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お題【日食】【持ち物】【花園】

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 花という生き物は太陽の下でこそ輝く。
 そんな言葉を掲げた町外れの百花園は閉園時間がやたら早く、日没の三十分前には門を閉ざす。
 冬至など十六時にはもう閉園なのだ。
 その代わり朝はやたら早く、夏至の頃には朝の五時からもう開いていたりする。

 人が居ない早朝の百花園は空気も清々しく、街の喧騒も遠く感じる。
 私にとって癒やしの場所だった。

 特にお気に入りなのが、園で一番大きな花壇の正面にある古い温室近くのベンチで、夏は木陰となり涼しく、冬は温室の熱を近くに感じ、季節の移り変わりを目で楽しむことができた。
 花や植物の名前はあえて掲げないのが園の方針らしく、私は左脳ではなく右脳で命の営みを感じたものだ。
 名前はわからないものの毎年同じ頃に咲く花々は、次第に私の記憶の片隅にも根を下ろし、まるで耳馴染んだメロディーのように、目を閉じれば浮かぶまでになった。
 今ならばスマホをかざして画像検索で名前くらいすぐに調べられるだろうが、言葉を介さない記憶だからこそより真剣に、色を、形を、香りを、心のなかに刻めたのかもしれない。

 小学校の遠足であの百花園に行ったこともあった。
 登校してすぐ持ち物を全部教室に残して……動物園に行くときには持って行かされたスケッチブックさえもなしで。
 当時の私たちはすぐに飽きて、それを見越したように給食の時間までには学校へ戻った。

 百花園遠足は、けっこう頻繁にあった気がする。
 転校生が来るたびに行ってたような。

 訪れなくなって久しい今も、季節の変わり目を感じるたびに、あの百花園を思い出す。
 あれだけ鮮やかに記憶に焼き付いたはずなのに、今はどの花一つとってもよく思い出せない。
 確か閉鎖されたと人づてに聞いたが……今はどうなっているのだろうか。



 その日は梅雨の中休みで、やけに太陽が眩しい日だった。
 私は唐突に仕事を休み、かつて住んでいた懐かしい街を目指した。

 駅前の雰囲気、いまだに高い建物も少ない街並み、通っていた小学校。
 引っ越したのはいつ頃だっけかな……確か中学生になる直前……そんな前の記憶と現実との繋がりが断たれていないことに頬を緩めながら私は遠足で辿った道を歩く。あの百花園への道を。

 そしてすぐに到着する。
 こんなに近かったっけ……まあ、今は大人だから。
 あの頃感じた高さを今も感じる、要塞のように高い塀。
 閉ざされた鉄門には厳重に鉄条網が巻かれ、錆の具合からは閉鎖してからの期間の長さを感じる。
 これだけの広大な土地を、何もせずに放っておくのは、ここが田舎だらかだろうか。

 指先に痛みを覚えて手を引いた。
 過去の記憶へと伸ばしていたはずの私の手が、指先が、鉄条網に触れていた。
 指先にじわりと溜まる血を見て、突然思い出した。
 あの日、百花園遠足で起きた信じられないような出来事を。
 どうして忘れることができたのだと自ら驚きを禁じえない大惨事を。

 花という生き物は太陽が見張らなければ野放しになる。
 偶さか日食になったあの日、花々が無邪気に伸ばした棘付きの蔓が、私の級友たちを何人喰らったか。
 私は慌てて踵を返す。
 しかし、風もないのに背後にはざわざわと、やけに葉のざわめきを感じた。



<了>
構想10分+執筆30分というルールで書いたもの。
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