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第28話「取引」

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 予定にない来訪者。
 そして、ノック───。

 少なくとも、宿屋の人間ではないだろう。
 彼らならば、ノックのあとに要件を伝えるはずだ。

 つまり、宿屋の人間以外の誰か───。

 暗殺者にしては、お粗末すぎるので別の何かだろうが……。

 はたして、
「──失礼。わたくし、ジョン・ペンバーです」
「ち……またアンタか!」

 アルガスとしては微妙に対応に困る相手だった。

 このジョン・ペンバーを名乗る人物───これで市長だという。くだんの代官程でないにしても、街の権力者だ。

 実は、数日前からコイツが何度もアルガスに接触を図ってきた。

 先日も、いきなり部屋を訪ねて来たかと思うと、
 「私、この街の市長と務めております。少しお目通り叶いますかな? アルガス・ハイデマンどの」───と、来たもんだ……。

 司法や軍事を司るのが代官なら、市長は行政や立法を司る。

 もっとも、立法は市長というよりも市議会のほうだが、権限としては近い位置にいる。
 で、その市長がわざわざアルガスのところに用があると来たわけだ……。

 めんどくせぇ匂いしかしねえ……と、内心思いつつも、アルガスは市長と応対したわけだが、当時のコイツと来たら、
「おぉ、お初にお目にかかりますね───勇者パーティのアルガス殿とお見受けしますが……」

 開口一番これだった。
 勇者パーティ呼ばわりに、一瞬にしてアルガスの額にビキス! と青筋がたった。

 もちろん、当時の俺頑張った。
 平静の心に努め、市長と相対し───彼を観察する。

 市長、ジョン・ペンバー。

 ───見た目は好々爺然とした、白髪の紳士。だが、眼光は鋭く頭の切れそうなイメージを受けた。

 そして案の定面倒くさい案件を持ち込んできやがった。

 当時のコイツが持ってきた案件というのも、例の代官を誅したことによる周囲の影響についてだ───。
 ……あたりまえだが、代官は国の要職だ。
 その国の要人に対して剣を向ければ、それすなわち国に弓を引くことと同義。

 アルガスにもそのくらい分かる。

 もっとも、分かるからといって身内が攫われて「はい、そうですか」で済ますわけがない。
 その辺が、冒険者と街の住民の違いなわけだが……。

 ミィナを攫われるわ、
 ギルドと結託してアルガスを襲うわ、
 やりたい放題。

 そりゃ反撃もする……当たり前だろうが。

 だが、ここで一つ問題発生。
 先日の代官所襲撃の際に、アルガスの大暴れに乗じて、なぜか街の住人も蜂起してしまった。

 放っておけばいいものを、余計な手出しをしたせいで話が拗れてしまったのだ。

 もし、街が何もしなければ、代官を誅したのはアルガスだと言い張れたはず。

 知らぬ存ぜぬで、通せば良かったのだが……。
 最終的に、衛兵隊と代官にトドメを刺したのはベームスの街の住民たちということになった。

 つまり街ぐるみのクーデターだ。 

 そりゃあ、怒る。
 関係部署の皆さんカンカンです。
 関係各位は面目丸つぶれです。

 特に代官の血縁の貴族。

 もう、怒髪天を突かんばかりに怒り狂っているとか……。

 辺境とはいえ、人の出入りも激しい───そこそこの規模の街だ。

 あっという間に情報は王国中を駆け巡り、噂では代官の血縁の貴族───荒野の反対の街にいる男爵家が挙兵したという噂もある。

 それで困った市長さん。
 なんとか、男爵を撃退したいと、アルガスに何度も打診をしてくるのだ。

 今日のように、↓ こんな感じで。

「先日の件、どうか受けてもらえませんか? 王国政府とは根回しが上手くいきそうなのです! なんとしてでも願いしたい!」
「くどいな! 俺ばっかり損するじゃねぇか!」
「ですから報酬は!」

 こうしたやり取りが何度も。

 市長は、クーデターが国に弓ゆく行為ではないと言い張るために、アルガスを引き入れたいらしい。

 アルガスは雑魚でも勇者パーティだ。

 もし、アルガスが街の味方ならば、国のお墨付きをもらうこともできる。
 なんたって勇者パーティだ。
 その気になれば、アルガスを代官に据えてしまうことも可能。

 要するに、アルガスを偶像化し、前代官を誅する正当性を持たせたいということらしいが……。

 それはすなわち、アルガスを街の盾・・・にするという事。

「いい加減にしろッ! 俺がこの街に尽くさねばならん義理なんてない!」
「義理なぁい♪」

 妙なところで、変な合の手を入れるミィナちゃん。

 もう、大人の話に首を突っ込まないの!

「な、何人も犠牲が出るかもしれないんですよ!? 報酬は金貨500枚───どうです! 前代官がアナタの首に掛けようとしていた賞金です!」

「───ハッ! 代官邸を接収して確保した裏金を、そのまま横に流して、なぁにが報酬だぁ?! 舐めてんのか、お前」 

 結局、自分たちの懐を痛める気などないんだろうが!

「しかし! 金貨500枚ですよ! わ、わわわ、わかりました! さらに倍額を用意しましょう───私の権限で出せる最大の、」

 ミィナちゃん、GO!!

「んしょ」

 例の可愛い掛け声で出したのはミィナちゃんの金庫───IN、金貨10000枚。

「───……金には困ってねぇ!」
「うぐ………………!」

 燦然と輝く金貨の山。

 これを超える報酬を出せるもんなら、出してみろっつーんだ。

「ぐむむむむ…………!」

 顔に青筋を立てて唸る市長。
 先日からこんな調子で、ずっと代官やれだの、街を守れだの言いたい放題だ。

 いい加減ウンザリして来たので話を切ろうと……、
「もうこの話は終わり───」
「───リズ・ハイデマンをお探しなのでしょう?」

 ……ピクリ。

「……………テメェ、どこでそれを聞いた」

 タップリと間を置いたアルガス。
 その初めての反応に市長が顔色を変える。どう見ても手ごたえあり───ッて顔だ。

 だが、この情報についてはアルガスをして食いつかないわけにはいかない。

「───もちろん冒険者ギルドです。その他にも色々と、」

 ニヤリと笑う市長。
 してやったりといった顔だ。

「……吹かし・・・こいてんじゃねぇぞ。何か? お前がリズの居場所を知っているってのか?」
「それはまだですが───しかし、ギルドだけに頼るよりも、行政サイドを頼られてはいかがですかな? お話を聞いていただけるなら、捜索のために近隣の街と王国に、市長として親書をお出ししましょう」

 む…………。

「俺はこの街の住民じゃないぞ? 行政サービスを、」
「えぇ! ですから特例です───我が街は辺境とはいえ、荒野にある周辺都市なら、大抵の街と定期的に連絡をしておりますゆえ」

 これは……確かに大きな手掛かりになる。

 ギルドに情報が入ってこない以上、行政を頼るという手もあったのか……。
 もとは根無し草の冒険者ゆえ、その観点が抜けていた。

 ち……。

「……………それが報酬だっていうのか?」
「そうです。普通は市民であっても、一個人を探すために親書など書きませんよ。相手にもされないでしょう。ですが、引き受けてくださるなら、今日にでも早馬を出します。ですから、アナタが一時的にでも代官職を受け、進軍しつつある男爵軍を討ってください!」

 コイツ無茶苦茶言うな?!
 たしかに、魅力的な条件ではある。

 だが、
「…………そのために、貴族に弓を引けってのか?」
「代官には喧嘩を売りましたよね?」

 バカ野郎!

「───状況が違うだろうが! 男爵家程度とはいえ、王国の貴族をたかだか一冒険者がぶん殴ってタダで済むわけねぇだろうが!」

 激高するアルガスをたしなめるように市長は静かに語った。

「……王国法をご存じないので? アルガスどのは既に男爵家の敵です。しかしながら、貴族にも作法はあります───仇討あだうちというものですよ。今回、男爵が挙兵した際には、王国に対して正式に仇討許可を求めているそうです」

 はぁ?
 要領が掴めん。

「───王国が仇討を認めれば、この戦いはただの一戦でケリがつきます。これは貴族やその他の抗争を長引かせない為の法律であり、非常に厳格なのです」

 つまり……。

「一回戦争ないし、決闘をして……。勝っても負けてもそれ以上恨みっこ無し───ってところか?」
「ご理解が早くて助かります」

 この野郎……。
 やっぱり、全部俺に押し付ける気満々じゃぁねーか。
 たしかに、代官をぶっ飛ばした以上、男爵家は俺を許さんだろうけども……。どうにも釈然としない。

 聞けば、王国としては両者の面目を保つために、仇討を認める公算が高いという。
 勝っても負けても、延々と抗争が繰り返されるよりはマシという事らしいが……。

「………………………少し考えさせてくれ」
「もちろんです。また明日お伺いします。もし、今日にでも気持ちが変わりましたら、市庁舎の方まできてください。歓迎しますよ」

 くそ……上手く乗せられているな。

「わかった」
「期待しております、アルガス殿」

 気に食わんな……。

 アルガスが睨みを利かせる中、市長は一礼して去っていった。
 その後もしばらくアルガスは市長の出て言った扉を睨み付けていたが、

「───ち、気分わりぃぜ」
「お話終わった?」

 市長が帰った頃あいを見計らって、ミィナがピョンとアルガスの腕に掴まり、ヨジヨジと体を登っていき、膝上に座る。

「怒ってる?」
「いや……。あー、いや───少しだけ怒ってるかな」

 それを聞いてビクリとするミィナ。
 だから、アルガスは努めて声を抑え気味にすると、
「ミィナに対してじゃないさ───大人は色々あるんだよ」
「う、うん……」

 気分が沈んだらしい、ミィナの背中をポンポンとさすってやり、
「さ、着替えたら出かけようか?」
「ん? うん!!」

 どこー?
 どこいくのー?

 と、頭の上でピョンピョン飛び跳ねるミィナにホッコリしつつ、。自らも街歩き用の簡易武装に着替えると、すぐに部屋を出た。

 ま、アルガスの行動範囲なんて大抵限られてるけどね。

「───いつもどおり、ギルドだ」
「はーい♪」

 ミィナちゃんもギルドに慣れてきたようで何より。
 しかし、いよいよ逃げられなくなってきたな……。
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