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お題【生涯忘れることができない】
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ぺたり、ぺたり、ぺたり、ぺたり。
足の裏にわずかに感じる涼と引き換えに、僕は足音を廊下へと引き渡す。
これは等価交換だ……そんな馬鹿なことを考えてしまうのは暑いから。
クソ暑いから。
ああ、もう、この廊下は僕の体温に馴染んでしまった。
別の場所を探そう。
僕が猫のように涼しい場所を求めてさまよっているのは夏のせい。
そして夏休みはじいちゃんの家で過ごしなさいと僕を追い出した母のせい。
田舎は涼しいから、なんて言っていたけど全然暑いじゃないか。
祖父の家はテレビのチャンネルが少ないし、電波も入りにくい。
気を紛らわすことができるモノは何もない。
「ひーろっ。何やってんの?」
従姉のりっちゃん。
同い年なのに誕生日がちょっと早いだけでお姉さん面する。
「りっちゃんには関係ないじゃん」
「そっけないんだー。イトコなのに」
「関係ないだろ」
僕がそんな態度を取るのは、弟扱いされるのが嫌ってより、同年代の女子をどうしゃべっていいか分からないから。
学校では、同じクラスの女子と口をきいたことがない。
中学に入ってすぐの頃、別小出身の女子グループの中で陰湿なイジメがあって、その中のひとりが自殺した。
それ以来、なんだか怖くて女子を避けるように中学生活を送っている。
「そんなんじゃモテないでしょ?」
「か、関係ないだろ」
自分でもわかってる。
じいちゃんの家に来てから「関係ないだろ」をもう五十回くらいは言っていることを。
「昔は一緒に遊んだのにねー? 関係ないだろ?」
言う前に言われてしまった僕は黙るしかない。
りっちゃんは僕の顔を覗き込む。
僕より背が高いりっちゃんが前かがみになったせいで、りっちゃんがだらしなく着ているTシャツの襟から、なだらかな膨らみの素肌が見えてしまった。
僕が覗き込んだわけじゃなく、りっちゃんが覗き込んだせいで偶然見えてしまっただけ。
「あー。ひろったらエッチなんだー?」
「ち、違うって今は」
「今は?」
「そっちが! か、勝手に見せてきたんだろっ」
その場に居ること自体が恥ずかしくなって、僕はその場から立ち去った。
人が来なさそうな場所って考えて、とっさに仏間へと逃げ込む。
空気が違うことをすぐに感じた。
うだるような外の暑さが静かに引いてゆく。
ああ、なんだ。ここ涼しいじゃんか。窓がないからかな?
いい感じに薄暗いし、しばらくここで昼寝でもしようかな……と安堵のため息を吐いた僕の背後で急に襖が開いた。
「わっ!」
りっちゃんだった。
「なーんだ。驚かないのー。つまんなーい」
いや、ドキドキはしていた。
驚きすぎて逆に声が出なかっただけ。
りっちゃんが後ろ手に襖を閉めると、部屋の中が再び薄暗くなる。
「……ごめん。私、出ていくね」
りっちゃんが横を向き、襖に手をかける。
襖の隙間から漏れ射す日差しが、りっちゃんのシルエットを仄かに浮かび上がらせる。
その胸の膨らみに、さっきの光景が重なって、僕はドッキドキしていた。
「また……胸見てる」
「そ、そうじゃなくて……ご、ごめん」
謝ったのは、胸ばかり見てしまったことに対してではなかった。
成長を感じる従姉に対して、自分がいつまでも子どもっぽい反応しかできないことを、自覚はしていたんだ。
だから、ガキでごめんって、それなのにりっちゃんに謝らせてごめんって、そういう意味だった……んだけど。
「いいんだよ……ひろだったら」
りっちゃんはそう言うと、僕の右手を取って、りっちゃんの心臓のあたりにトンと置いた。
手のひらに伝わる感触。
じっとりと汗ばんだ薄い布一枚の向こうの柔らかさと、熱。
僕は、生涯忘れることができない。
そんな僕たちを見守る長押の上のご先祖様たちの写真がみんな、興奮気味な表情で僕の手のあたりを覗き込んでいたことを。
<終>
足の裏にわずかに感じる涼と引き換えに、僕は足音を廊下へと引き渡す。
これは等価交換だ……そんな馬鹿なことを考えてしまうのは暑いから。
クソ暑いから。
ああ、もう、この廊下は僕の体温に馴染んでしまった。
別の場所を探そう。
僕が猫のように涼しい場所を求めてさまよっているのは夏のせい。
そして夏休みはじいちゃんの家で過ごしなさいと僕を追い出した母のせい。
田舎は涼しいから、なんて言っていたけど全然暑いじゃないか。
祖父の家はテレビのチャンネルが少ないし、電波も入りにくい。
気を紛らわすことができるモノは何もない。
「ひーろっ。何やってんの?」
従姉のりっちゃん。
同い年なのに誕生日がちょっと早いだけでお姉さん面する。
「りっちゃんには関係ないじゃん」
「そっけないんだー。イトコなのに」
「関係ないだろ」
僕がそんな態度を取るのは、弟扱いされるのが嫌ってより、同年代の女子をどうしゃべっていいか分からないから。
学校では、同じクラスの女子と口をきいたことがない。
中学に入ってすぐの頃、別小出身の女子グループの中で陰湿なイジメがあって、その中のひとりが自殺した。
それ以来、なんだか怖くて女子を避けるように中学生活を送っている。
「そんなんじゃモテないでしょ?」
「か、関係ないだろ」
自分でもわかってる。
じいちゃんの家に来てから「関係ないだろ」をもう五十回くらいは言っていることを。
「昔は一緒に遊んだのにねー? 関係ないだろ?」
言う前に言われてしまった僕は黙るしかない。
りっちゃんは僕の顔を覗き込む。
僕より背が高いりっちゃんが前かがみになったせいで、りっちゃんがだらしなく着ているTシャツの襟から、なだらかな膨らみの素肌が見えてしまった。
僕が覗き込んだわけじゃなく、りっちゃんが覗き込んだせいで偶然見えてしまっただけ。
「あー。ひろったらエッチなんだー?」
「ち、違うって今は」
「今は?」
「そっちが! か、勝手に見せてきたんだろっ」
その場に居ること自体が恥ずかしくなって、僕はその場から立ち去った。
人が来なさそうな場所って考えて、とっさに仏間へと逃げ込む。
空気が違うことをすぐに感じた。
うだるような外の暑さが静かに引いてゆく。
ああ、なんだ。ここ涼しいじゃんか。窓がないからかな?
いい感じに薄暗いし、しばらくここで昼寝でもしようかな……と安堵のため息を吐いた僕の背後で急に襖が開いた。
「わっ!」
りっちゃんだった。
「なーんだ。驚かないのー。つまんなーい」
いや、ドキドキはしていた。
驚きすぎて逆に声が出なかっただけ。
りっちゃんが後ろ手に襖を閉めると、部屋の中が再び薄暗くなる。
「……ごめん。私、出ていくね」
りっちゃんが横を向き、襖に手をかける。
襖の隙間から漏れ射す日差しが、りっちゃんのシルエットを仄かに浮かび上がらせる。
その胸の膨らみに、さっきの光景が重なって、僕はドッキドキしていた。
「また……胸見てる」
「そ、そうじゃなくて……ご、ごめん」
謝ったのは、胸ばかり見てしまったことに対してではなかった。
成長を感じる従姉に対して、自分がいつまでも子どもっぽい反応しかできないことを、自覚はしていたんだ。
だから、ガキでごめんって、それなのにりっちゃんに謝らせてごめんって、そういう意味だった……んだけど。
「いいんだよ……ひろだったら」
りっちゃんはそう言うと、僕の右手を取って、りっちゃんの心臓のあたりにトンと置いた。
手のひらに伝わる感触。
じっとりと汗ばんだ薄い布一枚の向こうの柔らかさと、熱。
僕は、生涯忘れることができない。
そんな僕たちを見守る長押の上のご先祖様たちの写真がみんな、興奮気味な表情で僕の手のあたりを覗き込んでいたことを。
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