【完結】北新地物語─まるで異世界のような不夜街で彼女が死んだわけ─

大杉巨樹

文字の大きさ
53 / 208
第1部 高級クラブのお仕事

厨房でのバトル

しおりを挟む
 2003年12月8日

 クリスマスイベントも2週目に突入し、店には先週にはなかったクリスマスツリーが所狭しと飾られた。この月曜からホステスたちもドレスコードとなり、いよいよイベント本番という様相を呈してくる。

 そして先週1週間のスカウトレースとホステスの首レースの成績はというと…


 ─────────────────

 ★スカウトレース
 (同伴1回→1点、動員1人→1点)

 1位 鳴海・西口チーム …………15点


 2位 佐々木・河村チーム ………6点


 3位 小寺・関チーム ……………4点


 4位 桂木・朝倉・椎原チーム …1点



 ★首レース
(同伴1回→3ポイント
 動員1人→1ポイント
 予約1組→1ポイント
 抜き物5万→1ポイント)

 ワースト
 1位 由奈 ……3ポイント

 2位 優香 ……6ポイント

 3位 紀美 ……7ポイント


 ────────────────


 更衣室に貼られた表を見て、涼平りょうへいはがっくりと肩を落とす。

(あ~あ、チームも最下位、由奈ゆなもワースト1で最悪やあ~)

 麗子れいことラムのペアは着実に同伴、動員を伸ばし、もはやスカウトレーストップ2チームは独走体勢にある。
 樹理じゅりはルイママから2回追加で同伴を付けてもらっていた。
 優香ゆうかが由奈を抜いたのは、前嶋まえじま社長の部下だった福田ふくだがついに新しい会社を立ち上げ、優香口座として同伴で入った上に12万の高級ワインをおろしたので一挙6点が加算されたのだ。

 あと、ワースト3位に名前があがっている紀美きみはもともと佐和子さわこママのヘルプとして入ってきたホステスで、毎日着物を着て落ち着いた接客をするのが特徴だが、賑やかな客の多いドルチェでは受けがあまりよくない。佐和子ママ自身の調子の悪さから紀美の成績も低迷しているが、それでも佐和子ママの客が来ると同伴や予約を付けてもらえるので、少しずつでも成績は上がっていくだろう。

 一方の由奈はというと…中岡なかおか先生の同伴1回に留まっており、また、それ以上成績を上げられる要素も今のところ見当たらなかった。

(やばいなあ~小憎らしいところもあるけど、クビは可哀想やんなあ…何とか方法はないものか…)

 とりあえず、由奈に電話してみる。

「しーくん、土曜はありがとう」

(お!礼を言うやなんて珍しい。今日は雪降るんちゃうか…)

「お陰で今日、エイジが同伴で来てくれるって」
「まじで!?てことは…口座も由奈ってこと?」

 珍しく殊勝な態度で電話に出た由奈の言葉に眉を上げたが、さらに由奈の同伴の申告で目を見開く。

(おっしゃ!これで4点は入るんちゃうん!?)

 だがなぜか、由奈の声のトーンが低い。

「それがね、りなママっているでしょ?エイジは1回、りなママの口座でドルチェに行ったことあるって言うんよ。どうしたらいい?」

(う~ん、やっぱりお水の世界は狭いなあ…)

 涼平もそれはどうしたらいいか分からなかったので、口座の件は後で連絡すると言って電話を切った。

(りなママの窓口は山田やまだ常務やから、ここは常務に相談してみよう)

 常務は店にいなかったので、電話を入れる。

『おう、涼平、どうした?』
「あの、ミナミのホストクラブからエイジって人が今日由奈と同伴してくるんすけど、前にりなママの口座で来たことあるらしいんです。口座ってどうなりますか?」
『ほんなら、りなママの口座やろ』
「でも、土曜に飲みに行った絡みで今日来てくれるらしいんです。由奈にも動員のポイント付けてやりたいし、何とか今日だけ、由奈口座ってわけには…」
『涼平の言うことも分からんでもないけどな、口座っていうんは、そんな簡単なもんと違うんや。もし仮に今日由奈口座にしたとして、それをりなママが見てみ?気ぃ悪くするやろ?由奈は売り上げと違うんやから、これからいろんな席に着かなあかんのに、ママ一人怒らしたら由奈の仕事の範囲を狭くしてしまうんやぞ。それでもって言うんなら、りなママに断りを入れることやな』

 常務は事務的な口調でそう言って電話を切った。涼平は明日菜あすなとルイママの件を思い出す。

 確かに、明日菜ほどの性格の持ち主でもママに追い出される結果になったのに、どヘルプの由奈がママと反目になってしまうと、何かと働きにくくなるだろう。とはいえ、りなママとはホールで物を頼まれる以外はしゃべったことなかったが、ドルチェのママの中では一番年も若く、ドルチェに来てから初めてママになったということで、ルイママよりは話を分かってもらえそうな気もする。

 ここは1ポイントでも落とす訳にはいかない、涼平は由奈のためにそう思い直し、一度りなママにお伺いを立てることにした。

『はーい』

 電話口から軽い声が聞こえる。

「あの、ウェイターの椎原しいはらですが…」
『シイハラ?って誰?』

(…名前ってなかなか覚えてもらえないねんなあ…泣きそ…)

「あの、一番最近に入った…」
『ああ~!涼平ちゃん?どしたん?』

(おお!下の名前で覚えてくれてたんやあ…)

 名前を覚えられてなくて一息、覚えられていてまた一息つきながら、先程常務に言ったのと同じ内容をりなママにも訴えかけた。

 すると、

『そらあかんわあ~りなもな、エイジの店ではいっぱいお金落としてるもん。由奈ちゃんにありがとうって言っといて~』

 と言ってあっさり切られてしまった。

(か、軽いけど、厳しいなあ…やっぱ、これくらい厳しくないと、売り上げなんて上がらへんねんやろうなあ…)

 ここで、1ポイントを諦める。が、この後、これが結果的にはいい方向へ向かうこととなるのだった。



 営業が始まり、この日もドルチェでは悲喜こもごもの展開が繰り広げられる。

 涼平が厨房で休憩をもらっているときのことだった。

「あんた!うちが目をかけてあげてんのに、恩を仇で返す気か?」

 ルイママに厨房に呼び出された樹理が、ママに詰め寄られていた。

「何のことですの?」

 いつか、明日菜に言い寄られたときと同じようなふてぶてしい態度で、樹理は臆面もなく煙草に火を点ける。

「うちのお客さんと土曜に会って、あれ買えこれ買えってしつこく迫ったらしいなあ。あんたはうちにばれへんと思ってるか知らんけど、今日うちんとこに苦情あってんで」
「そうですの?ほんなら私も正直言いますけど、私、あの社長にホテル迫られたんです。それで断ったから、ママに腹いせにそんな嘘言うてはるんですわ」

 そう言って煙草を一吸いした樹理を見て、ルイママは深いため息をついてから、

「あんた、病気やなあ」

 と吐き捨てるように言った。

「病気て何です!?ママでも言っていいことと悪いことがあるんとちゃいますか?」

 クールに振る舞っていた樹理が珍しく、声を荒げた。ルイママは、ふん、と鼻から息を吐くと、

「これ、何か分かるか?」

 と、持っていたポーチからMP3プレーヤーを取り出した。樹理の普段からきつくつり上がった目が一層つり上がる。

「それ、何です?」
「実はな、土曜にあんたと会ってた社長はな、うちに頼まれてあんたと会ってたんや。これにあんたとの会話、全部録音してもろたわ」

 樹理の眉間に深いシワが寄る。持っている煙草が震え出す。

「そんなん、当然ですやん。和田さん、私のこと可愛いって言ってくれはって、どうしてもって言うから一晩付き合ったんですわ。身体張った報酬を頂いて何が悪いんです!?」

 その樹理の開き直った言葉を聞き、ルイママの眉が一瞬開く。

「ふーん、やっぱりな。和田さんと会ってたんか」
「え……どういうことです?」

 心なしか、樹理は青ざめている。

「あんた、語るに落ちたんや。あんたとアフターに行った人らが軒並み連絡取れんようになるから、うち、あんたのこと調べさせてもろたわ。あんた、若名わかなから来たっていうてたやろ?クラブ若名の百合子ゆりこママに相談したら、あんたは悪い癖があるって言うやないか。それで今、一芝居打たしてもらったんや。今までのことはもう、どうでもええ。金輪際、うちの席には着かんとってな!」 

 そこまで言うと、ルイママはカツンとヒールで床を鳴らし、踵を返してホールに戻って行った。残された樹理は忌々しそうに煙草を床に投げ捨て、ガンガンとそれを踏みつけてから、ママを追うようにホールに戻った。

「派手の海の勝ち~!」

 一連の騒動が去ると、佐々木マネージャーがおどけて言った。確かに明日菜のときとは違い、完全に樹理はルイママに貫禄負けしているように見えた。

「まるで、ドラマ観てるみたいでしたねえ」

 ボトルスペースの片隅で息を飲んで見守っていた涼平はほうっと胸に溜まった息を吐き出し、興奮気味に感想を言うと、

「ここにおると、こんなこと、しょっちゅうや」

 と、渡辺わたなべチーフが珍しくもないといった口調で言った。





しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...