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第一章

第五十話  魔術学院主席の名は伊達じゃない

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 お察しの通りと言うべきか、連れて行かれたのは図書室だった。

 図書室に入ると、ショートの橙色の髪が見える。目を伏せ、手元の本に視線を落とす彼女に、静謐な図書室の雰囲気は恐ろしいくらいにぴったりと合う。

 弥生さんは、最初見た時と同じ席で本を読んでいた。

 ……それにしても、ごはん、食べないのだろうか。いや、俺が言えたことではないんだけど。

 足音を聞いてか、弥生さんはゆっくりと顔を起こして、こちらを見た。

「……いらっしゃい。夢乃ちゃん」

 夢乃に微笑みかけ、次いで俺に目を向ける。

「ちょっと見ないうちに随分見た目が変わったわね」

「いやまあ……変装しろって言われてたんですよ」

 夢乃が会話を聞いて僅かに首を傾けた。

「……あれ?面識があるんですか?」

「えーと……昼間、ここにいたって言うか……」

「……なるほど。そうですか……」

 夢乃は呟くと、俺の服の袖を両手で軽く握った。そして距離を詰めてくる。

 ……え、なに?

「……どうした?」

 訊いてみても、夢乃は答えてくれない。

 何が起こっているのかと、弥生さんの方を窺ってみるが――彼女はただ、そんな夢乃の様子を愛おしげに見つめるばかりで、疑問に答えてはくれなかった。

 ○

 よくわからないが一段落したようで、夢乃は俺から離れると図書室の奥の方からノートとペンを持ってきた。

 最低でも二日に一度はここに来るので、勉強道具を置かせてもらっているらしい。

「とりあえず問題文を書くので、少し待っていてください」

「……うん」

 夢乃は迷う様子もなく、さらさらと文をノートに書いていく。

 ……完璧に覚えてるみたいですねこれ。記憶力どうなってんだ……。

「毎回こうやって問題を再現してくれるの。図形とかあってもね」

 机に向かう夢乃の左側に立つ弥生さんが、自慢げに言う。……なんとなく、この二人の関係性が分かってきたような気がする。

 ……ちなみに、俺は弥生さんの反対側、夢乃の右側に立っている。同じ側に立つ理由がないからして。

「……出来ました」

 ノートを見ると、そこには長大かつ複雑な問題文が存在していた。

「多分、要らない情報も含まれているとは思うんですけど……」

 夢乃が言うように、この文には同じ内容の反復と問題を解く上で使わない情報が見られる。情報処理――取捨選択の能力も問われているのだろう。

 当たり前だが、教えるにはまず俺が解かなくてはならないので、頑張って情報を整理する。

 …………………。

「……ちょっとペン借りるよ」

 夢乃に断ってから、ノートの端に要点を書いていく。必要な条件は……。

「……こんな感じ、かな」

「そうね」

 ……弥生さんは雰囲気的にもう解き終わっているらしかった。

「……この計算、もう終わったんですか?」

「数字とは相性がいいみたいだから」

「……さいですか」

 ……計算長すぎだろこれ。性格悪いな作問者。

 でも多分時間をかければ何とかなるから、夢乃に教えながら解こう……。
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