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【第二章】拾われ男子、スパダリ社長に囲われ中
1.試してるはずが、手放せない
side 掛水 涼
オフィスに出社すると、和真が待ち構えていたみたいに近づいてきた。
「おはよう、涼」
「おはよう」
挨拶もそこそこに、和真は探るような目で俺を見る。
「涼、なんか幸せそうだな」
「は?」
「……で、颯太くんはどうなの?」
即座に核心。
さすが、長い付き合いだけある。
「問題ないね。むしろ、出来すぎだよ」
「へえ。具体的にはどんな感じ?」
頭に浮かぶのは、キッチンに立つ姿と少し緊張した笑顔。
「料理も家事も完璧。朝起きたら、もう朝食ができてた」
「いいね。早起きなんだ」
和真が、意味ありげに笑った。
「で、寂しがり屋の涼に聞くけど」
「……何」
「一緒に寝たんだろ?」
「……ああ」
「どうだった?」
少し間を置いて、正直に答える。
「温かかったし、可愛かった」
和真がぱちりと目を瞬かせる。
「もちろん、手は出してないよ」
「涼、それ……」
「何だよ」
「完全に惚れてるじゃん」
呆れ顔の和真にそう言われて、反論しようとしたのに言葉が出てこない。
颯太を抱きしめた時の感触。
柔らかくて温かくて、ほのかにいい匂いがして。
「絶対、好きになってるよな」
断言されて、黙って視線を逸らす。
「へぇ。沈黙が答えか」
「……うるさい」
自覚はある。でも、認めたくなかった。
社長としては失格だな。
試用期間中の相手に、こんな感情を持つなんて。
「でも、試すんだよな」
「……ああ」
俺は、人を簡単に信用できない。
三年前。
起業したばかりの頃に雇った社員に裏切られた。
信じていた分だけ、深く刺さった。
あの感覚は今でも忘れられない。
それ以来、俺は人を雇うとき、必ず“試す”。
和真だけは例外だ。
学生時代からの友人で、唯一信頼している。
「あのさ、涼」
和真がタブレットを差し出してきた。
「これ」
「え?」
「颯太くんの身辺調査、終わったんだけど」
画面に表示された文字を追う。
折井颯太、21歳。
学籍情報、バイト履歴、住民票の移動。
倉城家の雇用契約書。
どれも一見すると、普通。
問題は――。
『大学三年生で中退。倉城家で使用人として勤務、半年後に解雇。理由は窃盗の疑い』
“窃盗”……?
嫌な言葉が胸に引っかかる。
……颯太が。
「よりによって、窃盗疑惑か」
思わず声が低くなる。
三年前の件以来、俺は人を見る目が極端に慎重になった。
いや、“慎重”なんて生優しいもんじゃない。
だからこそ、今回の颯太は異例だった。
一晩で家に入れて、一緒に寝て。
しかも「温かかった」なんて思う始末。
朝、包丁を握っていた細い手。
控えめな笑顔。遠慮がちに俺を見る視線。
「……どう考えても、窃盗とは結びつかないな」
「なるほどね」
和真はタブレットを操作し、画面を切り替える。
「なんか曖昧すぎるんだよな。金額や盗品の記載なし、被害届なし。警察沙汰にもなっていない」
「……ふうん」
金持ちの家で起きる“疑惑”の大半は、真実じゃなくて都合だ。
――例えば。
気に入らなくなった。
逆らった。
邪魔になった。
だから、“わざと盗まれたことにして解雇する”場合がある。
「……和真。詳しく調べて」
「もう調べてる。証拠が出たら、すぐ報告する」
「ありがとう」
タブレットを置き、窓の外に目を向ける。
高層ビルの隙間に沈みかける夕日が、オフィスの床に長い影を落としていた。
颯太が、窃盗。
その言葉だけが、頭の中で反響する。
もし、それが事実だったら。
俺はあの子を――颯太を追い出すのか。
喉が、ひくりと鳴った。
……いや。
胸の奥で、何かが強く拒否する。
俺は――。
「……信じる」
理由なんて、もうどうでもよかった。
*
夕方、マンションに戻る。
玄関に颯太の靴があるのを見ただけで、胸の奥がほどける。
リビングの扉を開けた瞬間、ふわっと漂ってくる温かい匂い。
それだけで張り詰めていた神経が緩む。
……ああ。
会社では社長でも。
ここに帰れば、俺はただの男で。
「ただいま」
「涼さん! おかえりなさい」
キッチンから顔を出した颯太が、柔らかく笑う。
可愛いな。
「今日は早いですね」
「……うん。仕事が、思ったより早く片付いた」
声が少し硬くなる。
颯太は気づいた様子もなく、エプロンを外した。
「そうなんですね。でも、ちょうどよかった。夕飯、できたとこなんで!」
「ありがとう」
テーブルに並んだ料理を見て、思わず目を見張った。
鶏肉と大根の煮物。
ほうれん草のお浸し。
豆腐とわかめの味噌汁。
炊きたてのご飯。
……完璧すぎる。
「いただきます」
煮物を一口。
大根は芯まで柔らかく、鶏の旨味がしっかり染みている。
「……うまいね。本当に」
「よかったです」
俺の生活は、ずっと外食かデリバリーだった。
家は、寝るための箱みたいな場所。
でも今は違う。
湯気の立つ味噌汁。
向かいに座る颯太。
清潔で、あたたかい部屋。
……ここは、ちゃんと“帰る場所”だ。
「ありがとう。美味しかったよ」
「……どういたしまして」
照れたように視線を逸らす颯太。
その仕草ひとつで、胸の奥が痛む。
この子を、手放したくないな。
「颯太」
「なんですか?」
「今日も、一緒に寝てくれる?」
「はい」
即答だった。
その素直さが、嬉しい。
ベッドに入ると、自然と颯太を抱き寄せる。
「あの、涼さんって……」
「ん?」
「抱きしめるの、好きなんですか?」
「うん。なんか落ち着くんだよね」
「へぇ……。俺、抱き枕になった気分です」
それは、ほとんど本能みたいなもので。
――颯太を助けたあの日も。
最初から、きっと。
「颯太、おやすみ」
「……おやすみなさい」
腕の中で、颯太の呼吸がゆっくり整っていく。
……もし何かあっても、俺が守る。
小さく息を吐いて、抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。
オフィスに出社すると、和真が待ち構えていたみたいに近づいてきた。
「おはよう、涼」
「おはよう」
挨拶もそこそこに、和真は探るような目で俺を見る。
「涼、なんか幸せそうだな」
「は?」
「……で、颯太くんはどうなの?」
即座に核心。
さすが、長い付き合いだけある。
「問題ないね。むしろ、出来すぎだよ」
「へえ。具体的にはどんな感じ?」
頭に浮かぶのは、キッチンに立つ姿と少し緊張した笑顔。
「料理も家事も完璧。朝起きたら、もう朝食ができてた」
「いいね。早起きなんだ」
和真が、意味ありげに笑った。
「で、寂しがり屋の涼に聞くけど」
「……何」
「一緒に寝たんだろ?」
「……ああ」
「どうだった?」
少し間を置いて、正直に答える。
「温かかったし、可愛かった」
和真がぱちりと目を瞬かせる。
「もちろん、手は出してないよ」
「涼、それ……」
「何だよ」
「完全に惚れてるじゃん」
呆れ顔の和真にそう言われて、反論しようとしたのに言葉が出てこない。
颯太を抱きしめた時の感触。
柔らかくて温かくて、ほのかにいい匂いがして。
「絶対、好きになってるよな」
断言されて、黙って視線を逸らす。
「へぇ。沈黙が答えか」
「……うるさい」
自覚はある。でも、認めたくなかった。
社長としては失格だな。
試用期間中の相手に、こんな感情を持つなんて。
「でも、試すんだよな」
「……ああ」
俺は、人を簡単に信用できない。
三年前。
起業したばかりの頃に雇った社員に裏切られた。
信じていた分だけ、深く刺さった。
あの感覚は今でも忘れられない。
それ以来、俺は人を雇うとき、必ず“試す”。
和真だけは例外だ。
学生時代からの友人で、唯一信頼している。
「あのさ、涼」
和真がタブレットを差し出してきた。
「これ」
「え?」
「颯太くんの身辺調査、終わったんだけど」
画面に表示された文字を追う。
折井颯太、21歳。
学籍情報、バイト履歴、住民票の移動。
倉城家の雇用契約書。
どれも一見すると、普通。
問題は――。
『大学三年生で中退。倉城家で使用人として勤務、半年後に解雇。理由は窃盗の疑い』
“窃盗”……?
嫌な言葉が胸に引っかかる。
……颯太が。
「よりによって、窃盗疑惑か」
思わず声が低くなる。
三年前の件以来、俺は人を見る目が極端に慎重になった。
いや、“慎重”なんて生優しいもんじゃない。
だからこそ、今回の颯太は異例だった。
一晩で家に入れて、一緒に寝て。
しかも「温かかった」なんて思う始末。
朝、包丁を握っていた細い手。
控えめな笑顔。遠慮がちに俺を見る視線。
「……どう考えても、窃盗とは結びつかないな」
「なるほどね」
和真はタブレットを操作し、画面を切り替える。
「なんか曖昧すぎるんだよな。金額や盗品の記載なし、被害届なし。警察沙汰にもなっていない」
「……ふうん」
金持ちの家で起きる“疑惑”の大半は、真実じゃなくて都合だ。
――例えば。
気に入らなくなった。
逆らった。
邪魔になった。
だから、“わざと盗まれたことにして解雇する”場合がある。
「……和真。詳しく調べて」
「もう調べてる。証拠が出たら、すぐ報告する」
「ありがとう」
タブレットを置き、窓の外に目を向ける。
高層ビルの隙間に沈みかける夕日が、オフィスの床に長い影を落としていた。
颯太が、窃盗。
その言葉だけが、頭の中で反響する。
もし、それが事実だったら。
俺はあの子を――颯太を追い出すのか。
喉が、ひくりと鳴った。
……いや。
胸の奥で、何かが強く拒否する。
俺は――。
「……信じる」
理由なんて、もうどうでもよかった。
*
夕方、マンションに戻る。
玄関に颯太の靴があるのを見ただけで、胸の奥がほどける。
リビングの扉を開けた瞬間、ふわっと漂ってくる温かい匂い。
それだけで張り詰めていた神経が緩む。
……ああ。
会社では社長でも。
ここに帰れば、俺はただの男で。
「ただいま」
「涼さん! おかえりなさい」
キッチンから顔を出した颯太が、柔らかく笑う。
可愛いな。
「今日は早いですね」
「……うん。仕事が、思ったより早く片付いた」
声が少し硬くなる。
颯太は気づいた様子もなく、エプロンを外した。
「そうなんですね。でも、ちょうどよかった。夕飯、できたとこなんで!」
「ありがとう」
テーブルに並んだ料理を見て、思わず目を見張った。
鶏肉と大根の煮物。
ほうれん草のお浸し。
豆腐とわかめの味噌汁。
炊きたてのご飯。
……完璧すぎる。
「いただきます」
煮物を一口。
大根は芯まで柔らかく、鶏の旨味がしっかり染みている。
「……うまいね。本当に」
「よかったです」
俺の生活は、ずっと外食かデリバリーだった。
家は、寝るための箱みたいな場所。
でも今は違う。
湯気の立つ味噌汁。
向かいに座る颯太。
清潔で、あたたかい部屋。
……ここは、ちゃんと“帰る場所”だ。
「ありがとう。美味しかったよ」
「……どういたしまして」
照れたように視線を逸らす颯太。
その仕草ひとつで、胸の奥が痛む。
この子を、手放したくないな。
「颯太」
「なんですか?」
「今日も、一緒に寝てくれる?」
「はい」
即答だった。
その素直さが、嬉しい。
ベッドに入ると、自然と颯太を抱き寄せる。
「あの、涼さんって……」
「ん?」
「抱きしめるの、好きなんですか?」
「うん。なんか落ち着くんだよね」
「へぇ……。俺、抱き枕になった気分です」
それは、ほとんど本能みたいなもので。
――颯太を助けたあの日も。
最初から、きっと。
「颯太、おやすみ」
「……おやすみなさい」
腕の中で、颯太の呼吸がゆっくり整っていく。
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