捻くれ者

藤堂Máquina

文字の大きさ
上 下
17 / 25

ひねくれもの17

しおりを挟む
このくらいで六月に入る。
私は一通りの作業を覚えてきた。
仕事を覚えたのではなく、サボる方法を覚えたのだ。
社会人になってまだ三か月目、意欲に溢れていたはずの私にとってはかなりストレスであった。
そうは言っても休む間もなく働く私には、胡麻化して働く以外のことを考えられなくなっており、完全に機械のように動き続けていただけの存在でもあった。
そんな中また遊びに誘ってくれたのはまたしてもNであった。
今思っても、彼には仕事でもプライベートでもかなりお世話になった。
感謝してもしきれない。
今回の彼の提案は連休の予定であった。
もともと週に休みは一日だ。
その週は祝日で、二連休であった。
正直な話、仕事ばかりの毎日で二日間寝て過ごしたいとも思ったのだが、せっかくコロンビアにいるのに何もしないというのももったいない。
そういうことでそのアイデアに乗ることにした。
アイデアというのは近くの山に行くことであった。
「チンガサ」という地区で、国立の自然公園といったところだろう。
そこの山小屋のようなところに一泊して山歩きするのが計画である。
国の保護区域だけあって山小屋の管理人などを除いては誰も住んでいない地域である。
出発の前日、仕事終わり、翌日は朝が早いからという理由でNの家に泊めてもらった。
私は空いている部屋のベッドを借りて眠った。
コロンビア人の家のベッドを使うより安心して眠ることができた気がする。
どこでも眠ることができるが、睡眠の質は必ずしも一定ではないのだ。
アラームが鳴ったのは朝五時前。
一緒に行くメンバーの車が五時に迎えに来てくれる約束になっていたからである。
だが実際車が来たのは六時過ぎ。
さすがはコロンビア人といったところだろうか。
待ち合わせの時間より早く来るような人物はそう多くない。
国の大統領ですら遅刻する国民性なのである。
だが、大統領が遅刻したところで「ああ、忙しい立場なんだな」と思うだけである。
単純に時間にルーズなのではなく、要は思いやりの仕方が違うのである。
日本では自分にも他人にも厳しくするのが礼儀であり、マナーであるが、多分こちらでは自分に甘くする代わりに他人にも甘いのだ。
私は正直どちらでもいいと思った。
日本にいたころから、私の友人たちは時間通りに来ない。
平気で一時間二時間遅れてくる。
許す私の方も良くはないのだろうが、普段から人と接するのが苦手な私は誰かと会うのを非常に楽しみにしてしまう。
だからそこで怒ったり叱ったりして雰囲気が悪くなってしまうよりはその後の予定を楽しみたいのである。
だからと言って怒っていない訳ではないことも言っておく。
正直「呆れている」という方が適切である。
そのおかげで時間を潰すことばかり得意になってしまった。
今回もNの家のハンモックでのんびり過ごしていたためにそれほど苦ではなかった。
六時を回るころ、車が到着した。
朝は何も食べていなかったが、車の主がクッキーを持ってきてくれていた。
途中でカフェのようなところに寄ってパンとコーヒーをいただいたが、クッキーはクッキーでカロリーも高く、体には良かった。
パン屋さんで売っているクッキーで、日本人のイメージするクッキーとは違うもので、もう少しサイズが大きく、しっとりしたものであった。
車の中ではそれを食べながら、日本語やスペイン語、英語の飛び交う奇妙な空間を形成していた。
チンガサの入り口までは三時間も経っていなかったような気がする。
ボゴタの街から田舎道を西へ西へと向かった先である。
入口では各々お金を払った。
窓を開けると冷たい空気が流れ込む。
もうこの時点で標高は富士山の頂上と変わらない。
気温は低い。
雲の中を進む。
天気が悪いようで50メートル先は完全に見えない。
この地域には熊や狼なんかもいるらしかったが、特に見つけることもできなかった。
先ほどの入り口からさらに一時間ちょっと進むと、予定していた山小屋のある丘に到着した。
山小屋にはいくつかの部屋があり、メンバー四人で一つの部屋を借りた。
部屋は二段ベッドが二つあったために四人には充分であった。
私たちは荷物を置くと外へ出た。
その日は小屋から比較的近くを歩いた。
人の手がある程度は入っており、所々に遊歩道や順路を示す看板などがあった。
そうは言っても道は悪く、遊歩道も苔ですべすべした。
山からの水は分かれ、いくつもの川となっていた。
地面はどこもぬかるんでおり、注意を払わなければどこでも転ぶことができた。
鬱蒼と生い茂っていたのは日本とは違う植物だった。
厳密に言えば近い種類のものもたくさんあった。
しかし標高や土壌の違いからかその外見は大きく違っていた。
竹なんかもあったが、日本のように静かに生えている訳ではなく、荒々しく凶暴に伸びていた。
細く、割けた枝は他の木を押しのけていた。
竹に限らず植物は、強い生命力の元、乱暴に育っており、この土地の肥沃さを感じることができた。
歩くこと二時間、その山の頂上にたどり着いた。
その山の高さがどのくらいだったのかはわからない。
登り続けていたのは確かだ。
見えていたのは絶景だった。
正面にはさらに高い山が聳え立ち、谷には湖が広がっていた。
雲は山の頂上の秘密を守り、雲の影は泳ぎ続けた。
一面は緑で青。
点々と茶色。
見上げると白と蒼であった。
その後山を下りると先ほどの湖からの川の近くまで訪れた。
覗き込むと透明で、冷たいしぶきが肌を突いた。
メンバーは水を飲んだりもしていたが、私は気が引けた。
こんなところまで来て腹でも壊したらたまったものではない。
だがせっかくここまで来たのだからと少しだけ舐めた。
所詮舌につけただけだ。
味なんてわからない。
まずいものではなかったような気もするが、結局意味があったのかどうかはわからなかった。
日が沈みかけてきた頃、山小屋へ戻った。
夕食を食べて部屋に戻るとそれぞれがベッドに潜ると早々に眠りについた。
暗い部屋で冗談を言い合う時間もそう長くはなかった。
しおりを挟む

処理中です...