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【第二章】拾われ男子、スパダリ社長に囲われ中
2.疑われても、ここにいたい
side 折井 颯太
目覚まし時計が鳴る前に目が覚めた。
隣では涼さんがまだ眠っている。
静かにベッドを抜け出して、カーテンを少しだけ開ける。
朝日が差し込んで、部屋が柔らかく明るくなった。
キッチンに立つと、今日の献立を考えるのが実は楽しみで。
涼さんに満足してもらえたらいいなぁ、なんて。
……ていうか、ちゃんと役に立ててるんだろうか。
試用期間って、何をどこまで見られてるんだろう。
「……考えても仕方ないか」
小さく息を吐いて、フライパンに火をつける。
肉を焼く音。タレの甘辛い匂い。
「お、いい匂いだね」
振り返ると、キッチンの入り口に涼さんが立っていた。
寝癖のついた髪に、まだ眠そうな目。
「起こしちゃいました?」
「ううん。颯太が作ってる音で、幸せに目が覚めた」
……そんな言い方、ずるいんだけど。
「もうすぐできます」
「ん、楽しみ」
盛り付けを終えて、テーブルに並べる。
「はい、生姜焼き定食です」
「わあ……いただきます」
一口食べて、涼さんの表情がぱっと明るくなった。
「これ、最高……」
「そうですか?」
「玉ねぎの甘みと生姜のバランスが絶妙。ご飯が止まらない」
次々と箸を進める涼さんを見て、自然と頬が緩む。
「俺、外食ばっかりだったけど、颯太の料理が一番好き」
「……え?」
一瞬間が空いて、涼さんが続ける。
「というか、颯太が作ってくれるってだけで、もう嬉しい」
顔が熱くなるのを誤魔化すように、自分の茶碗を持ち上げる。
「こんな朝が当たり前になるなら、もう昔の生活には戻れないな」
「……それは、ずるいです」
「何が?」
「頑張っちゃうじゃないですか」
「うん。俺のために頑張らせたい」
涼さんが優しく笑う。
その笑顔を見ていたら、ここにいていいんだって思えた。
「じゃ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
玄関で見送って、ドアが閉まる。
少しだけ残る、涼さんの気配。
よし、と気持ちを切り替えて掃除を始める。
リビングに掃除機をかけていると、ソファのクッションの隙間に何か挟まっているのに気づいた。
「ん……?」
引き抜くと、黒い革の財布。
これ、涼さんのだ。
……ていうか、財布なんか忘れて大丈夫なのかな。
スマホを取り出して、涼さんにメッセージを送る。
『ソファに財布が挟まってました。リビングのテーブルに置いておきます』
すぐ、返信が来る。
『ありがとう。助かる』
ほっとして掃除を続ける。
窓を拭きながら、ふと倉城家での日々を思い出す。
あの家では、こんなふうに自然に報告することさえ怖かった。
何を言っても信じてもらえない気がしてた。
「……頑張らなきゃな」
窓ガラスに映る自分に向かって、小さく呟いた。
キッチンに戻って、夕飯の準備を始める。
涼さんは和食が好き。
「鯖の味噌煮かな」
丁寧に下処理をして、落とし蓋をして煮込む。
洗い物をしていると、和真さんから連絡が入った。
『颯太くん、ちょっとお願いがあるんだけど』
『はい、何でしょう?』
『これから30分後くらいにマンションに寄るね。預かってもらいたいものがあるんだ』
『分かりました』
……預かるもの?
ちょっと胸がざわざわした。
――30分後、インターホンが鳴る。
モニターを確認すると、和真さんが立っていた。
「こんにちは」
「悪いね、颯太くん」
「いえ」
玄関で迎えると、和真さんは封筒を差し出してきた。
「これ、涼の部屋に置いといてくれる?」
「分かりました」
両手で受け取ろうとした、その時。
「ねぇ、颯太くん」
「はい」
「この中身、君の調査書」
……え。
一瞬、頭が真っ白になる。
「調査……書?」
心臓が、ドクンと鳴った。
「涼、慎重だからさ。人を雇う時は必ずやるんだ」
「……そう、なんですね」
声が少し震えたのが、自分でも分かった。
調査。
つまり――俺の過去。
倉城家のことも。あの“疑惑”も。
和真さんは、一瞬だけ俺の顔をじっと見てから、いつもの穏やかな声で言った。
「別に悪意はないよ。ただの確認だから」
「……はい」
「じゃあ、よろしくね」
和真さんは優しく笑って、玄関を出ていった。
……見ちゃいけない。
これは涼さんのものだ。
書斎に行って、封筒をそっとデスクに置く。
もし、あの“窃盗疑惑”を知られたら。
やってないって、信じてもらえるのかな。
……正直、自信はない。
あの家では、俺の言葉は一度も信用されなかった。
それでも。
俺は――ここにいたい。
涼さんの隣で朝を迎えて。
ご飯を作って、見送って。
夜、また同じベッドに入って。
その小さな日常を、失いたくなかった。
*
玄関の鍵が開く音がして、胸が少しだけ跳ねる。
「ただいま」
「おかえりなさい」
スーツ姿の涼さんは、ちょっと疲れていた。
「あの……和真さんから、封筒預かってます」
「ありがとう」
「夕飯、できてるので」
「助かる。少し休んでから食べよう」
お茶を出すと、涼さんは一口飲んで、ふうっと息を吐いた。
「颯太は気が利くね」
「そんな……」
「財布も、連絡してくれてありがとう」
「いえ」
涼さんが書斎に向かう。
……ドキドキする。
しばらくして戻ってきた涼さんの表情が、少し柔らかい。
「颯太」
「……はい」
「封筒、開けなかったんだね」
「はい。涼さん宛だったので」
「中身、気にならなかった?」
「……気には、なりました」
喉が少し詰まって、うまく声が出なかった。
「正直でいいね」
「でも、見ちゃいけないと思って」
素直に答えると、涼さんが笑った。
「うん。ありがとう」
「……いえ」
戸惑う俺の頭を、涼さんの手がそっと撫でる。
「気づいたらさ……もう当たり前みたいに、家に颯太がいる」
その言葉が、胸の奥に静かに落ちてきた。
「……じゃあ、ご飯食べようか」
話題を切り替えるみたいに言って、涼さんはテーブルに向かう。
食卓に並んだ料理を見て、箸を取る。
「……うまい。味がしっかり染みてる」
「よかったです」
「料理、本当に上手だな」
その何気ない一言が、救いみたいに響いた。
――夜。
ベッドに入ると、自然に腕が伸びてきて、抱き寄せられる。
「颯太」
「……はい」
「逃げないでね」
「……え?」
冗談みたいな声なのに、腕の力は少しだけ強くなる。
「ここ、君の場所だから」
……そんな言葉、初めてもらった。
涼さんの腕の中は、温かくて。
心臓の音は規則正しくて。
……ここなら、大丈夫かもしれないって思ってしまう。
依存しちゃいけない。
期待しすぎちゃいけない。
そう分かってるのに。
胸に頬を寄せながら、このまま離れたくないって思ってしまう自分がいる。
「……あ、そうだ」
「はい?」
「前の職場のこと、話したくなったら聞くから」
「……ありがとうございます」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
言葉にできない過去があることを、涼さんには見透かされてる気がした。
――それでも追及されないのが、ありがたかった。
目覚まし時計が鳴る前に目が覚めた。
隣では涼さんがまだ眠っている。
静かにベッドを抜け出して、カーテンを少しだけ開ける。
朝日が差し込んで、部屋が柔らかく明るくなった。
キッチンに立つと、今日の献立を考えるのが実は楽しみで。
涼さんに満足してもらえたらいいなぁ、なんて。
……ていうか、ちゃんと役に立ててるんだろうか。
試用期間って、何をどこまで見られてるんだろう。
「……考えても仕方ないか」
小さく息を吐いて、フライパンに火をつける。
肉を焼く音。タレの甘辛い匂い。
「お、いい匂いだね」
振り返ると、キッチンの入り口に涼さんが立っていた。
寝癖のついた髪に、まだ眠そうな目。
「起こしちゃいました?」
「ううん。颯太が作ってる音で、幸せに目が覚めた」
……そんな言い方、ずるいんだけど。
「もうすぐできます」
「ん、楽しみ」
盛り付けを終えて、テーブルに並べる。
「はい、生姜焼き定食です」
「わあ……いただきます」
一口食べて、涼さんの表情がぱっと明るくなった。
「これ、最高……」
「そうですか?」
「玉ねぎの甘みと生姜のバランスが絶妙。ご飯が止まらない」
次々と箸を進める涼さんを見て、自然と頬が緩む。
「俺、外食ばっかりだったけど、颯太の料理が一番好き」
「……え?」
一瞬間が空いて、涼さんが続ける。
「というか、颯太が作ってくれるってだけで、もう嬉しい」
顔が熱くなるのを誤魔化すように、自分の茶碗を持ち上げる。
「こんな朝が当たり前になるなら、もう昔の生活には戻れないな」
「……それは、ずるいです」
「何が?」
「頑張っちゃうじゃないですか」
「うん。俺のために頑張らせたい」
涼さんが優しく笑う。
その笑顔を見ていたら、ここにいていいんだって思えた。
「じゃ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
玄関で見送って、ドアが閉まる。
少しだけ残る、涼さんの気配。
よし、と気持ちを切り替えて掃除を始める。
リビングに掃除機をかけていると、ソファのクッションの隙間に何か挟まっているのに気づいた。
「ん……?」
引き抜くと、黒い革の財布。
これ、涼さんのだ。
……ていうか、財布なんか忘れて大丈夫なのかな。
スマホを取り出して、涼さんにメッセージを送る。
『ソファに財布が挟まってました。リビングのテーブルに置いておきます』
すぐ、返信が来る。
『ありがとう。助かる』
ほっとして掃除を続ける。
窓を拭きながら、ふと倉城家での日々を思い出す。
あの家では、こんなふうに自然に報告することさえ怖かった。
何を言っても信じてもらえない気がしてた。
「……頑張らなきゃな」
窓ガラスに映る自分に向かって、小さく呟いた。
キッチンに戻って、夕飯の準備を始める。
涼さんは和食が好き。
「鯖の味噌煮かな」
丁寧に下処理をして、落とし蓋をして煮込む。
洗い物をしていると、和真さんから連絡が入った。
『颯太くん、ちょっとお願いがあるんだけど』
『はい、何でしょう?』
『これから30分後くらいにマンションに寄るね。預かってもらいたいものがあるんだ』
『分かりました』
……預かるもの?
ちょっと胸がざわざわした。
――30分後、インターホンが鳴る。
モニターを確認すると、和真さんが立っていた。
「こんにちは」
「悪いね、颯太くん」
「いえ」
玄関で迎えると、和真さんは封筒を差し出してきた。
「これ、涼の部屋に置いといてくれる?」
「分かりました」
両手で受け取ろうとした、その時。
「ねぇ、颯太くん」
「はい」
「この中身、君の調査書」
……え。
一瞬、頭が真っ白になる。
「調査……書?」
心臓が、ドクンと鳴った。
「涼、慎重だからさ。人を雇う時は必ずやるんだ」
「……そう、なんですね」
声が少し震えたのが、自分でも分かった。
調査。
つまり――俺の過去。
倉城家のことも。あの“疑惑”も。
和真さんは、一瞬だけ俺の顔をじっと見てから、いつもの穏やかな声で言った。
「別に悪意はないよ。ただの確認だから」
「……はい」
「じゃあ、よろしくね」
和真さんは優しく笑って、玄関を出ていった。
……見ちゃいけない。
これは涼さんのものだ。
書斎に行って、封筒をそっとデスクに置く。
もし、あの“窃盗疑惑”を知られたら。
やってないって、信じてもらえるのかな。
……正直、自信はない。
あの家では、俺の言葉は一度も信用されなかった。
それでも。
俺は――ここにいたい。
涼さんの隣で朝を迎えて。
ご飯を作って、見送って。
夜、また同じベッドに入って。
その小さな日常を、失いたくなかった。
*
玄関の鍵が開く音がして、胸が少しだけ跳ねる。
「ただいま」
「おかえりなさい」
スーツ姿の涼さんは、ちょっと疲れていた。
「あの……和真さんから、封筒預かってます」
「ありがとう」
「夕飯、できてるので」
「助かる。少し休んでから食べよう」
お茶を出すと、涼さんは一口飲んで、ふうっと息を吐いた。
「颯太は気が利くね」
「そんな……」
「財布も、連絡してくれてありがとう」
「いえ」
涼さんが書斎に向かう。
……ドキドキする。
しばらくして戻ってきた涼さんの表情が、少し柔らかい。
「颯太」
「……はい」
「封筒、開けなかったんだね」
「はい。涼さん宛だったので」
「中身、気にならなかった?」
「……気には、なりました」
喉が少し詰まって、うまく声が出なかった。
「正直でいいね」
「でも、見ちゃいけないと思って」
素直に答えると、涼さんが笑った。
「うん。ありがとう」
「……いえ」
戸惑う俺の頭を、涼さんの手がそっと撫でる。
「気づいたらさ……もう当たり前みたいに、家に颯太がいる」
その言葉が、胸の奥に静かに落ちてきた。
「……じゃあ、ご飯食べようか」
話題を切り替えるみたいに言って、涼さんはテーブルに向かう。
食卓に並んだ料理を見て、箸を取る。
「……うまい。味がしっかり染みてる」
「よかったです」
「料理、本当に上手だな」
その何気ない一言が、救いみたいに響いた。
――夜。
ベッドに入ると、自然に腕が伸びてきて、抱き寄せられる。
「颯太」
「……はい」
「逃げないでね」
「……え?」
冗談みたいな声なのに、腕の力は少しだけ強くなる。
「ここ、君の場所だから」
……そんな言葉、初めてもらった。
涼さんの腕の中は、温かくて。
心臓の音は規則正しくて。
……ここなら、大丈夫かもしれないって思ってしまう。
依存しちゃいけない。
期待しすぎちゃいけない。
そう分かってるのに。
胸に頬を寄せながら、このまま離れたくないって思ってしまう自分がいる。
「……あ、そうだ」
「はい?」
「前の職場のこと、話したくなったら聞くから」
「……ありがとうございます」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
言葉にできない過去があることを、涼さんには見透かされてる気がした。
――それでも追及されないのが、ありがたかった。
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