【完結】北新地物語─まるで異世界のような不夜街で彼女が死んだわけ─

大杉巨樹

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第2部 萌未の手記

口座の難しさ

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 マリアの言ったフジケンが入れあげている若名わかなのホステスが誰なのか?

 それが気になり、あたしが休んでいる間にフジケンが来たかと夕方の出勤確認時に黒田くろだ店長に聞いた。店長は毎日付けているリストをパラパラと捲り、年末に二回だけ来店したがそれ以来は来ていないことを教えてくれた。その時に着いた女の子の名前を記憶の限り教えてもらったが、なっちゃん以外にあたしの休んでいる間に入店した一人のヘルプの名前を告げ、後は思い出せないようだった。




 あたしは仕方なくフジケンに久々に電話を入れた。

『はい、藤原ふじわらです』

 電話口から掠れた低い声が聞こえる。

「あ、若名の萌未めぐみです。長い事お休みをいただき、申し訳ありませんでした。社長、復帰してからも全然連絡いただけないので、寂しくてこっちからかけてしまいました。最近、どうされてるんですか?」
『あ、ああ、仕事が忙しくてな、顔出せんですまんやったな』

 歯切れの悪い返答が返ってくる。

「そうですか。お忙しくてなによりです。でもそろそろ社長のお顔見たいな。近々ご飯でもいかがです?」
『ああ、飯はどうか分からんけど、近々また寄せてもらうよ』
「わあ~ありがとうございます!楽しみにお待ちしてます」

 相手が切るのを待ち、こちらも電話を切る。まあ、こんなもんか……お客さんとはお礼の電話やメールくらいでこれまであんまり営業してこなかったけど、それにしては上出来か。

 あとは待つしかなかったが、それから数日して、フジケンは来店した。営業中、予約の電話を受けた男の子に二人で来店されると告げられ、嫌な予感がする。

 案の定、フジケンは拓也たくやを伴っていた。拓也が美伽みかと婚約したと知って以来、拓也の家に住みながらも、あたしは拓也を避けるようにしていた。なので、客として来られるのは気まずかった。

「わあ~社長!早速来ていただいてありがとうございます!」

 あたしは拓也の方は見ず、フジケンの隣に着く。

「いやあ、萌未、さらにべっぴんになったんとちゃうか?」
「まあ~た社長、うまいこと言って」

 早くもう一人来い、そう思った瞬間、閃いた。そうだ、二人いるんだから、ここでもう一人誰を着けるかをフジケン本人に聞けばいいのだ。

「あ、社長、誰かもう一人、着けて欲しい子とかいます?あたし、今日は久しぶりやから頑張っちゃいます」
「う~ん、そやな…ほんならあの、何ていうたかな、そう、樹理じゅりや。樹理を着けてんか」

 樹理……あたしが休んでいる間に入店し、フジケンが年末に来た時に着いた子だ。なるほど…

「すみませーん!」

 ほどなくして、樹理が席にやって来る。背が高く出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでるといったモデル体型で、若名の中ではかなり派手な部類に入る容姿だ。樹理は拓也の側ではなく、あたしと反対側のフジケンの隣に着き、

「社長~お久しぶり」

 と甘い声を出してフジケンの腕を取った。

「おお、来たで」

 フジケンは満更でない感じで顔を緩ませる。

 これは…できてる、完全に!

 あたしはそう直感した。樹理がファーストドリンクを作ろうとしないので、あたしが目の前のアイスペールに手を伸ばしたとき、

「つばささんです」

 と拓也の横にもう一人着いた。 
 て、おい黒田!空気読め!
 あたしは店長を睨み、店長はなぜかニヤッと口を歪ませて席から離れた。

 そういえば以前、店長につばさのことを聞いたことがあったが、店長はあたしがつばさと仲いいと勘違いしたんだろうか?

 こうしてフジケン、拓也、樹理、つばさ、というあたしにとって誰一人として気の抜けない席が出来上がった。


 つばさと一緒にファーストドリンクを作り、五人でグラスを合わせる音が、あたしにはゴングの鳴る音に聞こえた。

「私、前に着かせていただいたことあるんですよ。お久しぶりです」

 とつばさ。

「ああ、久しぶりだね」

 拓也は意味深にあたしの方を向いて言う。

「今日は何か食べて来られたんですか?」

 あたしはフジケンに当たり障りのないことを聞く。

「ん?ああ、会社の近くでな、串カツ食って来たんや。具が大きくてな、衣もサクサクして美味いんや。なあ、宮本」
「はい。あんな大きな車海老、初めて食べました」
「ええ~樹理も食べてみたいぃ。社長~連れてってぇ」

 樹理が甘えた声で言う。て、何でずっとフジケンの腕を抱えてんのよ。

「ああ、ええで。今度行こか」

 フジケンが鼻の下を伸ばす。

「社長、綺麗な方ですね」

 と、拓也。

「せやな。確かモデルやってる言うてたな?」
「ポップティーンに出てたよ。今度切り抜き持って来よっか。見たい?」
「ああ、見たい見たい」

 フジケンと樹理が見つめ合って微笑み合う…て、敬語使いなさいよ。モデルの話なんてどこで聞いたのよ?ピロートークですか?ピロートークで聞いたんですか?

「わあ、何だかお二人、お似合いですね」

 あたしが嫌味っぽく軽いジャブを打つ。

「そ、そうか?どうや、宮本みやもと、これが高級クラブっちゅうとこや。かしこまってんとお前も楽しまんかい。ほら、横の君、もっと宮本に酒飲ましたってや」
「はい。宮本さん、どうぞ、飲んで?私くらいの女じゃ不服かもしれませんけど」
「いや、君も十分可愛いよ」

 拓也はつばさが持ち上げたグラスを取ってごくごくと喉を鳴らす。

「わあ、ありがとうございます!私、天然ですよ。整形はしてません」

 来た!

 つばさのさり気なくもあからさまな口撃!

 あたしは苦笑いしながら拓也の半分以下に減ったグラスを取って水割りを作る。思いっきり濃い目にしてやった。

「ええ~樹理、整形は悪いことちゃうと思います。樹理もプチ、やってるもん」

 いやあんたが反応するんかい!

「ほお?どこやってるんや?」
「どこやと思う?」

 樹理がフジケンに顔を寄せる。必然的にあたしとも顔が近づき、狭くなった目と目の間のきつく塗られたアイラインを見ながらそこかな、と思う。

 ていうか、近い!

「分からんな。まあプチやったらええんちゃうか?」

 フジケンが樹理の頬を撫でる。

 気持ち悪!

 前にフジケンと食事をした時に感じた嫌な匂いがまた鼻をつき、あたしは反対側を向いて顔を歪める。

「樹理ちゃんは元々が綺麗やから。天然の私には無い華やかさがあるよね」

 つばさが「天然」の部分に力を入れて言う。

「ありがと、つばささん。華やかさって大事やと思う。特に人気商売の子は。樹理のモデル仲間もほとんど整形してるもん。たまにしてない子いるけど、華やかさに欠けるっていうか」

 はい、バトり始めました!

 ていうか、何であんたらがバトルの!

「宮本さ~ん。宮本さんはこんな天然の子、嫌い?」

 つばさが拓也をしおらしい感じで見つめる。

「あ、いや…」

 拓也は琥珀色の液を一口飲みすると、ゴフッとなってあたしをチラッと見た。

「萌未さんは?整形してるかしてないかで言うとどっちです?」

 つばさが今度はあたしに牙を剥く。普通席でそんなことストレートに聞かないでしょ、とあたしは目を細める。

「え、あたしは…」

 ここは樹理のように開き直るべきか?答えあぐねていると、

「まあまあ、そんな天然か養殖かみたいなうなぎ食べる時のような話してないで、もっと楽しい話をしよう」

 と、拓也が仕切り直した。つばさが残念、というような顔を拓也に向ける。が、拓也はそのまま黙ってしまう。

 いや、楽しい話題頑張ってよ。

「社長ぉ~あーん」

 樹理がテーブルのチャームのおかきの袋を開けてフジケンに食べさせる。

 マイペース!

 キャバクラか、ここは。

 キャバクラがどんな接客をするか知らないが、指名制の店はきっと、お客さんが何人いようが基本マンツーマンでしゃべるんだろうなっていうイメージはある。なっちゃんやママたちの席では、二人以上のお客さんであってもその場が一つになるように話題を広げている姿を見てきた。それがきっと王道のクラブの接客なのだと思っていた。だけど、今この席ではフジケンと樹理、拓也とつばさ、というように完全に二人セパレートになってしまった。

 それはあたしの口座としての腕の拙さのせいなんだろうけど…


 口座って難しいな…


 改めてそんなことを思った。


 時間が12時を超えると、あたしはみんなでアフターに行こうと誘った。フジケンが応じると、漏れなく樹理も付いてきた。

 つばさは拓也に誘ってもらった。拓也がトイレに立った時に、あたしも合わせて席を立ち、彼からつばさを誘うように頼んだ。

 拓也はどうやら最近冷たい態度でいるあたしと少しでも話したくて今日はフジケンに付いてきたようで、あたしの頼みを訝しみながらも言う通りにしてくれた。

 アフターが決まるとあたしはナイトクラッシュに電話を入れ、隆二りゅうじにVIPルームを用意するよう頼んだ。そしてもう一人、ぜひこのアフターに参加して欲しい人に電話を入れた。



 そうして本日の2ラウンド目、いや、メインラウンドのアフターへと戦場を移したのだった。




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