【完結】クズ御曹司に嵌められた俺が、スパダリ社長に拾われて溺愛されてます

砂原紗藍

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【第一章】住む場所も仕事も、ゼロからの一歩

2.拾われた俺の現在地

涼さんが用意してくれた、真新しいTシャツとスウェット。
袖を通すと、柔らかい布地が肌に馴染んだ。

「……あったかい」

洗面所の鏡を覗くと、さっきよりほんの少しだけ顔色が戻っている。

目の下のクマは相変わらずだけど、死にかけの顔からは脱した感じ。

……生き返った、ってこういうことかも。

リビングへ戻ると、涼さんはソファに腰掛けていた。
スーツ姿じゃなく、ラフな部屋着。
それだけで、距離が縮まった気がする。

やっぱり、かっこいいな。

「さっぱりした?」

涼さんが振り返って、柔らかく笑った。

……この人、優しすぎる。

路上で倒れた他人に、着替えもシャワーも用意してくれるなんて。

「あの、本当にありがとうございました」
「気にしなくていいよ。放っておけなかっただけ」

涼さんは軽く言うけど、俺にとっては命拾いレベルなんだよね。

「何かお礼がしたいんですけど、俺……今ほとんどお金なくて。それ以外なら、何でもします」

言ってから気づく。

……あ、これ、言い方まずかったかも。

「ふっ」

案の定、涼さんが小さく笑った。

「あ、笑わないでくださいよ」
「いや、ごめん。素直すぎてさ」

少し間を置いて、俺を見る。

「でも……無理する必要ない。今の颯太は休むのが仕事」

……休むのが、仕事。

そんな言葉、今まで言われたことないし。

「だって……」
「それに、“何でもします”は危ないよ」

そう言って、俺の頭を軽く撫でる。

「俺が悪い人だったらどうする」

距離が近い。
心臓がうるさい。

「……かわいいな」

ぽつりと落とされたその一言で、思考が一瞬止まった。

え、今なんて?

「覚えときな。助けられたからって、全部差し出す必要はないよ」

なんだろう。
この人の前だと、妙に力が抜ける。

もっと一緒にいたい。
もっと話したい。

そんな気持ちが、勝手に膨らんでいく。

「ていうかさ、颯太。ちゃんと食べてる?」

図星を突かれて、言葉に詰まる。

「……最近、あまり」
「だと思った」

涼さんは立ち上がると、スマホを手に取った。

「何か頼もうか」
「あ、俺が作ります!」

思わず声が大きくなる。
自分でも驚くくらい必死だった。

「御礼させてください。料理、得意なんです」

涼さんが一瞬考えてから、柔らかく笑う。

「じゃあ、お願いしようかな。ただし、無理はしない条件で」
「はい。冷蔵庫、使わせてもらえますか?」
「どうぞ」

キッチンに立つ。
冷蔵庫を開けると、最低限の食材は揃っていた。

卵、豆腐、ネギ、鮭。

……よし、和食にしよう。

焼き鮭、卵焼き、味噌汁、ご飯。

手を動かしていると、不思議と心が落ち着く。
包丁のリズム。
魚の焼ける匂い。
湯気の立つ鍋。

……こういう時間、好きなんだよね。

「いい匂いだね」

背後から声がして、少し肩が跳ねる。

「もうすぐできます」

テーブルに料理を並べる。

「いただきます」

涼さんが一口食べて、目を細めた。

「……うまい」
「本当に?」
「うん。外食より好きかも」

さらっと重いこと言う。

「颯太、料理上手いね」
「ありがとうございます」
「これは武器だよ」
「え?」
「人の心を掴むやつだ」

嬉しくて、思わず口元が緩む。

食事を終えて、片付けを済ませる。

キッチンの水音が止んで、部屋に静けさが戻る。
なんだか名残惜しい。

でも……ここは他人の家だ。
いつまでも居座るわけにはいかない。

「……じゃあ、そろそろ帰ります」

立ち上がろうとした、その時。

「颯太、送るよ」
「いえ、大丈夫です」
「遠慮しなくていい」

穏やかな声。
有無を言わせない感じじゃないのに、不思議と逆らえない響き。

……でも。
俺には、帰る場所なんてない。

玄関の方へ向きかけた足が、止まる。

「……あの、実は」
「ん?」
「今、帰る場所がなくて……」

言い終わると同時に、視線が落ちる。
涼さんの表情が、少しだけ変わった。

「……話、聞いてもいい?」
「はい」

涼さんに促されて、ソファに座る。

急かすでも責めるでもなくて、ただ静かに俺を待っている。

……この人の前だと、嘘をつくのがしんどい。

「使用人として、住み込みで働いてたんです」
「うん」

言葉を選びながら、できるだけ淡々と。

「でも……急に“もう来なくていい”って言われて」
「理由は?」

一瞬、喉が詰まる。

濡れ衣のこと。健人にされたこと。
そこだけは、喉の奥で引っかかって、出てこなかった。

「……特に、ちゃんとは」

涼さんはそれ以上追及しなかった。

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