幽黒のポラリスと十二の妖鬼たち〜怪異が集まりすぎて学校崩壊〜

大杉巨樹

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第10章 阿鼻叫喚の撮影現場

終わりの始まり

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 今回の映画は廃村シリーズと呼ばれる一連の作品の第三弾で、主役に抜擢されたのがSEVENE.セブンピリオドというアイドルユニットのボーカルの大黒だいこくシヴァ、すなわちセリの元彼の篠原しのはら啓太けいただった。また、啓太と同じグループで、ツインボーカルのうちのもう一人、弁天べんてんサラも啓太のクラスメイト役で友情出演している。ちなみに前作の第二弾では、同グループのリードギターである布袋ほていマイトと、キーボード担当の寿老じゅろうカノンが出演していて、今回もゲストとして参加している。舞台の学校へ向かう前にエキストラの中に顔を出した二人だったが、暇だと言っていたのは学校のシーンには登場しないからだろう。

 そしていよいよ教室での撮影が始まるという段になり、演者たちがセリたちエキストラの目の前にドヤドヤと入ってきた。啓太とサラを中心に、脇を固める若手の役者が比較的カメラによく映る位置に配置される。さらに担任役の俳優が教壇の前に立ち、照明、音声、カメラの位置などの最終チェックが入る。メインの役者にはメイクなどのスタッフが張り付き、こちらもカメラ映りの最終チェックなどをしている。教室の中ではスタッフも入れて総勢百人以上の人間が蠢く中、セリは啓太との間にかなりの人垣があることにホッとした。この分だと、撮影が終わるまで啓太はセリがいることに気づかないかもしれない。いや、そうであって欲しいとセリは机の上で指を組み合わせて祈った。


 今日配られた冊子に書いてあったストーリーによると、教室でのシーンは、転校してきた主人公がクラスメイトたちに廃村の噂話を聞くという序盤と、興味本位で廃村を訪れた後にクラスメイトたちに異変が起こるという中盤にある。セリに取って新鮮だったのは、撮影は必ずしもストーリーの流れに沿ったものではなく、カメラ位置の同じシーンを序盤・中盤関係なく、ワンカットごとに撮っていくことだった。なので、ストーリーが頭に入っていなければ今どこのどのシーンを撮っているのかさっぱり分からない。エキストラだけに限っていうと、カメラの画角に映らない時は隣りの教室で待機させられ、自分の映るシーンにだけ呼ばれて机に着かされる。普段観ていた映画が、こんなにも細かくカット割りされ、細切れに撮影されているのかと感心した。

 さらにセリに取ってよかったのは、セリが映るシーンには啓太がいない点だった。セリが座る位置は主にサラが映るシーンに入っていて、啓太が映る時には待機させられている。なので実質、啓太と接触するなんてことは全くなかった。



 セリが待機している間のことだった。セリたちは真夏の日差しが真上から照りつける中をホテルからバスで移動してきたのだったが、外が何となく薄暗くなってきたと思って窓辺に寄ると、遠方の空からどす黒い雲が迫りつつあった。始めは撮影現場でのライトがかなり眩しく、その反動で空が黒く見えているのかと思った。演者を照らすライトの出力はかなり強力で、さらにレフ板を使って散逸した光を集めてくる。カメラの向こうにはかなりの数のスタッフが見守っているのだが、演者の側からは真っ黒い影が蠢いているように見えた。サラの登場シーンは特にライトが多いように思え、よく映画を観ていると女優の瞳がキラキラし過ぎていることが気になることがあったが、いざ現場に入らせてもらい、どうりでと納得した。サラなどは役者ではないはずだが、素人目には卒なく演技をこなしているように見える。音楽に演技にアイドル活動にと、芸能人は本当に大変だなどとひとしきり感心したりしていた。


「よくない感じになってきたね」


 今は現場を離れてホッとしながら、窓辺に寄って空を眺めている。そのセリの後ろから、ノアが声をかけてきた。ノアの席はセリの隣りで、ほぼ出演シーンはセリと同じだった。

「え?よくないって、何が?」

 振り向いて聞くと、ノアは今見ていた空を指差す。

「あの黒い雲、こっちに来てるよ」

 よくないとは、撮影に取ってという意味だろうか?もう一度ノアの指差す先を見ると、どうやら雨雲が迫っているようだ。もし夕立でも降り出すと、撮影はどうなるのだろう…急激な天候の変化は演出上差し障りがあり、撮影は中断するのかもしれない。だがセリは息の詰まる現場の熱気に当てられ、雨が降って周囲の空気を冷やしてくれたらという願いを抱いた。そんなセリの願いが聞き届けられたのか、黒い雲は刻一刻と撮影現場の学校に迫ってきていた。


「はーい!席番20から25番の人ー!席に着いてー!」


 樫森が待機の教室へやって来て声を張っている。エキストラの座る席の位置は番号が振られていて、セリは22番、ノアが23 番だった。現場に入り、エキストラたちが決められた席に着くと、撮影前に樫森がこれから撮るシーンについての流れを説明する。セリフを与えられた子は樫森から別室で指導を受けていたようだが、セリフのないセリたちには、とにかく目線での演技を要求された。

 そして撮影が開始され、まずは教師の板書の音が教室に鳴り響く。と、突然、一つの席の生徒が立ち上がり、

「ぐわぁあぁ~!」

 と叫んで喉元を押さえ、うずくまる。ここは若手男子の俳優の役目だった。そしてゲロに見立てた、予め口に含んでいた黄土色の液体を吐き出す。キャアアと周囲の生徒が立ち上がる。ここも若手の俳優たち。

「どうした!何を騒いでる!」

 と、教師役の俳優。

「大丈夫!?」

 と、隣りに座っていたサラが吐いた男子に駆け寄り、背中を擦ってやる。セリはここで、一生懸命驚いた顔を作った。

「センセー!山田がゲロ吐きました~!」

 別の若手男子が茶化したように言い、クスクスと笑いがあちこちで漏れる。セリも顔を緩ませる。

「お前ら、肝試しに行って、何か悪いもんもらってきたんじゃねーの?」

 また別の若手男子がサラと吐いた男子の方を向いてそんな声をかける。と、そこで、朝にセリフを割り振られたエキストラの女の子の番がくる。

「そ、それって、や、山の神の、祟りじゃない?」
「カーットォ!!」

 女の子がセリフを言った所で、カメラの横に陣取っていた監督が声を張った。そして一人のスタッフを手招きで招き寄せ、一言二言何かを言う。すると監督から伝言されたスタッフ…この人はチーフ助監督らしいのだが、彼は樫森を呼び寄せ、

「ちゃんと指導したのか!?」

 と、これ見よがしに怒鳴りつけた。

「は、はい。指導はしました。でも初めての経験だったから、緊張しちゃったのよね?」

 樫森がセリフを噛んだ女の子の方を向いて擁護する。女の子はちょうどセリの真ん前の席に座っていた子で、コクコクと首を振っているのが後ろから見て取れた。そして女の子はその場で何回かセリフを言わされ、次のテイクがスタートする。が、女の子はまたしても噛んでしまう。

「樫森ちゃ~ん!人選間違ったんじゃないかあ?」

 またチーフ助監督がこれ見よがしに嫌味を言い、セリはそれを聞いて、そんなことを言うと余計に緊張してしまうだろうと眉間にシワを寄せた。

「すみませんすみません!今度は上手くやれるわよね?」

 樫森が誤り、また女の子を庇う。女の子はコクコクと頷いていたが、肩に余計な力が入っているのが後ろの席からでも伺えた。そして次のテイクがスタートするも、また女の子は噛んでしまった。

「ちょおっと~ぉ!ちゃんとしてよね」

 今度はサラの口から不平が漏れ、女の子はすみませんとしきりに謝っている。声は完全に泣き声だった。

「樫森!お前、やっぱりまだ助監督なんて早かったんだよ!雑用からやり直せ!」

 チーフ助監督がついに怒号を上げ、セリはカッと頭に血がのぼった。女の子に直接言わず、いちいち樫森に言うのが嫌らしい。あんたのそんな態度が女の子を萎縮させてんだよ、と、湧き上がっできた言葉をそのまま言ってやろうとセリが立ち上がりかけた時、それまでカメラ横で鷹揚に構えていた監督が立ち上がってカメラ前に出てきた。

「たった一言だと思わないこと。プロに代わってもらうのは簡単なこと。でも僕はねえ、ここで素人の君が入ってくることろに意味があると思うんだ。次は頑張りなさい」

 初老の監督は女の子にそんなことを言った。セリのネットでの調べによると、20年前にはジャパニーズホラーを牽引した存在らしい。現場には監督に気を使う空気が充満していた。

「味覚がさあ~おかしくなってきたよ。この液、何かすっげー苦いんだよな~。次はなんばってよ!」

 吐き役の俳優がそんな風におどけたことを言い、現場に緩んだ空気が広がる。彼はテイクの度に吐いているのだった。

 そうして次のテイク、女の子は今度こそ噛まずにセリフを言い切った。そして、監督の方に視線が集まる。監督は、ゆっくりと首を振った。


 ふっ、ふふふふふ、うふふふふふ…


 と、どこかから、忍び笑いが聞こえる。声の出処を探って教室の後ろのドア付近を見ると、そこにいた樫森が顔を押さえて震えていた。


 ふふふふふ…ふふふ…ふふふふふふ…


 忍び笑いはずっと続いている。誰もが次に飛ぶであろう怒号を思って顔をしかめる中、教室の中が一瞬明るく瞬く。そして、ゴロゴロと、雷が轟いた。






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