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第一章

第十話 春風家、秋継家、冬瑞家………

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 真式さんに剣の鍛錬を承諾してもらったところで、俺は店を出て通りの先へと歩いて行った。

 辿り着いたのは、木々に囲まれる小径。心地よく澄んだ空気を吸って、息を整える。

 ……ところで、この辺りを歩いているときに注意するべきことがあるのをご存じだろうか。

 油断してると撃たれるのである。

 何を言っているか分からないと首を振る方が大部分であるはずだが(そうでなければ殺伐としすぎだろこの世界)、とりあえず見てみればわかる。

 俺は周囲――特に前方――を警戒しながら――そして警戒していることを悟らせないようにして歩く。どこだ。いつだ。

 神経を研ぎ澄ます。

「……冷たッ」

 が、残念ながら撃たれてしまいました。雨滴と同じくらいの量の水が俺の肩に当たったのを感じる。

 俺はある方向を見つめる。この道の先にある屋敷を見つめる。

 今はほとんど見えないが――その屋敷の庭に、二人の少女がいるのを辛うじて確認した。手を振ると、二人も同じように手を振ってくれる。

 ○
 この国の名家と言ったら必ず出てくる名前がある。

 春風家。秋継あきづき家。冬瑞ふゆみず家。

 ……まあそこに夏……なんとか家を加えてもいいが。

 冬瑞家は夏城家とかなり仲が良く、冬瑞家の令嬢はご存じの通り王宮に住んでいる。これはまあ、授業が受けやすいようにとか色々な理由があったのだけれど。

 冬瑞家と夏城家は仲がいい。

 ……つまり春風家と夏城家、秋継家と夏城家の関係は?

 ……悪くはないような気がしないでもない。いや良くもないけど。どちらかと言えばわろしと言ったところだろうか。

 で。さっき俺が手を振った二人の少女は、――現在の俺の髪の色と似た白い髪の――春風望海はるかぜのぞみと――亜麻色の髪を持つ――秋継未來あきづきみらいである。

 ……『関係わろしなのにお前ばっちり近付いてるじゃんか』と思われた方。安心してください。今の俺は王子でも王族でもなくただの貴族だから。夏城家との関係はないと思われてるから。

 てくてくと三分ほど歩き、屋敷に到着する。と言っても、屋敷に入ることはなく、その手前にある中庭で(……密会のような形で)ちょとした会話を交わすだけだが。

「こんにちは。一週間ぶりくらいかしら」

「そうだね。こんにちは、有紀ゆうき君」

 ……有紀というのは偽名だ。由理――有理――有紀。

 ちょっと無理があるか(有理だけに)。でも韻踏んでるから……いや、偽名の場合は繋がりがない方が優れてるよな。

「どうも。お元気そうで何より」

「相変わらず軽装ね。遠くから来てるのに」

 望海がそう言うのは――彼女たちがこのあたりの貴族の事なんて知り尽くしているので、俺みたいな貴族が実際にはいないことに気づくのではないかということを警戒し、遠方より来ていると言ったからだ。

 ……正直、その嘘はばれているような気もするけど。

「まあね。別に散歩するくらいだったら持ち物は殆ど要らないさ」

「私たちに会いに来てるんじゃないの?」

「いや、散歩だから。散歩の途中で撃たれるから仕方なく来てるだけで」

「……ふぅん」「……へぇ」

「……な、なに?」

「別に」「何も」

 ホント息ぴったりだなこの子たち……。
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