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お題【太古の呪い石】
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この国は学術的な研究に対する支援が薄い。
だから私が研究のために闇金から資金を調達せざるを得なかったのは国のせいなのだ。
政治家とそのお仲間の懐にはあんなにも金が貯め込まれているというのに。
ああ嘆かわしい。
そして今日も闇金の輩が取り立てと称して私の研究の邪魔をしに来る。
おや、今日は凡愚ばかりではないな。今までの無知蒙昧な連中とは違い人間らしい知性の欠片は持ち合わせているようだ。
試しに連中に研究の一部を教えてみた。
連中は自殺常習者である女性を連れてくる。
私はその女性を連れて山の奥へ。研究成果を連中に見せるための準備として。
人間に棄てられ廃れた村へと到着する。
朽ちた家々が墓標のように建ち並ぶ中を抜け、さらに奥へ。
せせらぎを遡り「太古の呪い石」へと着いた。
女性は自殺常習者の割には怯え、不安を口にし続けていたが、彼女の話に耳を傾け、紳士的に接しているうちに随分と落ち着いてきた。
「大丈夫ですよ。今までのしがらみからも手首の傷からも解放して差し上げますから」
私は、呪いに必要なモノを取り出す。
数種の薬草と動物の血とを決まった分量で混ぜ、練りあげた触媒を。
呪い石には様々な模様が刻まれており、決められた順番にその模様へ触媒を塗り込んでいく。象嵌のように。
最後の一つの模様へ塗り込みを終えたとき、周囲の空気が急に冷え込むのを感じた。
私は女性に留まるように伝え、呪い石から数歩離れる。
女性は吸い寄せられるように石へと近付き、触れた。
生まれ変わった彼女を連れて下山する。
闇金の上部組織のお歴々がこぞって廃村まで足を運んできていた。
私が彼女の頭を撫でてあげると、うっとりとした表情で目を閉じる。
数人の若者が彼女を受け取り、尋問をいろいろと始めるが、彼女は言葉を知らぬ赤ん坊のように無邪気に声を発するだけ。
私たちをつけていた凡愚がお歴々へと耳打ちする。
「まるで魔法みてぇだな。呪文とかはないのか?」
「我々の今話している言葉が作られるよりもずっと以前のものですので……ただ呪文という表現を使うのであれば、岩に刻まれた文様そのものが呪文でしょうかね」
「今度は俺たちの目の前でやってもらえねぇか?」
「順番についてはこちらの紙に記しておきました。この触媒は使えてあと一回です。見たところそちらに連れてこられている方々がそうなのでしょう? いったん帰宅し、あと三人分取ってまいります」
「いいだろう。おい、お前ら二人でお送りしろ」
「はい」
「はい」
研究室に戻ると、奥のケージがうるさい。
見るとハムスターたちが暴れている。
なるほど。彼らは試したのか。
発狂していないハムスターの数を数えると、あの場に居た全員が漏れなく入れ替わったとわかる。
一回目のはハムスター一匹分の生き血しか混ぜてないが、彼らに渡した方にはハムスター三十匹分の生き血を混ぜている。
呪いの範囲は廃村をも含むあの山全体。
対象人数は、混ぜ込んだ血を提供した獣の数とその場に居る人間の数とどちらか少ない方。そう、元より足りていたのだ。
呪いの発動する効果時間は日が暮れるまで。となると、彼ら二人も連れて早く戻らなくては。
ダミーの触媒を入れたトランクを持ち、私たちは車へ乗り込んだ。
協力的な姿勢に信頼を得たのか、彼らはずいぶんと私と打ち解けた。
私を喜ばせようとしているのか、彼らの仕事ならではの様々な手口を教えてくれる。なるほど、勉強になる。
「先生、人の殺し方に興味津々だな。カタギにしておくのもったいねぇよ」
「いえいえ私は学ぶのが楽しいだけなんですよ」
「はぁー、そんなもんかね。俺らもそんな性格なら、人生変わっただろうにな」
「人間、いつからだって変われますよ」
和やかな雰囲気だ。
「そういや、その呪い石とやらにはなんでそんな力があるんだ?」
「理由はわかりません。ただ実際にその力が発揮された話はたくさん収集できております」
「そうなんかい!」
それらの話は私の日記にたくさん書いてある。
「異類婚姻譚というのはご存知ですか?」
「いるいこん、たん……なんだって?」
「異類婚姻譚です。人間とそれ以外の存在が結婚する話ですよ」
「あー、昔話とかで聞くやつか?」
「そうです。あの山の周辺にはそういった話が非常に多いんですよ。他の地域と比べると分類の密度がまるで違います」
「火のないところに煙は立たずってやつかい?」
「ええ。おっしゃる通りです。実際に動物が人間に成るんですよ」
「あれ? でもあの女、元々人間だったじゃ……」
「ですから動物が人間に成るのです。動物のために用意されたからこそ、あの呪文は発声を伴わないのですよ」
「……ん? ちょっと待っ」
運転をしていた方の凡愚の頭が急にふらつき始める。ああもう山に入ったからだな。
「おい、急にどうし……」
もう一人も無事、入れ替わったようだ。ハンドブレーキを引き、ハンドルを操作しながら運転席の男の左ひざに強い荷重をかける。
登り道だったこともあり、山道の両側を囲む樹にぶつからずに停車させることができた。
ポケットからカボチャの種を取り出し、運転席の一人を後部座席へと移動させる。
無心でポリポリとカボチャの種を貪る彼らには愛しささえ湧いてくる。
慣れない運転に苦心しつつも廃村に到着すると、何匹かが番になっていた。なるほど野生の勘というやつか。ガワが変わっても、元々のパートナーがわかるのだな。
残念ながら用意できた人間の体は一人を除いて全部オスなので、交尾をしたところで数が増えることはないのだが、人間の大人のオス同士の交尾は見てて楽しいものではない。
まあでも、とりあえず実験はうまくいった。
ハムスターが一番安価で、人間になってからも平和的だ。
そう、平和が大事。
金に汚い人間や暴力的な人間たちを片っ端からハムスターと中身を取り替えていこう。
ふと視線を感じる。
廃屋の窓から一匹の猿が私を見つめていた。
その窓ガラスは端が割れているが、檻からはまだ出られていないようだ。檻を揺らして窓から脱出を図ろうとしたのだろうか。
かつての私の体を傷つけるのが忍びなく閉じ込めたのだが、この様子だと今後、邪魔をされないとも限らない。
早速教えてもらった方法を実験してみようか。
別の廃屋に残っていたゴムホースを使い、車の排気ガスを割れた窓の隙間から引き込んでみる。
連中が持っていたガムテープで固定すると、彼も何かを察したのか檻を必死に揺らし始める。ああ面倒だな、ガラス窓も全部ガムテープで覆ってしまえ。
本当は安らかに眠ってもらいたかったのだが――彼には本当に感謝している。
あの日、彼が呪い石を発動させてくれたから、今日という日があるのだ。
<終>
だから私が研究のために闇金から資金を調達せざるを得なかったのは国のせいなのだ。
政治家とそのお仲間の懐にはあんなにも金が貯め込まれているというのに。
ああ嘆かわしい。
そして今日も闇金の輩が取り立てと称して私の研究の邪魔をしに来る。
おや、今日は凡愚ばかりではないな。今までの無知蒙昧な連中とは違い人間らしい知性の欠片は持ち合わせているようだ。
試しに連中に研究の一部を教えてみた。
連中は自殺常習者である女性を連れてくる。
私はその女性を連れて山の奥へ。研究成果を連中に見せるための準備として。
人間に棄てられ廃れた村へと到着する。
朽ちた家々が墓標のように建ち並ぶ中を抜け、さらに奥へ。
せせらぎを遡り「太古の呪い石」へと着いた。
女性は自殺常習者の割には怯え、不安を口にし続けていたが、彼女の話に耳を傾け、紳士的に接しているうちに随分と落ち着いてきた。
「大丈夫ですよ。今までのしがらみからも手首の傷からも解放して差し上げますから」
私は、呪いに必要なモノを取り出す。
数種の薬草と動物の血とを決まった分量で混ぜ、練りあげた触媒を。
呪い石には様々な模様が刻まれており、決められた順番にその模様へ触媒を塗り込んでいく。象嵌のように。
最後の一つの模様へ塗り込みを終えたとき、周囲の空気が急に冷え込むのを感じた。
私は女性に留まるように伝え、呪い石から数歩離れる。
女性は吸い寄せられるように石へと近付き、触れた。
生まれ変わった彼女を連れて下山する。
闇金の上部組織のお歴々がこぞって廃村まで足を運んできていた。
私が彼女の頭を撫でてあげると、うっとりとした表情で目を閉じる。
数人の若者が彼女を受け取り、尋問をいろいろと始めるが、彼女は言葉を知らぬ赤ん坊のように無邪気に声を発するだけ。
私たちをつけていた凡愚がお歴々へと耳打ちする。
「まるで魔法みてぇだな。呪文とかはないのか?」
「我々の今話している言葉が作られるよりもずっと以前のものですので……ただ呪文という表現を使うのであれば、岩に刻まれた文様そのものが呪文でしょうかね」
「今度は俺たちの目の前でやってもらえねぇか?」
「順番についてはこちらの紙に記しておきました。この触媒は使えてあと一回です。見たところそちらに連れてこられている方々がそうなのでしょう? いったん帰宅し、あと三人分取ってまいります」
「いいだろう。おい、お前ら二人でお送りしろ」
「はい」
「はい」
研究室に戻ると、奥のケージがうるさい。
見るとハムスターたちが暴れている。
なるほど。彼らは試したのか。
発狂していないハムスターの数を数えると、あの場に居た全員が漏れなく入れ替わったとわかる。
一回目のはハムスター一匹分の生き血しか混ぜてないが、彼らに渡した方にはハムスター三十匹分の生き血を混ぜている。
呪いの範囲は廃村をも含むあの山全体。
対象人数は、混ぜ込んだ血を提供した獣の数とその場に居る人間の数とどちらか少ない方。そう、元より足りていたのだ。
呪いの発動する効果時間は日が暮れるまで。となると、彼ら二人も連れて早く戻らなくては。
ダミーの触媒を入れたトランクを持ち、私たちは車へ乗り込んだ。
協力的な姿勢に信頼を得たのか、彼らはずいぶんと私と打ち解けた。
私を喜ばせようとしているのか、彼らの仕事ならではの様々な手口を教えてくれる。なるほど、勉強になる。
「先生、人の殺し方に興味津々だな。カタギにしておくのもったいねぇよ」
「いえいえ私は学ぶのが楽しいだけなんですよ」
「はぁー、そんなもんかね。俺らもそんな性格なら、人生変わっただろうにな」
「人間、いつからだって変われますよ」
和やかな雰囲気だ。
「そういや、その呪い石とやらにはなんでそんな力があるんだ?」
「理由はわかりません。ただ実際にその力が発揮された話はたくさん収集できております」
「そうなんかい!」
それらの話は私の日記にたくさん書いてある。
「異類婚姻譚というのはご存知ですか?」
「いるいこん、たん……なんだって?」
「異類婚姻譚です。人間とそれ以外の存在が結婚する話ですよ」
「あー、昔話とかで聞くやつか?」
「そうです。あの山の周辺にはそういった話が非常に多いんですよ。他の地域と比べると分類の密度がまるで違います」
「火のないところに煙は立たずってやつかい?」
「ええ。おっしゃる通りです。実際に動物が人間に成るんですよ」
「あれ? でもあの女、元々人間だったじゃ……」
「ですから動物が人間に成るのです。動物のために用意されたからこそ、あの呪文は発声を伴わないのですよ」
「……ん? ちょっと待っ」
運転をしていた方の凡愚の頭が急にふらつき始める。ああもう山に入ったからだな。
「おい、急にどうし……」
もう一人も無事、入れ替わったようだ。ハンドブレーキを引き、ハンドルを操作しながら運転席の男の左ひざに強い荷重をかける。
登り道だったこともあり、山道の両側を囲む樹にぶつからずに停車させることができた。
ポケットからカボチャの種を取り出し、運転席の一人を後部座席へと移動させる。
無心でポリポリとカボチャの種を貪る彼らには愛しささえ湧いてくる。
慣れない運転に苦心しつつも廃村に到着すると、何匹かが番になっていた。なるほど野生の勘というやつか。ガワが変わっても、元々のパートナーがわかるのだな。
残念ながら用意できた人間の体は一人を除いて全部オスなので、交尾をしたところで数が増えることはないのだが、人間の大人のオス同士の交尾は見てて楽しいものではない。
まあでも、とりあえず実験はうまくいった。
ハムスターが一番安価で、人間になってからも平和的だ。
そう、平和が大事。
金に汚い人間や暴力的な人間たちを片っ端からハムスターと中身を取り替えていこう。
ふと視線を感じる。
廃屋の窓から一匹の猿が私を見つめていた。
その窓ガラスは端が割れているが、檻からはまだ出られていないようだ。檻を揺らして窓から脱出を図ろうとしたのだろうか。
かつての私の体を傷つけるのが忍びなく閉じ込めたのだが、この様子だと今後、邪魔をされないとも限らない。
早速教えてもらった方法を実験してみようか。
別の廃屋に残っていたゴムホースを使い、車の排気ガスを割れた窓の隙間から引き込んでみる。
連中が持っていたガムテープで固定すると、彼も何かを察したのか檻を必死に揺らし始める。ああ面倒だな、ガラス窓も全部ガムテープで覆ってしまえ。
本当は安らかに眠ってもらいたかったのだが――彼には本当に感謝している。
あの日、彼が呪い石を発動させてくれたから、今日という日があるのだ。
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