捻くれ者

藤堂Máquina

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ひねくれもの15

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次に述べるようなことがあったとすれば5月の初めである。
私のホストファミリーが誕生日だと聞いた。
その日に予定があるかどうかを確認された時に初めてその話が出たのだ。
そう言われてしまった以上、何かプレゼントの一つでも必要だろう。
普段家でお世話になっているだけに何も無いだなんて無作法なことはできないだろう。
期待されていないことはわかっていたが、それでも何もないよりはマシだろう。
私が用意したのは日本円にすると1000円にも満たないほどの包まれたチョコレートだった。
これは仕事の帰りに職場の先輩に連れられて行ったお店で買ったものだ。
ホストファミリーがお酒を飲むようだったらワインなんかでも良かったのだが、そうでもないところを見るとやはりチョコレートが無難だ。
以前、借りている食料棚の中にチョコレートの包みがいくつかあったことを覚えていたため、それが好きなことは知っていた。
甘いものなら間違えもないだろう。
そういうことでカラフルに包装されたものを選んで当日まで隠しておいた。
当日の出来事である。
その日はいつものように朝食を終え、部屋でくつろいでいるとホストファミリーから声をかけられた。
どうやらお昼前にでかけるから準備をしておいてほしいと言っているようだった。
私たちは時々英語でコミュニケーションをとるのだが、私の使える英語とスペイン語のレベルには大きな差がなかったため、どちらでも構わないと思っていた。
その時に限って言えば、私はちょうどスペイン語の教科書を開いていたために、少し練習したいと思ったくらいだ。
しかし、彼らは英語が世界言語だと言わんばかりに英語で話しかけてくることが多々あった。
私はここへ英語を勉強しに来た訳ではない。
故に英語を使われることはありがたいとは思わなかった。
しかしホストファミリーの今日は誕生日だ。
そのような感情はとりあえず排除するべきだ。
私は返事をするとまだ時間は十分にあるものの、身支度を整えはじめた。
ホストファミリーの実家はチアという町にあった。
職場のあるボゴタの隣、ホストファミリーの家から車で一時間ほどのところだ。
ボゴタから出るとすぐに田舎町になる。
交通量の多く騒がしい街とは打って変わってレンガ造りの建物や橋を有する静かで美しい町だ。
実家は集合住宅区の一画にあり、面積としては広くはないものの三階建てのお洒落な内装の住まいであった。
お父さんは写真家のようで、家のあちこちには彼の写真が散りばめられていた。
どうやらこの家族も芸術が好きなようで、写真だけでなく多くの絵画も飾られていた。
教養とユーモアのある人であるということは少し話しただけで十分理解できた。
私たちが到着した頃にはもうすでに他の家族も集まっていた。
記憶している限りでは10人以上いただろう。
集まって談笑したり、飼っている大きな犬と触れ合ったりしていた。
誕生日に集まるのはこの国では当たり前のことなのかその時の私にはわからなかった。
少なくともそのような文化は私の家族には無い。
後で知った話だが、この家族の中には他にも同じ日に誕生日の人物がいたみたいだ。
ある時間になると、家族は居間に集まった。
一応メインイベントとやらが開催されるらしい。
私も後について行くと、マイクやギター、カホンが用意されていた。
家族が家に歌い手を招待していたようで小さな演奏会が始まった。
私としてはそれが何の曲かわからなかったために割と憂鬱な時間であった。
私には音楽に関する教養も知識もない。
特別気にするような興味もない。
せめて言葉がわかれば楽しめたのかもしれないし、立派な機材やステージ、パフォーマンスが用意されていればよかったのかもしれない。
しかし小さな演奏会の中の私は内輪のノリについて行けていないような状態であり、その場から離れることもできなかった。
私は、休日くらい気を使わないで生きたいと思うばかりで、また翌日からの仕事のことを考えると軽快な音楽に反して暗くなる一方であった。
それは一時間ばかりで終わった。
終わるや否や私は立ち上がり、人のいない方へと移動した。
私は音楽よりも壁に飾られた写真の方に興味があったために、すっかりそちらに目を向けていた。
私は一人のんびりと鑑賞していたが、そのうち食事に呼ばれた。
気づけばもう外は日が暮れている。
夕食時のようだ。
私は返事をしてリビングへと向かう。
テーブルの上には果物やハムの盛り合わせのようなものがあった。
それを銘々に取り分けると食事が始まった。
家族たちはスペイン語を使うため会話はあまりわからない。
しかし今日の主役は私ではない。
黙ってやり過ごそう。
そう考えた。
勿論、ずっと黙っていれば心配もされるため、ありきたりな愛想笑いをして、何も問題がないかのように振舞った。
それから食事が終わったものから帰っていった。
これで解散なのだろう。
私も早く帰りたかった。
気を遣うばかりで神経が磨り減る。
しかし久しぶりの帰省だからかホストファミリーはなかなか帰ろうとしない。
私自身、始めてくる場所を見て回るのは好きではあるものの、ここへはもう四時間以上はいる。
さすがに見飽きた景色だ。
結局彼らが家に帰るといったのは八時を過ぎてからであった。
私は車に乗り込むと形式上のお礼を言った。
そうでもしなければ関係が悪くなるように思えたし、向こうにとっても休日だ。
見知らぬ日本人を家にあげて、礼の一つでもなければさすがにかわいそうである。
私はようやく今日が終わるのだと、しばし安堵した後、翌日からの仕事のことを考えて溜息をついた。
この時期になると、彼らが親切な人種であることはわかっていたが、相手の感情を重んじない人種であることもわかるようになっていた。
自分の意志は主張しなければならなかったが、日本での生活が長すぎる私には慣れないことである。
そして相手からの主張はストレートで、時折私に残酷な印象を与えた。
きっとこれも慣れてしまえば考なければならないほどのことではないのかもしれない。
ただ部屋を借りている身としては、あまり強い主張は控えたいと思っていたし、これ以上余計なトラブルを抱え込みたくないという日本人たるよくない部分が出ていたのかもしれない。
そんなことを考えながら後部座席の窓から外を眺めていた。
交通量は思ったよりも多い。
そうは言っても渋滞になるほどではない。
時々山の中に見える灯にも人は住んでいるのだろうか。
彼らにはどんな不安や不満があるのだろうか。
きっと今の私には理解できまい。
残念に思うほどの余裕も、羨ましいと思えるだけの発想も、どちらも私の手の中には存在していなかった。
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