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第一章

第六話 妹を寝かしつけるのは簡単な仕事だろうか?

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 悠可の部屋に入ると、暖色の絞られた光が出迎えてくれる。恐らくこれは、眠れないと悩む娘のために父さんが備え付けた間接照明だと思う。魔力のあれこれが原因だとしても、やはり寝室は落ち着く光で満たしていた方がいい――にしてもこれ、多分凄く高いよな。かなり細かく明るさが調整できるし……。父さんも娘煩悩なことで……。

 そんな考えを棚上げし、俺は悠可に「横になって良いよ」と言った。悠可はこくりと頷いて、するすると布団の中に潜る。

「じゃあ、手を出して」

「……はい」

 向けられた左手を、優しく握る。悠可の魔力の流れを正確に認識するためには体に触れなければならない――ので、特に差し障りのない手を使う。

 そして数秒息を止め、意識を集中する。魔力は結局のところ流れなのだから、その動きを捉えられれば良い。

 …………ふむ。確かに魔力が昂っていて、魔力保有量――一度に体に蓄えられる魔力の量――を超えそうになっている。こんなんじゃ魔力の動きが気になって落ち着けないだろう。眠れないのも当然だ。

「……うん。病気とかではなさそうだ。ちょっと魔力が多すぎるだけで」

「多すぎます、か」

「ちょっとな。でも全然悪いことじゃない。魔力量が多いことは手数が多いってことと同義だし……」

「……早く制御できるようにしないと、ですね」

「無理はしないでくれよ。器が完成するのは十八歳頃だし……それにほら、調子が悪くなっても俺がいるから」

「……はい、頼りにしてます、兄さん」

「思う存分頼りにしてくれ……さて、じゃあちょっと魔力を俺が引き受ける方向で……」

「……はい、お願いします」

 先程捉えた魔力の流れを少し操作して、俺の手の方へと導いてやる。

 一般的には、他人の魔力を自分の魔力へと変換することは難しいとされているが、こんなものは練習すれば誰にでもできるようになる。……時間はかかるかもしれないけど。

「……落ち着いてきた?」

「………うん……」

 眠気が急に襲ってきたのか、言葉遣いが幼くなっている。それに触れると恥ずかしがるから言わないけど。

 そのまま五分ほど魔力を吸うと(って言い方はどうかと自分でも思うけど)、静かな寝息が聞こえてくる。魔力の状態も安定したようだし、そろそろいいかな。

 起こさないように、ゆっくり手を離す。

 おやすみ、と呟いて、静かに部屋を出て、優しくドアを閉める。

 自室へと戻って、先程読もうとしていた小説を再び手に取った。……あと一時間ほどは読んでいていいだろう。

 ……とか言って本を置くタイミングを掴み損ねて夜更かししてしまい、彩希の授業に遅れたら目も当てられない。

 とも思うものの、夜に読む小説と言うものは拒絶しがたい魅力を持っているもので……。

 俺は今日一日を振り返りながら表紙をめくり、白と黒で彩られたシンプルで奥深い世界へと誘われていく。いつものように、楽しい一日だった。

 ちょっと心を乱されることも、なくはなかった気がしなくもないけど。
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