黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第十章 嬉しい悲鳴をあげた大森林

14.巡り合い

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 なんぞやらかしたのかとグラスを煽り中身を飲み干せば、しばらく黙り込んでいた親父さんが声を発した。

「そのシャーロットは鍛冶師だと言ったべ?そいづが造った物何が持ってだりするか?」

「このシュレーゼはシャロさんに造って戴いた物です。 二回しか会ってませんが、私もおばさんとシャロさんが似てると思ってました」

 モニカから受け取った、中心に青色の宝石の嵌る刃渡り二十センチの綺麗な短剣を真剣な眼差しで見つめると、おもむろに抜き放つ。
 宿主である雪が外に出ることで青味の薄れた透き通る剣身にドワーフ家族三人が感嘆を漏らすと、エレナも手に握ったアクセサリーを差し出した。

「このフォランツェもシャロさんの作品です。私もお二人がすごく似てると思います」

 ベルトに引っ掛ける金具の取り付けられた手のひらサイズの小さな槍をぶら下げてマジマジと見つめるので、二人に倣い俺も朔羅を手渡せば、それを手にして目を瞑り、何かを感じ取ろうとしている親父さんを祈るような眼差しで目つめる女将さん。

「ジジル」
「みなまで言うな、分がってる!」

 突然立ち上がったジジルはそのまま家の外に飛び出すとどこかに行ってしまった。

「兄ちゃん達の感は当たりだべ。コレを造った奴おら達は知っている。シャロはおらの女房の妹の娘……って、兄ちゃん聞いどるっぺ?」

「おめがバカバカバカバカど呑ませるからこうなっとるんだがね!肝心な話す聞げねでどぉすんだよ!この馬鹿だれがぁ!!」

 女将さんが親父さんの頭を拳で殴りつけるのを フワフワ とした心地良さの中でボンヤリ見つめていれば、甘い香りと共に口元に何かが当てられたので美味しそうだと思い パクリ と口にする。

「んぁ?チョコレート……?」
「レイ様、少々呑み過ぎましたね。酔い覚ましですよ」

 コレットさんの淫靡さ漂う怪しげな微笑みには五感が緩くなるほど酔っていても ゾクリ としたモノが背中を駆け昇るが、飲み過ぎたアルコールのせいか、それがまた格別に気持ちが良い。

 だがその時、飲み込んだチョコレートを中心に身体の内側から燃えるような熱が身体全体へと拡がり、心地良かった感覚など一瞬にして吹き飛んでしまう。

──そこ迄は良い

 彼女の微笑みが物語るようにそれだけでは終わらず、それが身体の一点に集約されたように容赦なく熱を帯び、とある衝動が俺の脳髄に訴えかけてくる。

「ぁが、ぐっ……コ、コレットさん!?コレは、まさか……」

「ええ、レイ様の想像通りだと思います。ですが効果を薄めて酔い覚まし用にあしらえたモノですから、少し我慢すれば治りますよ?
 レイ様が望まれるのなら我慢などせず、部屋をお借りして欲望を吐き出すという手も御座いますが……如何なされますか?」

 俺の異変に夫婦喧嘩は止まり『何を言い出した!』と目を丸くする親父さんと『あらやだ』と頬に手を当てた可愛い仕草の女将さん。
 初めて来た他所様のお宅でコトに及ぶから部屋を貸せなどと破廉恥な事を言うのは俺の中のモラルが許さない。

 コレットさんが俺に飲ませた薬とは、ヒルヴォネン家に厄介になっていた頃に飲まされたコレット特製超強力媚薬。
 薄めてあるとは言ったがそこはやはり一晩ものあいだ理性無き獣と化す程の強烈な薬。モヤモヤ とした気持ちは俺の中で吹き遊《すさ》び、少しでも背中を押されようものならあっという間に流されてしまいそうだ。

「お兄ちゃん、どうしたいのぉ?」
「レイさん、我慢は良くありませんねぇ」
「何なに?レイシュア、僕が欲しくなったのかい?」

 人の気も知らない悪戯好きな三人が左右と背後から身を擦り寄せて来れば、理性とは真逆にその身体へと伸びそうになる俺の手。
 半分ぐらい本気なのかもしれないが彼女達とて年中発情期というわけではない。こんなところで悩ましい姿を晒させるわけにもいかず、身体強化という力技で身体を制して欲望の波が去るのを耐えて凌ぐしか道はない。

 理性が吹き飛びそうなほどの勢いで溢れ出した衝動を必死に我慢し、俺の苦しむ様子を見て楽しそうにするコレットさんが視界に入るので『覚えてろ!』と視線で告げれば、望むところだと言わんばかりの怪しげな目付きからの舌舐めずりで返事を返されてしまい『やはりこの人には敵わないか』と諦め肩を落とした。

「なんだ、お嬢ぢゃん達発情期が?ほんじゃおらが……」
「こんジジィっっ!!!」

 お前がやらぬのならばと何故か俺の代わりを立候補する親父さんだったが、そんな事を女将さんの前ですればどうなるのかくらい火を見るより明らかだったろう。

「いやっ、その……例えばの提案……」
「んんんっ!?」
「…………す、すまね」

 滑った口を塞ぎ、慌てて謝るもののそれだけで怒りが収まる事はなく、思い切り頬を摘まれる羽目になる。
 口は禍の元とは言うが、そのことわざの重さを思い知る貴重な一幕となった。



「聞きたい事があるんだけど……そんな状態で返事できるかしら?」

「いや、逆にお願いします!何でも聞いて!俺の気を紛らせて!頼むからっ!お願い!!」

 あまりの必死さに若干引き気味のアリサだったが、それでも俺の願いは叶えられ、ありがたい事に何でも良いから少しでも気を紛らわせたい俺へと言葉を投げかけてくれる。

「別に疑う訳じゃないんだけどね、王都の鍛冶師シャーロットって言ったわよね? それ、本当なの?」

「ど、どう言う事だ?くぅぅっ……いつから居るのかまでは知らないけど、お、王都で鍛冶師をしているシャーロットで間違いないよ?」

「アリサ様、アリサ様が思っておられるシャーロットで間違いありません。ご本人にも確認済みです」

「そう……朔羅を造ったのがそのシャーロットならこれ程の出来栄えには納得だけど、やっぱりそうなのね。
 その方は王都でも三本の指に入る程の凄腕の鍛冶師だと言われている、つまり世界屈指の鍛冶師だと言うことね。   やっぱり朔羅はわたくしが貰ってしまおうかしら?」

 サクラへと手を伸ばせば、どんどん仲良くなっている二人は意思の疎通がされているようで、互いに手を取り合い目なんか瞑って幸せそうな顔で抱き合っている。

「ちょっ、サクラ!アリサぁ!?」

「ん?お嬢ぢゃんはこの刀ど同ず名前なのが?そりゃまだとんだ偶然だべな」

「偶然なんかじゃないわよ?サクラ、見せてあげて頂戴」

「仕方ないなぁ、一回だけだよ? よく見といてよ、おっちゃん」

 机に置かれた朔羅を手に取り掲げれば、サクラの身体が黒色の光に包まれる。

「なっ!?」

 黒い粒子へと姿を変えたサクラが柄頭にぶら下がる黒色の勾玉に吸い込まれれば、自分はここにいると主張するように朔羅全体が仄かな黒い光に包まれた。

「ま、まさか……黒髪の嬢ちゃんは刀の心だというっぺか!?」

「ビンゴっ!」

 転移でもしたかのように突然現れたサクラが人差し指を立てれば、椅子からずり落ちそうになる親父さんを女将さんが慌てて支える。
 その女将さんも視線はサクラから離すことはなく、まさかという驚きに満ちていた。

「おいジゼル、急用ってなんだべ?わざわざ来でやっだんだ、酒でも……って客人が?っつか、おんめぇなんつぅ顔すとるだ?」

 戻ってきたジジルに連れられて来たのは、やっぱり彼と背丈の変わらぬ一組の夫婦。
 親父さん達よりは幾分細いものの、人間の子供と相違ないジジルに空気を入れて膨らませたような体型も同じで、これがドワーフ族の特徴なのだろうとは思う。

「おらの事は良いがら、早よぉこっちゃ来で座れ!座ったらその短剣見でみろ、早ぉっ!」
「あぁ?なぁに慌ででるんだ?」
「真面目な話だべ!良いから早ぉ!」

 ろくな説明も無いままに、親父さんの剣幕に押されてシュレーゼを手に取るとクルクルと回して観察を始める男。

 一緒に来た女性は何かを感じ取ったのか、その様子を黙って見つめるのみで一言も発しない。

 その容姿は女将さんよりやや細いせいか、よりシャロに似ている気がする。
 恐らくこの人が女将さんの妹にしてシャロの母親なのだろうと見ていれば、シュレーゼを見ていた男が顔を上げた。

「よぐ出来だ短剣だべ?これ一本で一年は酒……」
「そうじゃねぇ!!それの造り手さ覚えはねぇだか?その魔力さ!」

「魔力ぅ?」

 首を捻りながらももう一度シュレーゼに向き合うと、今度は逆に首を捻り始める。

「んんー、おらの魔力さ似だモノはあるが、おらはこだなもん造った覚えはねぇすな。
 そんで?おめぇは答えを知ってっから聞いでんだべ?この凄ぇ短剣は一体誰が造ったもんなんだべ?」

「たがらもの!分がんねぇだが!?もっと良ぐ見ろってんだ!!こだな時ばかり耄碌すてんじゃねぇってばよ!
 それはおめの娘シャーロットが造った短剣だべさ!!」


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