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第40話「アルガス出撃」

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「なん───」「なんやて?!」

 アルガスの言葉に被せるのはシーリンだった。

「な、なんでリリムダの領主がここにきよるねん? アタシそんなん聞いてへんで?!」
「お嬢さん、今は貴方に関係ないこと──」

「関係ないことあるかい! アタシの地元の話や!」
「それでもです!」

 市長はシーリンの言葉を強引に切ると、アルガスに向かって言った。

「アルガス殿。もはや逃げられませんぞ!」
「あぁ、そうらしい……。その前に逃げるつもりだったんだがな!」

 ゴホッ、ゲホッ。

「……動けますか? とても戦えるようには見えませんが……ですが、」
「わかってるっつの。やらなきゃ、やられるわな……。それより、」

 ジロリと、シーリンを睨むアルガス。

「───……テメェだな。一服盛りやがったのわ」

 その言葉に、ビクリと体を震わせ顔を引きつらせるシーリン。

 その様子を見て、ギョッとした顔の市長と、ビックリしてシーリンから飛び跳ねるミィナ。

「あ、アナタが?」
「シーリンさん?」

 フルフルと首を振るシーリン。

 ズルズルと後ずさるも狭い部屋のこと、すぐに壁にぶつかる。

「ちゃ、ちゃうねん……。ち、ちゃうねんて……!」

 何度も何度も否定するが、その表情が如実に物語っていた。

「ふん……。どうせ、大方ジェイスの差し金だろう? 俺の命を取ろうってのか? お前…………覚悟できてるんだろうな───」

 アルガスの目つきが鋭くなり、部屋の空気がスゥと下がる。

「ちゃう! ちゃうて!! あ、アタシは殺しなんかせーへん! 絶対殺しはせん!! ほ、ほんまや!」
「ハッ。どうだか、つまり毒を盛ったことは認めるんだな?」

 彼女の言い方からしても、それは間違いないだろう。
 いつどこで盛られたかは知らないが、リズの手紙を持って接触し、どこかのタイミングで毒を盛る様にジェイスに言われたのは間違いなさそうだ。

「そ、それは───……。せ、せやけど! アタシかて殺しは、しとーないからちゃんと動物で試してから、死なへん毒やて確かめてんで! ジェイスさんが言うには、ちょっとしたお灸・・やいうて……腹壊す程度や言うて……」

 そこまで言ってシーリンは目に大粒の涙をためてへたり込んでしまった。

「ゴメンやで……! アタシ、リリムダの領主さまの軍隊のこととか知らへんかってん。じ、ジェイスさんがこんなこと企んでるとか知らんかってん! あ、あああ、アンタがパーティを裏切って代官を殺したから、そのケジメを付けるためや言われて。……ほんま、ほんま堪忍してや!!」

 ボロボロと涙を流して懇願するシーリン。

 事情がありそうだが、それで殴られたアルガスとしてはいい面の皮だ。

 ゴメンと言われても許せるものではない。

「シーリンさん……」

 ミィナだけは同情したのか、シーリンの元に駆け寄り頭を撫でている。
 子供だから、こういったときは感情で動いてしまうのは致し方ない。

 それにしても、リリムダの男爵といい、シーリンのことといい。

「───いずれにしても、ジェイスの野郎が噛んでやがるな」 

 シーリンの件は明白。

 男爵の件は確信は持てないが、タイミングが良すぎる。
 シーリンがアルガスの足留めをしようとしていたのも、ジェイスが命じたのだろう。

 重戦車のことは知らないにしても、毒で弱らせておけばそう簡単には逃げられず、黙っていても男爵の軍勢がアルガスを討つと……───。

「アルガス殿……。誠に申し訳ないが───どうか」

 市長は懇願する。
 アルガスに手を貸してくれと。

 本音のところでは、アルガスとしては断りたい。
 だが、断ったとして、男爵の軍はアルガスを始め、街を潰そうとするだろう。

 どちらにしても結果は変わらないのだ。
 ならば戦わねばならないだろう。

 だが、これは気持ちの問題でもある。

「市長…………。一つ約束しろ」
「は、はい!」

 だから、ケジメを付ける。

「手は貸してやる───俺の不始末でもあるからな……。ただし、」

 ギロリとキツク睨むと、
「───英雄だなんだ持てはやすのはヤメロ。鬱陶しい。あと、分かってると思うが、きっちり報酬は貰うからな……!」

 タダ働きは絶対にしない。
 これは、冒険者として当然のことだ。

 たとえ、銅貨一枚でも絶対に貰わねばならない。
 ただ働きをすると舐められるからな……。

「も、もちろんです!」

 市長の言質は取った。
 あとの問題は世間のこと。

 男爵と戦うのはやむを得なくても、今後が気がかりだ。

「───男爵を迎撃したとして、その場合に俺個人は何らかの罪の問われるか?」

 別に犯罪者扱いされても、こっちには正当性があるので何ら恥じることはない。
 それでも、捕縛しようとするならこの国から出るまで……。

「どうでしょうな……。王国法には仇討の正当性は謳われておりますが……そもそも前代官が不正と圧政ゆえの不始末ですので……」

 正直わからんということか。
 国の判断に委ねるしか無さそうだ。

「チ……。リリムダに行く前に、リリムダの領主をぶっ飛ばすのか。面倒になりそうだ」

 アルガスはふらつく体で起き上がる。
 それをミィナが支えようとするが、体格が違い過ぎて支えにならない。

 だが、ミィナが必要なのだ。

 アルガスの戦いにおいて、装填手がいなければどうにもならない。

 結局、自警団員に支えられながらアルガスはなんとか起き上がる。
「ゴホッ、ゴホッ!」
 体調は最悪だが、そのまま街の外に向かうしかなさそうだ。
 
 市長曰く、宿の前には馬車があるそうなので、最悪でもそこまで行けば何とかなるだろう。

 アルガスが重戦車化してしまえばふらついていようが、いまいが無限装軌キャタピラ走行なら問題はあるまい。

 そうして、部屋を出ようとしたアルガスだが、
「おい、シーリン……」
「ひぅ?!」

 身体を大きく跳ねさせるシーリン。
 その目は怯え切っていた。

「テメェの始末はあとだ。逃げんじゃねぇぞ……」

 拘束するつもりはないので、逃げようと思えば逃げられるだろうが……。
 それでも、そのままで済ますつもりはなかった。

「ふぁ、ふぁい……」

 泣きべそをかいたまま、シーリンはズルズルと壁に沿ってしゃがみ込み、膝の間に顔を隠してしまった。

 同情を誘うものでもあったが、ミィナですら少し渋い顔をしている。

 ミィナにとっても、シーリンは友達だが、彼女のやったことを許せるものではないと理解しているようだ。

 市長が目で拘束しますかと、問うていたがアルガスは黙って首を振る。

 逃げたいなら好きにすればいい。

 もし逃げたなら、その時は地獄の果てまで追っていくがな……。

 アルガスは暗い感情の中でそう決意し、薄く笑う。

「取りあえず急ぐか……男爵の軍勢について分かっていることを教えろ───」
「えぇ、道々お話ししましょう」

 重い足取りでアルガス達は馬車へと向かった。
 そして、室内にはアルガスの吐しゃ物の酸っぱい匂いと、自分のやらかしたことの大きさに絶望し、一人泣くシーリンだけが残された。

 サメザメとなくシーリン。

 だが、それを慰めるものもなく、また糾弾するものもそこにはいなかった……。
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