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お題【都会の喧騒】
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久々に同期で集まって飲んだのは新宿のとある居酒屋だった。
外の街の喧騒が店の中にまで持ち込まれたような騒がしさ。だからというわけじゃないけれど、オレたちも負けじと盛り上がったんだ。
調子に乗るとつい飲み過ぎてしまうもの。もともとトイレが近いオレは本日三回目の用足しにと席を立つ。
慌ただしく動き回る店員を避けながら到着したトイレのドアを開けると……手洗い場にホスト風の男……こいつ、さっきも居たな。紫色のワイシャツなんて着ている奴はそうそう居ないから恐らく同じ奴だろう。
「あ、すみません」
ホスト風はオレに気付くと身を細くして後ろを通りやすくしてくれた。
なんだ、いい奴じゃんか。オレは会釈して、出すもの出して、紫シャツ男が避けてくれた手洗い場で手を洗い、意気揚々と席に戻ったんだ。
そしてまた飲み過ぎる。なんか涼しいせいかビールが美味くって……なもんだから四回目のトイレですよ。と、入った入り口脇にまたさっきの紫男。紫男ってのも長いからもうムラキーって呼んでしまおう。
悪い奴じゃないって判明してたからオレはつい声をかけた。
「大丈夫っすか?」
「あっ、すいません。お邪魔な場所に陣取っちゃって……なんかですね。まつ毛が入っちゃって」
まつ毛か……だから鏡の前でなんか目のあたりをゴニョゴニョやってたのか。あれ、ごろごろして気になると嫌なもんだよな。
「大変ですね」
そう声をかけたオレはまたしっかり用足しして、手を洗おうとムラキーの横に立ったんだ。
「おっ! 取れた! 取れましたよ!」
ムラキー大はしゃぎ。そりゃ、こんだけ時間かけたんだ。取れたら嬉しいよな。と、何気なく顔をあげると、ムラキーの後ろにいつの間にかやつれた女が立っていた。そして自分のまつ毛を一本抜くと、ムラキーの目の中にひょいって入れたんだよ。
え? 反射的に鏡のこちら側、リアルムラキーの後ろを見たらさ、誰も居ないわけ。鏡の中をもう一回見ると……女なんて居ないわけよ。気のせいかなって思った瞬間。
「痛っ……っかしいなぁ……まだまつ毛入ってんのか」
ムラキーがまた鏡に向かってゴニョゴニョしはじめて。オレは無言でトイレから出てテーブルへと戻る。同期たちは盛り上がっていたんだけどさ、なんか妙に静かなんだよ。シーンとしてるの。
「悪い、オレ、先帰るわ」
自分の分だけ置いて店の外に戻ると、音が戻ってきた。都会の喧騒が迎えてくれたわけ。
ホッとした俺の背中に、ふいにぞくりと冷たいナニカが触れた。そして耳もとで小さく「あなたの目も綺麗ね」って聞こえたんだ。か細い女の声なのにハッキリと。
<終>
外の街の喧騒が店の中にまで持ち込まれたような騒がしさ。だからというわけじゃないけれど、オレたちも負けじと盛り上がったんだ。
調子に乗るとつい飲み過ぎてしまうもの。もともとトイレが近いオレは本日三回目の用足しにと席を立つ。
慌ただしく動き回る店員を避けながら到着したトイレのドアを開けると……手洗い場にホスト風の男……こいつ、さっきも居たな。紫色のワイシャツなんて着ている奴はそうそう居ないから恐らく同じ奴だろう。
「あ、すみません」
ホスト風はオレに気付くと身を細くして後ろを通りやすくしてくれた。
なんだ、いい奴じゃんか。オレは会釈して、出すもの出して、紫シャツ男が避けてくれた手洗い場で手を洗い、意気揚々と席に戻ったんだ。
そしてまた飲み過ぎる。なんか涼しいせいかビールが美味くって……なもんだから四回目のトイレですよ。と、入った入り口脇にまたさっきの紫男。紫男ってのも長いからもうムラキーって呼んでしまおう。
悪い奴じゃないって判明してたからオレはつい声をかけた。
「大丈夫っすか?」
「あっ、すいません。お邪魔な場所に陣取っちゃって……なんかですね。まつ毛が入っちゃって」
まつ毛か……だから鏡の前でなんか目のあたりをゴニョゴニョやってたのか。あれ、ごろごろして気になると嫌なもんだよな。
「大変ですね」
そう声をかけたオレはまたしっかり用足しして、手を洗おうとムラキーの横に立ったんだ。
「おっ! 取れた! 取れましたよ!」
ムラキー大はしゃぎ。そりゃ、こんだけ時間かけたんだ。取れたら嬉しいよな。と、何気なく顔をあげると、ムラキーの後ろにいつの間にかやつれた女が立っていた。そして自分のまつ毛を一本抜くと、ムラキーの目の中にひょいって入れたんだよ。
え? 反射的に鏡のこちら側、リアルムラキーの後ろを見たらさ、誰も居ないわけ。鏡の中をもう一回見ると……女なんて居ないわけよ。気のせいかなって思った瞬間。
「痛っ……っかしいなぁ……まだまつ毛入ってんのか」
ムラキーがまた鏡に向かってゴニョゴニョしはじめて。オレは無言でトイレから出てテーブルへと戻る。同期たちは盛り上がっていたんだけどさ、なんか妙に静かなんだよ。シーンとしてるの。
「悪い、オレ、先帰るわ」
自分の分だけ置いて店の外に戻ると、音が戻ってきた。都会の喧騒が迎えてくれたわけ。
ホッとした俺の背中に、ふいにぞくりと冷たいナニカが触れた。そして耳もとで小さく「あなたの目も綺麗ね」って聞こえたんだ。か細い女の声なのにハッキリと。
<終>
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