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第一章

第六十六話 ……検証できました?

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 勉強のご褒美でもないし、これを目撃されたら本当に言い訳できないなと思いながら――後に引けなくなった俺は手を伸ばす。

 ゆっくりと頭に触れる。触れた瞬間、弥生さんの肩が小さく跳ねた。気がする。或いは俺の方が揺れたのかもしれない。分からない。しかし知る必要もないように思えた。左右に手を移動させる。一回、二回。

「……検証できました?」

「まだ」

 あっはい。

 俺が頭に手を置いていることによって、弥生さんの目の辺りまで髪が届く。

 よって俺はその瞳にどんな色が浮かんでいるか知ることが出来ない。残念なような気もするし、幸運だとも思う。

 ……しっかし、この図書室暑くないか?気のせい?

 するりするりと手を動かす。髪が揺れる。微かな呟きが聞こえる。内容はわからないけど。

 …………どのくらいそうしていたのだろうか。俺の時間感覚はとっくに使い物にならなくなっていたし、視界に時計は入っていない。

「……うん。大体わかった」

「……そうですか」

 手を引っ込めたのと同時に、弥生さんはそっぽを向いてしまう。……結論はどうなったんだろう。

 ていうか何でこんなことになったんだっけ?

 検証……だっけ?しかし検証に至る過程がどうにも思い出せない。

 頭が熱くなっているせいか?

 ……いや、言動が適当過ぎて何を言ったのかなんて意識してなかったんだな。多分。

 弥生さんは顎に手を当てて何かを考えているようだった。

「あの……弥生さん。何で明後日の方向を向いてらっしゃるんで……」

「ちょっと待って」

「……はい」

 有無を言わせぬ語調で言われてしまえば、俺は黙ってお行儀よく待つしかない。

 弥生さんは顎に当てていた右手を一度頬まで持っていき、それから下ろした。左手で耳に髪をかける。

 弥生さんがこちらを向く。いつもの理知的な表情だった。

「実験の協力ありがとう、由理君」

 弥生さんはにこりと笑う。

「じゃあね」

 そして手を振って図書室から出て行こうとする。

「いやちょっと、結果はどうな――って、そんな早足でどこに行くんですか」

 おーい……。

 静寂の――その息遣いさえ聞こえそうだった。独り取り残された図書室で、俺は暖房器具が稼働していないことを確認する。ふむ。そうだよな……。ここの室温は大体外と等しいはずだ。

 俺は考える。

 なら、どうして弥生さんの頬も――耳も、りんごみたいな色に染まっていたのだろう。

 …………なんて、ね。

 冗談だよ。

 とか言ってみたり。
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