【完結】北新地物語─まるで異世界のような不夜街で彼女が死んだわけ─

大杉巨樹

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第3部 他殺か心中か

デスゲームの始まり?(※グロ注意)

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 一体ここはどこなのだろう──?


 翔伍しょうごは冷たいリノリウムの床に手をつき、腰を浮き上がらせた。途端、軽い目眩に襲われ、頭を振る。意識は完全に覚醒していなかったが、直近の記憶が朧げに蘇ってきた。



 北新地の西端の広場の暗がりで手を振るつばさに近づくと、ふいに横から天狗の面を被った男が近づいて来た。仮装した男が通り過るだけだと思ったのだが、その男は翔伍の背後に回ると、口に吸引マスクを被せてきた。おそらく速効性のある催眠ガスを嗅がされたのだろう、翔伍は意識を失った。

 ドラマや映画などでクロロホルムを布に染み込ませて口を塞ぎ眠らせるといったシーンがあるが、多くの薬品を扱って研究してきた翔伍はそれだけで相手を眠らせることが出来ないのは知っていた。だが実際に自分は眠らされ、この施設に連れて来られた。そんな速効性のある催眠ガスを扱うには専門の知識が必要で、またそれなりのつてがないと入手できない。翔伍は自分を襲った相手がその道のプロである可能性を覚悟した。



 辺りには空調の機械音だけが聞こえているが、大勢の人間が息を潜めてこちらを伺っている気配を感じていた。ずっと身を潜めるように生きてきた翔伍は、人の気配を察知することに長けていた。だがこのままここに横たわっていても始まらない。どんな策略なのか分からないが、取り敢えず行けるところまで行ってみようと立ち上がった。



 前方の壁掛け灯の方へと歩を進める。つきあたりまで行き右に折れると、その先に頑丈そうな鉄の扉があり、その前に置かれた台の上に何やら立方体の箱のような物が乗っている。その箱を手に取ってよく見ると、どうやら寄木細工で作られている物のようだ。組み合わされた木を弄っていると一片が動き、それがパズルであることが分かった。


 これを解けということか…一体誰がこんなことを?


 そのパズルを弄り、何回か木片を動かすと、立方体はバラバラと崩れて中から鉄製の鍵と一枚の紙切れが出てきた。紙は写真をプリントアウトした物らしく、ピンク、青、黄色、など何人かの髪をカラフルに染めた少女に混じって大柄な男が満面の笑みで写っている。その男の顔をよく見ると、一虎かずとらだった。


 翔伍は眉を潜めながらもその紙をポケットに仕舞い、目の前のドアに入手した鍵を差した。鍵は綺麗にはまり、ガチャリと回してドアを開けると目の前に十畳くらいの白い部屋が広がった。天井から煌々とライトが照りつけ、その明るさにしばらく目を細める。やがて目が慣れると、部屋の対面の壁にはシャッターの閉まった大きな窓が一面にあるのが見える。翔伍がその部屋に足を踏み入れるとシャッターがゆっくりと上がり出した。そして、ガラスの向こうに今いる部屋と同じくらいの広さの部屋が姿を現し、一番奥の対面の壁には一人の男が全裸で鎖に繋がれていた。

 両手を頭の上でクロスさせ、それぞれの手首足首には銀色の太いリングが嵌められ、壁から生える杭に鎖で繋がれている。男の意識は無いようで、腕に全体重を預けて前屈みに項垂れている姿はまるで異教徒狩りに遭って十字架にはりつけにされたキリシタンのようだ。部屋どうしを仕切ったガラスにはかなりの厚さがあり、割って向こう側へ行くことは出来そうになかった。ガラス窓が途切れる部屋の壁の端には向こうの部屋に行けるスチール製の扉はあるものの、ガチャガチャとノブを回しても鍵がかかって開きそうもなかった。



 と、そこにプツっという電子音が鳴り、部屋の角上方のスピーカーからザザザという音が聞こえる。そして建物全体に響き渡るほどの、抑揚の無い低い男の声が響いた。



『これより出来島できしまかおるの死刑を執行します。執行人、風祭かざまつりみどり』



 スピーカーから無機質な声がそう告げると、男が繋がれている前の部屋の右壁の扉から一人の大柄な女が出て来た。女は片手に竹刀を持ち、床にバシバシと叩きつけながら大股で男の元に寄って行く。昭和のスケバン風のスカート丈の長いセーラー服を着ており、顔には緑の鬼の面を着けていた。


 これは…新地の仮装イベントの余興か何かか……?


 などという希望的観測が一瞬頭を掠めるが、それにしては仕掛けが大掛かりで、自分がそんな余興に参加させられる理由が分からない。が、もしこれから本当に死刑執行などという行為が行われるのであれば、自分には思い当たる節が山程ある。よく映画などでデスゲームを告げる声には変声機がかけられているが、先程聞こえた声は肉声で、どこかで聞いた覚えのある声だった。翔伍は目の前の部屋に現れた大柄女の一挙手一投足に集中した。


 女は男の前に到達すると、竹刀で男の頭を無遠慮に叩いた。目の前のガラスはおそらく遮音性能があるのだろう、バシバシという音はスピーカーを介して聞こえてくる。男はようやく目覚めて顔を上げる。その髪をオールバックにした顔に見覚えがあった。スピーカーから聞こえた声の言った通り、出来島に間違いなかった。

「だ、誰や、お前…」

 出来島は相変わらずよく通るテノールの声で女に言うが、いつもの冷静な感じではなく明らかに動揺した色が混ざっている。鎖を引くガシャガシャという音が聞こえ、自分の置かれた状況から逃れようとする必死さが伝わってくる。どうやら彼も翔伍と同じように拉致されてここまで来たようだ。だが翔伍には、全裸で手足を完全に固定されている出来島と、比較的自由に動ける自分との待遇の違いがなぜなのか分からなかった。


「わあはな、あんたが手籠めにした桃子ももこ小南彩香こなみあやかの友人や。彩香の仇を討ちに来させてもらいましたで」

 女が出来島の問いに答える形で名乗りを上げる。

「仇討ちやと?知らん、俺はやってない!何かの間違いや!」
「間違い?直接手を下してないいうつもりか知らんけどな、嵌めたんはあんたやろ!彩香はなあ、あんたのこと信頼しててんで。わあは聞いた。今の彼氏は冷たく見えるけど、ほんまは優しい人なんやって、彩香は言ってた。それ、あんたのことやんなあ?純真な乙女心を踏みにじりやがって、わあは許さんぜよ!」

 女が竹刀で出来島の顔をバシバシと叩く。スピーカーから聞こえる音から、その力加減に容赦のないのが伝わる。出来島はグッとくぐもった声を漏らし力の方向に顔を持っていかれると、もう一度女の方に顔の向きを戻した。その瞬間、出来島はガラス越しに翔伍が見ていることに気づいた。


 その時翔伍は女の言葉に聞き、慌てて先程寄木細工の中から出てきた写真を胸ポケットから取り出していた。翔伍の知る小南彩香は髪をピンクに染めていた。写真のピンク髪の少女は確かに彩香だ。とすると……トラの前に並んでピースサインを送っている他の四人に目線をスライドさせる。緑の髪の少女は、目の前の女の同じ昭和風のセーラー服を着ていた。そして、黒髮ソバージュの少女…それは整形前の萌未めぐみだ。その隣りでは、翔伍のよく知る黄色髪の少女も笑っていた。先程の廊下は暗くてよく見えなかったが、今なら分かる。この写真は、トラが面倒を見ていた少女たちと写したもので、そのうちの一人は去年の秋に、トラ抹殺計画の巻き添えを食って死んでいた───。



 そういうことか………!



 翔伍は自分の置かれている状況を理解し、顔を歪めてヘナヘナと崩折れた。その時、スピーカーから出来島の声が聞こえた。

「おい!そこにいるのは黒田くろだか?何してるんや、助けろ!お前、こんなことしてどうなるか分かってるんやろうな!」

 どうやら出来島は翔伍の仕業だと勘違いしたようだ。

「違う!俺も拉致られてここに来たんや!」

 大声でそう言ったが、こちらの音は聞こえているのかどうか分からない。女が翔伍に向き、ニヤッと笑ったのが面越しでも分かった。そしてまた出来島の方に向き直り、腰を屈めてちょうど又間の位置に顔を近づける。

「ほ~お、なかなかええもん持ってますなあ。これで何人もの女を手懐けてきたんか。何かゴツゴツしとってキッショ!ほんでも、ま、持ち安そうでよかったわ。これ、もう悪いこと出来んように取り上げさせてもらうで!」

 女はそう言うと徐ろに立ち上がり、出来島の男根を軍手を着けた手で掴むと、前に引っ張り始めた。普通なら女を蹴り飛ばすところだろうが、出来島の足は抵抗出来ないようにしっかりと壁に固定されていた。

「お、おい!何すんねん!やめやめやめやめやめい!やめてくれえぇぇ!」

 女はぐっと拳に力を入れ、容赦なく力を入れて出来島の物を引っ張り上げていく。一体どんな表情でそれをやっているのだろう、背中を向けているのでこちらからは分からない。出来島の顔は苦痛に歪み、今にも目玉が飛び出しそうなくらい充血した目を見開いている。

「わ、分かった、金をやる!いくらでも好きなだけやるから!許してくれ!頼む!止めてくれえぇぇ!」

 あのいつも憎たらしいくらい冷静沈着な出来島が、なりふり構わず叫んでいる。鼻水を垂らし、涙を流し、ヨダレを垂らしながら……高級スーツを身を纏い、インテリヤクザを気取って鷹揚に構えている普段の出来島からは想像もつかないくらいの醜態を晒している。女はそんな出来島の言葉には一切耳を貸さず、一物が限界まで伸び切ると、いよいよ腰を落として両手で掴み、エイヤア!とまるで祭太鼓を叩く時のような気合いを入れた。


「うぐ…ぎ…ぎあやぁぁぁ…ゔばばぁびゃぁ…!!」


 もはや何と言っているのか分からない。それは男にしか分からない苦痛だったろう。いや、男でもそんな目に遭うことなど普通はない。翔伍は見たことない光景に目をそらせなかった。やがて出来島の又間にビリビリと皮膚の裂け目が出来たかと思うと、そこから血がドバっと流れ出した。女は尚も引っ張り上げていく。今や出来島の物は完全に体から離れ、それでも名残りを惜しむかのように赤い筋だけが細長く糸を引いていた。

「そりゃあぁぁ!」

 女はこれが仕上げだとばかりに雄叫びを上げ、餅つきのようにこちらに手を振り下ろした。ブチッという音が聞えた気がした。最後まで残っていた筋が切れ、出来島の又間には赤黒い空洞が覗いていた。そこからドクドクと血を垂れ流し、舌をベロンと出したまま、出来島は白目を剥き、気絶してしまったようだった。出来島の口からはもう何の音も発していなかった。女が持っていた物を俺に向かって投げつける。ガラスにべっとりと赤い粘液を散らしてそれは翔伍の目の前に張り付き、やがて重力に負けてボトリと落ちた。


 出来島から剥がされ一物が落ちた後には赤黒い血がロウのように垂れ流れ、ちょうどその視界の先にはセーラー服の女が翔伍を睨んでいる姿があった。女が荒い息を落ち着かせようと大きく息を吐いた時、横の扉から黒いスーツの男たちが数人ドカドカと入って来た。


「姉さん、お疲れ様!後は俺らに任せてな」


 その中の一人、スキンヘッドの男が女の肩をポンポンと叩く。そのスキンヘッドに、翔伍は見覚えがあった。





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