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Episode8
現実への扉
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マレウス・アマルティア・エクシリオ―
その名を伝えるとジャヌは黒い影となり消えてしまった。
私は初めて知らされるその名に混乱させられる。自然と自分の名をマレウスと名乗っていたのが不思議に思えた。
このふたつの名はいったい何を意味しているのだろうか。今の私には到底理解できないことは分かっていた。
考え込んでいる私をよそ目に、カトリーネはボソッと呟く。
「消えた…」カトリーネは魔法のように人が消えるのを見て、ぽかんと口をあけている。
私とカトリーネは顔を見合わせる。
「家族…」小さな声でぽつりと呟くカトリーネに、私はどう反応すれば良いのか分からなかった。
出会って間もない目の前にいる人間が姉だと言われれば当然だ。
気まずい空気が私とカトリーネの間に流れる。
何か言ってくれ。私は切に願った。だが、時間ばかりが流れ、お互いに口を開こうとしない。
私はとうとう我慢できなくなり、重い口を開いた。
「…ジャヌの言っていたことが本当なのかは分からないけど、俺と一緒に来てほしい…もし良ければだけど…」
私は自分の言葉に急に恥ずかしくなった。まるで愛の告白ではないか。だが、それ以外の言葉は頭に浮かんでこなかった。
沈黙を守っていたカトリーネが私に答える。
「家族だなんて…あなたが弟なんてすぐには受け入れられないけど、本当の私を探す為には一緒に行くしかなさそうね」
予想外の冷静な言葉に、私は自分が更に恥ずかしくなる。
もっと他の言い方はできなかったのだろうかと、必死で自問自答をした。
「とりあえず、この場所にも思い入れはないから、すぐにでも出発できるわ。どこか行くあてはあるの?」
行くあてなどある訳がない。ここは来たのも、カトリーネに会ったのも偶然の産物だ。
古城へ辿り着く前には見知らぬ男に指示をされたが、その男にもあれ以来会ってはいない。
私は、地図をその場に広げた。
ふたりで地図を覗き込む。だが、この場所がどこに示されているのかも分からない。
「地図なんて今までに一度くらいしか見てないから…」カトリーネは首を傾げながら地図と向き合う。
「近くに、村や町…なにか建物はないか?」
何かしら人工的なものがあれば、とりあえずはそれを目指せる。
だが、カトリーネは首を横に振りながら言う。
「分からない…。自然と人を避けて生きてきたから。でも、人が作ったようなものは見たことがある。私と行った森を抜けた先におかしな大きな岩があるの。あれは自然に出来るようなものじゃない」
私たちは他に行くあてがなかった為、カトリーネの言う「岩」を目指すことにした。
目的のはっきりしない旅はまさに手探り状態だった。
地図をたたみ、部屋の窓から外を眺める。この先になにが待っているのか、終わりはあるのか…。そんな答えの出ない考えばかりが思考を支配する。
「ちょっと待っててくれる?」カトリーネは使い込まれたバスケットに入ったパンを麻袋に入れていた。
「長い道のりになりそうだから」麻袋に形の不揃いなパンを詰めながら言う。
長い道のり…どこが終着点なのだろうか。私が現実へ戻り、この夢を見なくなったらこの旅はどうなるのだろうか。それは誰にも分からない。
カトリーネは住みなれた家に別れを告げる。私たちは森へと足を進めた。
薄暗く湿気に包まれたその森はとても不気味で、人ではない何かが身を潜めているかのようだった。カトリーネを先頭に、足元に注意しながらゆっくりと森の中を進む。
適度に休息をいれ、身体を蝕む疲れを癒した。
数時間は歩を進めただろうか、崖沿いにぽっかりと口を開く小さな洞窟へたどり着いた。
「ここで朝になるのを待とうよ」カトリーネは背中に背負った荷を解く。
私はあらかじめ持ってきた薪木を取り出し、湿気たマッチで火を焚こうと試みる。
しかし、何度こすっても火がつかない。繰り返しマッチをこする。
「貸して」マッチを半ば強引に取り上げられる。
カトリーネが手慣れた手つきでマッチをこすり、一発で火をつける。
「マッチの使い方も分からないの?」その言葉に私は耳を疑った。
マッチの使い方くらい心得ている。しかし、湿気たものに火をつけようとするのがそもそもの間違いなのではないのだろうか。
私は言い返したい衝動を必死に堪えた。
赤々と燃える炎に照らされながら考える。
今頃、現実の私はどうなっているのか、どれだけの時間が過ぎているのか…。心配にはなるものの、私は現実で長い時間を過ごすよりも、夢の中で過ごすことに安心感を抱き始めていた。
「あの男…ジャヌって言ったけ。何処で出会ったの?」
カトリーネの問いかけにハッと我に返る。
「何処でというか、俺の夢の中にいつも出てくるんだ」私は炎を見つめながら答えた。
「夢って、この世界のことだよね?」
私はこれ以上カトリーネの存在を否定するようなことは言いたくなかった。
存在しているものがそれを否定されることよりも辛いことはない。私は慎重に言葉を選んだ。
「あぁ…。夢は夢でも、俺には現実と変わりはない」私の言葉にカトリーネは黙り込む。
夢が夢でないことが、カトリーネやこの世界の者には理解できないのだろう。
「この世界が夢…か。…私たち、本当に家族なのかな…。」
人との関係も築けずに生きてきたカトリーネにとって家族とはなんなのだろうか。家族がある当たり前の暮らしを送ってきた私には分かるはずもない。どれだけ辛く、孤独だったことか。
「もしも、本当に家族だったら嬉しいな。それがどんな形であっても」そう語る彼女の瞳は、少しだけ希望が芽生えているように見えた。
私たちはひとときの休息に身を委ね、身体を横にした。
―鳥のさえずりが心地よく耳に入ってくる。
カーテンの隙間から陽光が差し込む。
私は全身を包み込む柔らかい布団をはねのけ飛び起きる。
そこは夢の世界ではなく、現実だった。
その名を伝えるとジャヌは黒い影となり消えてしまった。
私は初めて知らされるその名に混乱させられる。自然と自分の名をマレウスと名乗っていたのが不思議に思えた。
このふたつの名はいったい何を意味しているのだろうか。今の私には到底理解できないことは分かっていた。
考え込んでいる私をよそ目に、カトリーネはボソッと呟く。
「消えた…」カトリーネは魔法のように人が消えるのを見て、ぽかんと口をあけている。
私とカトリーネは顔を見合わせる。
「家族…」小さな声でぽつりと呟くカトリーネに、私はどう反応すれば良いのか分からなかった。
出会って間もない目の前にいる人間が姉だと言われれば当然だ。
気まずい空気が私とカトリーネの間に流れる。
何か言ってくれ。私は切に願った。だが、時間ばかりが流れ、お互いに口を開こうとしない。
私はとうとう我慢できなくなり、重い口を開いた。
「…ジャヌの言っていたことが本当なのかは分からないけど、俺と一緒に来てほしい…もし良ければだけど…」
私は自分の言葉に急に恥ずかしくなった。まるで愛の告白ではないか。だが、それ以外の言葉は頭に浮かんでこなかった。
沈黙を守っていたカトリーネが私に答える。
「家族だなんて…あなたが弟なんてすぐには受け入れられないけど、本当の私を探す為には一緒に行くしかなさそうね」
予想外の冷静な言葉に、私は自分が更に恥ずかしくなる。
もっと他の言い方はできなかったのだろうかと、必死で自問自答をした。
「とりあえず、この場所にも思い入れはないから、すぐにでも出発できるわ。どこか行くあてはあるの?」
行くあてなどある訳がない。ここは来たのも、カトリーネに会ったのも偶然の産物だ。
古城へ辿り着く前には見知らぬ男に指示をされたが、その男にもあれ以来会ってはいない。
私は、地図をその場に広げた。
ふたりで地図を覗き込む。だが、この場所がどこに示されているのかも分からない。
「地図なんて今までに一度くらいしか見てないから…」カトリーネは首を傾げながら地図と向き合う。
「近くに、村や町…なにか建物はないか?」
何かしら人工的なものがあれば、とりあえずはそれを目指せる。
だが、カトリーネは首を横に振りながら言う。
「分からない…。自然と人を避けて生きてきたから。でも、人が作ったようなものは見たことがある。私と行った森を抜けた先におかしな大きな岩があるの。あれは自然に出来るようなものじゃない」
私たちは他に行くあてがなかった為、カトリーネの言う「岩」を目指すことにした。
目的のはっきりしない旅はまさに手探り状態だった。
地図をたたみ、部屋の窓から外を眺める。この先になにが待っているのか、終わりはあるのか…。そんな答えの出ない考えばかりが思考を支配する。
「ちょっと待っててくれる?」カトリーネは使い込まれたバスケットに入ったパンを麻袋に入れていた。
「長い道のりになりそうだから」麻袋に形の不揃いなパンを詰めながら言う。
長い道のり…どこが終着点なのだろうか。私が現実へ戻り、この夢を見なくなったらこの旅はどうなるのだろうか。それは誰にも分からない。
カトリーネは住みなれた家に別れを告げる。私たちは森へと足を進めた。
薄暗く湿気に包まれたその森はとても不気味で、人ではない何かが身を潜めているかのようだった。カトリーネを先頭に、足元に注意しながらゆっくりと森の中を進む。
適度に休息をいれ、身体を蝕む疲れを癒した。
数時間は歩を進めただろうか、崖沿いにぽっかりと口を開く小さな洞窟へたどり着いた。
「ここで朝になるのを待とうよ」カトリーネは背中に背負った荷を解く。
私はあらかじめ持ってきた薪木を取り出し、湿気たマッチで火を焚こうと試みる。
しかし、何度こすっても火がつかない。繰り返しマッチをこする。
「貸して」マッチを半ば強引に取り上げられる。
カトリーネが手慣れた手つきでマッチをこすり、一発で火をつける。
「マッチの使い方も分からないの?」その言葉に私は耳を疑った。
マッチの使い方くらい心得ている。しかし、湿気たものに火をつけようとするのがそもそもの間違いなのではないのだろうか。
私は言い返したい衝動を必死に堪えた。
赤々と燃える炎に照らされながら考える。
今頃、現実の私はどうなっているのか、どれだけの時間が過ぎているのか…。心配にはなるものの、私は現実で長い時間を過ごすよりも、夢の中で過ごすことに安心感を抱き始めていた。
「あの男…ジャヌって言ったけ。何処で出会ったの?」
カトリーネの問いかけにハッと我に返る。
「何処でというか、俺の夢の中にいつも出てくるんだ」私は炎を見つめながら答えた。
「夢って、この世界のことだよね?」
私はこれ以上カトリーネの存在を否定するようなことは言いたくなかった。
存在しているものがそれを否定されることよりも辛いことはない。私は慎重に言葉を選んだ。
「あぁ…。夢は夢でも、俺には現実と変わりはない」私の言葉にカトリーネは黙り込む。
夢が夢でないことが、カトリーネやこの世界の者には理解できないのだろう。
「この世界が夢…か。…私たち、本当に家族なのかな…。」
人との関係も築けずに生きてきたカトリーネにとって家族とはなんなのだろうか。家族がある当たり前の暮らしを送ってきた私には分かるはずもない。どれだけ辛く、孤独だったことか。
「もしも、本当に家族だったら嬉しいな。それがどんな形であっても」そう語る彼女の瞳は、少しだけ希望が芽生えているように見えた。
私たちはひとときの休息に身を委ね、身体を横にした。
―鳥のさえずりが心地よく耳に入ってくる。
カーテンの隙間から陽光が差し込む。
私は全身を包み込む柔らかい布団をはねのけ飛び起きる。
そこは夢の世界ではなく、現実だった。
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