──もっと言って……


 願い虚しく社交辞令的に言っただけでそんなに止める気がない女将さん。
 だが、話のきっかけを作ってくれたことに感謝して話し始めたのだが、気分の波が大きく上を向いてしまった親父さんは止まることを知らなかった。

「それなんですけど、ここはドワーフ族の集落であってますよね?」

「おお、その通りだべ。ほら、口が寂すがってんぞ? 飲め飲めっ!」


ゴクリッ


「えっと、俺達は獣人の国ラブリヴァからの遣いで来たんですが、族長さんに会わせてもらいたいのですけど……」

「族長?そりゃ構わねぇが、あのジジィさ何の用だ? まぁ飲めよ」


ゴクリッ


「えぇっとですね、実は俺達が連れ帰ったアリシアってラブリヴァのお姫様がドワーフの族長さん宛に手紙を書いてまして、渡して来るように言われてるんですよ」

「アリシアっで白ウサギの嬢ちゃんだべ?すばらぐ来ねぇど思ったら出がげでだのか。
 それで?   その手紙には何が書いであんだ? ほら、遠慮すんなっで」


ゴクリッ


「えぇ~っと、なんでも大事な話しがあるとかで、族長さんをラブリヴァまで連れてきて欲しいらしいんですよねぇ」

「話だら手紙さ書ぎゃいいじゃねぇべが?なんでわざわざジジィがラブリヴァさ行がんななんねぇんだ? ほら手がお留守だぞ?」


ゴクリッ


「はほぉぅ……ごめんなさい、そこまで詳しくは聞いてないんでわかりましぇん」

「ん、まぁパシリの兄ちゃん達が知らねぇのは仕方ねぇべが。ジジィの所さ案内するぐれぇはなにむぎ構わねぇぞ」


ゴクリッ


「本当れすか?ありがとうございますぅ」


ゴクリッ


「ついでと言っちゃアレれすけど、俺からも聞いていいれすかね?」


ゴクリッ


「何だ? 遠慮するなって言ってっだべ?」


ゴクリッ


「女将さんが俺の知り合いにすごぉ~くよく似てるんれすけど、もしかして家族だったりぃなぁんて有り得ない偶然想像してみたりなんかして」


ゴクリッ


「へぇ、ほだえ似でんのがい?ただでさえ外出すねドワーフなのに獣人でねおめ達に知り合いねぇ……村出て行った奴居ねわげじゃねぇがらなぁ、もすがしたらって事もあるかもすんねぇがら試すに名前言ってみなよ」

 ウィスキーのアルコールは強烈で、半ば強制ともいえる煽りで呑み進めた結果、フワフワと心地良くなり舌が思うように動かなくなって来た。
 腹を割って話すなら酒の席と言われるほどアルコールとは心のタガを外す効果があるようで、今はまだ聞こうとは思っていなかった疑問まで口にしてしまう。

「シャーロット……シャロって呼んでるけどぉ彼女の名前はシャーロットですた。王都で鍛冶師をやってて、小柄で、色黒で、緑の瞳も女将しゃんそっくりなんれすよねぇ~って……女将しゃん?」

 酔は回れど、目を見開いて固まった女将さんを見れば流石にそれが異常だとは気が付く。

 コンッ という音に視線を向ければ、さっきまでの陽気さは何処へやら、別人に変わったかと思うほどに表情を無くした親父さんが手にしたグラスを置いて俺をマジマジと見つめていた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

スキル【収納】が実は無限チートだった件 ~追放されたけど、俺だけのダンジョンで伝説のアイテムを作りまくります~

みぃた
ファンタジー
地味なスキル**【収納】**しか持たないと馬鹿にされ、勇者パーティーを追放された主人公。しかし、その【収納】スキルは、ただのアイテム保管庫ではなかった! 無限にアイテムを保管できるだけでなく、内部の時間操作、さらには指定した素材から自動でアイテムを生成する機能まで備わった、規格外の無限チートスキルだったのだ。 追放された主人公は、このチートスキルを駆使し、収納空間の中に自分だけの理想のダンジョンを創造。そこで伝説級のアイテムを量産し、いずれ世界を驚かせる存在となる。そして、かつて自分を蔑み、追放した者たちへの爽快なざまぁが始まる。

ダンジョンをある日見つけた結果→世界最強になってしまった

仮実谷 望
ファンタジー
いつも遊び場にしていた山である日ダンジョンを見つけた。とりあえず入ってみるがそこは未知の場所で……モンスターや宝箱などお宝やワクワクが溢れている場所だった。 そんなところで過ごしているといつの間にかステータスが伸びて伸びていつの間にか世界最強になっていた!?

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ
ファンタジー
 僕は十年程闘病の末、あの世に。  そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?  幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。   ※画像はAI作成しました。 ※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。

処理中です...