33 / 56
2章 僧侶は祈りを
12
しおりを挟む
「がんばったのですね」
やがて話し終えたディーンに向かってかけられた言葉は、余計な装飾を削ぎ落とされた、ひどくこざっぱりとした感想だった。
「貴方は優しい人だ、ディーン。身近な、それも奥方を亡くされて動揺しない者はいない。全く関係のない者にその苛立ちをぶつけたって、事情を知る者は同情を込めて貴方を見るばかりでしょう。なのに、自分が悪いと内側に封じ込めるなんて」
「関係のない者に危害を加えれば、それは悪だ、ビリー」
「それはどうでしょう?」
ぽつり。
投げかけられた疑問に、ディーンは眉をひそめて隣へと視線を向けた。
「例えば、女神エリス」
子供は、ディーンの方を向いてはいなかった。
自身に向けた問答のような問いかけは、どこかに見本文でもあるかのようにつらつらと言葉が重ねられている。
「かの神は勇者を導き、魔王を倒させたと言います。しかしそこまでの道のり、勇者も無傷とはいかなかったでしょう。むしろ途中で死んでもおかしくなかった任務を成し遂げ、生還したからこそ、勇者は称えられたのです。
そんな苦難を与えた女神エリスは、悪ですか?」
「そんなわけはない」
なにを言うのだと、ディーンはぎょっと目を剥いた。
おおよそ勇者に憧れを抱き、親元を離れて観光まで行った子供の言うことには思えない。
それとも、憧れだからこそその存在に苦難を与えた女神エリスが嫌いなのだろうか。
「女神様は、勇者を偉業へとお導きになったのだよ。彼ならできるとわかっていたから、あえて苦難の道を進ませたのだ」
「わかっていたから。では、女神エリスは、全ての人間の行動を見守っておられるということになりますね」
ディーンは子供がどういう意図で発言しているのかわからない。
故に、真意を読み取ろうと会話を続けた。
「人を正しき道へと導くのが女神エリス。ならば、善い行いの者には褒美を与え、悪しき行いの者には罰を与える。それは当然の摂理では?」
「……経典に女神がそのようなことをするとは、載っていない」
「勇者の話も載っていませんよ」
反論は、できなかった。
この数日何度も話題に出た物語だ。
純粋な憧れを抱く幼子に対して噤んだ口を、今更開くことはできない。
「良い子には聖人からプレゼントがもらえる。悪い子には怖い魔物がやってくる。絵本を開いて聞かせてくれたことは、全て嘘ですか?」
「そんな、ことは」
「それなら人々の心には、多少の差はあれどあるはずですよ。『あいつは悪いことをしたから罰が当たったのだ』と、人の不幸を当然のこととする気持ちが」
いつの間にか日は傾き、斜陽の橙が広場を照らす。
世界が同じ色に染まっていくにも関わらず、ビリーの瞳は青のままだった。
海が、囁く。
「ディーン。貴方の心は、許される」
やがて話し終えたディーンに向かってかけられた言葉は、余計な装飾を削ぎ落とされた、ひどくこざっぱりとした感想だった。
「貴方は優しい人だ、ディーン。身近な、それも奥方を亡くされて動揺しない者はいない。全く関係のない者にその苛立ちをぶつけたって、事情を知る者は同情を込めて貴方を見るばかりでしょう。なのに、自分が悪いと内側に封じ込めるなんて」
「関係のない者に危害を加えれば、それは悪だ、ビリー」
「それはどうでしょう?」
ぽつり。
投げかけられた疑問に、ディーンは眉をひそめて隣へと視線を向けた。
「例えば、女神エリス」
子供は、ディーンの方を向いてはいなかった。
自身に向けた問答のような問いかけは、どこかに見本文でもあるかのようにつらつらと言葉が重ねられている。
「かの神は勇者を導き、魔王を倒させたと言います。しかしそこまでの道のり、勇者も無傷とはいかなかったでしょう。むしろ途中で死んでもおかしくなかった任務を成し遂げ、生還したからこそ、勇者は称えられたのです。
そんな苦難を与えた女神エリスは、悪ですか?」
「そんなわけはない」
なにを言うのだと、ディーンはぎょっと目を剥いた。
おおよそ勇者に憧れを抱き、親元を離れて観光まで行った子供の言うことには思えない。
それとも、憧れだからこそその存在に苦難を与えた女神エリスが嫌いなのだろうか。
「女神様は、勇者を偉業へとお導きになったのだよ。彼ならできるとわかっていたから、あえて苦難の道を進ませたのだ」
「わかっていたから。では、女神エリスは、全ての人間の行動を見守っておられるということになりますね」
ディーンは子供がどういう意図で発言しているのかわからない。
故に、真意を読み取ろうと会話を続けた。
「人を正しき道へと導くのが女神エリス。ならば、善い行いの者には褒美を与え、悪しき行いの者には罰を与える。それは当然の摂理では?」
「……経典に女神がそのようなことをするとは、載っていない」
「勇者の話も載っていませんよ」
反論は、できなかった。
この数日何度も話題に出た物語だ。
純粋な憧れを抱く幼子に対して噤んだ口を、今更開くことはできない。
「良い子には聖人からプレゼントがもらえる。悪い子には怖い魔物がやってくる。絵本を開いて聞かせてくれたことは、全て嘘ですか?」
「そんな、ことは」
「それなら人々の心には、多少の差はあれどあるはずですよ。『あいつは悪いことをしたから罰が当たったのだ』と、人の不幸を当然のこととする気持ちが」
いつの間にか日は傾き、斜陽の橙が広場を照らす。
世界が同じ色に染まっていくにも関わらず、ビリーの瞳は青のままだった。
海が、囁く。
「ディーン。貴方の心は、許される」
0
あなたにおすすめの小説
花鳥見聞録
木野もくば
ファンタジー
花の妖精のルイは、メジロのモクの背中に乗って旅をしています。ルイは記憶喪失でした。自分が花の妖精だったことしか思い出せません。失くした記憶を探すため、さまざまな世界を冒険します。
記憶を取り戻して真実を知った時、ルイとモクの選ぶ道は?
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
リストラされた42歳、確率の向こう側へ。~なぜか俺の選択肢がすべて正解になる件~
RIU
ファンタジー
「君には今月いっぱいで席を空けてもらいたい」 42歳、独身、社畜。会社のために尽くしてきた柏木誠は、理不尽な理由でリストラされた。 絶望の中、雨の神社で野良猫を助けた彼は、不思議な光と共に【確率固定】という異能――「無意識に正解を選び続ける豪運」を手に入れる。
試しに買った宝くじは10億円当選。 復讐心に燃える元上司を袖にし、元天才投資家の美女をパートナーに迎えた柏木は、その豪運で現代社会を無双していく。
「俺の選択に間違いはない。なぜなら、確率の方が俺に合わせるからだ」
枯れたおじさんが資産と余裕を手に入れ、美女たちに頼られながら、第2の人生を謳歌する痛快サクセスストーリー!
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる