お題ショートショート【一話完結短編集】

だんぞう

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お題【海釣り】

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 車を停め、ドアを開けると、波と風の音と共に潮の濃い匂いが車内へとなだれ込んできた。
 キーを抜いて車の後へと回り、バックドアを大きく開く。
 車内の空気が動き、近くの防風林がざわめく。
 今日は風が強い。

 釣り具と大きめのクーラーボックス、それから折り畳み椅子を引っ張り出し、バックドアを閉める。
 こうやって荷物が多いとスマートキーはありがたい。
 キーについているボタンを押すだけで、車の全ドアにロックをかけられるのだから。

 よし。行くか。

 防波堤へとつながる唯一の道を塞いでいる背の高い金網フェンスへと向かう。
 フェンスには扉が一つ。
 扉には鍵が一つ。
 ここのロックはアナログの手動……四桁の簡単なシリンダー錠。
 地元の釣り人にとっては公然の秘密である番号に合わせ、扉を開ける。
 その扉を180度開き、フェンスと共にシリンダー錠で留める。もしかしたら、他にも誰か来るかもしれないからな。

 そんな釣り人に人気の場所なのに、ここをなぜフェンスで塞ぐのか。
 それは偏に危険だから。
 この防波堤の先端近くは、ほぼ常時、強い高波をかぶっている。
 激しい波は親の仇のように防波堤を打ち据え続け、あのあたりのコンクリはボロボロで、椅子がなければ五分と座ってられないほど。
 昔からよく釣り人が波に呑まれてきたといういわく付きの場所だ。

 しかし、私のようにあの場所で釣りをする者は少なくない。
 その答えはシンプルだ。
 危険だが、釣れる。
 バカみたいに、それも大物が釣れる。
 ここで釣れた魚を少し港の魚市場へ持ってゆくと、笑っちゃうような値段で買い取ってくれる。
 私が一生行くこともないであろう、東京は銀座の高級寿司屋に流れて行くという話だ。

 釣れる興奮を味わうためならば危険なんて省みない。
 釣り人って連中は皆、どこか常軌を逸しているのかもしれない。

 私が防波堤の先端付近へ近づくにつれ、波が次第に収まり始める。
 そう、実は一日のうち二十分ほど波が穏やかになることがある。
 そして月の満ち欠けに影響されるのだが、今日はその穏やかな時間が一時間半近くにもなるのだ。
 私は釣りの準備を済ますと、さっそく釣り糸を海へと垂らす……日頃のあの波が、嘘のように穏やかになっている眼前の海へ。

 クーラーボックスの中はすぐにいっぱいになった。
 始めてから一時間は経っているが、ずっと私一人なので独占状態だ。
 もうそろそろ帰る事を考えておかないといけない時間……今日はもう誰も来ないかな……と思った矢先、誰かが防波堤を歩いてくるのが見えた。こちらへ向かっている。

「釣れますか?」

 帽子を目深に被った若い男。見た感じ釣り人ではなさそうだ。
 まあ、私が車を停めた場所は、国道から別の国道へ近道しようとして、迷い込んでくる車も時々ある行き止まりだ。
 運転疲れのドライバーが気分転換に釣りを見に来ることもたまにはある。

「それなりに、ですかね」

「そうですかー。良かったですね」

 心のこもっていない相槌。
 道を聞くわけではなく、そして魚に興味がある感じでもない。
 しかも帽子の下にはサングラス。
 怪しい奴だな……と、ここで、手に伝わって来る感触はヒットの予感。そうかそうか、ヒットか。

「本当はこの場所、入ったらイケナイんだけどね」

「そうですかー」

 男が、抑揚の乏しい返事をした直後だった。
 私が車を停めていた辺りから、急に大音量が鳴り始める。
 当然だ。
 車のキーを抜く前に、ラジオのボリュームを最大にセットしておいたからな……すると、こいつは車の窃盗犯か。
 男が焦って意識を車の方へ向けた瞬間を、私は見逃さなかった。
 隙をついて男の足を払い、ゴツゴツの防波堤へ組み伏せる。

「イタッ、イタタタタッ! な、何すんだよテメェッ!」

 わめく男の頭を持ち、軽くコンクリに叩きつけると大人しくなった。
 ジャケットからガムテープを取り出すと、男の両手を背中側に固定する。
 それから持ち物を探ると案の定、リレーアタックに使う増幅器を持っていた。
 この増幅器は、本来は数メートルしか届かないスマートキーの弱い電波をキャッチして、かなり遠く離れた場所まで送ることができる。
 私の車の側にはこの男の共犯者が潜んでいて、電波を受け取りロックを外して車を盗む手口……スマートキーを缶に入れておくだけで防げはするんだけどね。

「テ、テメェ、サツかよ。俺たちをハメやがったな?」

 リレーアタックがよく使われるのは二ヶ所ある。
 一つは自宅玄関。
 玄関のドア近くに車のキーをかけておくと、玄関のすぐ外側でスマートキーの電波を拾われてしまう。
 もう一つは、郊外型のショッピングセンターやパチンコの駐車場。
 店内の何かに気をとられている被害者に近づき、さりげなく電波を拾う。

「君があのホームセンターで獲物を物色していたのは見ていたよ」

「わざとか……つけさせたのか……クソッ……釣りに夢中になって周りが見えなくなりそうなオッサンだと思っていたのによ……まさかサツとは……クソッ! クソッ!」

 手に伝わる感触が、車の方に待機していたこいつの共犯者も逃さず捕まえられたということを教えてくれる。
 腕時計の振動回数で共犯者はあと二人も居たということがわかる。
 しかし便利な世の中になったものだ。
 このスパイ道具のような腕時計はかなり気に入っている。

「君は何か勘違いしているようだね。私は警察ではない。ただの釣り人だよ」

「釣り人? じゃ、じゃあ、さっさと放せよっ!」

「そういうわけにもいかないんだ。ほら、君の共犯者の皆さんも到着したようだよ」

 私の仲間たちが、二人のぐったりとした若い男をかついできた。
 私たちは皆、武道の心得がある。
 そこらのチンピラごとき、数で負けてなければ敵ではない。

「あんたら何なんだよっ……車を盗もうとしたのは謝る……謝るから早く放して……ください……」

 自分たちの置かれている状況にようやく気が付いたのか、言葉使いが徐々に改まる。

「安心しなさい。今から放してあげるから」

 私がそう言うと、男の共犯者が一人、海へと投げ捨てられた。

「お、おい、いま……ショージを海に……な、なんなんだ……もしかしてあんたらのシマなのか? ショバ代なら払うから……や、やめてください。お願いしますっ」

「ここはね、昔は釣り人も多くてね、よく賑わったものです。だけど地元民以外の釣り人は、大抵がもう落ちてしまってね……最近は撒き餌が少なくなったのか、一時期に比べて捕れる魚が随分と減ってしまったんだ。だから……わかるだろう? 君らのように陸釣りで釣れた魚を撒き餌代わりに海に撒くのさ」

「う、うわぁ、やめてくれ……やめてくださいっ」

 懇願する男の声が裏返る。

「君らが犯罪者で良かったよ。いつもと違って心が痛まない……もっとも、釣れた魚を市場で売るときにはやっぱり心が痛むけれどね。銀座の高級寿司屋のお客さんのことを考えちゃうからね」

「狂ってる……お前ら狂ってやがる……魚を売るために人を殺すのかよ」

「違う違う。釣りが楽しいんだよ。純粋に釣ること自体がね。やめられないんだ……ただそれだけだよ」

 私が男を海へ突き落とすと、残る一人も海へと放り込まれた。
 もう、波が激しくなりかけていた。



<終>
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