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光の戦士たち3

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 その頃のジェイス一行。

 カッ─────────!!

 照りつける太陽。
 足元から漂う悪臭。

 そして、飢えと渇きと疲労でジェイス達は倒れる寸前だった。

「くそ…………吐きそうだ」
「ちょっと、ジェイス! 向こうで吐いてよッ!」

「おえぇぇぇえええ!」

 ジェイスの代わりに、ザラディンが吐き戻した。
 しかし、吐き戻されたのは水でも食料でもなく、ただの胃液。

 あまりの渇きのため胃酸が逆流しているのだろう。

 そして、
「お前が吐くんかぃ───おぇぇぇええええ……!」

 結局ジェイスも貰いゲロをする。

「うわ、くっさ!」

 あまりの悪臭にメイベルがドン引きする。

 しかし、湿った足元のせいでうまく逃げられない。
 周囲には水分が大量にあるというのに、飲めないのだ。

 湿地帯に迷い込んだジェイス一行は照りつける太陽と、蒸発した湿地の悪臭に苛まれ進むことも戻ることも出来ずにいた。

「あーもぅ、いやッ!! ねー、帰ろうよぉぉお!」

 メイベルが半べそになりながら、キーキーと喚く。
 喋る元気すら失せた男性陣に比べると、まだまだ元気そうだ。

「ぉぇぇ……。か、帰るってどこに帰んだよ!」
「そうです……。むしろ帰り道が分かるなら、教えて欲しいものです」

 おぇぇぇええ……。

「何言ってんのよ! ベームスの街に決まってるでしょ? 足跡をたどれば帰れるってばー!」

 湿地帯に残る足跡を指さし、キーキーと騒ぐ。

「ばーか。そうやって何日も彷徨ってるだろうが!」
「そうですよ! それにベームスなんてとっくに……!」

 男性陣の意見など聞く耳を持たないとばかりに、メイベルが「帰りたい、帰りたい!」と騒ぐ。

 そこに、

「──────ベームスがどうしたの?」

「「「リズ?!」」」

 疲れた表情のリズが、荷物を抱えて戻ってきていた。

「お、遅かったじゃないか!」
「どこまで行ってたのよ、このグズ! 田舎者ぉ!」
「は、はやく。何か食べ物を……!」

 突然元気になり、やいのやいのと騒ぎだすパーティメンバーにウンザリとした様子も隠さず、
「───うるさいわね……。偵察と食料確保が短時間で終わるわけないでしょ!」

 そう言って、ポイっと丸いものを3人に投げ渡す。

「な、なんです? これは……」

 物知りザラディンが、しげしげと眺めている。
 やや楕円を描き、白くてツルンとしている……。

「ここらのリザードマンの卵よ……孵化しかけだから、早く食べて」

 そういったとたんに、ビクビクと卵が震えだした。

「ひぃ!!」

 その衝撃に驚いたザラディンがボトンとそれを取り落とし、卵を割ってしまう。

「バ───!!」
「な、ななななな、なんてことをするんですか!」

「バカッ!! 何をしているの、貴重な食糧よ! なんてことする───は、こっちのセリフよ!」

 リズは構わずザラディンに掴みかかり、問い詰める。

「人がどれだけ苦労してこれを集めたと思っているのよ!」
「リザードマンなんて、食えるわけがないでしょう!」

「そ、そうだ!」
「そ、そうよ!」

 ザラディンの援護をするジェイスとメイベル。
 二人は、卵を気持ち悪がってリズに突き返そうとする。

「あッそう、好きにして───」

 リズはまともに取り合わず、卵を取り返すとそのうちに一つを割り、ちゅーちゅーと中身を吸い始めた。
 よくよく見れば何やら緑色の物体が中で蠢いているが……。

「───ふぅ。……流石にこれは食えないけど、」

 プッ。と、蠢くリザードマンの幼生を吐き捨てる。

「汁だけ吸えば、水分は取れるわよ」

 そう言って、どうする───と目で訴えた。

「うげ……マジかよ」
「おえ。絶対無理」

 ジェイスもメイベルも全身全霊をもって拒否する。

「あ、そう。それ以外に水分を取る方法なんてないわよ───今のところはね」

 それだけ言うと、リズは3人には構わずスタスタと歩き去ってしまう。

「ちょ! どこいくんだよ!」
「ねぇ、水なら足元に一杯あんじゃん! これ飲もーよー!」
「そ、そうですぞ! もう、魔力もないのです! 水の生成をするより───」

 くるり。

「一回だけ言うね」

 笑顔のリズ。
 だけど、目が笑っていない───……。

「───好きにすれば?」

 ついてくるのも、水を飲むのも……全部好きにしろといっているのだ。
 リズには彼らを助ける義理など、もはや何一つないのだ。

「ぐ……! ま、待てよ!」
「ちょ、先にいかないでよ! 待ってぇ」
「おいていくつもりですか? 恩人に対してなんて冷たい……!」

 軍団から逃げおおせたことを恩に着せるジェイス達。
 だが、その言葉を発せばリズからは氷よりも冷たい目を向けられる。

「……恨みはあっても、恩はないわ───」

 それだけ言うと、もはや語らず黙々と歩き続けるリズ。
 その足取りはしっかりしており、ちゃんと目的地があるように見える。

 それを見て顔を見合わせるジェイス達。

 どうしようか、と悩んでいるのだ。
 ここに留まっても死を待つばかり。

 一か八かで歩き出しても、どこに向かえばいいのか分からない。

 人気の全くない荒野で、3人は途方に暮れてしまった。

「……ジェイス殿、ここはリズに従うのが得策かと」
「そ、そうよ。あの田舎者なら、こういった環境に詳しいはずだし」
「お、おう……そうだな。どのみち、湿地の上じゃ座ることもできやしねぇ」

 ここに迷い込んでからずっと立ちっぱなしの3人。
 いい加減くたびれて来たし、何か食べたい……。

 目の前に落ちている割れた卵と、ウゾウゾと蠢くリザードマンの幼生をみて思わずゴクリと喉が鳴る。
 さっきは拒否したが、それでも食えるならと……。

 リズは食料を調達に行ったと言っていた。
 そして偵察もしたと……。

 なるほど、見れば───彼女の背嚢は膨らんでいる。

 他にも食料を見つけたのかもしれない。
 そして、あの足取り。

 きっと手がかりをつかんだのだろう。
 文明までの道のりを───。

「お、おい!! リズ待てよ!」
「私達も行くぅ」
「わ、私の知識が必要になるはずですぞー」

 そうして、今更ながらドタバタとリズの後を追う3人。
 だがそれを顧みないリズ。

 黙々と歩く彼女の足取りは確かであったが、彼女の背中は酷く頼り無げに見えた……。



 まるで迷子の子供のように───。



※ ※


 湿地帯を抜けた先、乏しい植性と岩だらけの土地に差し掛かったジェイス一行。

 リズを先頭に黙々と歩いているが、彼女を除く全員が疲労困憊し、息も絶え絶えとなっていた。

 いや、リズとて平気ではない。

 頬がやつれ、顔色も良くない。
 肉体的にも、精神的にも、彼女も疲れ切っているのだ。

 水もなければ、食料も乏しい。
 休む場所もない……。

 照りつける太陽に、顔中にたかる虫がまた余計に疲労を増やす。

 だけど、今ここで倒れるわけにはいかない……。

 アルガスを───……例え亡骸だけであったとしても、彼を見つけなければと───、それだけを心にリズは荒野の脱出を図っていた。

 図らずとも、それがゆえにジェイス達がついてきているのだが、好きにすればいい。
 本当なら助けてやる義理もないし、むしろ憎んですらいる……。

 だけど、アルガスがいれば絶対に見捨てないだろうし、きっと嫌な目にあっても許してしまう。

 それくらいに懐の大きな人で、優しい人───……。

 彼が怒るとしたら、身内に手を出したものだけ。
 昔、リズの両親がまだ健在だったころ。リズが見ず知らずの大人に誘拐されたことがあった。

 あの時のアルガスのブチ切れ具合といったら……。

 誘拐そのもの───その時のことは思い出したくもないが、でも一つだけいい思い出もあった。

 大きな組織の絡む誘拐事件で、当時は誰もが絶望視していたらしいが、アルガスはリズの両親とともに奮起し、なんと組織の中まで突入し彼女を救い出してくれた。

 狂戦士バーサーカーのごとく暴れ、千切っては投げ、千切っては投げ!
 獅子奮迅の大暴れ───。

 とても強かった……。
 とてもカッコよかった……。
 とても頼もしかった───。

 あの時以来───リズはアルガスを見ている。
 一人の男性として、父として、兄として───……アルガス・ハイデマンという、いとしい人として。

 ……結局は、当時のケガなどが元で両親は他界してしまったが、それでもアルガスがいてくれた。

 さほど年は変わらないというのに、無理をして両親の代わりをしようと、リズを引き取ってくれた……。

 嬉しかったし、同時に救われた思いでいた。
 アルガスとともに過ごせることに、喜びすら感じていた……。

 いたんだよ──────……アルガス。

 リズの視界が滲む。
 どうしても、アルガスが死んだという事実が認められなくて……。
 寄り添ってくれたあの人が、たった一人で荒野の果てで死んだなんて認めたくなくて……。

 でも、アルガスなら、こんな時メソメソすることを許さない。

 冒険者として大成していた彼なら、まず目的を達成するために全力を尽くす。
 だから…………リズもアルガスを見倣い。全力を尽くす!!

「うぉぉおい……リズぅ!」
「ど、どこに向かってるのよぉ」
「も、もう限界です……」

 うるさい連中だ。
 こうなったのは、自業自得だろうに。

 鬱陶しそうに振り返ると、無言で前方を指さした。
 リズにはとっくに見えている。

 だが、疲労困憊の彼らは気付きもしていない。

「な、なんだ?」
「え。えええ! ジェイス、見て見て」
「む、村ですか?!」

 突然色めき立つ面々。
 人工物の発見に驚いているようだが、別に珍しくもない。

 それにここは──────。

「は、早くいくぞ!」
「そうだね! いこいこ! きゃっほー!」
「まーた、湿気た村じゃないんですか~?」

 ゲラゲラと笑いながら村に向かって元気いっぱい走り出す3人。
 もうリズは用無しと言わんばかり。

(馬鹿ね……。見ればわかるでしょうに──そこは、)

 全力疾走していく3人だが途中で気付いたらしく、足が止まる。
 まるで絶望するようにガックシと……。

「そ、そんなぁ」
「え~! 廃村じゃん」
「あぁ、先日のようには、うまくは行きませんな……はは」

 また?
 先日───?

 ………………一体なんのことだろうか?

「り、リズ! こ、こんなもののために荒野を彷徨っていたのか?!」
「そうよ! 責任取りなさいよ! 無駄足じゃない!」
「そうです! 責任を取って、その背嚢に隠している食料を我々に───」

 ふん。
 馬鹿馬鹿しい。

 これが勇者パーティ?

 冗談じゃない……。

 3人を完全に無視したリズは、スタスタと廃村に向かて進む。
 この3バカは無駄足だと思っているようだが、大間違いだ。

「ちょっとまてよ!」「止りなさい!」「リズ!」

 無視、無視。
 鬱陶しいことこの上ない。

「「「リズぅ!!」」」

「うるさい」

 冷たくあしらうとリズは、武器を抜いて廃村に向かう。
 無人だとは思うが、一応警戒だ。

 荒野と違い、遮蔽物が多すぎるし───なにより敵対者が潜んでいる可能性もある。

 探知系スキルには何も引っ掛かっていないが、隠蔽スキル持ちがいた場合、それは意味をなさない。

 こんな荒野の果てにそんな手練れがいるとは思えないが、警戒するに越したことはない。

 慎重に慎重を重ねて進むが、どうやら杞憂で済んだようだ。
 荒れ果てた家が数件並ぶだけで猫の子一匹いやしない。

 いたらいたで、3バカが食らいつくだろうけど……。

「クリア──────ここは大丈夫よ」

 一応教えておいてやる。
 どうせ、何のあてのない連中。

 何をおいても、リズに追従しようとするだろう。

「くそ! お前が偵察で見つけたのはこの程度の物か!」
「あったま来るわね~! 廃村でどうしようっての!」
「こんなところ、何も残っていませんよ!」

 あーうるさい。

「別に、人がいることを期待していたわけじゃないわ」

 そうとも、最初から廃村だとあたりを付けて来ている。
 そもそも、周辺には人の手が入った痕跡が全くない。
 それくらいわかる。

 ここも廃村になってから随分と経つのだろう。

「なら、なんで!」

 はぁ。
「───こんなところでも、人が暮らしていたことがある……つまり、」

「あ!!」

 ここまで言ってようやくザラディンが気付いたようだ。

 これで賢者……。本当か?

「水ですか!」

 ようやく合点がいったという様子。

「えぇ、きっと水源がどこかにあるわ」

 でなければ人は暮らせない。
 持ち込んだ水だけで村を起こすなど正気の沙汰ではない。
 どこかに飲める水源があって、それがためにここに暮らそうとした。……多分ね。

 どっちにしても、まともな人間ではないでしょうけど……。

「そ、そうか! お、おい! メイベル、ザラディン───探すぞ」
「う、うん!」
「お、お任せください」

 ふぅ。
 水源はあの3バカに任せておこう。

 こっちはコッチでやることがある。
 リズは武器を納めると、淀みのない足取りで偵察に出かけた。

 村があるということは──────必ず文明との接触……つまり道の痕跡があるはずだと。


 そして、 夜───。

 広大な荒野にも夜は来る。

 リズの見つけた廃村にも、例外なく夜は訪れ、今はその闇を払おうと火が焚かれていた。

 焚火に周辺の人影は3人。

 ジェイス。
 メイベル。
 ザラディンの3バカ───勇者たちだ。

「いやー……一時はどうなる事かと思いました」
「まったくだ。リズを生かしといて正解だったな」
「ほーんと、下心丸出しのくせに、ファインプレーなんだから」

 ゲラゲラと笑う彼らは、腹こそ減っていたが取りあえず水をたらふく飲み、一時的にも空腹を誤魔化していた。

 何よりも誰よりも、渇きが本当に深刻だったのだ。

 辛うじて持っていた鍋を使って水を沸かし、井戸からくみ上げたそれを回し飲みをしている。

 少々苔臭いが、解毒魔法を使えるメイベルが毒見をした。

 もっとも、毒見を買って出たわけでなく、我慢しきれなかったメイベルが勝手に飲んでしまっただけなのだが……。

 巧妙な男性陣はといえば、実はそれをジッと見ていたりする。
 メイベルが腹を押さえて暴れ出さないかと───……。
 だが幸いにも毒の類は無さそうで、メイベルは元気にがぶ飲みしていた。
 そうして、ようやく水を飲んだ一行は一息をついていた。

「いやー……やっぱ、あの村に残るべきだったな」
「えー……いやよ。こんな土地に住む土着民と暮らすなんて」
「都市にも住めぬ掃きだし者の、はみ出し者、そしてあぶれ者の類ですよ。───荒野に住もうなんて連中は」

 違いない、とゲラゲラ笑うジェイス達。

 戦利品として持ち出した、純度の高いアルコールを回し飲みし始める。

 そして、気分良く自慢話をしている所に、

「何の話?」

 リズが帰ってきた。

「───お、リズじゃねぇか!」
「あらら、遅かったわね~。水飲むぅ?」
「なんでもありませんよ。ちょっとした小噺です」

 ふ~ん?

「それは?」

 リズが興味をもったのはアルコールだ。
 そんなものは、旅荷物になかったはず……───。

「え? あー……ざ、ザラディンのとっておきだよ」
「そ、そーそーそー! こういう時に飲もうと思ってたのよぉ!」

「え、えーえー! そうですとも。さ、リズ───あなたもいかがですか?」

 急に眼をキョドキョドを泳がせ始め、挙動の怪しくなる3人。

 わざとらしく酒を勧めてくるが、
「いらないわ。それより───火を借りるわね」

 焚火の間に入ると、火にあたり体を温める。
 荒野の夜は冷える。

「あー。リズ……そのぉ」
「わかってるわよ」

 ふぅ……。

 ジェイス達が、やたらと期待する様な目を向けてくる。
 コイツらに尽くしてやる義理は毛ほどもないけど、アルガスを思うなら見捨てるわけにもいかない。

「ごめんねぇ、大感謝~!」
「いやはや、さすがの私も荒野の食料までの知識は……」

 ゴチャゴチャうるさい3バカは放っておいて、リズは背嚢を開ける。

 そこに確保した食料をいくつか見繕い、木の板に並べると簡単に調理していく。

「えっと、」
「げ、」
「そ、それは……」

 リズの取り出したもの。
 
「虫よ。結構、おいしいらしいわ」

 そう言って、ウゾウゾと動く大量の虫を3バカに見せてやった。

「「「ぎゃあああああああ!!」」」

 ※ ※

 ぎゃあああああああああ!!

 3人で抱き合い、リズから距離を取ってドン引きアピール。

「何をギャーギャー言ってんだか、いらなきゃ、食べなくていいわよ」

 虫を初め、荒野で見つけた動植物。
 そして、廃村あとで見つけたものを順繰りに並べていく。

 巨大芋虫。(何の幼虫かは知らない)
 大量の毛虫。(何の毛虫かは知らない)
 でっかいトカゲ。(種類不明)
 リザードマンの卵。(多分、上位種)
 顔の長いネズミ。(何かいい臭いがする)
 棘だらけの植物。(汁がネトネト)
 西瓜みたいな実。(甘い香りがする)
 廃村の畑あとで見つけた、筋だらけの芋。
 ハーブ各種。
 岩塩と、山椒の葉っぱ。

 ま、こんなとこである。

「言っとくけど、確保できた食料はこれだけよ。今後獲れる保証もないから、えり好みしたら渡さないから」

 さっそく、芋や西瓜に手を伸ばそうとしている3バカに睨みを入れる。

 今は日持ちするものに手を出すわけにはいかない。

 特に、植物類は数日はもつはずだ。
 ならば、やはり足の速いものから───。

「マジでそれ食うのかよ」
「無理。絶対無理」
「せ、せめて火を通しましょうよ!」

 滅茶苦茶怯んでいる3バカを無視して、リズは調理を始める。

 廃村にフライパンがあってよかった……。

 食材に祈りを捧げ───。
 いざ調理開始。

 では、 まず食材の下ごしらえだ。
 簡単に調理するなら卵から。

 無精卵ならよかったのだが、恐らく全部有精卵。
 なかにはリザードマンが孵る寸前の物もあるだろう。

 だからこれは蒸し焼きにする。

 焚火の下に空洞を作り、大きな葉っぱで包んでおいて、灰を被せて火の下に。そのまましばらく放置。

 次に芋虫だが、デッカイこいつは一匹でかなりの重量。
 生でも食えるというが、寄生虫などの危険を考えると火を通した方が無難だ。

 だから、まずは背を割って内臓を取り出す。
 ナイフを入れた瞬間ブシュ! と緑色の液体が飛び出しメイベルが悲鳴をあげて逃げていった。
 男二人は腰は抜けている。

 さて、内臓を火に投げ込んだら、芋虫の頭を落とし、ざっくりと切り分け串に刺す。
 わりと硬い表皮に比べて、中身はゲル状の何かだったが一応形を保っている。

 火に投げた内臓が香ばしい匂いを立てているのでたんぱく質だけは豊富。味は知らない。
 ブヨブヨとする身に岩塩を粗く削っても見込みヌメリを落とす。
 妙にドロドロとしていたのは表皮の裏側だけで、中はしっかりとした身が詰まっていた。

 色は緑だけど……。

 そこに山椒の葉を散らして香り付けすると、火から少し離してかける。
 ジュウジュウと香ばしい音を立てているけど、再三言うが味は知らない……。

 次にトカゲ。
 コイツは皮も固いし、身もまるで革靴のようにかたい。
 ナイフが中々通らないので酷く苦労した。
 知れでもなんとか皮を剥ぐと、大きく腹を裂いて内臓を掻きだす。

「お、おい……どうみても噛み千切れないだろ、それ……」

 勇者の割に軟弱な顎を持つジェイスは不満げだ。

「身は保存食よ」
「じゃ、じゃあ、」

 ブチ。リズが何かを切り取る。

「ここは食べれるわ。多分ね」

 過食できる部位としてこれほど適切なものはないだろう。
 身の割にデッカイ肝臓。そして、まだ動いて見せる心臓だ。

 それを半分に割り串に通して直火に当てる。
 爬虫類の内臓は、やはり寄生虫の危険がある。硬そうな身は焚火の真ん中に入れて軽く灰を被せた。カリカリになるまで焼き締めれば保存食になるし、身を焦げて脆くなるだろう。

 さて、残るところはネズミと毛虫。

 ネズミはトカゲよりも楽に皮を剥ぐことができた。
 あとは内臓を出して火に当てるだけ。

 トカゲと違い内臓は食べれるほど取れないので全部火に投げた。
 あとはトカゲの内臓と同じく直火に当て骨ごとじっくりと火に当てる。

 毛虫は下処理として、フライパンの上にドサッと放り入れた。
 ウゾウゾと熱にのた打ち回る毛虫。
 メイベルがさっきから戻ってこない。
 男性陣はさっきから腰が抜けて復帰不能……情けない奴ら───。

 さて、どうかな? と覗き込めば思った通り毛が全部落ちている。
 なので一度毛虫を板に戻すと、フライパン上の毛を掃除する。

 そこに、ネズミの皮についていた油を塗り込み、もう一度毛虫を投入する。
 今度はイイ感じに火が通り始めた。
 
 何度か、じゃっじゃっ! とフライパンを躍らせ毛虫に満遍なく火を通す。
 そこに、フライパンを揺すりながら岩塩を振り入れ、山椒の葉を細かく潰しながら入れていく。

 毛虫が全部、身をキュっと丸めれば完成だ。

 フライパンの素熱を取るため揺すりながら火から離すと皿代わりにデン! と地面に置く。
 最後に積んだばかりにハーブをいくつか並べると──────「毛虫炒めのハーブ添え」完成。

 さて、後は順繰りに───……。
 まずは、灰の中から棒で卵を取り出せば───あ、できてる。
 卵の殻が割れて中身が透けて見えている───ビジュアルはちょっと凄い……けど、匂いは中々オイリーな感じ。
 「リザードマンのバロット」完成。

 次は、お手軽簡単荒野料理、火から離せば───はい、完成。お好みで塩を振りかけて食うべ「ネズミとトカゲのモツ直火焼き」召し上がれ。

 最後はこれ───……「巨大芋虫の串焼き山椒和え」。
 火から離してクルクル回していたけど、いい感じに熱が通って身がギュッと引きしまっている。
 色は緑だけど……。塩味はついているけど、足りないならお好みで。


「できたわよ」


 はい。とネズミの串焼きをジェイスに押し付ける。

「お、おう……」

 無茶苦茶ドン引きしている。
 知った事じゃない。ここはお綺麗なホテルじゃないのよ。

「好きに取って食べて、量はあるはずよ」

 リズはあとは知らんとばかりに、毛虫炒めに手を伸ばす。
 イイ感じに焼き上がっており、香ばしい香りがする。
 一つ手に取ってみて、頭を落として背を開き、わた取り除くとさて実食───……あ、うまいわね、これ。

 意外とクセもなく、ちょっと口当たりがボソボソすることに目をつぶれば全然食える。
 塩味がいい感じにあうのだ。

 塩由来のしょっぱさの中にたんぱく質の甘味が加わり、ネズミのラードがよく馴染んでいる。
 なんだろう…………。あ、半生の魚卵に近いかも。うん、イケルイケル。

 リズはアルガスに冒険者としての知識を叩き込まれていたのでサバイバル技術も中々のものだ。
 さすがに荒野を越えた経験こそないものの、もっと過酷な環境を彼と過ごしたこともある。

 他国の砂漠地帯……。高山と雪の世界───……。どれもこれも苛酷な場所だったけど、アルガスと一緒ならどこでも平気だった。

 あの人といれば、なにも怖くなかった……。

 グスリと思わずしゃくりあげてしまう。
 その雰囲気を気まずく思ったのかジェイスがバツが悪そうに焚火に向かい、ポリポリとネズミを齧っている。

 ドン引きしていた癖に、空腹には抗えなかったのだろう。食ったら食ったで、「あ、うめぇ」とか言って喜んでいるし。

 だが、頑なに虫には手を付けない。
 リザードマンも同様。

「肉だけじゃ足りないわよ」

 そう言って、不機嫌を隠しもせずにリズは芋虫の串焼きをザラディンに突きつける。
 緑のビジュアルがすごい……。

「い、いいいいいいいいえ、えええええ、遠慮しておきます───あまりお腹が空いていないもので、」

 グーーーーーギュルルルルル……。

 お約束のタイミングで腹が鳴るザラディン。
 毛虫の意外とおいしそうな匂いに空腹が刺激されたらしい。

 その瞬間無言でがっしりと、串を掴む賢者殿。

 じっと、芋虫の切り身を見ていたが恐る恐る口にして、チミッと噛み切ると、恐る恐る咀嚼する。

 ムッチッムッチッ…………ごく。

「お、おい。どうだ?」
「げ、た、食べてる……味は?」

 いつの間にか戻って来ていたメイベルも、顔を引き攣らせながらも興味津々だ。
 ザラディンは全て飲みこみ、目をパチクリ。

「────────────……海老?」

 ズルッ、とずっこけるジェイス&メイベル。

「う、うそつけ!」
「あ、ありえない!!」

 だが、二人の意見など聞こえないかのように、ザラディンが今度はモリッと被り付く。
 中々汁だくでボタボタボタ……と中身の水分が零れる。うん、緑……。

「あ、これ旨いわ。海老だわ、エビ」

 お前マジかよ……みたいな目で見られるザラディンだったが、割とお気に召したらしく食べきる。

 そして、ジェイス達が食べないようなので残りの身を食べようと───……がしり。

「待てよ」
「待ちなさいよ」

 ジェイスとメイベルが殺気立った顔でザラディンを止める。
 そして、芋虫の串焼きを引っ手繰るとガブリと一口──────「「……エビ?!」」

 エビらしい……。

「「「……………………」」」

 そして、三人とも顔を見合わせると恐る恐る他の料理にも手を伸ばし始めた。

 「リザードマンのバロット」にトカゲのモツも恐る恐る口に運んでいる。

「あ、ダメだ。俺これダメ」
「あ、私好きかも───頂戴」

 バロットの見た目のアレ差の割に意外と柔らかく食べやすいことに気を良くしたメイベルがゴリゴリとリザードマンの幼生を骨ごと齧る。
 とはいえ、骨は柔らかく軟骨のような触感らしい。

 ジェイスは代わりにトカゲのレバーをモリモリと食べている。
 レバーは好みが分かれる味だろうがジェイスは割と平気なようだ。

「あ、これ普通のレバーとそう変わらないな。味が濃い分、コレうまいわ」

「では私はこれを───……ほう、」

 モリモリとトカゲの心臓を頬張るザラディン。

「なんでしょうかね。……牛肉に近い味がします。旨いものですね」

 最初のドン引きがどこへやら、結構モリモリと食べだすジェイス達。
 口の周りと緑色に染めながらモッシャモッシャと頬張る頬張る。

 しまいにはリズがもそもそと食べていた毛虫炒めにも手を伸ばし、まるで酒のつまみのようにしてアルコールを飲み交わしながら器用に食べ始めた。

 実に現金な奴らである。

「いやー……虫も意外とうまいな!」
「ほんと、びっくりしたわ~。リズぅ、明日もお願いねー」
「これはこれは、知識が増えました。都に戻れば話のネタになりますね」

 ぎゃはははははははは! と、笑いつつ、細工残った小刀で毛虫を処理しつつ食べる3人。

「………………───ねぇ、その小刀どうしたの? そんなの前使って無かったよね?」

 ぎゃは──────……。

 不意に静まり返る3人。
 それを訝しがったリズは彼らの背嚢に手を伸ばすと、
「あ、何をするんですか!?」

 手近にあったザラディンの物を取り、中を確認する、すると……。

「ちょ、ちょっとこれ……何よ!」

 ガラガラガラと出てきたものは民族工芸品の様なものと──────耳。

「ち……」

 それを取り出した瞬間、3人の纏う空気が変わる。
 スゥと冷えた空気に、リズがビクリと竦むと、ジェイスがゆっくりと立ち上がる。

「なんだよリズ。耳がどうかしたのか? ん?」

 ゆっくりとゆっくりと、
「───はは、これか? 討伐証明って奴だよ。知ってるだろ?」

 ヒョイっと拾い上げた耳。褐色の笹耳───……。

「ダークエルフに出くわしたのさ。連中いきなり襲ってきやがってさ、返り討ちにしたんだけど、どうも犯罪者っぽかったからな。ギルドに討伐報告する義務があるからこうして持ってるのさ、な?」

 メイベルとザラディンにも笑いかけ同意を求める。

「え~そーよー。私も仕留めたもん、ほらこれこれ」
「じ、ジェイス殿もたくさん持っておりますぞ」

 鞄から取り出した乾燥した笹耳のネックレスを自慢げに見せるメイベル。
 ザラディンも追笑して、それを裏付ける。

「は、犯罪者って……そ、そんなの、手配書でも見ないとわからないじゃない」
「ハッ! なぁに言ってんだよ。俺達が最初に襲われたんだぜ? 殺人未遂は犯罪さぁ、そうーだろぉ?」

 ゲヒャハハハハハと下品な笑いで耳をポンポンとお手玉するジェイス。

「そうです、そうです! 王国警察法にも書かれておりますぞ」
「正当防衛よ、せーとぼーえー。んね、リぃズ?」

 ニッコォと微笑みかけるメイベルに、目をあわせないザラディン。

 な、なんなの。
 一体何をしたの?

 こ、荒野にだって……人はいる。
 魔物とうまく共存する部族や、食い詰めた物が仕方なく暮らしていることもある。

 凶悪な魔物を生態を知れば避けて通ることもできるのだ。

 だから、ダークエルフだって…………。
 襲われたからって──────そんな。



 どう見ても、略奪したようにしか、見え……な───い。




「「「リズ」」」

 ニコニコ笑う3人。

「「「リズ」」」

 ゆっくりと迫る3人……。



     「「「リズ」」」



 ──────気にするな。

 余計な事は、

「見ない」
 と、ジェイスが宣う。

「言わない」
 と、メイベルが宣う。

「聞かない」
 と、ザラディンが宣う。


 それでいいじゃないか?


「「「な?」」」

 コクリ、コクリと頷くしかできないリズ。
 震える手を隠すのがやっとだった。


 何かが、何かを………………。

 こいつ等、何を?

 何をしたの? 荒野の奥で───……!




 荒野の脱出はもう間近……。リズは文明の痕跡を見つけていた。
 廃村から続く、道の痕跡。
 必ず人里に繋がる確かあ道の跡を……。

 だが──────このまま街に向かって大丈夫なのだろうか?



 リズがいなければ・・・・・・・・脱出不可能な荒野・・・・・・・・の奥で、彼らと一緒に街に向かって大丈夫なのだろうか?



 一緒に…………行動して大丈夫なの?

 ねぇ、教えてよアルガス。

 守ってよアルガス……。




 傍にいて──────アルガスっ!!

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