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【第二章】拾われ男子、スパダリ社長に囲われ中
4.夜に告げられた答え
side 折井 颯太
キッチンに戻って、使った食器を流しに運ぶ。
蛇口をひねると、水の音だけが響いた。
――今日の夜、話したいことがあるんだ。
その言葉が、頭から離れない。
話したいこと。
今日でちょうど試用期間も終わる。
……もしかして。
「大丈夫、大丈夫……」
涼さんは優しい人だ。いきなり突き放すようなことはしないはず。
それでも、不安は消えない。
スポンジを握る指に、少し力が入る。
涼さん、調査書見たよね。
俺の過去も、倉城家を辞めた理由も、知ったはず。
“窃盗の疑い”
でも、俺は何も盗んでいない。
健人には執拗に付きまとわれて、気づいたら逃げ場のない場所に立たされていた。
拒んだ途端、罪をでっち上げられて、追い出された。
でも――
やってないっていう証拠なんてどこにもない。
いくら涼さんだって、数日前に出会ったばかりの俺を信用できるはずがないよね。
期待しちゃだめだ。
勘違いしちゃだめだ。
泡だらけの皿をすすぎながら、無意識に自分に言い聞かせる。
優しくされたからって。
居場所をくれたからって。
――過去は消えない。
掃除をしても、洗濯をしても、頭の片隅に「夜の話」のことが引っかかる。
「……夕飯、何にしようかな」
届いた食材は新鮮で、種類も多い。
涼さんが注文してくれているんだと思う。
よし、今日は肉豆腐ときんぴらごぼうにしよう。
喜んでくれるかな。
あ……。
そっか、これが最後の夕飯作りになるかも。
涼さんさ、いつも「美味しい」って言ってくれる。
「ありがとう」って、ちゃんと目を見て言ってくれる。
それはつまり、役に立っていたってことだ。
雇って正解だった、という評価で。
俺は試用期間中のハウスキーパーだから。
掃除ができて、料理ができて、余計なことを言わなくて。
求められたことを、静かにこなすだけ。
それ以上、欲張っちゃいけない。
「……はあ」
ため息をついて、リビングを見回す。
広くて、綺麗で、静かな部屋。
ここに来てまだ数日なのに、もう居場所だと思ってしまう自分がいる。
胸の奥に、ちくりと小さな痛みが走る。
思い出すのは、あの目。
真っ直ぐで、静かで、迷いのない視線。
「ここ、君の場所だから」
低い声で、そう言ってくれた。
信じたい。でも、怖い。
なんだか自分がよくわからない。
今この時間が、急に脆いものに思えてきた。
「……俺、どうしたらいいんだろ」
誰もいない部屋で、小さく呟く。
答えは返ってこない。
*
夜。
玄関の音がして、思わず背筋が伸びた。
涼さんが……帰ってきた。
「ただいま」
「涼さん、おかえりなさい」
声が震えたかも。
一日中、この瞬間のことを考えていた。
朝からずっと、胸の奥に小さな石が引っかかっている。
涼さんは靴を脱ぎながら、こちらを見る。
「どうしたの?」
不思議そうに首を傾げられて、視線が逸れる。
「……なんでもないです」
「顔に出てるよ」
苦笑されて、ばれてたかと観念する。
俺、そんなにわかりやすいかな。
「かわいいね」
「えっ……」
不意打ちみたいな言葉に、耳が熱くなる。
夕飯を並べて、向かい合って食べる。
いつも通りの味なのに、今日は箸が少し重い。
でも、涼さんは笑って「美味しい」と言ってくれた。
食器を洗って、拭いて、棚に戻す。
そして――リビングのソファに、向かい合って座った。
「颯太」
「……はい」
涼さんが、真っ直ぐこちらを見る。
ダメだ。
今の俺には、いつもみたいに穏やかに笑うことは出来そうもない。
「試用期間のこと、ちゃんと話すね」
「うん」
「実は……颯太のこと、試してた」
え……?
一瞬、意味が分からなかった。
「試すって……」
「財布も、封筒も。全部、わざと」
わざと。
頭が真っ白になる。
「颯太がどう反応するか、見てた」
そうか。あれは全部、試験だったんだ。
心臓がぎゅっと縮む。
「ごめん」
涼さんが心配そうに覗き込んでくる。
でも、不思議と怒りは湧かなかった。
「いえ、当然だと思います」
「え?」
「だって、知らない人間を家に入れるんだもん。信用できるか確認するのは、当たり前ですよね」
そう答えると、涼さんが驚いたように目を見開いた。
「颯太……」
「むしろ、試してくれてありがとうございます。ちゃんと見極めようとしてくれたってことですもんね」
涼さんが顔を上げて、真っ直ぐこちらを見る。
その反応に、少しだけ不安になる。
……変なこと言ったかな。
“試されて当然”なんて。
本当は、ちょっと寂しかったくせに。
でも、涼さんはすぐに表情を緩めて、真っ直ぐ俺を見た。
「颯太。正式採用、決定」
「……え! 本当ですか……?」
「うん。文句なし」
涼さんが立ち上がって、こちらに近づいてくる。
そして――ぎゅっと、抱きしめられた。
「え……」
「ありがとう、颯太」
涼さんの声が、すぐそばで聞こえる。
「これからも、よろしくね」
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
目頭が熱くなるのを必死に堪える。
ここに、いていいんだ。
涼さんの隣に、いていいんだ。
「颯太、泣いてる?」
「な、泣いてません」
「声が震えてるよ」
優しく背中を撫でられて、もう我慢できなくなった。
「……嬉しくて」
「うん」
涼さんの手が、そっと俺の頬に触れる。
親指で涙を拭われて、思わず顔を上げた。
目が合う。
至近距離で見つめられて、息が止まりそうになる。
「ここにいていいんだって思ったら……」
「当たり前だよ。颯太の居場所は、ここだから」
そう言って、涼さんが優しく笑った。
居場所。それは――
名前を呼ばれて、帰ってきていいと言われる場所。
「ありがとうございます……涼さん」
「どういたしまして」
涼さんは少し照れたみたいに笑った。
腕の中は、思っていた以上に温かい。
「それとさ」
「はい?」
「ずっと思ってたんだけど、敬語じゃなくていいよ」
「え?」
「呼び方も。涼さんじゃなくて、涼でいい」
「……涼」
「うん。颯太」
嬉しそうな声が聞こえた。
「もう一回」
「え?」
「もう一回、俺の名前呼んで」
「……涼」
「ん。いいね」
満足そうに笑って、次の瞬間、更にきつく抱きしめられる。
一度楽になった呼吸が、また苦しくなった。
「あとね。もう一つ、伝えたいことがあるんだ」
「え?」
涼さんの腕の力が少し緩んで、少しだけ体が離れる。
顔を上げると、そこには俺を見つめる真剣な瞳があった。
キッチンに戻って、使った食器を流しに運ぶ。
蛇口をひねると、水の音だけが響いた。
――今日の夜、話したいことがあるんだ。
その言葉が、頭から離れない。
話したいこと。
今日でちょうど試用期間も終わる。
……もしかして。
「大丈夫、大丈夫……」
涼さんは優しい人だ。いきなり突き放すようなことはしないはず。
それでも、不安は消えない。
スポンジを握る指に、少し力が入る。
涼さん、調査書見たよね。
俺の過去も、倉城家を辞めた理由も、知ったはず。
“窃盗の疑い”
でも、俺は何も盗んでいない。
健人には執拗に付きまとわれて、気づいたら逃げ場のない場所に立たされていた。
拒んだ途端、罪をでっち上げられて、追い出された。
でも――
やってないっていう証拠なんてどこにもない。
いくら涼さんだって、数日前に出会ったばかりの俺を信用できるはずがないよね。
期待しちゃだめだ。
勘違いしちゃだめだ。
泡だらけの皿をすすぎながら、無意識に自分に言い聞かせる。
優しくされたからって。
居場所をくれたからって。
――過去は消えない。
掃除をしても、洗濯をしても、頭の片隅に「夜の話」のことが引っかかる。
「……夕飯、何にしようかな」
届いた食材は新鮮で、種類も多い。
涼さんが注文してくれているんだと思う。
よし、今日は肉豆腐ときんぴらごぼうにしよう。
喜んでくれるかな。
あ……。
そっか、これが最後の夕飯作りになるかも。
涼さんさ、いつも「美味しい」って言ってくれる。
「ありがとう」って、ちゃんと目を見て言ってくれる。
それはつまり、役に立っていたってことだ。
雇って正解だった、という評価で。
俺は試用期間中のハウスキーパーだから。
掃除ができて、料理ができて、余計なことを言わなくて。
求められたことを、静かにこなすだけ。
それ以上、欲張っちゃいけない。
「……はあ」
ため息をついて、リビングを見回す。
広くて、綺麗で、静かな部屋。
ここに来てまだ数日なのに、もう居場所だと思ってしまう自分がいる。
胸の奥に、ちくりと小さな痛みが走る。
思い出すのは、あの目。
真っ直ぐで、静かで、迷いのない視線。
「ここ、君の場所だから」
低い声で、そう言ってくれた。
信じたい。でも、怖い。
なんだか自分がよくわからない。
今この時間が、急に脆いものに思えてきた。
「……俺、どうしたらいいんだろ」
誰もいない部屋で、小さく呟く。
答えは返ってこない。
*
夜。
玄関の音がして、思わず背筋が伸びた。
涼さんが……帰ってきた。
「ただいま」
「涼さん、おかえりなさい」
声が震えたかも。
一日中、この瞬間のことを考えていた。
朝からずっと、胸の奥に小さな石が引っかかっている。
涼さんは靴を脱ぎながら、こちらを見る。
「どうしたの?」
不思議そうに首を傾げられて、視線が逸れる。
「……なんでもないです」
「顔に出てるよ」
苦笑されて、ばれてたかと観念する。
俺、そんなにわかりやすいかな。
「かわいいね」
「えっ……」
不意打ちみたいな言葉に、耳が熱くなる。
夕飯を並べて、向かい合って食べる。
いつも通りの味なのに、今日は箸が少し重い。
でも、涼さんは笑って「美味しい」と言ってくれた。
食器を洗って、拭いて、棚に戻す。
そして――リビングのソファに、向かい合って座った。
「颯太」
「……はい」
涼さんが、真っ直ぐこちらを見る。
ダメだ。
今の俺には、いつもみたいに穏やかに笑うことは出来そうもない。
「試用期間のこと、ちゃんと話すね」
「うん」
「実は……颯太のこと、試してた」
え……?
一瞬、意味が分からなかった。
「試すって……」
「財布も、封筒も。全部、わざと」
わざと。
頭が真っ白になる。
「颯太がどう反応するか、見てた」
そうか。あれは全部、試験だったんだ。
心臓がぎゅっと縮む。
「ごめん」
涼さんが心配そうに覗き込んでくる。
でも、不思議と怒りは湧かなかった。
「いえ、当然だと思います」
「え?」
「だって、知らない人間を家に入れるんだもん。信用できるか確認するのは、当たり前ですよね」
そう答えると、涼さんが驚いたように目を見開いた。
「颯太……」
「むしろ、試してくれてありがとうございます。ちゃんと見極めようとしてくれたってことですもんね」
涼さんが顔を上げて、真っ直ぐこちらを見る。
その反応に、少しだけ不安になる。
……変なこと言ったかな。
“試されて当然”なんて。
本当は、ちょっと寂しかったくせに。
でも、涼さんはすぐに表情を緩めて、真っ直ぐ俺を見た。
「颯太。正式採用、決定」
「……え! 本当ですか……?」
「うん。文句なし」
涼さんが立ち上がって、こちらに近づいてくる。
そして――ぎゅっと、抱きしめられた。
「え……」
「ありがとう、颯太」
涼さんの声が、すぐそばで聞こえる。
「これからも、よろしくね」
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
目頭が熱くなるのを必死に堪える。
ここに、いていいんだ。
涼さんの隣に、いていいんだ。
「颯太、泣いてる?」
「な、泣いてません」
「声が震えてるよ」
優しく背中を撫でられて、もう我慢できなくなった。
「……嬉しくて」
「うん」
涼さんの手が、そっと俺の頬に触れる。
親指で涙を拭われて、思わず顔を上げた。
目が合う。
至近距離で見つめられて、息が止まりそうになる。
「ここにいていいんだって思ったら……」
「当たり前だよ。颯太の居場所は、ここだから」
そう言って、涼さんが優しく笑った。
居場所。それは――
名前を呼ばれて、帰ってきていいと言われる場所。
「ありがとうございます……涼さん」
「どういたしまして」
涼さんは少し照れたみたいに笑った。
腕の中は、思っていた以上に温かい。
「それとさ」
「はい?」
「ずっと思ってたんだけど、敬語じゃなくていいよ」
「え?」
「呼び方も。涼さんじゃなくて、涼でいい」
「……涼」
「うん。颯太」
嬉しそうな声が聞こえた。
「もう一回」
「え?」
「もう一回、俺の名前呼んで」
「……涼」
「ん。いいね」
満足そうに笑って、次の瞬間、更にきつく抱きしめられる。
一度楽になった呼吸が、また苦しくなった。
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「え?」
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