【完結】北新地物語─まるで異世界のような不夜街で彼女が死んだわけ─

大杉巨樹

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第2部 萌未の手記

整形女めぐみ

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 瀧内たきうちさんのその情報は、復帰第一日のあたしの心に暗い影を落としていた。あたしの整形した部位について、的確に指摘できる人間は一人……いや、二人しか思いつかないのだ。

 瀧内さんは気にしなくていいと言ってくれたけど、あたしにはその悪意ある書き込みを放置していいものかどうかという懸念があった。



 あたしはその日の終わり、なっちゃんをシャレードに誘った。

「おー!めぐちゃん久し振り!国立大に受かったんやって?すごいやない、おめでとう!」

 マスターがあたしの顔を見て開口一番、お祝いの言葉をかけてくれる。

「合格祝いしましょうよ。チャーリー、モエピン抜いて!めぐちゃん、シャンパンの中では好きって言ってたでしょ?」

 モエピン…モエ・シャンドンのロゼ。爽やかな甘さが好きだった。

「ありがとうごさーい!いやでもすごいよね。私大はよく聞くけど、なかなか国立大生のホステスさんは聞かないよ。しかもこんなべっぴんやなんて…接客してもらえる殿方が羨ましい!」

 相変わらずのマスターの軽口とともにシャンパンが抜かれ、3人で乾杯する。

「めぐちゃんひょっとして、二十歳になったんやない?もうこれから堂々と飲めるね」

 マスターの言葉に、あたしは首を振る。

「まだよ。誕生日七月やから、まだ十九歳」
「そんなの誤差誤差!四捨五入しちゃえばいいのよー!」
「そうそう、ええと…なっちゃんは四捨五入すると……」
「こらー!チャーリー!私は切り捨て方式のみ採用してます」

 そんな一年振りの二人のやり取りを懐かしく聞きながらも、あたしの笑顔は次第に収束していく。

「あら?何かあった?お姉さん、聞いてあげるよ」

 なっちゃんがあたしの元気の無さに気づき、体ごとこちらに向く。

「うん。実はね、あたしの整形したことが夜遊びサイトに書いてあるって、今日同伴した瀧内さんから教えてもらったの」
「ええ⁉そうなの?でもあんなのってあること無いこと書いてあるんでしょ?気にしちゃダメよ」
「そうなんやけどね、その情報がすごく詳しいの。絶対、どこかから漏れてるんやと思う」
「え~!そうなの?て、え?もしかしてだけど、私を疑ってる⁉」
「うん、疑ってる」

 あたしがきっぱりそう言うと、なっちゃんは薄目を向く。

「へぇ~そぉ~なんだ~~」

 あたしはその口調に笑ってしまった。

「嘘よ。なっちゃんがそんなことするわけないやない」
「そうよ。分かってるやない」
「それでね、まず思い当たるのはあたしの執刀医の竹崎たけさき先生なのよ。同伴勝負の時にトラが店に連れて来たやない?何かそこで漏らしたのかなって思って」
「竹崎先生ねえ…さすがにそれは無いんやない?守秘義務があるでしょ?それに、顧客情報を漏らしたってなったら信用問題に係るし…」
「そうよね。としたら、やっぱりトラの線かなあ?」
「トラ?ないない。あいつがネットなんて使えるわけないやない」
「うーん…あたしもトラがそんなチマチマしたことやらないと思うんやけどね…あんまり瀧内さんの言うことが的確やったから、すごく気になって……」

 あたしはまた、なっちゃんをじぃっと見つめる。

「ええ⁉やだぱり私かなあ?て、やめなさい」

 なっちゃんはあたしのおでこを中指でちょん、と弾いた。そして、目線を上げてカウンター上に逆さまにかけられているシャンパングラスを見つめて少し考える。

「うーん、竹崎先生ね~。確かに怪しいっちゃ怪しいかもね~」
「え?どう怪しいの?」
「竹崎先生ね、めぐちゃんが休んでる時に何回か見えられたのよ。最初はめぐちゃんがいないのにがっかりしてはったけど、それからもめぐちゃんがいないって分かってて来られたのよね」
「え、それって、どういうこと?」
「あ、ごめんなさいね。私もめぐちゃんと親しいからクロが気を利かせてが先生の席に着けてくれたんやけど、報告したらよかったね。めぐちゃんは勉強で忙しいやろうし、そのうち竹崎さんも来られなくなったから忘れちゃってた。えへ」

 グーにした手で自分の頭をコツンと叩き、ペロっと舌を出す。

「そういうのいいから。で、どう怪しいの?」
「うん……竹崎先生ね、お目当てが出来たのよ」
「お目当て?て、誰?」
「私」

 なっちゃんは自分で自分を指差す。

「私、なの?」

 今度はあたしがなっちゃんを薄目で睨む。

「へっへへぇ~。そう言いたいとこやけど違いましたあ。つばさちゃんよ。あの子のことが気に入ったみたい」

 つばさ…

 セミロングの髪を薄茶色に染めた、ツルンとした卵型の顔が浮かぶ。フジケンのアフター中に機嫌を悪くして帰って行った子だ。

「つばさかあ。あの子ってどんな子なの?」
「どんな子…うーん、例え辛いなあ。可愛い顔してる割になーんか印象薄いのよねぇ…」

 確かに、若名の中にあっては派手な顔立ちのはずだけど、後になって思い出そうとするとはっきりと思い描けない、そんな存在だった。

「他には?他に竹崎先生が指名した子っていないの?」
「いないと思うよ。私もずっと席にいたわけやないから絶対とは言えないけど、つばさが着いてるのは何度か見たから。で、何であの子ばっかりなん?私も着けてよってクロに詰めたら、指名やからって」
「だとしたらつばさが一番怪しいわけね。でも、あたしあんまししゃべったことも無いし、恨み買うようなこと何も思い当たらないなあ…」
「恨みが無くてもね、他人を妬む女っているからね。見かけじゃ分からないわよお?」

 思い当たるとすればあのアフターのことだが、そもそもあの日、何故彼女が機嫌を損ねたのかよく分からない。

「やっぱり、他のホステスさんともっとコミュニケーション取らないとだめかなあ?前にアフターでね、ドルチェの女の子たちのチームワーク見せつけられて…口座持ったら一人ではキツイなあ~って思った」
「それって拓也たくやんとこの社長のことでしょ?あの人は別格よお。あんな一晩で何十万も小計上がる人にはそりゃあ他店のホステスも食らいついてるわよ」
「そういえばあたし、なっちゃんのアフターにあんまり誘われたこと無いね。なっちゃんって、アフター行ってるの?」
「そりゃあ行ってるわよ。まあ私の場合は終わってから自分が飲みたいか、お腹すいて何か食べたい時限定やけどね」

 そう言いながらマスターにパスタを注文する。

「夜中にそんな食べると太るよ」
「なーに言ってんの。若いうちは代謝がいいんやから美味しいものいっぱいいただきなさい。それが新地で働いてる特権よぉ?」

 なっちゃんは満面の笑みでそう言うと、あたしのおでこをコツンと弾いた。





 つばさがネットにあたしのこと暴露してるんだろうか?一度その記事を実際に見てみたいと思ったけど、あたしはネットに詳しくない。

 そこで、さくらに頼んでみようと思った。

 さくらは去年の春前には病院から退院したけど、若名には復帰しなかった。だから、もうさくらではなく、三枝さえぐさ沙紀さきに戻ったわけだ。今は本町で会社で事務の仕事をしているらしい

 次の日の出勤前の夕方、あたしは新地の北西の桜橋交差点で沙紀と待ち合わせた。

「めぐみーん」

 沙紀は大阪駅の方から手を振りながら交差点を渡ってきた。会うのは病院以来で、新地で働いているときよりもすっきりした顔になり、OLさんらしく薄グレーのシックなスーツを着ていた。

「久しぶりぃ。元気にしてた?」
「うん。めぐみん、大学入学おめでと。これ、入学祝い」 

 プレゼント包装された、細長い小箱を渡してくる。

「そんな、気を使わなくていいのに」
「ううん、そんなに高いやつやないん。シャーペンだよ。学校で使えるかと思って」
「ありがと。それで?沙紀の方は順調なの?」

 含み笑いで聞くと、沙紀は恥ずかしそうに俯いてモジモジする。あたしは店を休んでいる間も沙紀とはちょこちょこメールでやり取りしていて、彼女が入院中に知り合った担当医さんと交際を始めたのは知っていた。

「えへへ。えーとね、沙紀、結婚することになったの」

 上目遣いでそう言った沙紀の頬がさくら色に紅潮している。あたしも花が咲いたような気持ちになった。

「ええ⁉おめでとう!よかったやない。結婚式には呼んでよね」
「うん。まだ先やけどね、決まったら案内状送るね」

 同伴勝負最終日、沙紀はあたしを庇って大怪我を負った。でもそれがきっかけで出会った人と幸せになろうとしている。怪我したことが帳消しになるわけではないが、そのことが心底嬉しかった。



 それからあたしたちは桜橋近辺のネットカフェに入った。二人用のブースに入り、さくらがキーボード前に、あたしはその横で見守った。

「どのサイトか分かる?」
「うーん、取り敢えず一番大きなサイトかなあ?」
「うん。ほら、前に沙紀が書き込んでたとこ。同じお客さんが見たって言ってるから、きっとそれやと思う」
「じゃあ…これ!」

 カタカタとキーボードを鳴らすと、派手なピンク色にデコレイトされ、キャバ嬢のような女の子のイラストが散りばめられたサイトが出てきた。

『夜遊びわーるど』

 まるっこい文字でそうレタリングされている画面のメニューに夜遊び、とかホステス募集、とかいろいろ項目があり、夜遊び掲示板のところをクリックする。すると、今度はいろんな地域の項目が出てきた。沙紀はテキパキと北新地と書かれたところをクリックし、次のページにはいろんな店のスレッドが並んだ。

「んーと、ここ。ポチッとな」

 沙紀は迷わず「クラブ若名」と書かれた項目に入る。いろんな書き込みがある中に、

『整形女、めぐみ』

 と書かれたレビューを見つけた。




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