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最終章 決戦
14 草太の心の復元
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7月27日から28日に移ろうとする深夜、明彦、草太、紬、そしてピノンは明彦の3号室にいた。いよいよノワールの最初の犠牲者、明彦の死が演じられるのだ。
「ここを去っても、僕はずっと草太を見守っているからね」
明彦の優しい眼差しが草太を温かく包み込む。27日の昼間、明彦の元教え子だった陽翔が工場を爆破させ、明彦に保護されたこの部屋で妖化した刑事に撃たれて死んだ。すでに妖化を深化させていた陽翔は影武者に操られ、禍津町の結界の拠点である久遠寺のすぐ隣りの工場を爆破させたのだ。明彦は被害が久遠寺に及ばないように、自らの身体を丈夫な反物のような姿に変化させて爆風を抑え込み、自爆テロのように死ぬはずだった陽翔を救った。明彦は爆破の瞬間、一反木綿と呼ばれる妖怪の姿になっていた。当初、工場の爆破は久遠寺を潰すためだと思われていたが、実はその後の久遠寺の襲撃で、この工場に飛頭蛮を隠すためだったのだと分かった。将門陣営の計画も結構緻密だったのだ。
「じゃあ、桔梗さん、よろしくお願いします」
明彦は窓に向いて正座し、傍らに控えるピノンに首筋を向けた。明彦の声が沈んでいたのは、自分の死を落ち込んでいたわけではなく、教え子を守ってやれなかった悲しみによるものだったろう。ピノンは身体を巨大化させ、明彦の首元に噛みついた。血飛沫を上げた明彦は仰向けに倒れ、その胸から温かみのある橙色の光を打ち上げた。紬がむにゃむにゃと何かを唱え、光は草太の方へと飛び、胸の中へと溶け込んだ。草太を柔らかい光が包み、動かなくなった明彦への切ない想いが心を締め付けた。同時に、ノワールに集った仲間たちへの親愛の情も湧き上がる。部屋を出る時はしっかりと鍵をかけた。部屋を密室にしたのは、明彦をノワールの住人が殺したことを匂わせ、こちら側が一枚岩ではないと将門陣営に思わせるためだった。
29日、この日は二人目の犠牲者、傑が死ぬ番だった。この日のシナリオには分岐点があった。それは、影武者の一人、朝霧が直接ノワールに乗り込んできたためだった。
27日に陽翔は妖化した捜査員によって射殺された。なぜすでに操り人形と化していた陽翔を殺さねばならなかったのか、それには二つの意味があった。一つには、同じく妖化していたK署の刑事の須田にその様子を撮影させ、その動画をSNSでアップさせることによってさらなる妖化の波を広げるためだ。そして二つ目の理由として、ノワールを血で穢すことによって張られた結界を弱めるという目的もあった。影武者は天冥の張った結界によってノワールには入れないのだったが、陽翔を殺すことによって場が穢れ、その結果朝霧が入って来られるようになったのだ。
ここに二つのルートができた。影武者である朝霧をここで葬るか、ここは泳がせたままにしておくか。その判断は傑が朝霧の力量を直接測ることによって下すことにした。傑は予め、合図を決めておく提案をした。草太が出したコーヒーを傑がブラックで飲んだならシナリオは一旦スルー。砂糖が一つならこの場で朝霧を抹殺、二つなら待機メンバーを含めて全力で抹殺、三つならもう少し様子を見る、そして四つなら朝霧を生かしたままシナリオを続行。傑は朝霧と会って即座に砂糖四つの判断を下した。朝霧はこの場で抹殺すべきでないと判断したのだ。草太にはその判断が早過ぎる気がした。明彦から受け取った仲間への親愛の情が、すぐに傑を殺すことを躊躇わせたのかもしれない。草太はなかなかシナリオの行動を取れないでいた。傑はそんな草太を見てコーヒーを飲み干し、二杯目のコーヒーを頼んでまた砂糖を四つ入れた。草太は傑の揺らがない態度を見て、自分の意も決した。
「四條畷さんが三国さんを殺したんすか?」
そのセリフが次の行動への合図だった。ここで、二つのギミックが同時に発動する。一つは、草太が室町から予め与えられていたミッションだ。草太は室町から拳銃を持たされ、隙があれば傑を暗殺するよう指令を受けていた。陽の陣営としては、そのことを利用させてもらうことにした。ここで役に立ったのは禍津町の駐在、忌野の存在だった。
忌野はよく朱美の働くバーに訪れており、彼の妖化が深刻なことが朱美を通じて分かっていた。忌野は普段から禍津町の町民に親切に接するふりをして情報網を張り巡らし、お年寄りが亡くなった折にはすぐに駆け付け、タンス預金や高価な品をネコババするといったことを繰り返していた。そんな裏の顔を持つ忌野だったから妖化のスピードも早かったのだろう、彼の心の闇に陰の波動が侵食し、早々に影武者の傀儡と化していた。22日に草太と駿佑、乃愛、紬で鬼墓山に登った時には、陽の波動を嗅ぎ分けた忌野が警備していた鮫島の家から後をつけてきた。それを紬が察知し、飛頭蛮と化して襲ってきた忌野を紬と近くにいた傑と二人で抑え込んだのだ。その際に、いざという時に紬の意のままに動くような暗示を忌野の頭の中に入れて解放してやる。草太もその場を目撃してしまったが、その記憶は紬によって消されていた。
朝霧を生かすルートを選択した傑はダイニングを出て三階部分に走り、草太がすぐ後を追った。黒鐘の下には狭間のルートを通ってきた紬が黒鐘の下で待機していた。ルートを使った際には鐘が鳴った。草太は三階に着くとすぐに自分の持つ銃で傑を撃つことになっていた。が、ここでも草太は躊躇してしまう。
「ためらうな!撃て!」
胸を草太に差し向けながら叫ぶ傑に、銃を向ける手が震えてしまう。急がないと朝霧たちが上がってきてしまう、そんな焦燥感に紬が銃を奪おうとすると、傑はそれを咎めた。
「草太、俺はお前に撃って欲しいんだ。心配するな、心は常にお前と共にいる。さあ、俺の身体に引導を渡してくれ」
階段を踏む音がする。草太は泣きそうな顔で傑を見、傑がそれに一つ、しっかりと頷いた。階段から男が顔を覗かせる。それは、紬に操られた忌野だった。時間ギリギリだった。銃声音が鳴り、傑が倒れる。当初の予定通り、銃は忌野の方へ投げた。忌野はそれを拾い、こちらへ構える。傑の胸からは緑色の光が上がり、紬の呪文とともに草太の胸の中に入っていった。草太はうずくまり、傑から受け取った嫌悪の情が、自分の行いに向いて身を震わせた。紬が黒鐘のルートに消え、朝霧と浦安が駆け上がってくる。草太が室町の指令通りに傑を撃ったと察した朝霧は忌野の持つ銃が草太の物だと判断し、忌野から奪って懐に入れた。かくして発砲は忌野の仕業となり、草太の行動は朝霧によって隠蔽された。直後に忌野が飛頭蛮となり、駆け上がってきた橋爪に始末されたのだった。
三人目に犠牲となるのは朱美だった。8月1日、久遠寺でお焚き上げ供養の準備も着々と進み、後は日の入りと同時に櫓に火がつけられるのを待つだけとなっていた。草太は経を読む住職の横で磬子を打つのが担当で、絢爛な衣装に着替えた遵奉住職の横で待機していた。そこへ、巫女に扮した朱美がやって来る。朱美は涙を浮かべ、遵奉の手を取った。
「あたし、上手く火を操れるよ?おじいちゃんを、死なせたくない」
遵奉は油の乗った太い腕を朱美の頭に伸ばし、優しく撫でた。遵奉はこの日、朱美とともに寺で焼け死ぬことになっていた。
「朱美ちゃん、わしら、この日のために生きてきたようなもんじゃ。贅沢もようさんさせてもろた。もう、何も悔いはない。それにな、わしが中途半端に生き残ったりしたら、将門の影武者どもを油断させるっちゅう天冥ちゃんたちの計画も台無しになってしまうじゃろ。世の中のために死ねるんなら、大往生間違いなしじゃ。わしは天国での暮らしを満喫するんで、何も、心配してくれんでええよ」
朱美は遵奉の膝の上に臥し、ひとしきり泣いた。そしてようやく泣き止み、人心地つくと、草太に向いた。
「草太、上手くやってよ。おじいちゃんの死を無駄にしたら、許さないからね」
それは自分の死よりも人の死を悼む、実直な言葉だった。草太は妹というよりは姉のような存在の朱美に、しっかりと頷いた。
この日、熾烈を極めた影武者たちの襲撃は、終焉を迎えようとしていた。飛頭蛮化した唯が、鈴が、お焚き火の横で舞う巫女たちに襲い掛かる。朱美が窮地に陥ったのを見た草太は、朱美に向かって駆け出した。そして途中で躓き、倒れる反動で朱美の足を取って彼女の身体を傾けさせた。我ながら間抜けな演技だったと草太は思ったが、朱美の悲壮感溢れる演技でカバーしてくれた。傾いた朱美はお焚き火の中に突っ込み、断末魔を上げる。その際、赤い光を胸から浮き上がらせた。その光は背にしたお焚き火に紛れて火花のように飛び、天空に待機していた紬の呪文に乗って草太の胸に収まった。紬は狭間のルートを伝って久遠寺の空に飛来しており、蜃という龍の背に乗って久遠寺の真上の空に待機していた。その姿は蜃の能力によって濃紺の闇に紛れ、地上からは見えないようにされていた。朱美から喜びの感情を受け取った草太は希望に満ち溢れ、心の底から湧き上がってくる笑いを堪えられなかった。
「あは……あはは……あはははは……」
草太の側にいた浦安には、草太の頭が恐怖でおかしくなったように見えただろう。直後に遵奉が炎に包まれ、巫女たちが飛頭蛮に噛み千切られて血しぶきを上げていく中で、お焚き火に真っ赤に照らされて高笑いする草太の紅潮した姿は、確かに狂喜に憑かれていた。
四人目は天冥だった。久遠寺の惨劇から一夜明けた朝、草太はセフィロトのメンバーとともに負傷した天冥をセフィロトへ運び込んだ。セフィロトの結界は他の禍津町のどの拠点よりも強い。なのでセフィロトに入ってしまえば影武者たちに襲われる心配はなかった。だがここで守りに入ってしまっては今までのシナリオの意味がない。久遠寺の襲撃で禍津町には禍々しい気が溢れ、将門陣営としてはここで一気にセフィロトへも攻め込みたいところだろう。そこで紬と天冥は、ここで英気を養っているふりをして、セフィロトの地の陽の波動を自分たちで弱めにかかった。敵は天冥さえ倒れればセフィロトの結界が破れると思っているフシがある。ならばそれに乗り、予め気を弱めておき、天冥の死の演出が終われば影武者たちが入って来られるようにした。
そして夜になり、彼らにとっての目、すなわち浦安がセフィロトに現れる。紬は浦安を天冥の前まで案内し、草太はその背後から近づいた。幸い、天冥を殺めるための銃は、室町から再度支給されていた。浦安が天冥の姿を見るまで待ち、天冥が木に同化している光景に浦安が後退った瞬間、草太は引き金を引いた。見事弾丸は天冥の額を貫いた。実はその映像は乃愛が浦安に見せたフェイク映像で、実際には草太の弾丸は反れ、天冥は死んでいない。だが天冥の気配を消さなければ草太が事を成したことが朝霧たちに伝わらない。天冥はセフィロトの樹に自らを同化させることによって大地の気を取り込み、天冥自身が放つ生の痕跡を消した。同時に、天冥の持つ草太の感情を解放させる。天冥の胸から出た紫紺の光は草太の胸まで飛び、草太は希望の感情を復活させた。ここまでに犠牲になった者は必ず報われ、この後のシナリオも全部上手くいって世界に平和が訪れる、そんな明るい展望が、空虚だった草太の心の間隙に染み込んていった。
「ここを去っても、僕はずっと草太を見守っているからね」
明彦の優しい眼差しが草太を温かく包み込む。27日の昼間、明彦の元教え子だった陽翔が工場を爆破させ、明彦に保護されたこの部屋で妖化した刑事に撃たれて死んだ。すでに妖化を深化させていた陽翔は影武者に操られ、禍津町の結界の拠点である久遠寺のすぐ隣りの工場を爆破させたのだ。明彦は被害が久遠寺に及ばないように、自らの身体を丈夫な反物のような姿に変化させて爆風を抑え込み、自爆テロのように死ぬはずだった陽翔を救った。明彦は爆破の瞬間、一反木綿と呼ばれる妖怪の姿になっていた。当初、工場の爆破は久遠寺を潰すためだと思われていたが、実はその後の久遠寺の襲撃で、この工場に飛頭蛮を隠すためだったのだと分かった。将門陣営の計画も結構緻密だったのだ。
「じゃあ、桔梗さん、よろしくお願いします」
明彦は窓に向いて正座し、傍らに控えるピノンに首筋を向けた。明彦の声が沈んでいたのは、自分の死を落ち込んでいたわけではなく、教え子を守ってやれなかった悲しみによるものだったろう。ピノンは身体を巨大化させ、明彦の首元に噛みついた。血飛沫を上げた明彦は仰向けに倒れ、その胸から温かみのある橙色の光を打ち上げた。紬がむにゃむにゃと何かを唱え、光は草太の方へと飛び、胸の中へと溶け込んだ。草太を柔らかい光が包み、動かなくなった明彦への切ない想いが心を締め付けた。同時に、ノワールに集った仲間たちへの親愛の情も湧き上がる。部屋を出る時はしっかりと鍵をかけた。部屋を密室にしたのは、明彦をノワールの住人が殺したことを匂わせ、こちら側が一枚岩ではないと将門陣営に思わせるためだった。
29日、この日は二人目の犠牲者、傑が死ぬ番だった。この日のシナリオには分岐点があった。それは、影武者の一人、朝霧が直接ノワールに乗り込んできたためだった。
27日に陽翔は妖化した捜査員によって射殺された。なぜすでに操り人形と化していた陽翔を殺さねばならなかったのか、それには二つの意味があった。一つには、同じく妖化していたK署の刑事の須田にその様子を撮影させ、その動画をSNSでアップさせることによってさらなる妖化の波を広げるためだ。そして二つ目の理由として、ノワールを血で穢すことによって張られた結界を弱めるという目的もあった。影武者は天冥の張った結界によってノワールには入れないのだったが、陽翔を殺すことによって場が穢れ、その結果朝霧が入って来られるようになったのだ。
ここに二つのルートができた。影武者である朝霧をここで葬るか、ここは泳がせたままにしておくか。その判断は傑が朝霧の力量を直接測ることによって下すことにした。傑は予め、合図を決めておく提案をした。草太が出したコーヒーを傑がブラックで飲んだならシナリオは一旦スルー。砂糖が一つならこの場で朝霧を抹殺、二つなら待機メンバーを含めて全力で抹殺、三つならもう少し様子を見る、そして四つなら朝霧を生かしたままシナリオを続行。傑は朝霧と会って即座に砂糖四つの判断を下した。朝霧はこの場で抹殺すべきでないと判断したのだ。草太にはその判断が早過ぎる気がした。明彦から受け取った仲間への親愛の情が、すぐに傑を殺すことを躊躇わせたのかもしれない。草太はなかなかシナリオの行動を取れないでいた。傑はそんな草太を見てコーヒーを飲み干し、二杯目のコーヒーを頼んでまた砂糖を四つ入れた。草太は傑の揺らがない態度を見て、自分の意も決した。
「四條畷さんが三国さんを殺したんすか?」
そのセリフが次の行動への合図だった。ここで、二つのギミックが同時に発動する。一つは、草太が室町から予め与えられていたミッションだ。草太は室町から拳銃を持たされ、隙があれば傑を暗殺するよう指令を受けていた。陽の陣営としては、そのことを利用させてもらうことにした。ここで役に立ったのは禍津町の駐在、忌野の存在だった。
忌野はよく朱美の働くバーに訪れており、彼の妖化が深刻なことが朱美を通じて分かっていた。忌野は普段から禍津町の町民に親切に接するふりをして情報網を張り巡らし、お年寄りが亡くなった折にはすぐに駆け付け、タンス預金や高価な品をネコババするといったことを繰り返していた。そんな裏の顔を持つ忌野だったから妖化のスピードも早かったのだろう、彼の心の闇に陰の波動が侵食し、早々に影武者の傀儡と化していた。22日に草太と駿佑、乃愛、紬で鬼墓山に登った時には、陽の波動を嗅ぎ分けた忌野が警備していた鮫島の家から後をつけてきた。それを紬が察知し、飛頭蛮と化して襲ってきた忌野を紬と近くにいた傑と二人で抑え込んだのだ。その際に、いざという時に紬の意のままに動くような暗示を忌野の頭の中に入れて解放してやる。草太もその場を目撃してしまったが、その記憶は紬によって消されていた。
朝霧を生かすルートを選択した傑はダイニングを出て三階部分に走り、草太がすぐ後を追った。黒鐘の下には狭間のルートを通ってきた紬が黒鐘の下で待機していた。ルートを使った際には鐘が鳴った。草太は三階に着くとすぐに自分の持つ銃で傑を撃つことになっていた。が、ここでも草太は躊躇してしまう。
「ためらうな!撃て!」
胸を草太に差し向けながら叫ぶ傑に、銃を向ける手が震えてしまう。急がないと朝霧たちが上がってきてしまう、そんな焦燥感に紬が銃を奪おうとすると、傑はそれを咎めた。
「草太、俺はお前に撃って欲しいんだ。心配するな、心は常にお前と共にいる。さあ、俺の身体に引導を渡してくれ」
階段を踏む音がする。草太は泣きそうな顔で傑を見、傑がそれに一つ、しっかりと頷いた。階段から男が顔を覗かせる。それは、紬に操られた忌野だった。時間ギリギリだった。銃声音が鳴り、傑が倒れる。当初の予定通り、銃は忌野の方へ投げた。忌野はそれを拾い、こちらへ構える。傑の胸からは緑色の光が上がり、紬の呪文とともに草太の胸の中に入っていった。草太はうずくまり、傑から受け取った嫌悪の情が、自分の行いに向いて身を震わせた。紬が黒鐘のルートに消え、朝霧と浦安が駆け上がってくる。草太が室町の指令通りに傑を撃ったと察した朝霧は忌野の持つ銃が草太の物だと判断し、忌野から奪って懐に入れた。かくして発砲は忌野の仕業となり、草太の行動は朝霧によって隠蔽された。直後に忌野が飛頭蛮となり、駆け上がってきた橋爪に始末されたのだった。
三人目に犠牲となるのは朱美だった。8月1日、久遠寺でお焚き上げ供養の準備も着々と進み、後は日の入りと同時に櫓に火がつけられるのを待つだけとなっていた。草太は経を読む住職の横で磬子を打つのが担当で、絢爛な衣装に着替えた遵奉住職の横で待機していた。そこへ、巫女に扮した朱美がやって来る。朱美は涙を浮かべ、遵奉の手を取った。
「あたし、上手く火を操れるよ?おじいちゃんを、死なせたくない」
遵奉は油の乗った太い腕を朱美の頭に伸ばし、優しく撫でた。遵奉はこの日、朱美とともに寺で焼け死ぬことになっていた。
「朱美ちゃん、わしら、この日のために生きてきたようなもんじゃ。贅沢もようさんさせてもろた。もう、何も悔いはない。それにな、わしが中途半端に生き残ったりしたら、将門の影武者どもを油断させるっちゅう天冥ちゃんたちの計画も台無しになってしまうじゃろ。世の中のために死ねるんなら、大往生間違いなしじゃ。わしは天国での暮らしを満喫するんで、何も、心配してくれんでええよ」
朱美は遵奉の膝の上に臥し、ひとしきり泣いた。そしてようやく泣き止み、人心地つくと、草太に向いた。
「草太、上手くやってよ。おじいちゃんの死を無駄にしたら、許さないからね」
それは自分の死よりも人の死を悼む、実直な言葉だった。草太は妹というよりは姉のような存在の朱美に、しっかりと頷いた。
この日、熾烈を極めた影武者たちの襲撃は、終焉を迎えようとしていた。飛頭蛮化した唯が、鈴が、お焚き火の横で舞う巫女たちに襲い掛かる。朱美が窮地に陥ったのを見た草太は、朱美に向かって駆け出した。そして途中で躓き、倒れる反動で朱美の足を取って彼女の身体を傾けさせた。我ながら間抜けな演技だったと草太は思ったが、朱美の悲壮感溢れる演技でカバーしてくれた。傾いた朱美はお焚き火の中に突っ込み、断末魔を上げる。その際、赤い光を胸から浮き上がらせた。その光は背にしたお焚き火に紛れて火花のように飛び、天空に待機していた紬の呪文に乗って草太の胸に収まった。紬は狭間のルートを伝って久遠寺の空に飛来しており、蜃という龍の背に乗って久遠寺の真上の空に待機していた。その姿は蜃の能力によって濃紺の闇に紛れ、地上からは見えないようにされていた。朱美から喜びの感情を受け取った草太は希望に満ち溢れ、心の底から湧き上がってくる笑いを堪えられなかった。
「あは……あはは……あはははは……」
草太の側にいた浦安には、草太の頭が恐怖でおかしくなったように見えただろう。直後に遵奉が炎に包まれ、巫女たちが飛頭蛮に噛み千切られて血しぶきを上げていく中で、お焚き火に真っ赤に照らされて高笑いする草太の紅潮した姿は、確かに狂喜に憑かれていた。
四人目は天冥だった。久遠寺の惨劇から一夜明けた朝、草太はセフィロトのメンバーとともに負傷した天冥をセフィロトへ運び込んだ。セフィロトの結界は他の禍津町のどの拠点よりも強い。なのでセフィロトに入ってしまえば影武者たちに襲われる心配はなかった。だがここで守りに入ってしまっては今までのシナリオの意味がない。久遠寺の襲撃で禍津町には禍々しい気が溢れ、将門陣営としてはここで一気にセフィロトへも攻め込みたいところだろう。そこで紬と天冥は、ここで英気を養っているふりをして、セフィロトの地の陽の波動を自分たちで弱めにかかった。敵は天冥さえ倒れればセフィロトの結界が破れると思っているフシがある。ならばそれに乗り、予め気を弱めておき、天冥の死の演出が終われば影武者たちが入って来られるようにした。
そして夜になり、彼らにとっての目、すなわち浦安がセフィロトに現れる。紬は浦安を天冥の前まで案内し、草太はその背後から近づいた。幸い、天冥を殺めるための銃は、室町から再度支給されていた。浦安が天冥の姿を見るまで待ち、天冥が木に同化している光景に浦安が後退った瞬間、草太は引き金を引いた。見事弾丸は天冥の額を貫いた。実はその映像は乃愛が浦安に見せたフェイク映像で、実際には草太の弾丸は反れ、天冥は死んでいない。だが天冥の気配を消さなければ草太が事を成したことが朝霧たちに伝わらない。天冥はセフィロトの樹に自らを同化させることによって大地の気を取り込み、天冥自身が放つ生の痕跡を消した。同時に、天冥の持つ草太の感情を解放させる。天冥の胸から出た紫紺の光は草太の胸まで飛び、草太は希望の感情を復活させた。ここまでに犠牲になった者は必ず報われ、この後のシナリオも全部上手くいって世界に平和が訪れる、そんな明るい展望が、空虚だった草太の心の間隙に染み込んていった。
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