【完結】北新地物語─まるで異世界のような不夜街で彼女が死んだわけ─

大杉巨樹

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第2部 萌未の手記

出揃ったDEF

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 沙紀さきがデータのコードにクリックすると、パソコンの画面に映像が映し出された。

 どこかの料亭だろうか、座敷の真ん中に焦げ茶色の木のテーブルがあり、酒や料理が並んでいる。

 そのテーブルの手前にはジュラルミンのケースが映っていて、中には福沢諭吉の顔がぎっしりと詰まっている。

 カメラはちょうどその現金にスポットが当たるように据えられていて、回りの四隅が黒くボケているのはきっと隠しカメラから撮った映像だからなのだろう。ジュラルミンケースの万札のバックで二人の男が酒宴に興じている。

『いやあ、☓☓さんも人が悪いですな。現ナマを肴に酒を飲むなんて』

 映像に映る一人の男が破顔して言う、その言葉の中で出る人物の名前はノイズで消されて聞き取れなかった。

『まあたまにはいいじゃありませんか。藤原ふじわらさんから先生に献上された金を拝みながらこうやってみんなで酒を酌み交わしたかったんです。私達の同盟に乾杯です』

 声は画面に写っていないカメラの方から飛んできた。その音声は加工され、機械が喋っているような声質に変えられている。この場には三人いて、きっとこの声の持ち主がこの画像を撮った人物で、自分だけは特定されないように加工を施していることか推察された。

『いや本当に藤原さんには心強い。こんないい人に引き合わせていただいて、☓☓さんには感謝してます』
『何をおっしゃいますやら。私もいろいろ儲けさせてもろて、先生には感謝しとります。今回の3億はほんの手付けですがな。これからもようさん献上させてもらいまっせ!』

 藤原、と呼ばれた男の顔が歪む。あたしは画面に顔を近づけ、その男の顔をまじまじと見る。間違いない、この男はフジケンだ。

『あはははは。これで池橋いけはしも、そして我々の未来も安泰ですな』

 三人が嬌声を上げて笑う。画像はそこて終わっていた。

「めぐみん!ねえ、ここに映ってる人たち…」

 見終わった沙紀が絶句している。あたしはすぐ横の沙紀の顔を見つめる。

「一人はフジケンよね?沙紀、もう一人に心当たりあるの?」
「うん。沙紀、入院中にニュースとかいっぱい観ててね、たまにこの人見たよ。ええと確か…民政党の榎田えのきだ議員!」

 榎田……E!

 フジケンがFなので、これで『DEF』のEとFが出揃ったことになる。

 とすると、もう一人の人物がDか…?

 暗闇で目を光らせたあたしを、沙紀が心配そうに見返す。

「ねえめぐみん、これって闇献金ってやつやんねぇ?ヤバくない?この映像をマスコミに流したら、この議員さんきっとおしまいだよぉ」

 沙紀の青ざめた顔を見て、あたしもヤバい物を手に入れたという感覚にジワリと脇汗が滲み出た。綺羅きらママがどうやってこの映像を手に入れたか分からないが、この映像をネタにフジケンを揺すっていたのだとすると、確かに効果は絶大だったろう。

「ね、沙紀、このことは二人の内緒にしましょ」
「分かってる。沙紀、見なかったことにするね。でもめぐみん、こんなの見つけて、これからどうするの?何かめぐみんのことが心配だよ」
「大丈夫よ。あたし、これをネタにこの人たちを揺すろうなんて思ってない。綺羅ママが隠してたネタを知りたかっただけなの」
「そっか。でも、無茶なことはしないでね」
「うん、分かってる」

 沙紀にはそう言ったが、当然あたしはこれを元にかたき討ちを推し進める気でいた。そして思わぬ収穫に、心の中でほくそ笑んでいた。


 だが確かに、ネタ元が大きすぎる気もしていた。誰か心許せる人間に相談し、チームを組んで計画的に事に当たる必要性を感じた。

 そしてその相手は、本来なら拓也たくやが適任なのだったが………





 その日の店終わり、白タクに乗って拓也の家に向かっている時に不穏な光景を見た。

 池橋市で高速を降り、家に向かう国道沿いにあるファミレスを信号待ちの際にふと見ると、窓際の席に拓也の顔があった。見間違いかと思って目を凝らしたが、やはり拓也がポロシャツ姿のラフな格好で一人静かにコーヒーらしき物を飲んでいる。

 ちょうどいい、あたしも何か軽食を食べながら今日観た映像について拓也に問いただしてみようと白タクを降り、拓也のいる席に向かおうとしたところ、トイレから出てきた黒い服の男が拓也の向かいに腰を下ろすのを見た。

 そしてあたしは目を疑った。

 その黒い男は何と、出来島できしまだったのだ。

 咄嗟のことにあたしは店を飛び出してしまった。



 どうして…!?



 あたしの頭の中で警鐘が鳴り響いた。

 これは、偶然じゃない、そんな気がした。

 そして、思い当たる。

 出来島…

 頭文字でいえば『D』だ。

 映像では第3の男の声は微妙に変えられていて、出来島の声かどうかは判別出来なかったが、今フジケン興業の人間である拓也と一緒にいる姿を見たことで、彼の存在があたしの中で大きくクローズアップされ出した。




 あたしはこの日、リビングで拓也の帰りを待った。そして拓也が3時過ぎに帰ってきたのを捕まえた。まずは帰りが遅くなった理由を問い質す。拓也と家で対面するのは彼が美伽みかと婚約したと知って以来だった。

「ああ、ちょっと、急に人と会わないといけなくなってね、出掛けたんだ」
「へえ~こんな夜中に誰と?」
「ちょっと仕事でトラブルがあってね。すぐに処理しないといけなかったんだ」

 はい、嘘ついた。

 拓也の上擦った声に、あたしはあからさまに舌打ちした。これでまた拓也を信用出来なくなる。薄目で睨んでいるあたしの顔を覗き、拓也は口調を改めた。

「それより、君、また危ないことに首を突っ込んでないかい?」

 危ないこと……今はあんたがその危ないうちの一つよ、と心の中で突っ込む。

「何のこと?別に、ない」
「そうかい?ならいいんやけど…ちょっと身の回りのこと気をつけた方がいい。君はただでさえ、この前トラに喧嘩を売って警戒されるようなことを言ってしまったんやからね」

 あの誕生日にトラと喧嘩別れして以来、トラとコンタクト取らないのはもちろんのこと、あたしはあの時殴られた拓也にも謝っていなかった。あたしは一人で志保姉の敵討ちをすると決めていたので、あのことで拓也にごちゃごちゃ言われたくなかった。

「気をつけるって何によ?はっきり言ってよ」

 だが今はちょっと状況が変わった。拓也は避けるべき人から、警戒すべき人に変わりつつあった。

「例えば…身の回りに不審な人間がうろついてたりとか。そういうことがあったら、すぐに僕に言って欲しい。そして、出来たら極力家にいるようにして欲しいんだ」

 不審な人間?

 いるわよ、もう。

 出来島と、あなた。

「あたし、何があっても若名わかなに出勤するのは止めないから」
「そうかい…」

 拓也は眉根を寄せ、あからさまに不快な顔をする。そんなに心配なら、知ってる情報を全部吐けっての!

 結局、あたしは拓也に出来島のことは聞かなかった。りんから仕入れたUBSメモリーの情報を慎重に扱う必要があったし、もし拓也がフジケン側の立ち位置なのだとしたら、不用意にこちらの手駒を見せるわけにはいかない。

 ただ拓也の家から離れるという選択肢も取らなかった。ひょっとしたらこの家で何か情報を取れるのではないか、そんな下心もあった。

 そしてあたしは、チームを作るどころか家に帰っても心の休まる場所が無い状況に陥っていた。






 それでも、綺羅ママが残したDEFというキーワードが何なのか分かってきたことは心強かった。

 まず、榎田なる議員のことについてネットで調べてみた。

 榎本は与党である民政党の衆議院議員で、過去には建設省の政務官も務めたことがあるらしい。ま、政務官がどんな職務であるのかはあたしには分からなかったけど、一番気を引いたのは、榎田の選挙区が池橋いけはし市であったことだ。

 これで榎田が『E』であることはほぼ確定した。

 とすれば、『D』も池橋市にゆかりのある人間なのだろうか?出来島の出自が気になった。

 出来島はあたしの誕生日に、隆二りゅうじと一緒に店に来た。

 ということは出来島も池橋市と少なからず関係してるんじゃないか?

 そう思えて、取り敢えず隆二に電話を入れる。



『何や』
「あんた、いつものその第一声の投げやりな感じ、何とかならへんの?」
『お前絡みの用事でろくなことがないからのう。そら投げやりにもなるわ』
「何やの、それ。まあいいわ。この前は誕生日に来てくれてありがとう」
『何やねん、台風でも来るんちゃうか?』
「うるさい。でね、あの時一緒に来た出来島さんて人、どんな人か教えて欲しいの」
『カシ…出来島さん?ああ、あん時は出来島さんから誘ってくれたんや。お前、流血事件で有名になったやないか。それで一回どんな女か見てみたいって言いはってな』
「流血事件で有名て、別にあたしが事件起こした訳やないわよ。で、出来島さんってあんたとどんな繋がり?もしかして、池橋出身、とか?」
『どんな繋がりってそれはもちろん組の……て、あ!』

 そこで隆二は口が滑ったというように慌てて口を閉じる。

「ふーん、あんたの組の人なわけね」
『はあ?俺はそんなこと言うてへん!』
「あんたね、誤魔化すならもっと口にする前に気づきなさいよ。ま、いいわ。あんたって何て組だったっけ?」
『俺は今はときめく野崎のざき組の組員や』

 何が今はときめくなのか分からなかったが、後でその筋のことを扱った週刊誌などから得た情報から、出来島は野崎組のナンバー2であることが分かった。隆二がよく言い間違えているのは、普段出来島のことをカシラ(若頭)と呼んでいるからなのだろう。若名わかなにはヤクザは入れないので、フロント企業の名刺で近づいてきた……

 なぜあたしに接触してきたのか気になるが、これで出来島がDの人物である可能性が高まった。



 ゼネコン社長、与党議員、ヤクザ……出揃ったDEFに、きな臭い香りが立ち込めている。

 だがあたしは着実に真実に近づいている……そんな思いに胸を沸き立たせたが、攻めている人間は守りが疎かになりがちで、この時すでにあたしに敵側の罠が仕掛けられていることには気づいていなかった。




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