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第一章

第十八話 メイドさんに感謝を伝えるたった一つの冴えたやり方

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「ごめん。朝ごはんって……」

「終わりましたよ?」

「だよね。知ってた」

 じゃあ今日は朝飯抜きかな……と思っていると。

「……ちゃんと残してありますよ。そんな顔しないでください」

「え、顔に出てた?」

「ばっちり出てましたね」

 ……ますます子どもっぽいじゃないか。やっぱり朝起こしてもらった方がいいかもしれない。

「えー。それでだな。彩希と時葉には見つかりたくないんだけど……」

「まあ、そうでしょうね。生徒と妹に寝坊したところを見られたい人はいないでしょう」

「ん、まあ、そう言う訳だ」

「ちなみに、メイドには見つかってもいいんですか?」

「…………」

「その差はなんなんですかねー」

 そう言うと、佳那は俺の左頬に人差し指をつけてきた。と思うと、親指もつけて軽く引っ張ってくる。

 ……な、何をされているのでしょうか。

「佳那……」

「悪ふざけが過ぎましたね。申し訳ありません。ご主人様」

 それを言えば誰もが許してくれると思うなよ……俺は全然許すけど。っていうか最初から怒ってないけど。

 いやそんなことより。

 ………もう一回言ってくれないかな。録音するから。脳のメモリーに刻み付けるから。

「じゃあ、お汁とかあっためてきますね。見つかりたくないんでしたらここで食べてください」

「……あ、うん。ありがと」

 ……いかん。完全にペースを掴まれてる。このままじゃ負けてしまう。

 ……何に?

 ○
 作られてから少し時間が経っているとは思えないほど、どの料理も美味しい。箸は一度も止まらず、すぐに食べ終えてしまった。

 この城には結構な数の人間がいるので、佳那の他にも五、六人のメイドさんが料理を作っているらしい。皆に感謝を伝えたいところだが、この場には佳那しかいないので、感謝を濃縮して伝えよう。

「ご馳走様。すごく美味しかった」

「皆で美味しく作りましたもの」

「本ッ当にありがとう」

「どういたしまして」

 じゃあ片づけますね、と佳那が食器を運ぼうとする――。

「いや、俺がやるよ。佳那はいつも頑張ってくれてるし。仕事も多いし」

「いえ、大丈夫ですよ?」

「いやいや。俺がやるからさ」

「……そう、ですか?」

「うん。ありがとな。って言っても、こんなことや言葉では感謝を伝えきれないけどさ……」

「じゃあ、行動で示すしかありませんね」

 ………?

 食器をテーブルに置いて、佳那は俺の方に近付いてくる。近付いてくるとは言っても、元からそれほど離れていたわけではないので、距離は殆どゼロに近い。

「彩希様や時葉様、悠可様とは、違うんですか?」

 ……言葉の意味はすぐに分かった。ご褒美……ねぎらい。感謝。それをどう表しているのかと。いやでも、同い年だし……。と葛藤していたが、ん、と佳那が促すので、俺の背丈ともあまり変わらない佳那の頭の上に、手を置いた。

 どこまでも澄んだ青空を思わせる髪を、梳くようにする。頭を撫でる。俺よりもずっと大人びていて、何でも出来る彼女が、今は少し幼く見えた。

 彼女の頬に、夕焼けの色が微かに浮いたように感じた。
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