【完結】北新地物語─まるで異世界のような不夜街で彼女が死んだわけ─

大杉巨樹

文字の大きさ
118 / 208
第2部 萌未の手記

衝撃の事実

しおりを挟む
 フジケンの娘と婚約するって?

 あたしはその言葉を聞いてから、黒田くろだ店長の話など全く頭に入らず呆然としていた。拓也に一刻も早く真意を確かめたかったが、時刻は夜中の3時を回っている。この日は拓也たくやの家には戻らずにミナミの部屋に帰り、悶々としながら昼までの時間を過ごした。


 もし店長が言ったことが本当だとしたら、今までの拓也の言動は全部嘘なのではないか……そんな不穏な考えも湧き上がってきた。内部からフジケンを探るとか言いながら、どっぷりとフジケン側についているのだ。

 ひょっとして…

 あたしが志保姉のかたきを取ることに反対するのも、自分に都合が悪いからじゃないか?

 いや、でも、拓也の志保姉しほねえに対する想いは間違いないはずだ。

 でもでも……時間が経つにつれて気が変わったのだとしたら?

 布団に包まりながらそんな思考をぐるぐると巡らせ、窓に引いた遮光カーテンの隙間から暁光が差してくると、身支度を整えて池橋いけはし駅へと急いだ。


 拓也の家に着くと、拓也はもう起きていてリビングに座り、新聞を読んでいた。本日は水曜日、拓也の仕事は休みのはずだった。

「ミナミの部屋で一泊したの?」

 顔を見るなり聞いてくる拓也の向かいに座って彼を睨む。そして開口一番、

「ねえ、フジケンの娘と婚約するって、本当?」

 と前置きなくストレートに聞く。拓也の顔が、歪む。

「え?どこでそれを?」
「どこやっていいでしょ?婚約するのかって聞いてんの!」
「いや、それは…」
「するの?しないの?」
「ちょっと待って。それは簡単に答えられることと違う」

 拓也のその返答に、目の前がくらっとした。拓也は否定しなかったのだ。

「簡単なことでしょ?するかしないか、それだけのことやない。何でそんな話はないってきっぱり言わないの?」

 拓也は新聞を畳んで手を組み、その手の上に頭を乗せて、うーん、と唸った。あたしは容赦なく言葉を被せる。

「全部言ってること、嘘なんやないの?志保姉の意思を継いでフジケンの調査してるとか言って、全部あたしを丸め込もうとしてたんやないの?」
「それは違う!本当に調査はしてる」

 拓也はガバっと顔を上げる。

「じゃあ言ってよ!どんな調査してるか、全部教えてよ!」

 しばらく目と目を合わせてから、拓也ははあ~っとため息をつく。

「なあ、萌未めぐみちゃん、君は勉強をよく頑張ってた。そして、見事大学生になった。きっとその先にはいろんな将来が待ってる。君は若いんやから、この先、いろんなことが可能性があるんだ。その将来を、復讐なんて悲しいことに費やさないで欲しい。復讐なんて志保も望んでない。志保も絶対、萌未ちゃんの幸せを願ってるはずや」
「はあ?聞いたようなこと言わんといて!あたしの将来はあたしが決める!そんで何やの?あたしは志保姉のこと忘れて、あんたはフジケンの娘と結婚してのうのうと暮らすってか?」
「いや、もし君が復讐を止めるって言うなら、僕も仕事を移ったっていい。ここに住むのは無理やけど、どこか誰も知らんとこ行って、一緒に人生やり直してもいいと思ってる」
「何でそうなるのよ。結局、あんたは何がしたいの?」
「僕がしたいのは復讐やない。志保の意思を継ぐというのも、あんな志保のお父さんみたいな悲しいことが今後無いよう、フジケンの違法なとこを改めることや。調査して、そんで悪いとこ改めて、フジケン興行を綺麗な会社にする、それが今の僕の目指してることや」
「そんで、その暁には娘と結婚しますって?社長にでもなるつもり?ええですなあ、あんたは金持ちになれて、志保姉のこと忘れて幸せになって。言っとくけどその娘の幸せなんて、あたしたち家族の犠牲の上に成り立ってるかもしれないんでしょ?そんなの許せない!絶対、許さないんやから!」

 言ってるうちに次第に言葉に怒りの感情が乗る。そうだ、志保姉は大塚おおつかのお父さんが死んだ裏にフジケン興業が絡んでいると思って調べていた。そして志保姉自身の死因も、もしかしたらその真相に近づいたから何者かが抹殺したことによるかもしれないのだ。だとしたら、そこには間違いなくフジケンが関わっている。そんなやつの娘と結婚しようだなんて………

 感情の波が打ち寄せ、あたしはそこで言葉を詰まらせ、肩を震わせた。睨んでいる拓也の顔が涙で滲んできた。拓也はそんなあたしを黙って見つめ、悲しそうに眉を曇らせた。

 そして、ポツンと言った。

美伽みかは…何も悪くない」


 ミカは…悪くない?

 ミカ?


 あたしの頭の中に電流が走り、全く違うところにあった記憶とシナプスで繋がる。


 藤原ふじわら…美伽……?


 あたしはガタッと椅子を鳴らして思わず立ち上がった。


「ねえ…フジケンの娘って……」


 あたしはそこで言葉を詰まらせたが、拓也は全てを了解しているように、一つ、頷いた。

「ああ、君たちは、同級生だったね」

 その言葉に、あたしの目の前に一瞬、暗幕が下りた───。




 そう、美伽はあたしの小・中学校の同級生だ。なぜ拓也が彼女と繋がっていたのか、その後問い詰めたところによると、その顛末はこうだった。


 大塚のお父さんが亡くなったのがあたしの中学三年の時、拓也は大学入学仕立てだった。志保姉はお父さんの死因を不審に思い、独自の調査によって藤原建設…当時のフジケン興業の前身の会社…が怪しいと突き止めた。図らずも幼馴染の不審死の理由を突き止めようとしていた拓也は志保姉に接触し、やがて目的を同じくしていることが分かり意気投合する。そして拓也は会社の中から、志保姉は新地のホステスとなってフジケン本人から探ろうとするのだが、拓也にしてみれば、ただフジケン興業の入社試験を受けて社員として入り込んだのでは、会社の中枢に行き着くまで時間がかかり過ぎる。そこで目をつけたのが、当時高校生だったフジケンの娘の美伽の家庭教師として創業家の藤原家に入り込むことだった──。


 あたしはそこまでの話を、胃のムカつきを抑えながら聞いていたが、ついに耐えられなくなった。

「てことはあんたは、ミイラ取りがミイラになったってことよね?」
「違う!そんなんじゃない!」
「じゃあ何で婚約までするのよ!やってることおかしいと思わないの!?」

 そこでまた、拓也はグッと喉を鳴らす。さっき美伽を庇ったことといい、決して婚約のことを否定しない拓也の態度に、あたしは業を煮やし、感情が爆発しそうになって家を飛び出した。

 そしてタクシーを捕まえ、ミナミの家に戻ると、ベッドに突っ伏して思いっ切り泣いた。


 あたしは馬鹿だ。

 あんな男を信用して。

 同じ意志を共有する同士だと思ってたのに!

 そして、ちょっとお兄ちゃんができたような嬉しい気持ちになっていたのに!


 ひとしきり泣き、やがて遮光された部屋の闇に心が囚われる。


 ん?

 まてよ…?

 志保姉を死に追いやったのはやっぱり拓也なんじゃないか?

 美伽のことが好きになり、志保姉が邪魔になって…

 動機としては十分だ。

 アリバイがあるって言っても、傷心の志保姉を自殺に追い詰めることは出来る。


 いや、グラス…

 あの日、志保姉の死の直前に誰かが訪れていたのは間違いない。


 でもそれは警察の言うように単なる間違いだったとしたら?

 やはり、志保姉は自殺だったのだとしたら?

 それなら原因は間違いなくあの男の心変わりだ。

 あので、あいつがやっぱり敵ということになる。

 あたしの直感は間違ってなかったことになるのだ。

 そして、あいつに疑いを抱くあたしを懐柔すべく家に招き入れた……?



 いや、そもそもあいつの家に転がり込んだのはあたしの方からだったし、志保姉は若名わかなでフジケンを探っていたのは間違いない。

 だとしたら、フジケン興業の線も捨てがたい。



 そんな堂々巡りの思考の末、あたしは顔を上げた。


 やはり、自分で動かなきゃだめだ。

 拓也に任せたのは間違いだった。

 今すぐにあたしに出来ること…



 現状気になるのは、いつかのマリアの言葉。

 綺羅きらママはフジケンを揺すっていたらしいということ。



 あたしは綺羅ママから受け取った二つのメモを目の前に出す。

『母の愛』

『DEF』

 綺羅ママが死ぬ前に渡してくれたこの二つの言葉は、きっと志保姉が探っていたことに繋がっている。



 ふふ、ふふふ、あはははは



 自分でもその時、どんな感情に支配されていたのか分からない。

 が、心の奥底の暗い深淵からこみ上げてくる笑いにしばらく身を沈めながら、改めて志保姉の敵討ちに身を投じる決意を固めていた──。






しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

処理中です...