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第3部 他殺か心中か
超法規的作戦
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年始のミーティングを終えた涼平は、由奈とともに新地内の喫茶店で営業までの時間を潰していた。由奈はクリスマスイベントのポイントランキングで三位に入賞し、ミーティングで表彰された。そして今、そこで受け取った賞金の入った封筒をホクホク顔で覗き込んでいる。
「すっご!10万も入ってる!」
去年最後に見た由奈の蒼白な顔が目に焼き付いていた涼平は、現金を前に紅潮させる相変わらずの姿に頬を緩める。
「ほんまは3位に入ってなかったんやけどな、美月さんとみくさんが年末のこと反省して、2人の持ってるポイントのうち、抜きもののポイントを由奈が3位になれるまで移してくれたらしいよ。で、本来3位の真弥さんにも了承を得てくれたって」
涼平はその経緯を桂木部長から聞いていた。
「どうや、ドルチェのやつらも、まんざらやないやろ?」
桂木はまるで自分の手柄のように、ドヤ顔でそう付け足していた。
「う~ん…でも悔しいなあ~やっぱさあ、クラブの女の子は凄いよねえ。由奈、美月さんやみくちゃんに勝つのいっぱいいっぱいやし、マリアさんや春樹さんなんて足元にも及ばへんかったもんね」
「いや、クラブ初めてやのに、いきなり上位のホステスたちと張り合えたんやから、大したもんやと思うよ」
「そお?由奈ちゃん、すごい?」
「ああ、すごいよ」
少し垂れ気味の目をさらに下げて笑う由奈のことを、涼平は素直にすごいと思った。
「でもさ、きっと萌未ちゃんなんてもっと凄いんやろなあ~」
由奈がいきなり萌未のことに言及し、涼平は顔を曇らせた。きのうまで萌未が療養する施設で共に過ごしたのだったが、結局萌未の幼児退行が戻ることはなかった。
「ねえ、萌未ちゃんと会った?」
事情を知らない由奈に詳しいことを言うべきかどうか迷ったが、今回の件はバックボーンが混み入っている。ヘタなことを言って由奈を巻き込むわけにいかないので、会っていないとはぐらかした。すると、由奈が意外な話をし出した。
「由奈な、宮本さんのアフターに貴代ママに付き合わされたことあって、そんときに萌未ちゃんと一緒になったんやけどな、萌未ちゃんに、どうやったら上手くクラブで頑張っていけるんですかって聞いたら、あたしは涼平から大切な物もらったからがんばれるのよって言ってた。しーくん、萌未ちゃんに何あげたん?」
萌未にあげた物…それは萌未の書いた文章から察するに、中学の頃に涼平が造ったパズルのパーツのことではないかと思われた。だが確かなことは言えず、
「さあ…俺、萌未にプレゼントしたこと無いんやけど…萌未にからかわれたん違う?」
と、ここもはぐらかすと、
「え、そおなん!?由奈もしーくんにそれもらおうと思ってがんばったのにぃ~」
と、由奈は本気で悔しがる。なるほど、三位に入ったら欲しい物ってそれだったのかと思い当たり、萌未が由奈に影響を及ぼしていたことに不思議な感慨を覚えた。萌未が何を思って由奈にそんなことを言ったのか分からないが、由奈はその言葉でイベントを頑張り抜き、急性アルコール中毒になりかけた。そしてそんな由奈に付き添った結果、涼平は事件の被疑者にならずに済んだのだ。
だが、このまま事件をやり過ごすわけにはいかない。涼平は由奈を前に、居住まいを正した。
「あのさ、俺、さっきオーナーママにしばらく休ませて下さいって頼んだんやけどな、もしかしたら、ドルチェ辞めることになるかもしれへん」
萌未が療養する施設で生活しながら、涼平はそこに訪れる面々が信用に足る者たちなのかを見極めようとしていたが、幼児返りをし、邪気のない萌未の表情に触れるうち、自分が萌未の意志を継がなければという意識が強まっていった。そして意を決し、萌未の書いた文章に隠された犯人の名前を、まずは隆二と夏美に告げた。二人ともその名を聞き青褪めていたが、隆二が取り敢えず自分に預けて欲しいと願うので、そこから数日を置いて隆二の動向を伺った。
隆二は涼平から聞いた内容を芳山と、隆二の異母兄である新見六紗子に相談した。それを受けて芳山とムサシは年始に施設を訪れたのだったが、芳山には木内真奈美が付き添っていた。そしてその真奈美はもう一人、蒼山ゆかりという女性を誘っていた。ゆかりは中学の時に萌未とツルンでいたギャル友の一人で、萌未の文章に書いてあった通り、今でも青縁の眼鏡をかけていた。さらに夏美も加わり、七人で今後のことについて話し合いの場がもたれた。
まずはムサシが涼平に頭を下げる。
「話は隆二から聞いた。萌未ちゃんの意を汲んで警察にヤツを突き出したいやろけどな、どうか、それはちょっと待って欲しい」
涼平は眇めた目をムサシに向ける。
「待って、どうするっていうんですか?」
「出来たら、内輪で処理させて欲しいんや」
「内輪……世間には公表せず、ウヤムヤにする、と?」
低い声で言った涼平の言葉に、ムサシは首を振る。
「俺らに取っても、一虎の敵や。穏便に済まそうなんて考えてへん。でもな、警察に突き出したからって、ホンマにそれが萌未ちゃんの意を汲むことになるんか?聞けば、萌未ちゃんはずっと、お姉さんの敵討ちをしようとしてたらしいやないか。でもその姉さん、警察では自殺と判断されたんやろ?今更それが覆るなんてこと、ない思うで?」
じゃあ、と、涼平は両の拳を握る。
「どうすればいいと?」
そこで芳山が話を引き継いだ。
「俺が情報をもらってる警察の人間に聞いたんやけどな、今回の宮本拓也と藤原美伽の事件、どうやら美伽の後追い自殺で片を付けるらしいで」
そんな…と、涼平は絶句する。芳山が続ける。
「警察も気付いたんや。今回のことを掘り返せば、萌未ちゃんのお姉さんの件も洗い直なあかんかもしれんってな。それで、実は自殺ちゃいました、殺人でしたってなってみいな。警察の威信は地に落ちるやろ。警察も、それだけは避けたいんや。そやから、拓也はフジケン興業が大力会から抜けようとしたことへの大力の報復、そんで拓也を殺されたと知った美伽が後追いで車を川に突っ込ませた、とまあそういう絵で落ち着かせるわけやな。ムサシ君の言う通り、この国では有罪を無罪にするんも、無罪を有罪にするんも、難しいっちゅうこっちゃ」
芳山がある程度の信憑性を持って語る内容に、場は重い空気に包まれる。そこにいる面々の顔を静かに伺っていたゆかりが、青縁眼鏡のフレームをずり上げて口を開いた。
「まあまあ、萌未もあんな風になる前に、何の手も打ってなかったわけやないですよ?実はうち、萌未が手に入れた榎田議員の裏帳簿を受け取ってました。あ、うち、週間民秋って雑誌の編集部で働いてるんですが、すでにその内容は記事にして、榎田とフジケン興業と大力会の闇の繋がりっていう見出しで大々的に売り出されることになってます。例え萌未のお姉さんが他殺って認められなくてと、お姉さんが暴いた内容は表沙汰になるんです」
とくとくと語るそのゆかりの話で、場の空気も少し軽くなる。そこへ芳山がすかさず口を挟む。
「そうや、その雑誌が売り出されたら、フジケンも榎田も大力も大きな痛手を受ける。世が世やからな、榎田は失脚するやろし、フジケン興業も下手したら倒産の憂き目にあうやろ。そんで大力もな、今回の件で神代組から破門を食らうことになってる。大力はただでさえ重病の身やからな、神代の看板無くしたらもう引退するしかなくなるやろ。志保と萌未の姉妹がやってきたことは、決して無駄にはならへん。でもな、俺も何でもかんでも表沙汰にしたらええいうもんと違うと思うんや」
芳山が鋭い視線を涼平に向ける。その眼光の強さに、涼平は前傾気味の頭を少し後ろに下げた。
「萌未ちゃんのお母さんはな、古橋っちゅう、まあいうたら、被差別部落の出身なんや。俺はその地域のもんを昔から世話してるんやけどな、池橋も昔ながらの土地やから、なかなか差別は無くならん。でな、もし今回の事件で、涼平君の言う犯人が表沙汰になったら、萌未ちゃんのお母さんがその地域出身やってことを晒されるかもしれへん。お母さんがその地域出身ってことはな、その血を分けた娘の萌未ちゃんもその地域出身って見なされるんや。今の日本でそんな前時代的なことあるかって思うかもしれんが、実際は例え違う土地で暮らしてても、その血に被差別地域出身者の血が流れてたら差別される、そんな事例を俺もようさん見てきた。差別はな、まだまだ無くならへんのや。せやからな、これ以上萌未ちゃんが晒しもんにならんようにすることも大事なんや」
芳山の言葉は、今回告発しようとしている犯人がその地域出身者だということを暗に示していた。萌未のため…そう言われると、涼平も躊躇せざるを得ない。そんな涼平の表情を見て、またムサシが身を乗り出す。
「だからってな、このまま見過ごすわけやない。これから俺らがやろうとしてることは、いわば、超法規的措置や。萌未ちゃんの敵討ちも果たせるし、晒したくないことも世間から隠せる。どうや、ここは黙って見ててくれへんか?」
言葉に詰まる涼平に、芳山がまた言葉を被せる。
「何も、黙って見てる必要はあらへん。どうや、涼平君、みんなで一緒に敵討ちに乗り出そうやないか。実は今回の件は五代目も心を痛めててな、一方でここまで頑張って出来島の企みを暴いてくれた萌未ちゃんにはえろう感謝してはる。それで今回、間接的にではあるが、手を貸したいって言ってくれてはるんや。本来なら萌未ちゃんの手を借りたいとこやけど、彼女はあないな状況や。代わりに涼平君が今回の作戦の指揮を取ってみんか?」
芳山の最後の言葉に、涼平は眉を上げる。
「え、俺が指揮を取るんですか?」
そうや、と芳山は頷く。
「おお!すごいやないか!五代目が後押ししてくれるんならこんな心強いことない。涼平、受けろ受けろ!」
隆二があからさまに喜色を表すが、涼平にはその五代目なる人物がどれほどのものなのか分からない。なおも躊躇していると、
「あの、私もその作戦、参加させてもらえませんか?」
と、夏美が手を上げた。
「今回関わってる人たちって、みんな私に取っても大切な仲間なんです。お願いします、私も、参加させて下さい」
そう言って頭を下げる夏美を、芳山やムサシは歓迎の意を伝える。そんな夏美の姿を見ながらも、涼平は返事を即答せずに保留させた。
そしてそれからさらに三日経ち、芳山が言ったように、事件は美伽の後追い自殺だったと報道された。宮本の方は殺人扱いだったが、殺人教唆の罪で篠原という男が報じられた。篠原は大力会の若頭で、自分が殺せと指示したという遺書を残し、首吊り自殺をしたということだった。さらに4日になり、実行犯として田岡志四雄が逮捕された。自分が一連の事件の指示をしたと自首してきたという。世間は元世界チャンピオンが関わっていたということでざわついたが、これで宮本と美伽の事件は終息に向かうと思われた。
そんなバカな、と涼平はその報道を聞いて思った。萌未の残した犯人の名を知る涼平に取って、全てが茶番に思えた。そして涼平は芳山の提案に乗り、作戦に参加することを決意したのだった。
「すっご!10万も入ってる!」
去年最後に見た由奈の蒼白な顔が目に焼き付いていた涼平は、現金を前に紅潮させる相変わらずの姿に頬を緩める。
「ほんまは3位に入ってなかったんやけどな、美月さんとみくさんが年末のこと反省して、2人の持ってるポイントのうち、抜きもののポイントを由奈が3位になれるまで移してくれたらしいよ。で、本来3位の真弥さんにも了承を得てくれたって」
涼平はその経緯を桂木部長から聞いていた。
「どうや、ドルチェのやつらも、まんざらやないやろ?」
桂木はまるで自分の手柄のように、ドヤ顔でそう付け足していた。
「う~ん…でも悔しいなあ~やっぱさあ、クラブの女の子は凄いよねえ。由奈、美月さんやみくちゃんに勝つのいっぱいいっぱいやし、マリアさんや春樹さんなんて足元にも及ばへんかったもんね」
「いや、クラブ初めてやのに、いきなり上位のホステスたちと張り合えたんやから、大したもんやと思うよ」
「そお?由奈ちゃん、すごい?」
「ああ、すごいよ」
少し垂れ気味の目をさらに下げて笑う由奈のことを、涼平は素直にすごいと思った。
「でもさ、きっと萌未ちゃんなんてもっと凄いんやろなあ~」
由奈がいきなり萌未のことに言及し、涼平は顔を曇らせた。きのうまで萌未が療養する施設で共に過ごしたのだったが、結局萌未の幼児退行が戻ることはなかった。
「ねえ、萌未ちゃんと会った?」
事情を知らない由奈に詳しいことを言うべきかどうか迷ったが、今回の件はバックボーンが混み入っている。ヘタなことを言って由奈を巻き込むわけにいかないので、会っていないとはぐらかした。すると、由奈が意外な話をし出した。
「由奈な、宮本さんのアフターに貴代ママに付き合わされたことあって、そんときに萌未ちゃんと一緒になったんやけどな、萌未ちゃんに、どうやったら上手くクラブで頑張っていけるんですかって聞いたら、あたしは涼平から大切な物もらったからがんばれるのよって言ってた。しーくん、萌未ちゃんに何あげたん?」
萌未にあげた物…それは萌未の書いた文章から察するに、中学の頃に涼平が造ったパズルのパーツのことではないかと思われた。だが確かなことは言えず、
「さあ…俺、萌未にプレゼントしたこと無いんやけど…萌未にからかわれたん違う?」
と、ここもはぐらかすと、
「え、そおなん!?由奈もしーくんにそれもらおうと思ってがんばったのにぃ~」
と、由奈は本気で悔しがる。なるほど、三位に入ったら欲しい物ってそれだったのかと思い当たり、萌未が由奈に影響を及ぼしていたことに不思議な感慨を覚えた。萌未が何を思って由奈にそんなことを言ったのか分からないが、由奈はその言葉でイベントを頑張り抜き、急性アルコール中毒になりかけた。そしてそんな由奈に付き添った結果、涼平は事件の被疑者にならずに済んだのだ。
だが、このまま事件をやり過ごすわけにはいかない。涼平は由奈を前に、居住まいを正した。
「あのさ、俺、さっきオーナーママにしばらく休ませて下さいって頼んだんやけどな、もしかしたら、ドルチェ辞めることになるかもしれへん」
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隆二は涼平から聞いた内容を芳山と、隆二の異母兄である新見六紗子に相談した。それを受けて芳山とムサシは年始に施設を訪れたのだったが、芳山には木内真奈美が付き添っていた。そしてその真奈美はもう一人、蒼山ゆかりという女性を誘っていた。ゆかりは中学の時に萌未とツルンでいたギャル友の一人で、萌未の文章に書いてあった通り、今でも青縁の眼鏡をかけていた。さらに夏美も加わり、七人で今後のことについて話し合いの場がもたれた。
まずはムサシが涼平に頭を下げる。
「話は隆二から聞いた。萌未ちゃんの意を汲んで警察にヤツを突き出したいやろけどな、どうか、それはちょっと待って欲しい」
涼平は眇めた目をムサシに向ける。
「待って、どうするっていうんですか?」
「出来たら、内輪で処理させて欲しいんや」
「内輪……世間には公表せず、ウヤムヤにする、と?」
低い声で言った涼平の言葉に、ムサシは首を振る。
「俺らに取っても、一虎の敵や。穏便に済まそうなんて考えてへん。でもな、警察に突き出したからって、ホンマにそれが萌未ちゃんの意を汲むことになるんか?聞けば、萌未ちゃんはずっと、お姉さんの敵討ちをしようとしてたらしいやないか。でもその姉さん、警察では自殺と判断されたんやろ?今更それが覆るなんてこと、ない思うで?」
じゃあ、と、涼平は両の拳を握る。
「どうすればいいと?」
そこで芳山が話を引き継いだ。
「俺が情報をもらってる警察の人間に聞いたんやけどな、今回の宮本拓也と藤原美伽の事件、どうやら美伽の後追い自殺で片を付けるらしいで」
そんな…と、涼平は絶句する。芳山が続ける。
「警察も気付いたんや。今回のことを掘り返せば、萌未ちゃんのお姉さんの件も洗い直なあかんかもしれんってな。それで、実は自殺ちゃいました、殺人でしたってなってみいな。警察の威信は地に落ちるやろ。警察も、それだけは避けたいんや。そやから、拓也はフジケン興業が大力会から抜けようとしたことへの大力の報復、そんで拓也を殺されたと知った美伽が後追いで車を川に突っ込ませた、とまあそういう絵で落ち着かせるわけやな。ムサシ君の言う通り、この国では有罪を無罪にするんも、無罪を有罪にするんも、難しいっちゅうこっちゃ」
芳山がある程度の信憑性を持って語る内容に、場は重い空気に包まれる。そこにいる面々の顔を静かに伺っていたゆかりが、青縁眼鏡のフレームをずり上げて口を開いた。
「まあまあ、萌未もあんな風になる前に、何の手も打ってなかったわけやないですよ?実はうち、萌未が手に入れた榎田議員の裏帳簿を受け取ってました。あ、うち、週間民秋って雑誌の編集部で働いてるんですが、すでにその内容は記事にして、榎田とフジケン興業と大力会の闇の繋がりっていう見出しで大々的に売り出されることになってます。例え萌未のお姉さんが他殺って認められなくてと、お姉さんが暴いた内容は表沙汰になるんです」
とくとくと語るそのゆかりの話で、場の空気も少し軽くなる。そこへ芳山がすかさず口を挟む。
「そうや、その雑誌が売り出されたら、フジケンも榎田も大力も大きな痛手を受ける。世が世やからな、榎田は失脚するやろし、フジケン興業も下手したら倒産の憂き目にあうやろ。そんで大力もな、今回の件で神代組から破門を食らうことになってる。大力はただでさえ重病の身やからな、神代の看板無くしたらもう引退するしかなくなるやろ。志保と萌未の姉妹がやってきたことは、決して無駄にはならへん。でもな、俺も何でもかんでも表沙汰にしたらええいうもんと違うと思うんや」
芳山が鋭い視線を涼平に向ける。その眼光の強さに、涼平は前傾気味の頭を少し後ろに下げた。
「萌未ちゃんのお母さんはな、古橋っちゅう、まあいうたら、被差別部落の出身なんや。俺はその地域のもんを昔から世話してるんやけどな、池橋も昔ながらの土地やから、なかなか差別は無くならん。でな、もし今回の事件で、涼平君の言う犯人が表沙汰になったら、萌未ちゃんのお母さんがその地域出身やってことを晒されるかもしれへん。お母さんがその地域出身ってことはな、その血を分けた娘の萌未ちゃんもその地域出身って見なされるんや。今の日本でそんな前時代的なことあるかって思うかもしれんが、実際は例え違う土地で暮らしてても、その血に被差別地域出身者の血が流れてたら差別される、そんな事例を俺もようさん見てきた。差別はな、まだまだ無くならへんのや。せやからな、これ以上萌未ちゃんが晒しもんにならんようにすることも大事なんや」
芳山の言葉は、今回告発しようとしている犯人がその地域出身者だということを暗に示していた。萌未のため…そう言われると、涼平も躊躇せざるを得ない。そんな涼平の表情を見て、またムサシが身を乗り出す。
「だからってな、このまま見過ごすわけやない。これから俺らがやろうとしてることは、いわば、超法規的措置や。萌未ちゃんの敵討ちも果たせるし、晒したくないことも世間から隠せる。どうや、ここは黙って見ててくれへんか?」
言葉に詰まる涼平に、芳山がまた言葉を被せる。
「何も、黙って見てる必要はあらへん。どうや、涼平君、みんなで一緒に敵討ちに乗り出そうやないか。実は今回の件は五代目も心を痛めててな、一方でここまで頑張って出来島の企みを暴いてくれた萌未ちゃんにはえろう感謝してはる。それで今回、間接的にではあるが、手を貸したいって言ってくれてはるんや。本来なら萌未ちゃんの手を借りたいとこやけど、彼女はあないな状況や。代わりに涼平君が今回の作戦の指揮を取ってみんか?」
芳山の最後の言葉に、涼平は眉を上げる。
「え、俺が指揮を取るんですか?」
そうや、と芳山は頷く。
「おお!すごいやないか!五代目が後押ししてくれるんならこんな心強いことない。涼平、受けろ受けろ!」
隆二があからさまに喜色を表すが、涼平にはその五代目なる人物がどれほどのものなのか分からない。なおも躊躇していると、
「あの、私もその作戦、参加させてもらえませんか?」
と、夏美が手を上げた。
「今回関わってる人たちって、みんな私に取っても大切な仲間なんです。お願いします、私も、参加させて下さい」
そう言って頭を下げる夏美を、芳山やムサシは歓迎の意を伝える。そんな夏美の姿を見ながらも、涼平は返事を即答せずに保留させた。
そしてそれからさらに三日経ち、芳山が言ったように、事件は美伽の後追い自殺だったと報道された。宮本の方は殺人扱いだったが、殺人教唆の罪で篠原という男が報じられた。篠原は大力会の若頭で、自分が殺せと指示したという遺書を残し、首吊り自殺をしたということだった。さらに4日になり、実行犯として田岡志四雄が逮捕された。自分が一連の事件の指示をしたと自首してきたという。世間は元世界チャンピオンが関わっていたということでざわついたが、これで宮本と美伽の事件は終息に向かうと思われた。
そんなバカな、と涼平はその報道を聞いて思った。萌未の残した犯人の名を知る涼平に取って、全てが茶番に思えた。そして涼平は芳山の提案に乗り、作戦に参加することを決意したのだった。
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