異世界で一番の紳士たれ!

だんぞう

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#75 襲撃者

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「もしかして敵襲ですかっ?」

 ロッキンさんの声は緊迫している。

「あ、いえ。ちょっと魔法の練習をしていただけです……俺はまだ見習いですので……」

 慌てて『鎮火』を偽装消費命ニール・ヴィーデオで発動状態の『弱火』へとかけ、火を消す。
 こんなこともあろうかと作っておいた魔法『鎮火』は、『弱火』の効果を一時的に中和する魔法で、発動時間を任意設定できる。
 実は『弱火』と組み合わせて、時限式の発火装置のように使えないかと作成しておいたのだ。
 もちろん今回は、『弱火』の発動時間以上となるように発動時間を設定する。
 一度発動した魔法は、打ち消し効果を持つ魔法で発動を止めさせない限り、発動時間内はずっと発動し続ける。
 ゲームやマンガの中に登場するような万能的な魔法打ち消し効果のある魔法というのは、この世界ホルトゥスには存在しない――いや作成は可能だろうが、万能化するということは多くのケースに対応できるように魔法を複雑に構築しなければならず、コスパまで考えると非現実的というだけ。
 構造を理解している魔法ならば、その魔法と正反対の構造の魔法を作れば、その魔法以外には有効ではないもののコスパはすこぶる小さく抑えられる。

「そうでしたか。それなら良かったです」

 ロッキンさんは立ち上がる。

「そろそろですね。焚き火前の番、代わりましょう」

 あまり目立たないようにと『発火』や『発光』じゃなく光も熱も弱めの『弱火』を用いたのだが、夜の暗さの中ではそれでも目立っていたようだ。
 ごまかせたのかどうかはわからないが、ゴーレムのことはできればルブルムとレム以外には伏せておきたい。
 マドハトは興奮するとうっかり喋っちゃいそうなので、可哀想だけど秘密だ。

「ですね」

 俺は荷物を持ち、ロッキンさんがいままで居た焚き火前へと移動する。
 見張り二人は馬車ゥラエダの前方と後方とに一人ずつなのだが、奇襲を受けたときにすぐわかるようお互いが見える位置に居ることになっている。
 ロッキンさんはさっきまで俺が居た場所へ着く――ああ、確かにあそこで光が見えたら何だろうとは思うな。
 あの視線、ドマースとやけに仲の良さげだったロッキンさんを一瞬だけど疑った。
 でもこれで安心ってわけにはいかない。
 例え杞憂になろうともこの手の疑いは手放してはいけないと、俺の心の中のディナ先輩が言ってくれている気がする。

 こちら側にしかない焚き火のすぐそばに腰掛ける。
 少し離れた場所には、繋いである馬たちも見える。
 『魔力感知』を広域の『魔力探知機』へと切り替え、周囲への警戒はしつつもゴーレムの機能確認作業を再開する。
 最近わかったのだが、こうやって幾つかのことをマルチタスクで同時に行うのは、偽装の渦イルージオ偽装消費命ニール・ヴィーデオにおけるコントロールの上達に通ずるっぽいのだ。
 以前は感じていた脳みそがムズムズするような感覚も今はほとんどない。
 さて。
 ゴーレムを通して魔法を使えるのはわかったので、今度はベーシックな方法――事前に設定しておく方を試してみよう。
 特定の条件で発動する魔法を。

 ベースにするのはクッサンドラに教えてもらった『警報通知』だ。
 クスフォード虹爵イーリス・クラティア領兵の偵察兵は全員が習う魔法らしい。
 事前に設定してある魔法品へ振動による連絡を行う。
 その魔法品は指輪で、通常はエクシが着けているが、場合によってはその指輪を鐘の舌部分に引っ掛けて鳴らせる、そんな道具も持っていた。
 もっとも今はエクシクッサンドラ一人だけなので、『警報通知』用の指輪はルブルムに渡してあるし、ロッキンさんやドマースが見ていないところで、エクシクッサンドラは俺に『警報通知』を教えてもくれた。
 とりあえずルブルムには『警報通知』を教えてあるが、複数人が同時に使っちゃうと見分けがつかないこともあり、この『警報通知』はレムとマドハトにはまだ教えていない。
 彼らには改良版の魔法を作ってから教えるつもり。

 で、その『警報通知』をゴーレムから発動してこのゴーレム接続用の指輪へと通知をする『ゴーレム通知』が、今回作りたい魔法。
 俺が意識を集中すれば、さっきみたいに遠隔操作はできるものの、そうじゃなく、放置しといても自動で検知する類の条件設定で構築したいのだ。
 卵石をもとにしたこのゴーレムには顔のようなものはないため、感知できるのは『魔力感知』的な方法のみ――ということで、試行錯誤し、結果的には二つの魔法を作った。

 一つは『ゴーレム通知・人』で、一般的な獣種の子供以上の大きさを持つ寿命の渦コスモスが半径三十メートル以内に出入りするたびに通知してくれる魔法。
 入ってきたときは長く震え、出る時は短く震える。半径はあえて地球の単位を使った。
 もう一つは『ゴーレム通知・魔』で、同じく半径三十メートル以内で一ディエス以上の消費命パー集中を感知する度に通知をくれる。一ディエスから四ディエスまでは短い震えをディエス数分、五ディエス以上の場合は長く震えてくれる。
 半径三十メートルというのは、俺の『魔力感知』範囲よりは短いのだけど、範囲を広げすぎると実用性が下がる気がしてこのくらいの距離にしてみた。
 使い勝手によってはこの魔法をベースに距離を変えた別の魔法を用意してもいいし。
 セットするときの消費命パーを増やして距離を変更できる仕様も考えたけど、結果的には両方とも消費命パーで調節できるのは監視時間の長さだけにした。
 捨ててもいいものにではなく、あくまでも回収前提のゴーレムにかける魔法であり、ゴーレム使用という前提でせっかく通信にかかる魔法代償プレチウムが抑えられた魔法として完成したため、ランニングコストをなるべく増やさないでおきたかったというのもある。
 ゴーレムについてはこの辺でやめておいて、背負い袋へとしまう。

 そしてついでに必要性を感じていた対人通知系の魔法も構築する。
 『通知準備』、それから『長通知』と『短通知』。
 これは『通知準備』で設定した対象へ、その効果時間内であれば、『長通知』を発動する毎に長い振動を、『短通知』を発動する毎に短い振動を送る、というもの。
 『通知準備』は、一ディエスで半日ほど効果をもたせられそうだった。もちろん、発動時に消費命パーを多めに設定すればその分、効果時間を長く設定できる。
 どうしても二種類の通知を送りわけたかったので、モールス信号みたいに長い振動と短い振動とにデザインしてみた。

 これらの魔法がなんとかまとまった頃、メリアンが起き出してきた。

「勉強熱心だな」

 あっ、これ、褒められてないやつだ。
 前に同じことを名無し森砦に滞在している間に言われたんだよね。
 魔法想像のために消費命パーを集中するというのは、魔法を作成している術者自体は特に気にしてなくとも、周囲の人からしたら気配シーニュムを高めたり緩めたり「けっこううるさい」のだと、教えられた。

「すっ、すみません。起こしちゃいましたね」

「いいんだ。目的は生存のためだろう。あたしが気になるだけだから」

 メリアンが気付いたということは、魔術師としての経験を積んでいるドマースにも気付かれていると考えて良いだろう。
 さっきのロッキンさんに気付かれたことといい、俺、少し気が抜けてやいないか?
 「魔法の練習をしている」とロッキンさんに告げたから、あえて時々は偽装消費命ニール・ヴィーデオを使わずに消費命パーの集中をしてみたりしたのだが、本当だったら最初から最後までずっと偽装消費命ニール・ヴィーデオで隠し続けるべきだったよね。
 自分の寿命の渦コスモスを一般の猿種マンッ偽装の渦イルージオしたうえで、常時『魔力感知』を張り巡らしつつ、ゴーレムの方への意識集中を確保しつつ、いつでも発動できる消費命パーをずっと集中し続けつつ、魔法作成のために消費命パーと、それを隠すための偽装消費命ニール・ヴィーデオとを用意する。
 六つのタスクを並行使用か――現時点での俺は一瞬だけなら五つ、長時間だと四つが限界。
 このへんは精進あるのみ、だな。



 皆が次々と起きてきて、朝食の準備を始める。
 朝食は干し魚とジャガイモのスープ。
 味見をしてみたところ、旨味が出ている。干すときに贅沢に塩を使っているっぽい。
 あとはリンゴを一人一つ。
 このリンゴは昨日の昼にも食べたっけ。
 ホルトゥスでは皮を剥かずにそのまま食べる。
 元の世界でよく食べてたのより一回りは小ぶりで酸味も強いけど、その分目が冴えるんだよな。
 皆の木皿に一通り取り分け、さあ食べようかって時、近づいて来る集団を感知した。
 ルブルムの顔をまず見て、それからメリアンとレムの顔を順に見る。

「私の知り合いではありません」

 自分から申告したドマースに対する反応を見る限り、マドハトとロッキンさん以外は気付いているみたい。
 獣種だけで九人。騎乗動物はいない。
 ただ、この寿命の渦の感じ――嫌な感じなんだよな。
 集団は、風下である森の方から九人ともバラけずにジワジワ近づいてくる。
 ロッキンさんもようやく気付き、木皿を傍らの盾へと持ち替えた。

「見てきましょうか」

「いや、向かってきたら、でいい。あんまり相手をしたくない相手だしな」

 メリアンがロッキンさんに返した言葉。
 後半は俺も同感だ。

 メリアンも自分の円盾を片方、腕に取り付け、もう片方はルブルムへと渡す。
 レムとエクシクッサンドラもそれぞれ自分の円盾へ手を伸ばした。
 マドハトとドマースは盾を持っていないため、自分の背負い袋を前側へと抱える。
 俺も弓を構えはした――が、俺に射れるのか?

 九人が森を抜け、走り出した。
 わらわらと走ってくるうちの一人、二人がみっともなく転ぶ。
 あれは演技ではなく本気で転んでいるように思える。
 転んだ二人は年齢的にドッヂと同じくらい。
 集団で一番年長の子でも半成人になるかならないか。
 一番の年少の子だと、さっき作った『ゴーレム通知・人』にギリギリ引っかからないかもしれないくらい寿命の渦コスモスが小さい。

「わーっ!」

 勇ましい声を上げて突進してくる子供たち。
 馬種エポナッが五人、猫種バステトッが三人、河馬種タウエレトッ爬虫種セベクッが一人ずつ。
 鎧はなく、村の中に居るときのような防御力皆無の恰好。
 何人かは木の枝を削り出したような棒を持っていて、年齢が高めの女子二人は短剣を持ち、それ以外の子らが持つのは大きめの石――とはいっても子供の手に収まるくらいの。

 『魔力探知機』の精度を変えて周囲を念入りに調べてみたが、付近にはこの子たち以外に獣種らしき寿命の渦は見当たらない。
 ここはアイシスから馬車ゥラエダで三日、ニュナムからも二日かかる。
 そんな場所で、こんな子たちだけで生きていけるのだろうか。
 それともすぐ近くに村が?

「向かってくんなら手加減しないよっ!」

 メリアンが盾を構えたまま子ども集団へと突っ込んでいき、先頭の二人の足を引っ掛けて転ばすと、全員が立ち止まる。
 ある者はしゃがみ込み、ある者は泣き出した。

「覚悟がないなら襲ってくるんじゃないよ!」

 ウォルラースたちと戦ったとき、メリアンがトームの命を切り捨てようとしたのを思い出す。
 メリアンは脅しじゃなく返り討ちにするだろう。
 止める理由を探しそうとした俺の思考を、「ヘイヤは殺したのに」という俺自身の心の声が邪魔する。

「だって……昨日の夕方、交渉した四人組は……姉ちゃんたちに酷いことしようとしたから……」

 転ばされた馬種エポナッが、武器を手放し無抵抗のバンザイをしながら答える。
 短剣を持っている女子二人を見ると、痩せていて、転んだ馬種エポナッの次に大きいが、それでも十歳かそこいら――地球換算でも中学生になるかならないかくらい。
 昨日の夕方、ということは、俺たちが夜に到着する前にラビツたちが居たのだろうか。
 いや、ラビツはケティの唇を奪いはしたが、巨乳好きだし、こんな子供になんて手を出さないよな?

「そいつらの獣種は?」

 俺が聞くよりも前にメリアンが尋ねる。

「全員、山羊種パーンッ。姉ちゃんたちはなんとか助けて皆で逃げたけど、一人殺された。その後居なくなってたから、多分、逃げたんだと思う」

 クスフォード虹爵領では殺人も強姦も立派な犯罪だ。
 ここいらはボートー紅爵ポイニクス・クラティア領とライストチャーチ白爵レウコン・クラティア領の境あたりだが、同じ王国内だし、同様に犯罪扱いだろう。
 ただ、塀の外――都市や村の外での犯罪は、現行犯を捕縛でもしない限り証明は難しい。

「だいたい何で子供だけなんだ。親はどうしたんだ?」

 ソワソワしていたロッキンさんが会話に横槍。
 さっき抜いた剣はもう鞘へ収めている。
 もしかしたらロッキンさんも、メリアンが彼らを返り討ちにするんじゃないかとやきもきしていたのかも。

「瘴気の酷い魔獣が現れて村を襲ったんだ。何人も殺されて……監理官も殺された」

 瘴気の酷いということは、異世界からこの世界ホルトゥスへ迷い出てきたばかりか。
 通常は、瘴気の濃い魔獣や魔人が出現した場合、「居付き」と呼ばれる各地域に常駐している魔術師が捕捉するか、目撃した人から魔術師もしくは監理官を通して、領都へ連絡が行く。
 魔術師が自身の師匠や地元の魔術師組合と連絡を取れるように、監理官にも領都と『遠話』できる魔法品が支給されているらしいが、その魔法品は監理官でないと使えないようになっているとも聞く。

「居付き魔術師はどうした?」

 ロッキンさんが尋ねると、子供たちは互いに顔を見合わせている。

「僕らは、会ったことない」

 そういやストウ村近辺の居付き魔術師でもある寄らずの森の魔女、カエルレウム師匠が村まで来たのだって、俺らを送り届けてカリカンジャロスの死体を確認したあのときが初めてだったかも。

「居付きが領都の魔術師組合へ連絡するのは、自分だけで対処できない場合。村が襲われるのに間に合わなかったのなら、領都へ連絡している可能性は高い」

 ルブルムが魔術師として代わりに回答する。

「村の状況はわかった。で、大人はどうした? どうしてそんなに腹を減らしている?」

「村長の息子のペックさんが、家が壊れたり親が殺された子たちは村に居ても危ないからって、集めて荷車クールルスでここまで送ってくれた。それからペックさんは荷車クールルスから馬を外して一人で領都まで連絡に行った。監理官の代わりに。僕らはここなら定期便も通るし、今の村よりは安全だろうって……大人はもう一人、置いてきた荷車クールルスの中に居るけど、怪我が酷くて動けないのと……食料は、ほとんど積んで来れなかったんだ。できるだけ多くの人をって、慌てて乗せてきたから」

 なるほど。
 共同夜営地を訪れる人に期待して、それなのに運悪くその遭遇した旅人たちに襲われた、と。
 クー・シーとクリップたちに襲われたときに共同夜営地で一緒になった人たちを思い返すと、確かにいい人たちだったし、食料も気軽に分けてくれた。
 ああいう人たちばかりじゃないということか。

 それにしても、そんな四人組の山羊種パーンッみたいな凶悪な輩も普通に街道を通っているのか。
 相手が子供だけだからと豹変して牙を向いた可能性はあるが、今後の旅路でもより一層気をつけないとだな。

「ルブルム、あたしの雇い主はあんただ。リテルが不穏な表情してるけど、判断するのはルブルムだよ」

 ルブルムが俺の顔を見る。

「リテルは、どうしてそんな表情をしている?」

 俺の? 表情?

「お兄ちゃん、今にもこの子たちと一緒に行きそうな顔している」

 レムまで。

「……そんな、顔をしている?」

「している、ように見える」

 ルブルムが俺の右手を手に取り、ぎゅっと握った。

 俺が?
 危険であること以外どんな魔獣かも分からないのに立ち向かいに?
 この見知らぬ子供たちの村を救いに?
 ああでも、確かにストウ村のことを思い出していた。
 自分の親や友達が殺されて逃げ出さなきゃいけなかったとしたら、なんて考えていた。
 そしてこの子たちと同様に街道で出会う人たちに助けを求めようとしたとき、例えばケティが襲われたとしたら。
 それを守って、一人死んだ、なんて。
 その一人は俺だったかもしれないし、ビンスン兄ちゃんとか身近な誰かだったかもしれない。
 俺は――ストウ村は、今まで運が良かっただけで、彼らと俺らの運命が逆だったかもしれないって、考えていた。

 ふいにしょっぱさを感じる。
 ああ、そうか。
 俺、涙が溢れていたのか。

「まあ、ここで人助けに協力すれば、実績紋に記されるとは思うよ。ただ、昨晩の四人組ってのがラビツたちじゃないのなら、あたしらは最低でもまだ一日は遅れを取っていることになる。ひょっとしたら徒歩じゃなく、馬なり馬車ゥラエダなりで移動している可能性もある」

 そうだ。
 ただでさえ遅れているのに。
 魔獣に勝てるかどうかもわからないのに。
 それに、ニュナムへは――ペックさんだっけ――が、連絡のために早馬を飛ばしている。
 わかっている。
 わかっているけど。
 目の前にある幾つもの期待に満ちた瞳を絶望の色で塗り潰したくないのは本心だ。

「優先順位はわかっている。自分のできることがそんなに多くないってことも。ただ、俺の故郷の村と重なっちゃって……せめて食料をちょっと分けるのと、荷車クールルスの怪我人の治療くらいには行ってきたいんだ」

荷車クールルスは遠くないのか?」

 メリアンが尋ねると、子供たちは街道のちょっと先を指差した。

「もう少し行った所だと、森の中まで入れる場所があって、そこに隠してある」

 さっきから説明してくれている少年――メリアンに最初に転がされた一番年長の馬種エポナッへ、メリアンがリンゴを放り投げた。
 少年はそれを受け取ると、自分の次に大きな少女二人へと迷わず渡す。
 責任感のある子だ。

「案内は一人で十分だろ。このガキどもがスープを飲み終えるまでに急いで見てきな」

 メリアンの言葉に甘えることにしよう。時間が惜しいのは確かなのだし。

「お兄ちゃん、私もついて行く」

「私も」

 気持ちは嬉しいけど、ルブルムまで来させるわけにはいかない。

「メリアン、ルブルムをお願いします」

 背負い袋の中へ手を突っ込み、卵石ゴーレムに触れる。
 起きてからは食事と出発の準備をしていて、さっき作った通知系の魔法をルブルムたちにはまだ教えていない。
 となると使えるのはゴーレム系の魔法だけ。
 この際、どのくらい離れても接続したままでいけるのか確かめてみよう。
 『ゴーレムの絆』を、ゴーレム用の偽装消費命ニール・ヴィーデオを添えてステルス発動してから、ルブルムへと渡す。

「ルブルム、俺の荷物を預かってくれ。すぐ戻るから」。

 それから矢筒と弓とを確認している横で、指笛が響いた。
 ロッキンさんだった。

「リテル! 私の馬を使うといい。山羊種パーンッが全員ならず者じゃないということも伝えてほしい」

 ロッキンさんが普段乗っている馬が近づいて来る。

「ありがとうございます」

 ロッキンさんが貸してくれた馬にまたがる。
 名無し森砦の鞍は二人乗れるようになっているので、少年の手を引き上げて俺の前に座らせる。
 と、レムが器用に登ってきて、そのまま俺の背後に立った。

「座らなければ三人乗れるよ」

 う、うん。
 レムは胸が大きいせいで着込んだ皮鎧も胸周りがゆったり作られていて――つまり出っ張った部分が俺の後頭部にゴツゴツ当たるんだよね。
 それでも一人じゃないってのは心強い。
 馬の脇腹を両膝でぎゅっと締めると、ホス号――ロッキンさんの愛馬は駆け出した。



 ウォッタと名乗った少年が指差す方向へ俺は馬を走ら続け、皆とかなり離れた頃だった。

「ねぇ、ウォッタ。隠していることあるでしょ?」

 俺よりも先にレムが尋ねた。
 そう。気になっていた。
 ウォッタたちが全員で――六、七歳くらいの子まで一緒になって向かってきたこと。

 レムが尋ねたことに対し、ウォッタは口を閉ざしたまま。
 俺たち三人を乗せた馬の蹄の音だけが街道に響く。

 俺もレムと同じ考えだった。
 彼らが一度酷い目に遭ったから二回目は最初から攻撃してきた――というなら、どうして明らかに足手まといになる小さな子まで一緒だったのか。
 まるで追い立てられていたような。誰かに脅されて無理しているような。

 それに。俺が助けに行くと言った時、子供たちは一瞬、嬉しそうな表情を見せた。
 だけど俺とレムが行くと決まった時、彼らのうち年長な子ほど喜びの表情が薄くなっていた。
 彼らは俺が魔法で治療できるということは知らない。
 それにしてもあからさまにがっかりしている子も居た。
 助けは欲しい。だけど俺やレムでは物足りない、ということは、彼らの第一希望は圧倒的な強さを見せたメリアンか。
 武力が必要ということは、彼らはまだ脅威に曝されたままって可能性が高い。
 彼らの仲間が他にいて、人質を取られているとか。
 荷車クールルスに残っている大人――何人かが「姉ちゃん」と呼んでいた、ということは彼らのうち誰かの親とかではないのかな。

 街道から外れて森の中へと続く轍を見つけ、馬を止める。
 ウォッタが俺たちに嘘をついているのならば、ここいらで正しておきたい。

「いいか、ウォッタ。君が俺たちに嘘をついている場合、この先に助けられるかもしれない誰かがいても、うまく助けられないかもしれない。本当に助けてほしいのであれば、ウォッタも真実を話し、協力してくれ」

 ウォッタは目に涙を滲ませながら、首をゆっくり左右へと振る。これは肯定。

「怪我人が居る、ということは本当なのか?」

「……うん」

 怪我人である大人が人質なのは確定か。

「……なんで……なんであの強い人は来てくれなかったの?」

 やっぱりか。

「メリアンは戦闘に長けている。もしさっき話した四人というのが本当だったとしたら、きっと一人で勝つことができる。だけど、勝つために人質を見捨てると思う。メリアンに任せたらその四人は確実に倒すだろうけど、人質を助けることよりも敵を倒すことを優先する。動いたらこいつを殺すって敵が言ったら、それを隙ととらえてその瞬間に迷いもなく攻撃する。それでもいいなら今から戻って呼んでくるけど」

 半分はカマかけ。半分は本心。
 それにメリアンはルブルムの護衛として残しておきたい。
 ドマースへの疑念だって晴れたわけじゃないから。

「……お兄ちゃんたちなら、カーン姉ちゃんとメドを助けてくれるの?」

「そのつもりで来たよ」

 俺がそう答えたと同時に、ウォッタは堪えきれなくなったのか泣き出した。

「う、嘘をづいで、ごべんなざい……だ、だすけで、ぐだっざい」

 泣きじゃくるウォッタの頭を、俺は優しくなでた。





● 主な登場者

有主ありす利照としてる/リテル
 猿種マンッ、十五歳。リテルの体と記憶、利照としてるの自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。
 ゴブリン用呪詛と『虫の牙』の呪詛と二つの呪詛に感染。レムールのポーとも契約。とうとう殺人を経験。

・ケティ
 リテルの幼馴染の女子。猿種マンッ、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
 リテルとは両想い。フォーリーから合流したがリテルたちの足を引っ張りたくないと引き返した。ディナ先輩への荷物を託してある。

・マクミラ師匠
 ストウ村の住人。リテルにとって狩人の師匠。猿種マンッの男性。かなりの紳士。実績紋持ち。
 出身はストウ村ではなく、若い頃は定期便の護衛をしながら旅をしていた。

・ラビツ
 久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
 アイシスでもやはり娼館街を訪れていて、二日前にアイシスを出発していた。ギルフォドへ向かっている可能性が大。

・マドハト
 ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、今は犬種アヌビスッの体を取り戻している。
 元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。変な歌とゴブリン語とゴブリン魔法を知っている。地味に魔法勉強中。

・ルブルム
 魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種マンッ
 魔法も戦闘もレベルが高く、知的好奇心も旺盛。親しい人を傷つけてしまっていると自分を責めがち。

・アルブム
 魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種ラタトスクッの兎亜種。
 外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。

・カエルレウム
 寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種マンッ
 ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。『解呪の呪詛』を作成中。

・ディナ
 カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去がある。
 アールヴを母に持ち、猿種マンッを父に持つ。精霊と契約している。トシテルをようやく信用してくれた。

・ウェス
 ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種カマソッソッ
 魔法を使えないときのためにと麻痺毒の入った金属製の筒をくれた。

・『虫の牙』所持者
 キカイー白爵レウコン・クラティアの館に居た警備兵と思われる人物。
 呪詛の傷を与えるの魔法武器『虫の牙』を所持し、ディナに呪詛の傷を付けた。フラマの父の仇でもありそう。

・メリアン
 ディナ先輩が手配した護衛。リテルたちを鍛える依頼も同時に受けている。ラビツとは傭兵仲間。
 ものすごい筋肉と角と副乳とを持つ牛種モレクッの半返りの女傭兵。知識も豊富で頼れる。

・エクシ(クッサンドラ)
 ゴド村で中身がゴブリンなマドハトの面倒をよく見てくれた犬種アヌビスッの先祖返り。ポメラニアン顔。
 クスフォード領兵であり、偵察兵。若干だが魔法を使える。マドハトの『取り替え子』により現在、エクシの体に入っている。

・レム
 爬虫種セベクッ。胸が大きい。バータフラ世代の五人目の生き残り。不本意ながら盗賊団に加担していた。
 同じく仕方なく加担していたミンを殺したウォルラースを憎んでいる。トシテルの心の妹。現在、護衛として同行。

・ウォルラース
 キカイーがディナたちに興味を示すよう唆した張本人。過去にディナを拉致しようとした。金のためならば平気で人を殺す。
 ダイクの作った盗賊団に一枚噛んだが、逃走。海象種ターサスッの半返り。

・ロッキン
 名無し森砦の守備隊第二隊副隊長であり勲爵エクウェス。フライ濁爵メイグマ・クラティアの三男。
 現在はルブルムたちの護衛として同行している。婚約者が居て、その婚約者のためにヴィルジナリスの誓いを立てている。

・ヘイヤ
 鼠種ラタトスクッの兎亜種の先祖返り。茶色い夏毛の兎顔。身なりのよさそうなコート、動きやすさ重視の軽革鎧。
 膝までのブーツ、胸元に蝶ネクタイ。ドマースに同行していた武闘派だが、リテルの過剰防衛により死亡。身内はいない。

・ドマース
 鼠種ラタトスクッ先祖返り。ハムスター似。貴族の十男だった魔術師。身なりのよさそうなコートに蝶ネクタイ。
 スノドロッフの住民拉致事件の関係者に接触を図ったが、エクシへのアプローチに失敗。次の町まで同行。

・ペック
 魔獣に襲われた村の村長の息子。親を殺されたり家を壊された子供たちを荷車クールルスに乗せ、街道まで避難させた。
 現在は単身、ニュナムへ助けを呼びに馬を走らせている。

・ウォッタ
 魔獣に襲われた村の避難組。リテルたちの朝食タイミングで襲いかかってきた子供たちの一番の年長者。
 ならず者の山羊種パーンッ四人組に人質を取られ、従わされているっぽい。責任感が強そう。

・カーン姉ちゃんとメド
 魔獣に襲われた村の避難組。ならず者の山羊種パーンッ四人組に人質として囚われている。

・ならず者の山羊種パーンッ四人組
 魔獣に襲われた村から避難してきた子供たちを襲い、人質を取り、残りの子供たちに襲撃を指示したっぽい。

・レムール
 レムールは単数形で、複数形はレムルースとなる。地界クリープタに生息する、肉体を持たず精神だけの種族。
 自身の能力を提供することにより肉体を持つ生命体と共生する。『虫の牙』による呪詛傷は、強制召喚されたレムールだった。


■ はみ出しコラム【魔物デザイン レムール】
 魔物の中で最も登場話数の多いレムールさんが、とうとう登場です。

・ホルトゥスにおけるレムール
 レムールは単数形で、複数形はレムルースとなる。地界クリープタに生息する、肉体を持たず精神だけの種族。
 自身の能力を提供することにより肉体を持つ生命体と共生する。『虫の牙』による呪詛傷は、強制召喚されたレムールだった。
 契約や呪詛はレムールにとってのこの世界ホルトゥスにおける寿命の渦コスモス的なものに相当し、そういった契約や呪詛によりホルトゥスに存在する肉体に結びつかない限り、長期間の滞在は不可能。

地界クリープタにおけるレムルース
 肉体を持つ他の生命体と契約することで共生関係を築き、暮らしている。
 契約対象者から魔法代償プレチウムをもらうお礼に、レムールは契約対象者へ能力を提供する。
 契約対象者とレムールの関係はあくまでも対等で、精神的な思考によりつながっている。
 レムールに対し、行動をお願いすることは可能だが、お願い自体をレムールが却下することもあるし、契約対象者との関係が悪化する場合もある。
 レムール自体は形を持たないが、『契約』時に仮初の姿を取り決めると、通常時はその姿を保つ。場合によっては、黒い影として可視化も可能。
 可視化していない場合、レムールと契約している者以外からは見えない。

・地球におけるレムール
 レムレース(lemures)は、ローマ神話に於いて”騒々しく有害な死者の霊または影”を意味する。騒がしたり怖がらせたりするという意味で悪霊 (ラルヴァ、larva、larvae)に近い。lemures は複数形で、単数形はレムール (lemur)。
 レムレースは、埋葬、葬式、心のこもった祭儀を行ってもらえずに、恨みを抱いて彷徨うようになった霊を意味することもある。墓や奉納文があるからといってレムレースにならないとは言えない。
 オウィディウスは、レムレースを”常に満たされずに放浪する、地下世界の執念深い祖先神(マーネース神またはパレンテス神)”と解釈していた。彼にとって、それらの信仰儀礼は不可解なほど古風で、半ば神秘的で、おそらくかなり古い伝統が根差しているだろうことを示唆している。
 レムレースは形を持たず、ほとんど知覚できないもので、暗闇によってもたらされる不安と結びついている。
(Wikipedia より)

・レムールのデザイン
 まず呪詛に組み込まれる哀れな存在というニーズが先にあり、肉体を持たない存在を色々と探しました。
 その際、ファンタジーにおいては「アンデッドモンスター」としてさほどメジャーになっていないものということでレムルースに白羽の矢が立ちました。
 そこで知ったのはレムルースは複数形であり、単数形になるとレムールになるということ。日本のゲームに登場するとき、単数形と複数形で名前が変わったりってそうそうはないですよね。
 「影のように体の表面を這う」描写は、レムルースの「騒々しく有害な死者の霊または影」の後者部分より生まれました。
 そして「肉体を持たない」という設定から、彼らの生まれ故郷においては、肉体を持つ存在と共生する、という設定も生まれました。
 食事として魔法代償プレチウムを与えられ、その見返りとして協力や能力で返すという設定は、共生が決まってからできました。
 地球におけるレムルースは、善悪では悪として位置づけられていますが、種族化したことで、コミュニケーション可能な種族となりました。人間と同じく善も悪も中立もいる、という感じです。
 長らくエネルギーを与えてもらえない場合、消費命パーを集中するタイミングでなくとも精神的な負荷をかけ、それにより対象者に生じる強烈な感情からなんとかエネルギーを得ようともする――という設定も用意してあります。
 そのため、契約ではなく呪詛にて肉体に縛り付けられた場合、自分に対して魔法代償プレチウムが与えられることがないので、呪詛対象者が消費命パーを集中したタイミングでそれを奪おうとして、呪詛対象者に精神的な苦痛を与えるのです。
 ちなみに魔法封印効果を持つ魔法品の首輪の、消費命パー阻害の魔法概念については、呪詛に組み込まれたレムルースが呪詛対象者に対して与える精神的な苦痛をベースにしています。
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