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#57 ホブゴブリン魔法とゴブリン魔法
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「効果時間が切れたようですね」
ベイグルさんが革手袋をしている方の手に乗せた白魔石へ、革手袋をしていない方の手をかざしてそう言った。
スノドロッフ村の人々が革手袋を片手だけはめているのは、魔石に触れるときに何らかの魔法が発動中であった場合への予防策なのだそうだ。
ただ魔法自体が基本的には接触発動のため、両手とも革手袋をしてしまうと魔法を使う際に困るからということらしい。
確かにルブルムも俺もマドハトも、ディナ先輩から革手袋をもらっているにも関わらず装備していないのは、魔法を使うためであるのだけど、そうか、片手だけするって選択肢もあるのか。
ルブルムがよく使う身体強化系の魔法は自身に使うので手袋をしていても問題ないけれど、離れた場所で魔法を発動する『魔法転移』とか俺の『ぶっ飛ばす』なんかは革手袋してたら本来の効果を発揮できないからなぁ。
メリアンが傭兵として戦ってきた戦場には「革手袋の指先を数本だけ閉じないでおいて、そこから魔法を発動する奴」をたまに見たらしいけど、その作戦もちょっといいかもとか思った。
「これは、リテル殿にお渡ししておきます。ルブルム殿が目覚めたらお返しください」
ベイグルさんから受け取った白魔石の中に『魔力感知』の意識を集中すると、さっき『魔石調査』の単体モードで調べた『眠りの波』を感じる。
「あたしが戦場で何度か見た眠り石は、木の箱とかに入っていたし、もっと安い紫魔石や濁り魔石が使われてたな。あまりにも熱り立っている連中にはそんなに効果が出ないから戦闘に使おうだなんて考えもしなかったよ。新兵の少ない戦場ばかりだったから、重症なのに戦場に立とうとする奴を寝かしつけたり、傷口を仮縫いするときなんかに使っていたな。そう考えると、体が弱っていると効きやすかったりするんかもな」
なるほど。「眠り石」ってのはそこそこの知名度がある魔法品で、一種の麻酔薬代わり使われることもあるんだな。
そして体が弱っているという点については精神的な疲弊も含むのかもしれない。
ルブルムも俺も、ストウ村を出てからずっと寝不足気味なのは間違いないし、常に『魔力感知』を使っている疲れもあるだろうし。
ちなみに、マドハトがつかまされた魔法品は『守りの小さな盾』という魔術が収められていた。
うろこ屋根の一枚みたいな形の小さな板の真ん中に紫魔石が取り付けられた魔法品で、裏と表の両側から魔石部分へ触れることができる。
本来は高貴な方の護衛が護衛対象に対して使う魔法品で、流れ矢や凶刃から身を守るべく全身の皮膚を硬化させる『皮膚硬化』を発動するのだけど、護衛対象が混乱して動き回ったり逃げたりして護衛行為が困難になることを避けるために、全身守るモード――つまり関節周りの皮膚も固めて防御力と引き換えに行動の自由を奪うこともできる、という代物。
ウォルラースの牙と一緒に拾った紅魔石の嵌ったペンダントの方は、なんというか想像を絶する魔法が収納されていた。
『身籠りの祝福』というその魔術は、女性の体を妊娠可能な状態にまで整えるというもの。
対象は範囲内の女性全てで、発動後は一ディエスずつ追加消費する感じで生理が来るまで効果は継続できるという。
最初に確認したときに『生命回復』っぽい気配を感じたのは、肉体の生理周期を強引に「回復」という考え方で圧縮しているからのようだ。
貴族が子作りする際、確実に妊娠したいときにこの魔法品で生理を調整するという目的で作られたものらしい。
メリアンは生理が軽い方らしいそうだが、「生理の重たい奴に聞いていた痛みの十倍酷い」痛みだったらしく、眉間にシワを寄せながら、これを攻撃手段として用いたウォルラースを褒めていた。
本来は休息をうながしたり身を守ったり戦闘とは全く関係ない魔法品を、武器として使うウォルラースの発想力の柔軟さが、今の俺にはとても脅威に感じられた。
「リテル、次はルブルムを洗おう」
スノドロッフの子どもたち三人を川で洗っていたケティが俺に声をかけてきた。
俺はルブルムの鎧の留め具を外すと、マドハトがその鎧をロービンのところへ運んでゆく。
ロービンは「ラパヌス」というラディッシュに似た根が赤く丸い植物を掘ってきて先端を切り、革鎧の血塗れのところに磨り込むようにしてから小川の水に浸した麻布で表面を拭いて、というのを繰り返している。
ルブルムのブーツも同様に脱がせてマドハトへと渡すと、同様にブーツの表面の汚れを湿らせた麻布で何度も拭いて綺麗にしてくれているようだ。
服を綺麗にしたり、浄化したり、乾かしたり、そういう便利な魔法はないのかベイグルさんにさっき尋ねてみたが、魔法は寿命を消費するから、魔法を使わなくとも解決できることを魔法で何かしようとする人はとても少ないと、想定通りの回答をもらっている。
ああいうお手入れ方法もあるのだなと横目で眺めつつ、俺はルブルムを後ろから羽交い締めにするような形で抱き上げる。
「じゃあちゃんと支えていてね」
ケティが小川の水を麻布に含み、軽く絞ってからルブルムの顔や手足を拭く。
それから服に血がついている部分は多めに水をつけてもみ洗いのようにして何度も麻布をゆすいでいる。
水はけっこうな冷たさなのだが、ルブルムは熟睡したまま起きない。
「はい。今度は背中」
ケティが俺の太ももをパンと叩く。
俺がケティの手を借りて、ルブルムを正面から抱きしめる形になると、ルブルムの肩越しに、ルブルムのズボンに取んでいる血飛沫をつまみ洗いするケティと時々目が合った。
俺の鎧とブーツも既にロービンへと渡していたのでルブルムの胸の柔らかさをダイレクトに感じるのだけど、ケティの目がその状態を咎めているように感じてしまって、なんだか気まずかった。
「あの……皆さん、ありがとうございます。そして、どうも申し訳ありません」
唐突にロッキンが両膝をついてうなだれた。
挨拶なら片膝をつくだけでよいが、両膝をつくのは全面的な謝罪の意味も含む。
ロッキンの右脚部分のズボンは大きく裂けているが、その下の素肌にはもう傷はない。
盗賊団が持っていた魔石の中に残っていた汎用消費命を用いて俺が『生命回復』をかけてあげたからだ。
「ロッキン殿も膝を上げてください。そろそろ皆さんも移動が可能になったでしょうからお話なら移動してからお聞きします。夜を過ごすには屋外は子どもたちには厳しい寒さとなりますゆえ」
俺たちは生乾きの服の上に、まだ湿っている革鎧やブーツを着け、ベイグルさんを先頭に移動し始めた。
歩き始めると次第に寒さを温かさが上回ってゆく。
メリアン、ロッキン、トームとミトを抱えたロービン、マドハト、ルブルムを背負う俺、モペトを抱えたケティ、トリエグルさんとほぼ一列になって闇に包まれ始めた森の中を進む。
メリアンとロッキン、トリエグルさんは馬も連れている。
竪穴から死体を運び上げた馬たちの体と鞍とを洗ったからだ。
おかげでもう随分と暗くなった。
空を見上げても、葉と葉の隙間から見えていたはずの明るい青は随分と色を濃くして樹の輪郭はもはや肉眼では分からない。
メリアンが松明を掲げてはいるが、ロッキンはしょっちゅう木の根や下草に足を取られている。
貴族の三男坊って言っていたから森の中なんて歩き慣れていないのだろう。
やがて、生き残りの馬たち六頭をつないでおいた場所まで戻ってきた。
あの竪穴からは離しておいたせいか、六頭とも無事だ。
「ここからは馬も全て連れて移動しましょう」
ベイグルさんに従い、子どもたちやルブルムを馬に乗せて森の中を抜けると、さっきの小道へと戻ってきた。
「良かった。獣は近寄ってきてないな!」
ロービンが馬車の周りに置いた枝の輪を確認したあと、九頭のうち二頭を再び馬車へと繋ぐ。
実はこの馬車は俺たちがこの小道の途中まで乗ってきていた馬車だ。
戦闘を終えたあと、ダイクはじめ砦の兵士兼盗賊団な連中の死体を竪穴の上まで運んだのだけど、そこで小道の方から馬の鳴き声が聞こえて、確認しに行ったらそこに馬車があったのだ。
中にはノバディやブレドア、小道で襲いかかってきた二人組の爬虫種、エルーシの仲間だった猿種と鼠種、あとメリアンが広場で倒した爬虫種の死体までがきっちり積まれていた。
ロッキンの証言によると、まずメリアンが街道に残してきた馬を回収し、俺たちの乗っていた二頭立ての馬車には一頭しか繋がれていなかったので回収した馬を繋ぎ直し、道中死体を回収しながら俺たちが馬車を再発見した場所まで運んできたらしい。
ただ、エルーシの存在は「死体の回収はプラプディンが担当していたし馬車の中を覗き込んだりしていないからわからない」とのこと。
となるとプラプディン――あの小太りの奴がエルーシに『カウダの毒消し』を使って、ダイクたちが竪穴へと降りた後で逃げた可能性もある。
俺たちはダイクたちの死体もあの馬車へと積み込み、ロービンの魔法で獣避けをしたあと、体と装備を洗いに小川へと移動したのだった。
そのロービンの獣避け魔法こそが『森の平穏』だ。
一種類の木材を途切れないように地面に並べて円を描くと、その木材以外の臭いはその円を通り抜けられないというホブゴブリン魔法。
しかも魔法の効果範囲は球体になるので、空中を飛ぶ虫などに対しても効果がある。
その木を途切れさせたりさえしなければ、六ホーラも効果が継続するという優れ魔法。
臭いを遮断するというのは、狩人見習いのリテルの記憶からすると「とてつもなく便利」な魔法だ。
地面に並べた木は途切れなくとも動かしてしまえば魔法効果は消えてしまうのだけど、場所の移動をできなくとも罠の設置や待ち伏せのときにありがたいことこの上ない。
だから俺はロービンにその魔法を習うことができるかと尋ねてみた。
驚いたことに、ロービンは俺の申し出を諸手を挙げて喜んでくれた。
人が、ホブゴブリンに教えを乞うだなんて! みたいに大げさに。
しかもそれを横で見ていたマドハトまでゴブリン魔法も教えるです! とか言い出して、俺はそれも受け入れることにした。
結果的に俺は三つの魔法を彼らから教わった。
ロービンからは『森の平穏』と『見えざる弓』という二つを、マドハトからは『大笑いのぬかるみ』を。
この『見えざる弓』は、俺が弓も持たずに矢筒だけ持ち歩いていることに気づいたロービンがついでに教えてくれたのだけど、とにかく便利な魔法だった。
魔法を発動するとわずかな間だけ、弓の「影」を呼び出すというもの。
この弓の「影」は、今までに一番使い込んだ弓と同じ性能で、しかも矢だけじゃなく三本の指で横向きにつまめるものであれば小石だろうが木の枝だろうが短剣だろうがなんだって射ることができる。
ロービンはただでさえかさばる大剣を持ち歩いているため、弓まで持ち歩くことは少なく、それゆえにロービン自身も重宝している魔法だそうだ。
マドハトが拾ってくれた弓は馬車の中で血塗れになっちゃっていたのをなんとか回収して洗ったけど、今後も手元にない戦闘シーンは少なくない気もするし、すごくありがたい。
唯一の制約は、光源がない真の闇の下では弓が出てこないというものだけど、魔法の便利さを考えると補って余りある感じ。
『大笑いのぬかるみ』の方は、簡単に言うと地面の摩擦係数を限りなくゼロに近づける効果のゴブリン魔法。正確には「あそこの地面をぬかるませて少し濡れた氷の上よりもツルツルにするぜ」みたいなイメージ。
だから魔法の被害者はあんなにツルツルしてたんだな。
しかも思っていたよりもすごいのは、ツルツルする場所に直接触っていなくてよいというところ。
「地面はつながっているから」らしい。
距離と範囲によって要求される魔法代償が変わるんだけど、マドハトはなんとなく感覚で使っているみたいだった。
ちなみに、ハグリーズさんが森で逢引してたときにもマドハトたちに見つかってこの『大笑いのぬかるみ』を足下にかけられて、下半身丸出しでぬかるんだ泥の上でツルツル滑ってたので、とても笑えたらしい――あの小道でマドハトが歌っていた「哀れハグリーズのおケツが面白痛くなる歌」はそのときに生まれたのだとか。
「もうすぐ効果がきれると思うから、ついでに場所も移動しよう!」
俺たちは地面に置いておいた枝を回収し始める。
途端に漏れ出す、エグい血の臭い。
リテルの記憶では猟で取った動物を捌いたこともあったし、それなりに血に慣れているとは思っていたけれど、この大量の死体から発せられる臭いの酷さったらなかった。
スノドロッフの子どもたちやケティには予め距離を取らせておいたけれど、それでもとても苦しそうな表情で耐えていた。
俺だって、ケティやルブルムがいるからと必死にこらえてなかったら確実に吐いていたと思う。
ロッキンが盛大に吐いていたのは言うまでもない。
俺たちは馬に分乗してケティを連れ去られた大きな広場へと移動した。
そこで広場の真ん中に死体満載の馬車を置き、その周囲を大きめに枝で囲んでロービンが『森の平穏』を発動した。
そしてここにはロービンとロッキン、それから『森の平穏』を覚えたマドハト、それからトリエグルさんが残り、子どもたちと女性陣、それから俺はベイグルさんに連れられて別の場所へと移動することになった。
小道を少し戻ったところからひっそりと枝分かれした細い道へと分け入って進む。
子どもたちとルブルムだけ馬に乗せ、俺たちは徒歩で――あの広場から体感二ディヴくらい移動した頃だろうか、小さく開けた場所に出た。
小さな小屋が二つ。片方は炭焼小屋のようだ。
「子どもたちと女性を道具小屋の中へ」
ベイグルさんにうながされて子どもたちとルブルムを小屋の中へと抱きかかえて運ぶ。
中ではベイグルさんが暖炉に火を熾してくれている。
暖炉から少し離れた壁際に大量の寝藁が敷かれている。
子どもたちとルブルムをそこへ寝かせ、体が隠れるように上から藁をかぶせる。
「ケティも、休んで。まだ本調子じゃないでしょ」
「ごめんね、リテル。私、足を引っ張ってばかりで……」
「そんなことないよ。たくさん、頑張ってくれたじゃないか」
ケティは、嬉しそうな、悲しそうな、複雑な笑顔を浮かべてから、空いている寝藁スペースに横たわった。
「ベイグルさんよ、あんたらのお仲間ってもう一人居たりするかい?」
メリアンがそう言うと、今までずっと柔和な表情だったベイグルさんが目を鋭くした。
「お仲間」という表現を使ったのは、『魔力感知』で見る限りは猫種だからだろう。しかも雰囲気がベイグルさんやトリエグルさんやスノドロッフの子どもたちに似ている。
寿命の渦にアルバス特有とでも言うべき動きがあるのだ。
寝藁に横たわったばかりのケティも上半身を起こす。俺の弓と同じく血塗れだったのを洗った愛用のハンマーを手繰り寄せながら。
ベイグルさんも自身の槍を持ち、小屋の外へ。
メリアンは小屋の中にあった灯り箱に暖炉から火を移し、外へ。
「ケティ、無理はするなよ。何かあったら俺を呼んで。絶対に助けに来るから」
「うん」
俺もケティの返事を背中に受けつつ外へと出た。
この小屋の周りは少しだけ開けているので、夜空には満点の星とまだあまり欠けていない双子月とが見える。
炭焼小屋の柱につないでおいた三頭の馬も大人しくしている。
「タービタ!」
ベイグルさんの声が聞こえた方を見ると、ベイグルさんのさらに先の闇の中に誰かが立っている。
月の光のせいで、真っ白い猫の頭が仄かに輝いて見える。
そして装備は――ベイグルさんのと似た槍を持ち――以上。
その猫種先祖返りの純白の猫頭の女性は、なんというか全裸だった。
「ベイグルさん、あの方はスノドロッフの方なのですか?」
全裸というのは普通じゃない。
だけど気まずさ以上に、ディナ先輩やウェスさんの言葉が脳裏に蘇る。
全裸は目を引くためだとしたら、別働隊が小屋の中の子どもたちを――ということだって十分にあり得る。
『魔力感知』を研ぎ澄まし、近くに何か隠れていないか確認したうえで、広域の『魔力探知機』へと切り替えて確認範囲を広げる。
特に不自然な痕跡も今のところは見つからない。
「そうです。数日前に行方不明になった私たちの村の者です……でも、それならば納得がいきます。私たちの村へはアルバスでなければ立ち入ることができません。子どもたちが自ら村を出るわけはないのです。彼女が何らかの魔法なりで操られていたとしたら」
ベイグルさんは槍を構えたまま走り出した。
俺は――メリアンを見る。少なくともどちらかが残る必要があるだろう。
「一人で追わせない方がいい。暗闇の森ならばリテルの方がつまずかずに走れるだろう?」
暗くなってからの森の中を俺がどう歩いていたかを、メリアンはちゃんと見ていたのか。
「ルブルムとケティと子どもたちをお願いします!」
「ああ、今度は一人も見捨てずに守りぬくさ」
俺も走り出す。
灯りを持たなくとも、草木や虫などの小さな無数の寿命の渦が地面の起伏を描いているのが天の川のように見える。
星の上を飛んでいるような気にさえなる。
この世界の空はどうなっているんだろう。
ファンタジー世界は惑星なのか、それとももっと違う世界観の上にあるのか。
太陽も月も星も西から昇って東へと沈むし、普段は規則正しく満ち欠けを繰り返す月が、一年の終わりの安息週のときだけずっと満月だったりするし――いやいや集中しろ。
ウォルラースもエルーシも野放しなんだ。
念には念を入れ、自分の寿命の渦と真逆の偽装の渦を作って重ね、寿命の渦を消し込む。
走るのをやめ、相手に『魔力感知』で触れていることを悟られにくい『魔力微感知』に切り替えた。
静かに、静かに近づいてゆく。
そして見つけた。
あれが恐らくベイグルさんとタービタか。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。
ラビツ一行をルブルム、マドハトと共に追いかけている。ゴブリン用呪詛と『虫の牙』の呪詛と二つの呪詛に感染している。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。フォーリーから合流したが、死にかけたり盗賊団による麻痺毒を注入されたり。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
フォーリーではやはり娼館街を訪れていたっぽい。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、今は犬種の体を取り戻している。
元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。変な歌とゴブリン語とゴブリン魔法を知っている。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
槍を使った戦闘も得意で、知的好奇心も旺盛。ウォルラースの魔法品により深い眠りに落ちている。
・アルブム
魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。『解呪の呪詛』を作成中。
・ディナ
カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去がある。
アールヴを母に持ち、猿種を父に持つ。精霊と契約している。トシテルをようやく信用してくれた。
・ウェス
ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種。
魔法を使えないときのためにと麻痺毒の入った金属製の筒をくれた。
・『虫の牙』所持者
キカイー白爵の館に居た警備兵と思われる人物。
『虫の牙』と呼ばれる呪詛の傷を与える異世界の魔法の武器を所持し、ディナに呪詛の傷を付けた。
・メリアン
ディナ先輩が手配した護衛。リテルたちを鍛える依頼も同時に受けている。
ものすごい筋肉と角と副乳とを持つ牛種の半返りの女傭兵。
・エルーシ
ディナが管理する娼婦街の元締め、ロズの弟である羊種。娼館で働くのが嫌で飛び出した。
仲間の猿種と鼠種と共に盗賊団に入団しようとした。現在逃走中と思われる。
・バータフラ
広場の襲撃者である二人の爬虫種の片方。ロービンの居る竪穴の底まで馬に乗って逃走。
洞窟内へと逃げたがロービンに倒された。「スノドロッフの子どもたちを保護した」と言っていたらしいが盗賊団の入れ墨があった。
・ロービン
マッチョ爽やかイケメンなホブゴブリン。メリアンと同じくらい強い。正義の心にあふれている。
マドハトと意気投合し、仲良くなれた様子。
・スノドロッフ村の子どもたち
魔石の産地であるスノドロッフからさらわれてきた子どもたち。カウダの毒による麻痺からは回復。
猫種の先祖返りでアルバス。ミトとモペトの女子が二人、男子がトーム。
・ベイグル
スノドロッフ村の若き村長。槍を武器に持つ。
・トリエグル
スノドロッフ村の弓の名手。
・タービタ
スノドロッフ村の女性。数日前に行方不明になった後、全裸で槍だけを装備して突然姿を現した。
・ウォルラース
キカイーの死によって封鎖されたスリナの街から、ディナと商人とを脱出させたなんでも屋。金のためならば平気で人を殺す。
キカイーがディナたちに興味を示すよう唆した張本人。盗賊団の一味のようだが、逃走。
・ロッキン
名無し森砦の守備隊第二隊副隊長であり勲爵。フライ濁爵の三男。
ダイクが率いていた守備隊の中で、唯一、盗賊団ではなかった。脚の怪我はリテルが回復してあげた。
・ダイク
名無し森砦の守備隊第二隊隊長であり勲爵であると自称。筋肉質で猿種にしては体が大きい。
ウォルラースとつるむ盗賊団のようである。ロービンに左腕を切り落とされ、何かを呑み込み、人を辞めたっぽい。
・プラプディン
名無し森砦の守備隊にして盗賊団。小太りの両生種。頭に赤い花が咲いて死亡。
・スナドラ
名無し森砦の守備隊にして盗賊団。鼠種。頭に赤い花が咲いて死亡。
・ホリーリヴ
名無し森砦の守備隊にして盗賊団。鳥種。魔法を使うが、そこまで得意ではなさげ。暴走したダイクに殺された。
・ブラデレズン
名無し森砦の守備隊にして盗賊団。馬種。ルブルムやケティを見て鼻の下を伸ばしていた。
ウォルラースの魔法的効果でうずくまっていた女性陣を襲おうとしてメリアンに返り討ちにされた。
■ はみ出しコラム【魔法品紹介 その一】
・守り石
魔法抵抗を上昇させる『緊急魔法抵抗』という魔術が格納されている魔法品。
使用者が生命の危機を感じたときに無意識で求める「助け」をきっかけに発動する。
また、その発動に対する待機状態にする魔術『緊急待機化』も格納されており、この魔術を発動すると、一日に一ディエスの汎用消費命(魔石内に格納されている消費命)を消費する。
この待機状態は汎用消費命を使い切るか、『緊急待機化』を再実行するか、使用者が魔法を受け入れると強く念じることにより解除される。
作中においては、カエルレウムがケティに持たせている。そのため、ケティが首を裂かれたとき、ルブルムの『生命回復』を阻害する要因となった。
・眠り石
『眠りの波』という魔術が格納されている魔法品。対象以外が不用意に触らないよう木の箱などに収められていることが多い。
肉体的、または精神的に疲弊状態にある対象に対し、深い眠りを誘発する。
使用者が発動状態にして手を離してから一定時間、この眠り石に触れた者全てが対象となり魔法抵抗を行う。
魔術名に「波」という単語が用いられているのは、寄せては返す波のように合計六回の誘発が発動するため。魔法抵抗も六回必要になる。
ひとたび眠りに落ちると、精神的な疲労を回復するまで一種の麻酔的な効果を持つ。
よく用いられるのは戦場において、神経が昂ぶって眠れない新兵を落ち着かせたり、安静が必要なのに戦場へと向かおうとする者を鎮静化させたり、痛みを伴う応急処置や外科的な措置の際に麻酔代わりに用いたり、など。
作中においては、ウォルラースが発動した状態で「拾わせる」ことで、対象を強い眠りへと誘い、その間に攫うという人さらいのための道具として使用。
・守りの盾
『守りの小さな盾』という魔術が格納されている魔法品。鱗型の小さな木の盾の中央に嵌め込まれた形状で、裏と表と両方から触れることができる。
かなり強度の高い『皮膚硬化』が発動する。そのため、魔法代償の要求も大きい。
発動時には範囲を定めることができ、全身モードで発動した場合は皮膚が強張り、動作が不能となる。
そもそもは護衛が護衛対象の安全を確保するために用いる。
こちらも眠り石同様に、対象者ではない者が発動させることが可能。
発動後、発動者が手を離してから最初に触れた者を効果の対象者とする。
格納魔術を発動する際、基本的には魔石内に格納されている汎用消費命を魔法代償として消費するのだが、貴族などが誤って自分の消費命を使ってしまわないように、従者なり護衛者なりが発動し、効果範囲は発動者が手を離してから魔石部分に触れた者、という仕様が出来上がった。
作中においては、ウォルラースが対象者の動きを止めるためにあえて全身モードで使用した。
・孕み願い石
『身籠りの祝福』という魔術が格納されている魔法品。作中に登場したのはペンダント型だが、他の装飾品の場合もある。
女性の子宮の生理周期を強引に「回復」という考え方で圧縮し、妊娠可能状態まで進める魔術である。
その強制的な「回復」効果は、生理の際の痛みを遥かに超える痛みを対象者へともたらす。
作中においては、ウォルラースが女性を一時的に無力化するために用いた。
・魔術師免状
魔術師にとって『実績紋』同様の情報が格納されている魔法品。
完全オーダーメイドで、装飾品の形にて製作される。
『遠話』という遠距離通信魔術が格納されており、この魔法品と、魔術師組合、魔術師の師匠とに『遠話』で会話が可能である。
作中においては、ルブルムが所持。
ベイグルさんが革手袋をしている方の手に乗せた白魔石へ、革手袋をしていない方の手をかざしてそう言った。
スノドロッフ村の人々が革手袋を片手だけはめているのは、魔石に触れるときに何らかの魔法が発動中であった場合への予防策なのだそうだ。
ただ魔法自体が基本的には接触発動のため、両手とも革手袋をしてしまうと魔法を使う際に困るからということらしい。
確かにルブルムも俺もマドハトも、ディナ先輩から革手袋をもらっているにも関わらず装備していないのは、魔法を使うためであるのだけど、そうか、片手だけするって選択肢もあるのか。
ルブルムがよく使う身体強化系の魔法は自身に使うので手袋をしていても問題ないけれど、離れた場所で魔法を発動する『魔法転移』とか俺の『ぶっ飛ばす』なんかは革手袋してたら本来の効果を発揮できないからなぁ。
メリアンが傭兵として戦ってきた戦場には「革手袋の指先を数本だけ閉じないでおいて、そこから魔法を発動する奴」をたまに見たらしいけど、その作戦もちょっといいかもとか思った。
「これは、リテル殿にお渡ししておきます。ルブルム殿が目覚めたらお返しください」
ベイグルさんから受け取った白魔石の中に『魔力感知』の意識を集中すると、さっき『魔石調査』の単体モードで調べた『眠りの波』を感じる。
「あたしが戦場で何度か見た眠り石は、木の箱とかに入っていたし、もっと安い紫魔石や濁り魔石が使われてたな。あまりにも熱り立っている連中にはそんなに効果が出ないから戦闘に使おうだなんて考えもしなかったよ。新兵の少ない戦場ばかりだったから、重症なのに戦場に立とうとする奴を寝かしつけたり、傷口を仮縫いするときなんかに使っていたな。そう考えると、体が弱っていると効きやすかったりするんかもな」
なるほど。「眠り石」ってのはそこそこの知名度がある魔法品で、一種の麻酔薬代わり使われることもあるんだな。
そして体が弱っているという点については精神的な疲弊も含むのかもしれない。
ルブルムも俺も、ストウ村を出てからずっと寝不足気味なのは間違いないし、常に『魔力感知』を使っている疲れもあるだろうし。
ちなみに、マドハトがつかまされた魔法品は『守りの小さな盾』という魔術が収められていた。
うろこ屋根の一枚みたいな形の小さな板の真ん中に紫魔石が取り付けられた魔法品で、裏と表の両側から魔石部分へ触れることができる。
本来は高貴な方の護衛が護衛対象に対して使う魔法品で、流れ矢や凶刃から身を守るべく全身の皮膚を硬化させる『皮膚硬化』を発動するのだけど、護衛対象が混乱して動き回ったり逃げたりして護衛行為が困難になることを避けるために、全身守るモード――つまり関節周りの皮膚も固めて防御力と引き換えに行動の自由を奪うこともできる、という代物。
ウォルラースの牙と一緒に拾った紅魔石の嵌ったペンダントの方は、なんというか想像を絶する魔法が収納されていた。
『身籠りの祝福』というその魔術は、女性の体を妊娠可能な状態にまで整えるというもの。
対象は範囲内の女性全てで、発動後は一ディエスずつ追加消費する感じで生理が来るまで効果は継続できるという。
最初に確認したときに『生命回復』っぽい気配を感じたのは、肉体の生理周期を強引に「回復」という考え方で圧縮しているからのようだ。
貴族が子作りする際、確実に妊娠したいときにこの魔法品で生理を調整するという目的で作られたものらしい。
メリアンは生理が軽い方らしいそうだが、「生理の重たい奴に聞いていた痛みの十倍酷い」痛みだったらしく、眉間にシワを寄せながら、これを攻撃手段として用いたウォルラースを褒めていた。
本来は休息をうながしたり身を守ったり戦闘とは全く関係ない魔法品を、武器として使うウォルラースの発想力の柔軟さが、今の俺にはとても脅威に感じられた。
「リテル、次はルブルムを洗おう」
スノドロッフの子どもたち三人を川で洗っていたケティが俺に声をかけてきた。
俺はルブルムの鎧の留め具を外すと、マドハトがその鎧をロービンのところへ運んでゆく。
ロービンは「ラパヌス」というラディッシュに似た根が赤く丸い植物を掘ってきて先端を切り、革鎧の血塗れのところに磨り込むようにしてから小川の水に浸した麻布で表面を拭いて、というのを繰り返している。
ルブルムのブーツも同様に脱がせてマドハトへと渡すと、同様にブーツの表面の汚れを湿らせた麻布で何度も拭いて綺麗にしてくれているようだ。
服を綺麗にしたり、浄化したり、乾かしたり、そういう便利な魔法はないのかベイグルさんにさっき尋ねてみたが、魔法は寿命を消費するから、魔法を使わなくとも解決できることを魔法で何かしようとする人はとても少ないと、想定通りの回答をもらっている。
ああいうお手入れ方法もあるのだなと横目で眺めつつ、俺はルブルムを後ろから羽交い締めにするような形で抱き上げる。
「じゃあちゃんと支えていてね」
ケティが小川の水を麻布に含み、軽く絞ってからルブルムの顔や手足を拭く。
それから服に血がついている部分は多めに水をつけてもみ洗いのようにして何度も麻布をゆすいでいる。
水はけっこうな冷たさなのだが、ルブルムは熟睡したまま起きない。
「はい。今度は背中」
ケティが俺の太ももをパンと叩く。
俺がケティの手を借りて、ルブルムを正面から抱きしめる形になると、ルブルムの肩越しに、ルブルムのズボンに取んでいる血飛沫をつまみ洗いするケティと時々目が合った。
俺の鎧とブーツも既にロービンへと渡していたのでルブルムの胸の柔らかさをダイレクトに感じるのだけど、ケティの目がその状態を咎めているように感じてしまって、なんだか気まずかった。
「あの……皆さん、ありがとうございます。そして、どうも申し訳ありません」
唐突にロッキンが両膝をついてうなだれた。
挨拶なら片膝をつくだけでよいが、両膝をつくのは全面的な謝罪の意味も含む。
ロッキンの右脚部分のズボンは大きく裂けているが、その下の素肌にはもう傷はない。
盗賊団が持っていた魔石の中に残っていた汎用消費命を用いて俺が『生命回復』をかけてあげたからだ。
「ロッキン殿も膝を上げてください。そろそろ皆さんも移動が可能になったでしょうからお話なら移動してからお聞きします。夜を過ごすには屋外は子どもたちには厳しい寒さとなりますゆえ」
俺たちは生乾きの服の上に、まだ湿っている革鎧やブーツを着け、ベイグルさんを先頭に移動し始めた。
歩き始めると次第に寒さを温かさが上回ってゆく。
メリアン、ロッキン、トームとミトを抱えたロービン、マドハト、ルブルムを背負う俺、モペトを抱えたケティ、トリエグルさんとほぼ一列になって闇に包まれ始めた森の中を進む。
メリアンとロッキン、トリエグルさんは馬も連れている。
竪穴から死体を運び上げた馬たちの体と鞍とを洗ったからだ。
おかげでもう随分と暗くなった。
空を見上げても、葉と葉の隙間から見えていたはずの明るい青は随分と色を濃くして樹の輪郭はもはや肉眼では分からない。
メリアンが松明を掲げてはいるが、ロッキンはしょっちゅう木の根や下草に足を取られている。
貴族の三男坊って言っていたから森の中なんて歩き慣れていないのだろう。
やがて、生き残りの馬たち六頭をつないでおいた場所まで戻ってきた。
あの竪穴からは離しておいたせいか、六頭とも無事だ。
「ここからは馬も全て連れて移動しましょう」
ベイグルさんに従い、子どもたちやルブルムを馬に乗せて森の中を抜けると、さっきの小道へと戻ってきた。
「良かった。獣は近寄ってきてないな!」
ロービンが馬車の周りに置いた枝の輪を確認したあと、九頭のうち二頭を再び馬車へと繋ぐ。
実はこの馬車は俺たちがこの小道の途中まで乗ってきていた馬車だ。
戦闘を終えたあと、ダイクはじめ砦の兵士兼盗賊団な連中の死体を竪穴の上まで運んだのだけど、そこで小道の方から馬の鳴き声が聞こえて、確認しに行ったらそこに馬車があったのだ。
中にはノバディやブレドア、小道で襲いかかってきた二人組の爬虫種、エルーシの仲間だった猿種と鼠種、あとメリアンが広場で倒した爬虫種の死体までがきっちり積まれていた。
ロッキンの証言によると、まずメリアンが街道に残してきた馬を回収し、俺たちの乗っていた二頭立ての馬車には一頭しか繋がれていなかったので回収した馬を繋ぎ直し、道中死体を回収しながら俺たちが馬車を再発見した場所まで運んできたらしい。
ただ、エルーシの存在は「死体の回収はプラプディンが担当していたし馬車の中を覗き込んだりしていないからわからない」とのこと。
となるとプラプディン――あの小太りの奴がエルーシに『カウダの毒消し』を使って、ダイクたちが竪穴へと降りた後で逃げた可能性もある。
俺たちはダイクたちの死体もあの馬車へと積み込み、ロービンの魔法で獣避けをしたあと、体と装備を洗いに小川へと移動したのだった。
そのロービンの獣避け魔法こそが『森の平穏』だ。
一種類の木材を途切れないように地面に並べて円を描くと、その木材以外の臭いはその円を通り抜けられないというホブゴブリン魔法。
しかも魔法の効果範囲は球体になるので、空中を飛ぶ虫などに対しても効果がある。
その木を途切れさせたりさえしなければ、六ホーラも効果が継続するという優れ魔法。
臭いを遮断するというのは、狩人見習いのリテルの記憶からすると「とてつもなく便利」な魔法だ。
地面に並べた木は途切れなくとも動かしてしまえば魔法効果は消えてしまうのだけど、場所の移動をできなくとも罠の設置や待ち伏せのときにありがたいことこの上ない。
だから俺はロービンにその魔法を習うことができるかと尋ねてみた。
驚いたことに、ロービンは俺の申し出を諸手を挙げて喜んでくれた。
人が、ホブゴブリンに教えを乞うだなんて! みたいに大げさに。
しかもそれを横で見ていたマドハトまでゴブリン魔法も教えるです! とか言い出して、俺はそれも受け入れることにした。
結果的に俺は三つの魔法を彼らから教わった。
ロービンからは『森の平穏』と『見えざる弓』という二つを、マドハトからは『大笑いのぬかるみ』を。
この『見えざる弓』は、俺が弓も持たずに矢筒だけ持ち歩いていることに気づいたロービンがついでに教えてくれたのだけど、とにかく便利な魔法だった。
魔法を発動するとわずかな間だけ、弓の「影」を呼び出すというもの。
この弓の「影」は、今までに一番使い込んだ弓と同じ性能で、しかも矢だけじゃなく三本の指で横向きにつまめるものであれば小石だろうが木の枝だろうが短剣だろうがなんだって射ることができる。
ロービンはただでさえかさばる大剣を持ち歩いているため、弓まで持ち歩くことは少なく、それゆえにロービン自身も重宝している魔法だそうだ。
マドハトが拾ってくれた弓は馬車の中で血塗れになっちゃっていたのをなんとか回収して洗ったけど、今後も手元にない戦闘シーンは少なくない気もするし、すごくありがたい。
唯一の制約は、光源がない真の闇の下では弓が出てこないというものだけど、魔法の便利さを考えると補って余りある感じ。
『大笑いのぬかるみ』の方は、簡単に言うと地面の摩擦係数を限りなくゼロに近づける効果のゴブリン魔法。正確には「あそこの地面をぬかるませて少し濡れた氷の上よりもツルツルにするぜ」みたいなイメージ。
だから魔法の被害者はあんなにツルツルしてたんだな。
しかも思っていたよりもすごいのは、ツルツルする場所に直接触っていなくてよいというところ。
「地面はつながっているから」らしい。
距離と範囲によって要求される魔法代償が変わるんだけど、マドハトはなんとなく感覚で使っているみたいだった。
ちなみに、ハグリーズさんが森で逢引してたときにもマドハトたちに見つかってこの『大笑いのぬかるみ』を足下にかけられて、下半身丸出しでぬかるんだ泥の上でツルツル滑ってたので、とても笑えたらしい――あの小道でマドハトが歌っていた「哀れハグリーズのおケツが面白痛くなる歌」はそのときに生まれたのだとか。
「もうすぐ効果がきれると思うから、ついでに場所も移動しよう!」
俺たちは地面に置いておいた枝を回収し始める。
途端に漏れ出す、エグい血の臭い。
リテルの記憶では猟で取った動物を捌いたこともあったし、それなりに血に慣れているとは思っていたけれど、この大量の死体から発せられる臭いの酷さったらなかった。
スノドロッフの子どもたちやケティには予め距離を取らせておいたけれど、それでもとても苦しそうな表情で耐えていた。
俺だって、ケティやルブルムがいるからと必死にこらえてなかったら確実に吐いていたと思う。
ロッキンが盛大に吐いていたのは言うまでもない。
俺たちは馬に分乗してケティを連れ去られた大きな広場へと移動した。
そこで広場の真ん中に死体満載の馬車を置き、その周囲を大きめに枝で囲んでロービンが『森の平穏』を発動した。
そしてここにはロービンとロッキン、それから『森の平穏』を覚えたマドハト、それからトリエグルさんが残り、子どもたちと女性陣、それから俺はベイグルさんに連れられて別の場所へと移動することになった。
小道を少し戻ったところからひっそりと枝分かれした細い道へと分け入って進む。
子どもたちとルブルムだけ馬に乗せ、俺たちは徒歩で――あの広場から体感二ディヴくらい移動した頃だろうか、小さく開けた場所に出た。
小さな小屋が二つ。片方は炭焼小屋のようだ。
「子どもたちと女性を道具小屋の中へ」
ベイグルさんにうながされて子どもたちとルブルムを小屋の中へと抱きかかえて運ぶ。
中ではベイグルさんが暖炉に火を熾してくれている。
暖炉から少し離れた壁際に大量の寝藁が敷かれている。
子どもたちとルブルムをそこへ寝かせ、体が隠れるように上から藁をかぶせる。
「ケティも、休んで。まだ本調子じゃないでしょ」
「ごめんね、リテル。私、足を引っ張ってばかりで……」
「そんなことないよ。たくさん、頑張ってくれたじゃないか」
ケティは、嬉しそうな、悲しそうな、複雑な笑顔を浮かべてから、空いている寝藁スペースに横たわった。
「ベイグルさんよ、あんたらのお仲間ってもう一人居たりするかい?」
メリアンがそう言うと、今までずっと柔和な表情だったベイグルさんが目を鋭くした。
「お仲間」という表現を使ったのは、『魔力感知』で見る限りは猫種だからだろう。しかも雰囲気がベイグルさんやトリエグルさんやスノドロッフの子どもたちに似ている。
寿命の渦にアルバス特有とでも言うべき動きがあるのだ。
寝藁に横たわったばかりのケティも上半身を起こす。俺の弓と同じく血塗れだったのを洗った愛用のハンマーを手繰り寄せながら。
ベイグルさんも自身の槍を持ち、小屋の外へ。
メリアンは小屋の中にあった灯り箱に暖炉から火を移し、外へ。
「ケティ、無理はするなよ。何かあったら俺を呼んで。絶対に助けに来るから」
「うん」
俺もケティの返事を背中に受けつつ外へと出た。
この小屋の周りは少しだけ開けているので、夜空には満点の星とまだあまり欠けていない双子月とが見える。
炭焼小屋の柱につないでおいた三頭の馬も大人しくしている。
「タービタ!」
ベイグルさんの声が聞こえた方を見ると、ベイグルさんのさらに先の闇の中に誰かが立っている。
月の光のせいで、真っ白い猫の頭が仄かに輝いて見える。
そして装備は――ベイグルさんのと似た槍を持ち――以上。
その猫種先祖返りの純白の猫頭の女性は、なんというか全裸だった。
「ベイグルさん、あの方はスノドロッフの方なのですか?」
全裸というのは普通じゃない。
だけど気まずさ以上に、ディナ先輩やウェスさんの言葉が脳裏に蘇る。
全裸は目を引くためだとしたら、別働隊が小屋の中の子どもたちを――ということだって十分にあり得る。
『魔力感知』を研ぎ澄まし、近くに何か隠れていないか確認したうえで、広域の『魔力探知機』へと切り替えて確認範囲を広げる。
特に不自然な痕跡も今のところは見つからない。
「そうです。数日前に行方不明になった私たちの村の者です……でも、それならば納得がいきます。私たちの村へはアルバスでなければ立ち入ることができません。子どもたちが自ら村を出るわけはないのです。彼女が何らかの魔法なりで操られていたとしたら」
ベイグルさんは槍を構えたまま走り出した。
俺は――メリアンを見る。少なくともどちらかが残る必要があるだろう。
「一人で追わせない方がいい。暗闇の森ならばリテルの方がつまずかずに走れるだろう?」
暗くなってからの森の中を俺がどう歩いていたかを、メリアンはちゃんと見ていたのか。
「ルブルムとケティと子どもたちをお願いします!」
「ああ、今度は一人も見捨てずに守りぬくさ」
俺も走り出す。
灯りを持たなくとも、草木や虫などの小さな無数の寿命の渦が地面の起伏を描いているのが天の川のように見える。
星の上を飛んでいるような気にさえなる。
この世界の空はどうなっているんだろう。
ファンタジー世界は惑星なのか、それとももっと違う世界観の上にあるのか。
太陽も月も星も西から昇って東へと沈むし、普段は規則正しく満ち欠けを繰り返す月が、一年の終わりの安息週のときだけずっと満月だったりするし――いやいや集中しろ。
ウォルラースもエルーシも野放しなんだ。
念には念を入れ、自分の寿命の渦と真逆の偽装の渦を作って重ね、寿命の渦を消し込む。
走るのをやめ、相手に『魔力感知』で触れていることを悟られにくい『魔力微感知』に切り替えた。
静かに、静かに近づいてゆく。
そして見つけた。
あれが恐らくベイグルさんとタービタか。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。
ラビツ一行をルブルム、マドハトと共に追いかけている。ゴブリン用呪詛と『虫の牙』の呪詛と二つの呪詛に感染している。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。フォーリーから合流したが、死にかけたり盗賊団による麻痺毒を注入されたり。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
フォーリーではやはり娼館街を訪れていたっぽい。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、今は犬種の体を取り戻している。
元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。変な歌とゴブリン語とゴブリン魔法を知っている。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
槍を使った戦闘も得意で、知的好奇心も旺盛。ウォルラースの魔法品により深い眠りに落ちている。
・アルブム
魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。『解呪の呪詛』を作成中。
・ディナ
カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去がある。
アールヴを母に持ち、猿種を父に持つ。精霊と契約している。トシテルをようやく信用してくれた。
・ウェス
ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種。
魔法を使えないときのためにと麻痺毒の入った金属製の筒をくれた。
・『虫の牙』所持者
キカイー白爵の館に居た警備兵と思われる人物。
『虫の牙』と呼ばれる呪詛の傷を与える異世界の魔法の武器を所持し、ディナに呪詛の傷を付けた。
・メリアン
ディナ先輩が手配した護衛。リテルたちを鍛える依頼も同時に受けている。
ものすごい筋肉と角と副乳とを持つ牛種の半返りの女傭兵。
・エルーシ
ディナが管理する娼婦街の元締め、ロズの弟である羊種。娼館で働くのが嫌で飛び出した。
仲間の猿種と鼠種と共に盗賊団に入団しようとした。現在逃走中と思われる。
・バータフラ
広場の襲撃者である二人の爬虫種の片方。ロービンの居る竪穴の底まで馬に乗って逃走。
洞窟内へと逃げたがロービンに倒された。「スノドロッフの子どもたちを保護した」と言っていたらしいが盗賊団の入れ墨があった。
・ロービン
マッチョ爽やかイケメンなホブゴブリン。メリアンと同じくらい強い。正義の心にあふれている。
マドハトと意気投合し、仲良くなれた様子。
・スノドロッフ村の子どもたち
魔石の産地であるスノドロッフからさらわれてきた子どもたち。カウダの毒による麻痺からは回復。
猫種の先祖返りでアルバス。ミトとモペトの女子が二人、男子がトーム。
・ベイグル
スノドロッフ村の若き村長。槍を武器に持つ。
・トリエグル
スノドロッフ村の弓の名手。
・タービタ
スノドロッフ村の女性。数日前に行方不明になった後、全裸で槍だけを装備して突然姿を現した。
・ウォルラース
キカイーの死によって封鎖されたスリナの街から、ディナと商人とを脱出させたなんでも屋。金のためならば平気で人を殺す。
キカイーがディナたちに興味を示すよう唆した張本人。盗賊団の一味のようだが、逃走。
・ロッキン
名無し森砦の守備隊第二隊副隊長であり勲爵。フライ濁爵の三男。
ダイクが率いていた守備隊の中で、唯一、盗賊団ではなかった。脚の怪我はリテルが回復してあげた。
・ダイク
名無し森砦の守備隊第二隊隊長であり勲爵であると自称。筋肉質で猿種にしては体が大きい。
ウォルラースとつるむ盗賊団のようである。ロービンに左腕を切り落とされ、何かを呑み込み、人を辞めたっぽい。
・プラプディン
名無し森砦の守備隊にして盗賊団。小太りの両生種。頭に赤い花が咲いて死亡。
・スナドラ
名無し森砦の守備隊にして盗賊団。鼠種。頭に赤い花が咲いて死亡。
・ホリーリヴ
名無し森砦の守備隊にして盗賊団。鳥種。魔法を使うが、そこまで得意ではなさげ。暴走したダイクに殺された。
・ブラデレズン
名無し森砦の守備隊にして盗賊団。馬種。ルブルムやケティを見て鼻の下を伸ばしていた。
ウォルラースの魔法的効果でうずくまっていた女性陣を襲おうとしてメリアンに返り討ちにされた。
■ はみ出しコラム【魔法品紹介 その一】
・守り石
魔法抵抗を上昇させる『緊急魔法抵抗』という魔術が格納されている魔法品。
使用者が生命の危機を感じたときに無意識で求める「助け」をきっかけに発動する。
また、その発動に対する待機状態にする魔術『緊急待機化』も格納されており、この魔術を発動すると、一日に一ディエスの汎用消費命(魔石内に格納されている消費命)を消費する。
この待機状態は汎用消費命を使い切るか、『緊急待機化』を再実行するか、使用者が魔法を受け入れると強く念じることにより解除される。
作中においては、カエルレウムがケティに持たせている。そのため、ケティが首を裂かれたとき、ルブルムの『生命回復』を阻害する要因となった。
・眠り石
『眠りの波』という魔術が格納されている魔法品。対象以外が不用意に触らないよう木の箱などに収められていることが多い。
肉体的、または精神的に疲弊状態にある対象に対し、深い眠りを誘発する。
使用者が発動状態にして手を離してから一定時間、この眠り石に触れた者全てが対象となり魔法抵抗を行う。
魔術名に「波」という単語が用いられているのは、寄せては返す波のように合計六回の誘発が発動するため。魔法抵抗も六回必要になる。
ひとたび眠りに落ちると、精神的な疲労を回復するまで一種の麻酔的な効果を持つ。
よく用いられるのは戦場において、神経が昂ぶって眠れない新兵を落ち着かせたり、安静が必要なのに戦場へと向かおうとする者を鎮静化させたり、痛みを伴う応急処置や外科的な措置の際に麻酔代わりに用いたり、など。
作中においては、ウォルラースが発動した状態で「拾わせる」ことで、対象を強い眠りへと誘い、その間に攫うという人さらいのための道具として使用。
・守りの盾
『守りの小さな盾』という魔術が格納されている魔法品。鱗型の小さな木の盾の中央に嵌め込まれた形状で、裏と表と両方から触れることができる。
かなり強度の高い『皮膚硬化』が発動する。そのため、魔法代償の要求も大きい。
発動時には範囲を定めることができ、全身モードで発動した場合は皮膚が強張り、動作が不能となる。
そもそもは護衛が護衛対象の安全を確保するために用いる。
こちらも眠り石同様に、対象者ではない者が発動させることが可能。
発動後、発動者が手を離してから最初に触れた者を効果の対象者とする。
格納魔術を発動する際、基本的には魔石内に格納されている汎用消費命を魔法代償として消費するのだが、貴族などが誤って自分の消費命を使ってしまわないように、従者なり護衛者なりが発動し、効果範囲は発動者が手を離してから魔石部分に触れた者、という仕様が出来上がった。
作中においては、ウォルラースが対象者の動きを止めるためにあえて全身モードで使用した。
・孕み願い石
『身籠りの祝福』という魔術が格納されている魔法品。作中に登場したのはペンダント型だが、他の装飾品の場合もある。
女性の子宮の生理周期を強引に「回復」という考え方で圧縮し、妊娠可能状態まで進める魔術である。
その強制的な「回復」効果は、生理の際の痛みを遥かに超える痛みを対象者へともたらす。
作中においては、ウォルラースが女性を一時的に無力化するために用いた。
・魔術師免状
魔術師にとって『実績紋』同様の情報が格納されている魔法品。
完全オーダーメイドで、装飾品の形にて製作される。
『遠話』という遠距離通信魔術が格納されており、この魔法品と、魔術師組合、魔術師の師匠とに『遠話』で会話が可能である。
作中においては、ルブルムが所持。
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