二度目の語りはどうあれ花よ

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語らなかった話

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堅志郎は申し訳ないな、と思うことがあった。
己の人生全てを語り尽くしたつもりでいたが、ロッテの言う、『コイバナ』とやらは結局語れていないのではないか、と。

曰く、死ぬ直前まで己が鈍すぎるせいということらしいのだが。

それには断固物申したかったが、到底不可能なことであった。

「……あの、」
「ん?」
「一旦離れませんか、熊様」

囲いこむように、千熊に抱きしめられているからである。



死後の再会を果たし、年若い娘の前で大号泣をかました直後のことだ。
己の迂闊な発言のせいで、『自分が熊様に惚れた時』のことを語る羽目になった。
よりによってご本人の前で。

しかしこれに最後の抵抗、とばかりに堅志郎は待ったをかけたのだ。

自分が申し出た条件は熊様が自分のことを好いていることである。
それは果たされていないのだから暴露する必要はない、と。

端的に言えば、
「熊様だって私のこと別に好きじゃないでしょ!」
と言いはなったのである。

これによりその場の空気は凍ったし、体感温度は五度ほど下がった。
アントニアは後に
『わからせ発生RTAを目の当たりにした』
と語る。



「好きに使ってよい部屋はあるか」
と、地獄から響くような声で千熊が尋ねる。

「お二人が宿泊できる個室をご用意しています」
と、ロッテが答える。

「防音はしっかりしてるし必要な用品はチェスト、えーと寝具脇の小箪笥に入れてあります。
説明文見てもらえれば使い方は大体わかるかと」
と、アントニアが補足を加える。

「うむ。
馬鹿犬の件に加えて、これらによりおれを勝手に呼び出したことについては不問といたそう」
「ご采配、感謝いたします」
娘二人が頭を下げる。

こうして堅志郎がなにも口を挟めぬまま、千熊によって宛がわれた個室に持ち運ばれた。
宿泊施設らしきそこには足の高い寝具が二つあったが、当然のように同じ寝具に乗り込み、今に至る。

「あ、の、いったいなにを」
「貴様は本当に馬鹿だな、馬鹿犬」
「なんでぇ?」

再会直後の唐突な罵声だったが、注がれる眼差しはどこまでも柔らかい。

そういえば、お顔つきも柔らかくなった、と堅志郎は抱きしめられながら気づく。
つり上がった眼光は少し丸くなり、わずかながら目尻に皺が刻まれている。
どの年頃の肉体であるかはわからないが、堅志郎の知らない千熊であることは間違いなかった。

「なに、言いたくないのであればこちらから言ってやるまでよ」

さり。
不意に顔を撫でられる。
たこのいくつかできた、固い手だ。

剣を振って、暴れることがお好きな方だった。
白魚のような指にいくつも傷を作って、それでも大口を開けて笑う快活な方だった。

ほっそりとしていたはずの指はふしくれだっていて、頬にくっつけられると少しけばだっているのがわかった。
なのに触れられることが嫌だとは思わなくて、むしろ、

「好きだ、堅志郎」
「は、」

一瞬、心を読み上げられたかと思った。
自分の身長をあっという間に越した背丈は少し丸まって、どれ程かはわからないが自分よりも長く生きた年月が琥珀のように濃密に折り重なり、千熊の瞳に光を灯す。

「そういう、のは、奥方様にとっておいた方がよろしいのでは」
「堅志郎、馬鹿犬、いまここで貴様を抱き潰さないおれの我慢強さに心の底から感謝せい。
奥方などおらぬ。
おれは生涯独り身だった」
「でも、あの時嫁をとろうと思う、と、」
「子を成すことは城主の務めであるものな。
ならば今は?
身分は関係ない、守るべき民衆も国もない、今この時のおれの言葉は建前抜きの本心だと思わんか?」

ああそうだ、と。
はたと思い出したように千熊は堅志郎に問いかける。

「堅志郎。
貴様、召喚されてからなにを口にした」
「え?えぇと、差し入れられた現世のお茶とお菓子ですね」
「それ以外は?」
「食べておりませ、ぬ、が」

どうしてそんなことを、と続けることは叶わなかった。
顎を軽く掴まれ、開いた口に千熊が覆い被さる。
ぬるり、と入り込んだのは熱い舌の感触。

「!? んんーーっ?!」

なにが起こったのか現状を理解する前に、舌の方が先に動く。

「ふ、く、んぅう」

上顎を舐められ、歯列をなぞり、舌同士を絡ませる。

「ん……ふ……っ、ふ……」

じゅ、ちゅく、と唇を食まれながら唾液を交換し、と、そのようなことが体感時間にして十分以上は続いた。

「はひゅ、かは……っ、はーー……っ」

ぷは。
糸を引いた粘液が粒となって落ちていく。
口を解放された頃には、足りなくなった酸素と突然叩き込まれた快楽に、堅志郎は息も絶え絶えになっていた。

「生きておった頃はなにを口にしておるかわからん犬であったからな。
うむ、こうして存分に口吸いができるのはよい」

一方で。
ちろりと大活躍の舌をしまい、千熊は満足そうだった。
ふるふると震える肉厚の耳をつまみ、前に倒れそうなそれをぺろりとめくる。
手触りのよい毛が生えそろった耳蓋の内側に顔を近づけると、確実に堅志郎に聞こえる声量で囁き始めた。

「実は口が性感帯なのも愛い」
「びゃっ」
「快楽に弱すぎて、夜伽毎に抱き潰されぬよう対策を打ってくるくせに毎度負けてはひゃんひゃん啼く負け犬のような振る舞いもかわいらしい」
「べつにっ、負けてるわけでは」

震える声で反論するも、抱きしめる手が着物をかき分け撫でる胸が、きゅんきゅんと兆し始めている時点で説得力は皆無に等しい。

「熊様熊様と駆け寄り呼ぶ声が好きだ」
「ひ、」
「馬鹿のようになんの曇りもなくおれに笑いかけるその顔が好きだ」
「あの、」
「そのくせ斜め上の発想でおれを引っかき回す、その頓珍漢さもなんだかんだで好いておる」
「ひゃめてくだしゃい……」

口吸いの時点で既に真っ赤に染まっていた頬は、いよいよ煙すら出しそうだった。
耳の毛をかきわけ、撫でられるたびにびくんびくんと跳ねる身体がぎりぎり陥落しないのは、余所様のお宅で発情するわけにはいかぬという意地である。

「これだけ愛しているのに、それを欠片も理解されないのは悲しいものだなぁ?
堅志郎、わかったならさっさと降参せい」
「わ、かった、わかりました、だから離してください!」
「いやだ、このまま続ける」
「なんでぇ!」

横には愛しい人の胸板。
反対側にはがっちりと固められた愛しい人の腕。
下は愛しい人の太もも。
上は愛しい人の顔、と暖簾のように被さる髪。

完全に逃げ場をなくされたと、堅志郎は器用にも顔を赤くしたり青くしたりした。

「では申せ、まずは最初だ」
「……」
「仕置きが足りんならそう言え」
「ぇあーー……!」

頬をつままれ、かぱりと開けさせられた口に全力で拒否しながら、もはや籠の中の鳥ならぬ犬と化した堅志郎は滝のような汗を流していた。
もはや観念するしかない。
現状をいやというほど理解しているが、それでも堅志郎にはどうしても確認しておかねばならないことがあった。

「げ、幻滅しませんか」
「せん」
「今までずっと、下心を隠して家来として偽ってたんだって、がっかりしませんか」
「それはおれもそうだからなんとも言えん。
堅志郎はおれに失望したか」

問い返された質問にそんなわけない、と即答して。
それでも長い沈黙を乗り越え、いい加減痺れを切らした千熊に服をひん剥かれそうになって、ようやく堅志郎は吐いた。

「……寺で……」
「お」
「腹をすかせていた熊様に、おにぎりをあげた翌日。
『このおれに握り飯を献上するとは、なかなかできた犬ではないか!』と、あの、
……頭を、撫でてもらった時です」

ぱちくり。
予想の斜め上の返答に、千熊は目を瞬かせた。
まさか望月の下で盟約を交わした時よりも更に前、既に惚れられていたとは思っていなかったのだ。

これに対し、呆れられたと思ったのか、堅志郎は真っ赤に茹であがった顔を手で隠してじたじたと暴れた。

「だから言いたくなかったんですよ!
自分でも単純すぎるとは思ってたんです、でもあの時撫でられたのも褒められたのも、……はじめて、だったから……」

死肉を喰らう獣の子。
予備品以上の価値を持たぬ四男。
家族に人でなしと疎まれ、寺の者からは厳粛な生活を求められて子供として甘えることなどできなかったことを思えば、

どうにも、甘美な毒を与えてしまったらしい。
自省する千熊の口元は緩んでいる。
己も堅志郎から同じような毒を与えられたのだから、おあいことも言えた。

「愛いなぁ。馬鹿で、単純で、賢くて複雑怪奇で、実に愛い」
「熊さ、ま゛っ?!」

堅志郎の声がひっくり返る。
撫でていた手を胸元へ移動させて、千熊は、
べり。
堅志郎の袷を強引に割り開いた。

顔よりも日に焼けていない肌の色、薄いが割れた腹筋に、少し色の濃くなった双丘が乳白色の照明の下であらわになる。

「あの、あの、もう、言ったから、仕置きとやら、は、ないんですよね?」
「仕置きはないが、まぐあいは存分にやるつもりだぞ。
貴様、自分の発言には責任を持たんか」

貴様が言ったのであろう。
『後から『あれは熊様が好きだと感じていたのでは……?』と感じたところ全部暴露してもいいくらいあり得ないよ!』
と。

ひゅご、己の首を己で締めた堅志郎の喉がかわいそうな音を立てた。

「でででででも、それと私を脱がすのはなんの関係が!」
「んんー? 誘いを掛けたのは貴様の方だぞ、堅志郎」

にま、と唇の端を吊り上げる千熊の悪どい笑い方に、堅志郎は覚えがあった。
大概が夜伽の折に、いじめて鳴かせて啼かせて泣かせて、ずたぼろのボロ雑巾のようになった堅志郎を見下ろして、酒の肴にする時に浮かべている表情だった。

「ぷんぷん匂うぞ、貴様が夜伽で使う強壮剤の匂いが」

ぐ、と腹を押される。
皮膚に指が埋まり、その奥の肉へと圧迫感にも似た刺激が届く。
信じられない面持ちで、堅志郎はそれを否定しようとした。
そんなもの、服用した覚えはない、と。

はたと止まる。
そんなもの、は長い時を経て、菓子に改良されたのではなかったか。
確か、チョコレートとやら。
お茶請けとして、ロッテが大袋に大量に用意していた中に入っていたような。

ぶあ、と沸いたのはからかいによる羞恥か、効能が今になって効きはじめたか。

「まってください、あれは厳密に言えば強壮剤でなくただのお菓子で!」
「だがそれを強壮剤として使っていた貴様には効果覿面だろう」
「一度死んだ身でそういったことをするのは!」
「一度死んだが召喚されて肉体を得た。欲もわくのは当然だ」
「人の家で、そういうことをするのは、」
「あんとにあから承諾は得ておる」
「……せめて身を清めさせてくださ……」
「召喚したての身体に汚れなどあるものか。ああ、準備のための道具ならここにあるぞ」

一つずつ丁寧に反論を潰されて、挙げ句の果てにがらりと開いたのは寝具の脇にある小箪笥。
どれも見たことのない面妖な見た目であったが、おそらくそういう用途なのだろうな、といやというほど察することができた。

万策尽きて涙目で震えるしかない堅志郎に、鬼がにたりと笑う。

「あまり喉は酷使するなよ、堅志郎。
おれの好きなところをこれから上げていってもらうのだから」

気の遠くなるような年月を待たせた罰だ、とでも言わんばかりに。
その笑みは、それはそれは愉しそうだったという。


《おわり》
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