アイドルのマネージャーなんてしませんからっ！

紅

都会の喧騒を離れて辿り着いたのは、広大な日本家屋。
リムジンは停車して、私と海斗は車を降りる。
遠大な塀に囲まれているが、風に揺れる木々のざわめきと、漂う香りから庭園の様子が窺える。

「お待ちしておりました」

白髪混じりの男性が出迎える。

「準備は？」

「整っております」

海斗は空を見上げ、私の手を握る。
私は手を引かれ、門を潜った。
石畳が屋敷へと連なり、歩きながら横目で見やると楓や松の木が美しく植えられている。
岩で縁取られた池が有り、黒や赤の鯉が泳ぐ。
木々の葉は、ほとんど紅葉している。
しかし、中には未だ青い葉も目立つ。
灯篭は苔生していた。
空は未だ青い。

屋敷へ入り、靴を脱ぐ。
手を引かれ、奥へ、奥へ。

まるで旅館だ、と思った。
しかし、決定的に違うのは、この屋敷には客がいないという事。
いや、私と海斗しかいないという事。
ん？それも違うのか？海斗が主で、客は私だけなのか。

「着替えようか」

海斗が言った。

「え、何に？」

コスプレはしないはずだ。

「なにって、和服に着替えるんだよ」

「結局コスプレするんですか？」

「いや、なに言ってるの？俺たち日本人なんだから、和服が正装だよ」

あ、そうか。それもそうだ。

「という訳で、俺はこの部屋。可奈はその部屋」

海斗は私が入るべき部屋を示し、それとは別の部屋に入る。

「あっ、待っ。。。。。。」

えぇー？着付けなんて経験ないよ。
でも、浴衣みたいなのなら、自分でも着れるかも。
私は戸を開けて部屋に入る。
そして戸を閉めた。

あ、無理だ。
用意してある着物を見て、直ぐに理解した。
時代劇とかで見る着物だ。
あるいは成人式？

「お待ちしておりました。宝城可奈さんですね？」

声をかけられた。
見ると年配の女性がいる。

「は、はい。宝城可奈です」

急いで返事をした。

「それでは、着付けをさせていただきます」

「よ、よろしくお願いします」



「ありがとうございます」

私は御礼を言葉にする。

「とってもお似合いですよ」

私に着物を着せてくれた女性は優しく微笑む。
なんだかそれは、海斗の事務所やテレビ局で遭遇した大人とは違う笑顔だった。
彼女は伝統文化の継承に携わっていて、それが誇りと温もりを保たせているのだろうか。
資本主義の時間に忙殺される人の表情では無く、幽玄な時を過ごす人の顔だ。

私は部屋を出る。

廊下には、和服を着た海斗が立っていた。
目を閉じている。
私が来るのを待っているのだろう。
でも、少しだけ私は声をかけずにいた。

だって、和服を着た海斗は、とてもとても、格好良いから。

私は海斗に見惚れていた。


海斗が目を開ける。
私と海斗は視線が合う。

「可奈、とても綺麗だね」

海斗は和服姿の私を見て、そう言った。
私は自分の体が熱くなるのを感じる。
咄嗟に俯き、目を伏せる。

「可奈」

海斗は歩み寄り、私の頬に手を添えた。

「見て、可奈の為だけに、正装してるんだよ」

俯いた私の顔は、海斗の手で戻される。

「凄く似合ってます。格好良いと思いました」

素直に感想を述べると、私の体は耳まで熱くなった。
そして、私の頬に添えられていた海斗の掌も、熱くなった。
海斗も顔を赤くしている。

「行こうか」

珍しく海斗から目を逸らし、私の手を握り歩き出す。
海斗の手は、温かい。



海斗に連れられて庭に出る。
私は息を呑む。
気付かぬ間に日は傾いており、夕暮れが世界を包む。
青い葉も紅く染まり、紅い葉はその紅さの深みが増していた。
池には夕陽が射し込み、黄金色に輝く。
空には光の濃淡があり、虹を押し広げたようだ。

「きれい。。。。。」

私は思わず、言葉をこぼす。

「京都から取り寄せた銘菓が有るから、紅葉狩りをしながら食べよう、、、、、本当は、紅葉狩りは山でするものだけれどね」

海斗は笑う。
私は再び、私と海斗のたたずむ世界を見渡す。
液晶画面には収まり切らない世界が、広がっていた。