上 下
89 / 99
第二章

第八十三話 世界の回転とクローゼット

しおりを挟む
 ● 久宮誓依

 。規則的なリズムが空気を刻んでいく。――。

 目覚まし時計の頭をポンと叩いて、私は体を起こした。寝ぼけ眼を擦ってベッドから降りて、クローゼットの前に立つ。

 今日はどんな服を着ようかな……。

 柔らかく不定形な眠気が頭をゆらゆらと揺らす。しかしクローゼットを開けたところで、嘘のように眠気が消失した。

 ……なにこれ。似たようなローブしかないんだけど。寝ぼけて意味の分からない魔法でも創ってしまったのだろうかと考えて、ふと気づく。

 ……由理の部屋か、ここ。

 昨晩の懸念は全くの見当違いで、ぐっすりと眠ることが出来た。随分久しぶりな気がする。時間はずっと止まっていたらしいけど。

 それにしてもこのクローゼットの中身はどうしたことだろう。由理は確かに服装にこだわりはなかったと思うけど――いや、こうもローブ尽くしなのだから、こだわりはある、のだろうか――それにしても。

 それにしても……。

 いや、部屋を勝手に借りている身で人のファッションについてとやかく言うのは無粋で失礼と言うものだろう。人それぞれに好みがあって個性があるからこそ、世界はゆっくりと着実に回り出すのだ。

 そんな大仰な話でもないか。

 と思ったところで、部屋の扉がこんこんと音を立てた。「はーい」と返事をすると、外側から佳那ちゃんの声が聞こえてきた。

「入ってもよろしいですか?」

「どうぞー」

 ドアが静かに開かれていき、初めに、夏の空と言われた時に想像するような見事な青天――その色が隙間からちらりと見えた。「おはようございます」という声と共に、佳那ちゃんが部屋に入ってくる。見事な髪の色から連想されるイメージと遜色ない、屈託なく澄んだ笑顔が向けられる。

「おはよう」

「はい。着替えをお持ちしました。三着あるのでお好きなものをどうぞ」

「ありがとう佳那ちゃん」

「いえいえ。人に似合いそうな服を選ぶのって楽しいですし」

 佳那ちゃんは意味ありげにクローゼットを見た。………何か事情があるのかな?私には見当もつかないけど。

「着替えが終わりましたら、食堂まで来てくださいね。朝食を用意しているので」

「……佳那ちゃんが作ったの?」

「私も作りました。今日はメイド五人で作りましたかね」

 昨日のお菓子の味を思い出す。あれほど美味しいお菓子を作る佳那ちゃんが……。

 朝食が待ちきれないほどに楽しみになってきた。

「では」

 佳那ちゃんが部屋を出て行ってしまった後、十秒悩んでから服を決めて、急いで着替えを済ませた。
しおりを挟む

処理中です...