幽黒のポラリスと十二の妖鬼たち〜怪異が集まりすぎて学校崩壊〜

大杉巨樹

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第4章 指輪盗難の犯人

指輪出現

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 ちょうど建物の陰になり、強まってきた日差しの直射を受けることなく、東の山からは涼風が心地よく吹き降りていた。セリはその風を鼻から吸いこみ、新緑の香りを胸いっぱいに満たす。これからまたあの惨状について話さなければならない、その前に心身を清めたかった。

「これから話すことはね、ニュースで言ってたことよりかなりエグい内容なの。それでも、聞きたい?」

 三人に改めて聞いてみると、三人ともコクコクと首を縦に振る。ヒヨリなどは目に好奇の光を強めていた。

「分かった。でもね、話す前に一つ条件があるの。茶化さないで、真面目に聞いてくれる?」

 もう一度聞くと、三人は真剣さを増した目で頷く。

「もう!セリったら勿体つけすぎ!そんな言われ方したら期待度が上がって聞かないなんて選択できるわけないでしょ?」

 ヒヨリが最後のオムライスをゴクンの飲み込み、各テーブルに置かれた箱ティッシュからティッシュを取って口を拭いてから文句を言い、居住まいを正した。そして、

「ささ、どうぞどうぞ」

 と、おどけた感じで片手を差し出す。その時点で真面目な態度には見えなかったが、セリは一つため息を吐き出し、話し出した。

「月曜の朝にね、あたし、保健室行って、そこでのっぺらぼうを見たって言ったでしょ?あれ、まずは信じて欲しいの。フリだけでもいいから、茶化さないで。それが条件」

 言って、三人の顔を見回す。おお、そうきますか、とヒヨリが早速茶々を入れ、分かったよ、とハナミが真面目な顔で見つめ返した。アンナはただ黙って頷いて見せる。目の奥に若干不安の色が見て取れたが、セリはそこには留意しないようにしていよ本題を切り出した。


 立川たちかわあおいの両親が真っ赤なベッドで横たわり、その顔の中身が抉られてくり抜かれていたことを──。


 できるだけ平静を装って話したつもりだったが、どうしても顔の中身が無かった部分に関しては感情がこもってしまう。シーンとした静けさがテーブルに落ち、山風がサヤサヤと葉を鳴らす音だけがしばらく届いていた。そこへ、マスターの娘さんと一緒に千草が二人分のオムライスとケーキセットを運んでくる。あまりに静かな四人に千草は少し首を傾げて見せたが、運んできたものをテーブルに置き終えると何も言わずに店内に引っ込んで行った。カチャン、とアンナがスプーンを皿に滑らせる音がし、その直後に、

「しまったー!」

 と、アンナの叫ぶ声が響いた。

「何よアンタ、急に大声出してびっくりするじゃない!」

 ヒヨリが眉根を寄せて苦言を呈すると、

「だあってぇ~!セリの話、食べてから聞けばよかったって思ってぇ~」

 と、アンナが泣きそうな顔で言う。デミグラスと薄皮卵焼きをかき混ぜる仕草が、顔の中身を連想させてしまうのかもしれない。それに気づき、セリも自分の配慮が足らなかったことを詫びた。

「やーい、イエ~!」

 ヒヨリなどはアンナを思いやることなく、目の前でピースサインをして見せる。自分は先に食べ切っていて良かったという態度だ。

「アンタが身支度にグズグズしてるのが悪いのよ」

 そんな追い打ちをかけるヒヨリに、アンナはティッシュを取って丸め、ヒヨリに放り投げた。何よ、とヒヨリも同じようにして投げ返す。

「資源を無駄にしない!」

 ハナミに嗜められ、二人はハーイと口を揃えた。そしてハナミだけは、大変だったねときのうのセリのことをねぎらってくれた。そんな彼女を見て、いっそハナミが風紀委員長になればいいのにと思ってしまう。アンナを待っていて遅れたハナミが一番可愛そうだったが、ハナミは意を決したようにガシッとスプーンを握ると、大雑把な動きでライスとデミグラスを絡め、バクバクと二口三口口に入れる。そして眉を上げ、

「ん~!おいしい!」

 と声を上げた。それを見たアンナも恐る恐るといった感じで一口食べ、

「ん~~!」

 と喉を鳴らして親指を上げる。どうやらマスターの作る名物オムライスは、二人の気分の悪さを浄化する作用があったようだ。ハナミとアンナはしばらく食べることに集中し、ヒヨリもケーキに手を伸ばす。セリはコーヒーをブラックで啜りながら、誰が最初に何を言うかを待った。


「なるほど…だからのっぺらぼうなのか……」


 オムライスを飲み込み、二度ほど首をコクコク振って話し出したのはハナミだった。それは誰かに話すというよりは、独り言のようだったが、

「何何ぃ?何がなるほどなのよ?」

 と、ヒヨリが突っ込んで聞く。

「ほら、話し出す前にセリはのっぺらぼうのことを信じてって言ってたじゃん?それで事件とどこで繋がるのかなって考えてたんだけどさ、セリが見たような酷い状況、犯人がよほどの猟奇犯か、それか妖怪とかじゃないと説明つかないでしょ?」

 ハナミはそう言って、まさにセリが言いたかったことを突いてきてくれる。

「うん。でもそれだけじゃなくてね、あたしも実はのっぺらぼうについて予めいろいろ調べてたんだけど、もし犯人がのっぺらぼうだと仮定して、顔の中身を抉るって、どんな意味があるのかなって考えたの」

 一瞬アンナの眉間にシワが寄ったが、構わず続ける。

「それであたしが出した推論はね、人の顔が欲しかったんじゃないかなってこと。のっぺらぼうじゃなくて、人として暮らすために」

 本当はマキから聞いた内容だったが、自分で考えたように話した。すると、えっ、と、ヒヨリとハナミから絶句するような間が流れる。アンナは目を瞑りながら、オムライスをがんばって頬張っていた。

「て、何何ぃ?ひょっとしてそれって、のっぺらぼうが人間になってあたしらの中に紛れてるって言いたいの?」

 ヒヨリのその声色には呆れたような響きがあった。本当はここでダンジョウが自分たちの教室に出入りしているアヤカシの気配を嗅ぎ分けたことを打ち明け、決して絵空事じゃないことを強調したかった。が、それを言うには、ダンジョウ自身がアヤカシであることを明かす必要がある。セリは仕方なく、神妙な顔で頷くことに留めた。普段なら次にヒヨリの嘲るような笑いが起こるが、そこは最初の約束を守ってくれているのか、相貌を崩さないでいてくれる。そこでセリがすかさず続ける。

「もちろん、今言ったのはあたしのただの推測に過ぎないよ。きっと、あんた小説の読み過ぎよとか何とか突っ込みたい気持ちも分かる。でもね、これは創作の話じゃない可能性が高いの。半信半疑でもいい。これからね、身の回りのことに普段より少しだけでも、気を配っていて欲しいの。それでね、ちょっとでも何か不審な事があったら、みんなで報告い合いましょ。ね、これはあたしからのお願い」

 セリの言葉に真剣味が乗っていたからか、ヒヨリもハナミも、しっかりと頷いてくれる。と、そこでカチャンと、スプーンが皿に落ちる音がした。アンナだった。ああ、あんたはついに音を上げるのか、とアンナの顔を覗うと、彼女は足元に置いていた荷物かごからピンク色のショルダーバッグを取り出し、中から何か緑色の小物を取り出した。そしておずおずと、その小物をテーブルの上に置く。見ると、それは指輪だった。直径1センチはある大きめの翡翠ひすいの指輪。それは、福生ふっさ芽衣めいが盗られた指輪と同じ形状だった。

「あんた!」

 見た瞬間、ヒヨリが声を上げて立ち上がる。

「違う!」

 アンはすかさず、泣きそうな声で否定した。そして同じように、立ち上がる。

「あたしじゃない!今日の用意をしてる時にね、アクセサリーボックスの中で見つけたの!あたしもビックリして、どうしようかと思って…」

 そこでアンナの瞳から雫が落ちる。

「あんた、さっきまでそんな素振り見せなかったじゃん。そんなチャラチャラした格好して、何がどうしようかと思ってよ」
「格好は関係ないでしょ!?見つけた時にはもうこの格好だったし。ホントはね、どこかに捨てちゃおうかとも思ったの。でも、今のセリの話聞いて、何か…ちゃんと言わなくちゃって気がして……信じて!ホントにあたし盗ってないから!」

 そこまで言うとアンナはテーブルに突っ伏し、うわ~んと泣き出した。髪にデミグラスが付かないように、ハナミがオムライスの皿を遠ざけてやる。セリはそっとティッシュの箱をアンナの頭の方に移し、ニヤリと口を曲げた。実際、愉快な気分だった。

「ねえ、聞いて。あたしたち、始めからアンナが犯人なんて思ってない。だから今日だってこうやって集まってるんでしょ?」

 セリはハナミに向き、彼女は一つ頷いて見せてくれる。次にヒヨリに向く。幾分目つきを鋭くして。ヒヨリは口をへの字にしながらも、頷いてくれた。

「でしょ?でね、この指輪がアンナの部屋から出てきたってことは、犯人が持ってきたとしか考えられないじゃない?としたらね、犯人はボロを出したことになると思う。きっと、ダンジョウさんみたいな探偵が学校に乗り込んできて焦ったのね。でもこれで、犯人を見つけられるかも」

 セリのその言葉で、アンナが顔を上げて、

「ホント?」

 と、弱々しい声で聞く。鼻が垂れて口まで達していた。

「うん。だからね、この指輪、あたしに預からせてくれる?あたしにいい考えがあるから」

 アンナが嬉しそうにコクコクと頷く。そして、新緑の香りのする涼風の中に、アンナの思いっ切り鼻をかむ音が大きく混ざった。




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