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Episode16
―パレルソン・マルディシオン―
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カテーナ礼拝堂―。
町の活気から追いやられたように、鬱蒼(うっそう)とした茂みの中にひっそりと佇む、荒廃した石造りの礼拝堂。
屋根には子供と母親だろうか、訪れる者を見つめているような彫像がある。
無数にあるほとんどの窓には板が乱暴に打ち付けられ、大きな扉は太い鎖で塞がれている。まるで、中にいるものを逃さず、外からくる者を拒んでいるような重苦しい雰囲気が流れていた。
この廃墟に足を踏み入れるのかと思うと、気が重かった。
歴史的な建造物は嫌いではないが、いつ崩れるかも分からない建物に入るのはどうしても気が進まなかった。しかも、行き先はこの建物の地下だ。なにかの拍子に崩れでもしたら脱出はほぼ不可能、命でさえ助かるかも分からない。
危険を冒すだけのものが地下牢にはあるのだろうか。〝大丈夫だ〟 そう自分に言い聞かせる。
アルバノス、カトリーネも同じことを考えていることだろう。
不安を隠しきれない表情からそれが読み取れた。
ジャヌは礼拝堂の入口へと向かった。足を進めるジャヌは、どことなく緊張しているように見えた。
大きな扉は人ひとりの力では到底開けるものじゃない。おまけに太い鎖で塞がれているのだ。この鎖をどうしたものか。
頭を迷わせていると、アルバノスが鎖を握りしめ、こめかみに青筋を浮かせ、これでもかと言わんばかりに力を込め引いた。
轟音と共に外れ落ちる鎖。この男の馬鹿力と言ったら尋常ではない。普通の人間には不可能なことをやってのけるその様は、まるで神の力でも持っているのではないかとさえ感じてしまう。
鎖の外れた扉を全身の体重を利用して押し開いた。
その瞬間、そこに囚われていた何かが一気に溢れ出してくるような威圧感を感じた。
全身に走る悪寒に、身震いを起こす。
荒れた広い空間の中央に女性像が佇み、それを囲うように背の高い燭台が設けられている。
ゆっくりと中に入る私に、アルバノスとカトリーネも続く。
それを冷たい視線で見守るジャヌ。
乱雑に並ぶ長椅子の間を通り女性像へ近づく。足を踏み出すごとに床の軋(きし)む音が不安に追い打ちをかける。
その時、静まり返る空間に大きな音が鳴り響く。
「すまない……」
アルバノスの体重で床が抜け落ちたのだ。その音にカトリーネは、驚きで飛び出した心臓を押し戻すように両手で胸を覆っていた。
呼吸を落ち着かせ、再び像へと足を進める。
「その像は、手になにか持っているか」ジャヌの問いに答えるべく、私は像の手を確認する。
そこには見覚えのある物があった。古城を出現させた物。
細工の施された小ぶりの刃物にロザリオが巻かれている。
〝ロザリオ〟と〝ナイフ〟だ。
ジャヌはそれを聞きにんまりと微笑むと、手の平をナイフで切りつけ、ロザリオを握るよう言った。
自傷行為をしろというのか。冗談ではない。
血で汚せとは言われたが、〝自分の血〟でという意味には捉えていなかった。
だが、よく確認もせずに条件を飲んだのは私だ。約束を守らなければ、なにをされるか分かったものじゃない。
皆の視線を浴びながら、私は深く息を吐き、手の内に刃を押し付けた。
肉が裂け、神経が切断される痛みに手を震わせながら、ロザリオを力いっぱいに握りしめる。
……パレルソン……マルディシオン――
突然頭の中に流れ込む、枯れた女の声に身の毛がよだつ。
「今の……なに……」カトリーネが真っ青な顔をして震えた声を出す。
「気のせいではないな」その言葉に続きアルバノスが警戒するように呟く。
パレルソン・マルディシオン……オリヘンに刻まれた言葉だ。
そして、この女の声……。
現実で聞いたあの恐ろしい声。
――お前が欲しい……。
恐ろしい老婆の声と共にその言葉が蘇り、恐怖が身体を支配する。
「なにがどうなってる……」
「呪われた言葉」振り向くとジャヌがすぐ近くまで来ていた。足を踏み入れられるようになり、満足げな笑みを浮かべている。
「過去から来世にまで続く呪いだ。それはとてつもなく強大で、消えることはない」
ジャヌのその言葉に続き、アルバノスが重い口を開く。
「オリヘンの力の源とも言われている言葉だ。過去の呪い……詳しくは知らないが、この世界に闇を作り出した者は、前世、現世、来世までも続く、耐え難い苦しみを負うこととなったと、聞いたことがある」真剣な面持ちで語るアルバノスにカトリーネは頭をかしげた。
「ってことは、この場所が、その闇を作り出した人に関係があるってことだよね」
「察しがいいな」ジャヌは感心したようにカトリーネを見る。
「まさにここは、この世界の〝呪い〟のひとつがあった場所だ」
「ひとつ?」カトリーネは更に首をひねった。
「呪いは全部で13ある」
その数字を聞き、興奮したようにアルバノスの顔色が変わった。
「オリヘンの数と関係があるのか?」
〝呪い〟と〝オリヘン〟の数が同じなのは偶然などではなく、オリヘンこそがその呪いだとジャヌは言う。
呪いの保持者はオリヘンを砕いた人物にあり、その者はこの世界にとっての始まりでもある存在だと言うのだ。
しかし、その者が何者で、目的やどこに居るのかはやはり教えてくれない。教える気もないのだろうが。
〝お前が欲しい〟とうめく老婆の声については、あえて触れなかった。時が来れば、その声についても分かるだろうと自分に言い聞かせる。だが、得体の知れない存在が私に迫っていると思うと、やはり大きな不安が残った。
オリヘンについて、知らないことが多すぎる。この世界……夢の真実を導き出すには、重要な鍵となるはずだ。
「これ、地下へ続いてるんじゃない?」
知らぬ間に探索を進めていたカトリーネが低い声で言う。
深い闇が蔓延(はびこ)る地下へと続く階段は、今にも崩れそうなほど劣化している。湿気を帯びた冷気が地下から漏れてくるのが分かる。
降りることに抵抗を感じるカトリーネは〝先に行け〟と目で訴えてくる。
私は、気持ちの悪い空気を肌で感じながら、地下牢への階段を踏みしめた。
町の活気から追いやられたように、鬱蒼(うっそう)とした茂みの中にひっそりと佇む、荒廃した石造りの礼拝堂。
屋根には子供と母親だろうか、訪れる者を見つめているような彫像がある。
無数にあるほとんどの窓には板が乱暴に打ち付けられ、大きな扉は太い鎖で塞がれている。まるで、中にいるものを逃さず、外からくる者を拒んでいるような重苦しい雰囲気が流れていた。
この廃墟に足を踏み入れるのかと思うと、気が重かった。
歴史的な建造物は嫌いではないが、いつ崩れるかも分からない建物に入るのはどうしても気が進まなかった。しかも、行き先はこの建物の地下だ。なにかの拍子に崩れでもしたら脱出はほぼ不可能、命でさえ助かるかも分からない。
危険を冒すだけのものが地下牢にはあるのだろうか。〝大丈夫だ〟 そう自分に言い聞かせる。
アルバノス、カトリーネも同じことを考えていることだろう。
不安を隠しきれない表情からそれが読み取れた。
ジャヌは礼拝堂の入口へと向かった。足を進めるジャヌは、どことなく緊張しているように見えた。
大きな扉は人ひとりの力では到底開けるものじゃない。おまけに太い鎖で塞がれているのだ。この鎖をどうしたものか。
頭を迷わせていると、アルバノスが鎖を握りしめ、こめかみに青筋を浮かせ、これでもかと言わんばかりに力を込め引いた。
轟音と共に外れ落ちる鎖。この男の馬鹿力と言ったら尋常ではない。普通の人間には不可能なことをやってのけるその様は、まるで神の力でも持っているのではないかとさえ感じてしまう。
鎖の外れた扉を全身の体重を利用して押し開いた。
その瞬間、そこに囚われていた何かが一気に溢れ出してくるような威圧感を感じた。
全身に走る悪寒に、身震いを起こす。
荒れた広い空間の中央に女性像が佇み、それを囲うように背の高い燭台が設けられている。
ゆっくりと中に入る私に、アルバノスとカトリーネも続く。
それを冷たい視線で見守るジャヌ。
乱雑に並ぶ長椅子の間を通り女性像へ近づく。足を踏み出すごとに床の軋(きし)む音が不安に追い打ちをかける。
その時、静まり返る空間に大きな音が鳴り響く。
「すまない……」
アルバノスの体重で床が抜け落ちたのだ。その音にカトリーネは、驚きで飛び出した心臓を押し戻すように両手で胸を覆っていた。
呼吸を落ち着かせ、再び像へと足を進める。
「その像は、手になにか持っているか」ジャヌの問いに答えるべく、私は像の手を確認する。
そこには見覚えのある物があった。古城を出現させた物。
細工の施された小ぶりの刃物にロザリオが巻かれている。
〝ロザリオ〟と〝ナイフ〟だ。
ジャヌはそれを聞きにんまりと微笑むと、手の平をナイフで切りつけ、ロザリオを握るよう言った。
自傷行為をしろというのか。冗談ではない。
血で汚せとは言われたが、〝自分の血〟でという意味には捉えていなかった。
だが、よく確認もせずに条件を飲んだのは私だ。約束を守らなければ、なにをされるか分かったものじゃない。
皆の視線を浴びながら、私は深く息を吐き、手の内に刃を押し付けた。
肉が裂け、神経が切断される痛みに手を震わせながら、ロザリオを力いっぱいに握りしめる。
……パレルソン……マルディシオン――
突然頭の中に流れ込む、枯れた女の声に身の毛がよだつ。
「今の……なに……」カトリーネが真っ青な顔をして震えた声を出す。
「気のせいではないな」その言葉に続きアルバノスが警戒するように呟く。
パレルソン・マルディシオン……オリヘンに刻まれた言葉だ。
そして、この女の声……。
現実で聞いたあの恐ろしい声。
――お前が欲しい……。
恐ろしい老婆の声と共にその言葉が蘇り、恐怖が身体を支配する。
「なにがどうなってる……」
「呪われた言葉」振り向くとジャヌがすぐ近くまで来ていた。足を踏み入れられるようになり、満足げな笑みを浮かべている。
「過去から来世にまで続く呪いだ。それはとてつもなく強大で、消えることはない」
ジャヌのその言葉に続き、アルバノスが重い口を開く。
「オリヘンの力の源とも言われている言葉だ。過去の呪い……詳しくは知らないが、この世界に闇を作り出した者は、前世、現世、来世までも続く、耐え難い苦しみを負うこととなったと、聞いたことがある」真剣な面持ちで語るアルバノスにカトリーネは頭をかしげた。
「ってことは、この場所が、その闇を作り出した人に関係があるってことだよね」
「察しがいいな」ジャヌは感心したようにカトリーネを見る。
「まさにここは、この世界の〝呪い〟のひとつがあった場所だ」
「ひとつ?」カトリーネは更に首をひねった。
「呪いは全部で13ある」
その数字を聞き、興奮したようにアルバノスの顔色が変わった。
「オリヘンの数と関係があるのか?」
〝呪い〟と〝オリヘン〟の数が同じなのは偶然などではなく、オリヘンこそがその呪いだとジャヌは言う。
呪いの保持者はオリヘンを砕いた人物にあり、その者はこの世界にとっての始まりでもある存在だと言うのだ。
しかし、その者が何者で、目的やどこに居るのかはやはり教えてくれない。教える気もないのだろうが。
〝お前が欲しい〟とうめく老婆の声については、あえて触れなかった。時が来れば、その声についても分かるだろうと自分に言い聞かせる。だが、得体の知れない存在が私に迫っていると思うと、やはり大きな不安が残った。
オリヘンについて、知らないことが多すぎる。この世界……夢の真実を導き出すには、重要な鍵となるはずだ。
「これ、地下へ続いてるんじゃない?」
知らぬ間に探索を進めていたカトリーネが低い声で言う。
深い闇が蔓延(はびこ)る地下へと続く階段は、今にも崩れそうなほど劣化している。湿気を帯びた冷気が地下から漏れてくるのが分かる。
降りることに抵抗を感じるカトリーネは〝先に行け〟と目で訴えてくる。
私は、気持ちの悪い空気を肌で感じながら、地下牢への階段を踏みしめた。
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