妖怪奇譚【一話完結短編集】

だんぞう

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雨宿り

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 新緑の頃は雨の匂いまで瑞々しい。
 葉を打つ音がやけに遠くに感じるのは、緊張しているからだろうか。

「あなたは、雨、好き?」

 さきほど知り合ったばかりの少女は、僕にそう尋ねた。
 雨?
 雨って今降っている雨だよね?

「……嫌いじゃないよ」

 本当は、雨という現象に対して好き嫌いの感情自体、持ったことはなかったのだが、この可愛い少女と知り合えたのも、こうして会話をしているのも、全部雨のおかげかなと思うと自然とそんな答えになった。

「そっか。私は嫌い」

 答えを間違えた……と心の中で嘆く。
 求められていた言葉はそれじゃなかったと。

「私は嫌いだけど、他の人に嫌いって言われると悲しいから、ちょっと嬉しいかな」

 ホッとする。
 彼女の言葉の一つ一つに僕の感情は翻弄される。
 そんな動揺を隠したくて、視界に入るもので無理やり会話を続けた。

「こんなところにお堂があったんだね」

「この辺にはよく来るの?」

「ううん。初めて……このすぐ近くに林間学校で来てて」

「りんかんがっこう?」

「うん」

 そう答えながら周囲を見回すが、鬱蒼と茂った森の中には誰の姿も見えない。
 どうやら本格的にはぐれてしまったらしい。

 さっきまで僕は宿舎からほど近いハイキングコースで、オリエンテーリングをしていた。
 二つ目のチェックポイントをクリアした後、川の音が聞こえて「見に行こう」ってことになって……気がついたら班の皆とはぐれていた。
 一人になってしまったことに気づいたとき、すぐに引き返したけれど、さっきまで歩いてきたハイキングコースも見失ってしまい、途方にくれかけたときに雨が振りはじめて……目についたのがこの小さくて古びたお堂。
 お堂の両脇に少しだけある軒下には、それぞれ人一人がなんとか立てるくらいの雨宿りスペースがあって、左側には先客が居たから僕は右側に駆け込んだ。

 その先客というのがこの少女。
 年齢は同じくらいだけど、同じ中学の子ってわけじゃないみたい。
 今みたいに向こうから話しかけてきて、僕は雨の音に声がかき消されなうよう顔だけ少しはみ出して答えた。
 すると向こうも同じように横顔を出して……改めて見ると、とても美人。
 はじめのうちは恥ずかしくてまともに顔を見られなかったけど、今はしっかり見とれている。

「そっか。それ楽しい?」

「そうでもない」

 これは半分以上、本音。
 この少女と一緒に過ごしたこの数分間が、既にもう林間学校のピークだから。

「このお堂も、楽しくない場所だよ」

 少女の横顔は、憂いを帯びていながらも凛としている。
 まだ一度も見せていない少女の笑顔を見てみたくなってしまって、僕は少女の喜びそうな言葉を必死になって探す。

「このお堂のこと、知っているの?」

水蓉堂すいようどう

「すいようどう?」

 すると少女は、このお堂の成り立ちを話し始めた。



 昔、ここいらは酷い日照りに悩まされていた。
 雨がなければ作物は育たない。
 作物が育たなければ、飢えて死ぬ。
 村の人たちはとうとう、近くの湖に棲む龍神様にお願いすることにした……雨をくださいと。
 そして、龍神様へお願いするために一人の女の子を選び、イケニエとして湖に捧げた。

 そのおかげか、村に雨が降るようになり、村の人たちは喜んだ……が、今度は別の問題が起きてしまう。
 雨が降り過ぎた。
 あんなに干からびていた川は氾濫し、多くのものが流された。
 村人たちは再び龍神様の所に行き、雨を鎮めてくれるようお願いした……今度は、女の子の唯一の家族であった母親を連れて。

 竜神様が雨を多く降らせ過ぎるのは、最初のイケニエの女の子がちゃんとお役目を全うしなかったからだ、と。
 そう責めたてて、今度は女の子の母親をイケニエに捧げた。

 しかしその後、ものすごい暴風雨が村を襲い、あとには誰も残らなかった……という昔話。



「この水蓉堂はね、村で行われたことを知った付近の村の人たちが、慰霊のために建ててくれたの」

 このとき、少女が泣いていることに僕は気づいた。
 相槌を挟むことなくずっと話を聞いていたけれど、何か言わなきゃ、言わなきゃ、という想いが自分の中に膨らんでゆく。

「悲しい話だね」

 村人たちの身勝手さについても言いたい言葉がたくさんあった。
 でも、泣いている少女の前にこれ以上ネガティブな言葉を並べたくなくて、僕は言葉を飲み込んだ。
 そして、僕は雨の中へ飛び出した。

「あ、雨に濡れちゃうよ」

 少女は驚いたけど、僕は構わずお堂の前に立ち、手を合わせて静かに祈った。
 その少女と少女の母親が、天国で安らかに眠れますようにと。
 祈り終わってから、少女の顔を見る。

 少女の涙は止まっていた。
 良かった。
 あとは……なにか言わなきゃ。
 なにかポジティブなことを。

「雨は、嫌いじゃないから」

 その直後、ゲリラ豪雨みたいな土砂降りが来て、僕は慌ててお堂の軒下へと戻る。
 少女が何か言ったようだけど、雨の音が大きくて何も聞こえなかった。
 ほどなくして雨が上がり、すいようどうの軒下から出ると、少女はもう居なかった。



「なんか大事なとこ抜けてないか?」

「一晩、帰ってこなかったのに、それだけじゃないだろ?」

「大人の階段登ったんじゃないのかよ?」

 俺たちが好き勝手言っているのは、同じ班の蓮田はすだがオリエンテーリングの途中ではぐれて失踪して、翌朝ひょっこり戻ってきたから。
 地元の警察まで動員しての大騒ぎだったのに、本人はケロッとしていてちょっと雨宿りしてただけだなんて。
 で、同じ班の俺たちと蓮田が先生たちと地元警察の人たちの前に呼び出されて、何があったのか詳しく話させられ……蓮田が語った内容が今の。
 なんか地元の昔話とか暗記してきたのかよっていう感じ。

「ああ、それは雨女に会ったね」

 警察官の一人がポツリと言った。

「でもそのお堂……今はもうダムの底のはずなんだけどな」

 そこで事情聴取はお開きになった。
 警察官の最後の一言を、俺たちを脅かすための怪談ジョークだと俺たちはとらえていた。
 でも蓮田は違ったみたいで、林間学校が終わってから数日後、蓮田が湖に入水自殺をしたという話を聞いた。



 蓮田の朝帰りをガキのように囃し立てた自分のガキさを知った夏の終り。
 俺たちは皆であの湖を訪れた。

「蓮田、惚れた女には会えたかよ」

 皆でネットで取り寄せた蓮の花を、ちょっとカッコつけながら湖に放る。
 水蓉堂の蓉は芙蓉の蓉で、芙蓉というのは蓮のことを指す言葉だと知って、お似合いじゃねぇかって皆で泣きながら笑った。
 その後、通り雨に遭ったけれど、俺たちは誰も傘をささなかった。



<終>

雨女
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