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【第五章】甘やかされて、愛されて
4.緊張がほどけたら、予約された
この人、涼より年上に見えるけど……誰だろう。
すっと背筋が伸びていて、無駄な動きがひとつもない。
「あ、兄さん」
兄さん……?
てことは、この人が涼の一番上のお兄さん?
言われてみればちょっと似てる。
でも、涼とはまた違う種類の“きちんとした人”っぽい。
「は、はじめまして。折井颯太といいます。本日はお世話になります」
「掛水俊です。涼の兄です」
男性は落ち着いた声でそう名乗り、軽く頭を下げた。
「弟がいつも世話になっているそうだね」
「いえ、あの……お世話になってるのは、むしろ俺の方で」
こちらも慌てて頭を下げる。
ちゃんと返せているのか自信がなくて、内心は落ち着かない。
そんな様子を察したのか、涼が庇うように少し前に出た。
「兄さん、颯太は慣れてないから。あんまり緊張させないで」
「そうか、悪かった」
淡々と返しながらも、俊さんはもう一度こちらを見た。
「今日はよろしく、颯太くん」
「よろしくお願いします」
俊さんは仁さんとは全然違う雰囲気だ。
落ち着いてて、静かで、ちょっと近寄りがたいタイプかも。
涼とも仲が悪いわけじゃなさそう。
でも、馴れ合う感じでもない。
必要なことだけ交わして、あとは踏み込まない――そんな距離感。
俊さんが涼に何か確認するように視線を向け、短く頷いて離れていく。
「颯太、あっち行こうか」
「うん」
奥の広い和室には、すでに親族が集まっているみたいだ。
涼の半歩後ろに控える形で、軽く頭を下げながら挨拶していく。
「ねえ、ちょっといい?」
挨拶が一段落した頃、四十代くらいの女性が俺に近づいてきた。
「あなた、涼くんとこのお手伝いさんなのよね?」
「あ、えっと……はい」
“お手伝いさん”という言葉に、一瞬だけ胸の奥がちくりとしたけど、今日はそういう立場で来ているのは事実だ。
「ちょっと子どもたち見ててもらえるかしら。大人のお喋りに飽きちゃってて」
廊下を見ると、数人の子どもたちが手持ち無沙汰にうろうろしていた。
「あの、颯太は子守とか……」
「わかりました」
引き受けた俺を見て、涼が何か言いたそうにこっちを見たけど、大丈夫という意味で小さく首を振った。
子どもたちが退屈しているのは本当だし、今日は俺にできることをするだけ。
「涼、ちょっと」
そのタイミングで涼に声がかかる。
「ほら、行って。こっちは任せて」
「……わかった」
廊下に出た途端、数人の子どもたちの視線が一斉にこっちへ向いた。
「……だれ?」
「さっきの人だ」
「ねえねえ!」
ぱたぱたと足音が近づいてきて、気づけば自然と輪の真ん中に立たされていた。
思わずしゃがんで目線を合わせると、子どもたちがいっせいに口を開いた。
「ひまだった!」
「お母さんたちずっとしゃべってるもん!」
「ぼくたちここにいろって言われた!」
口々に不満を訴えてくる様子がなんだか可笑しくて、思わず笑ってしまう。
「そっか。じゃあ、ちょっとだけ一緒に待ってようか」
そう言うと、すぐ隣にいた小さな女の子が遠慮がちに手を掴んできた。
小さくてあったかくて、びっくりするくらい無防備な手。
すると今度は反対側から男の子が言う。
「これ見せてあげる!」
「ねえこっち来て!」
袖を引かれたり、腕にぶら下がられたり、遠慮なんてまるでない。
「ねえおにいちゃん、名前なに?」
「颯太。折井颯太っていうんだ」
「そうた!」
「そうたおにいちゃん、ここすわって!」
「ぼくとなり!」
「だめ、わたしが先!」
取り合いみたいになっているのを見て、思わず苦笑する。
「順番ね。ちゃんとみんなの隣行くから」
廊下には相変わらず子どもたちの声が響いていて、さっきまでの緊張が、いつの間にか抜けていた。
「そうたおにいちゃん、これ見て!」
小さな手が、くしゃっとした折り紙を差し出してくる。
受け取ると、折り目が少しよれていた。
「折ったの?」
「……うん。でも変になっちゃった」
さっきまで元気だったのに、急にしょんぼりした声になる。
「変じゃないよ。ちょっと直したら、もっとかっこよくなるだけ」
そう言いながら、その子の隣にしゃがみ込む。
「一緒にやってみよっか」
「……うん」
小さな指をそっと誘導して、折り目をなぞらせる。
「ここ、ぎゅーってしすぎなくていいよ。やさしくね」
「やさしく……こう?」
顔を上げて見せてくるそれは、少し歪だけど、ちゃんと形になっていた。
「ほら、いいじゃん。さっきよりずっといい」
「ほんと?」
「ほんと。ちゃんとできてるよ」
指さして言うと、ぱあっと顔が明るくなる。
その様子を見ていた周りの子たちが、すぐに寄ってきた。
「わたしもやりたい!」
「ぼくも!」
気づけば完全に囲まれていた。
「え、ちょ、順番ね?」
「やだ、ぼく先!」
「わたしが先ー!」
ひとりずつ相手をしながら、「ここ上手」「その色いいね」「ちゃんとできてるよ」って声をかけていくと、みんな得意げな顔になる。
「そうたおにいちゃん、すき!」
「え、あ、ありがと……」
こんな真正面から好意ぶつけられると普通に照れるんだけど。
「ぼくも!」
「わたしもすき!」
一斉に距離を詰められる。
ちょ、ちょっと待って、近い近い。
気づけば両腕を捕まれ、背中にまでくっつかれて、完全に逃げ場がない。
「……ずいぶん懐かれてるね」
聞き慣れた低い声が、頭の上から落ちてきた。
「涼」
顔を上げると、少し呆れたみたいな、でもどこか面白がってるような表情で立っている。
「すごいね、それ」
「……俺もびっくりしてるんだけど」
「そうたおにいちゃん、だめ!」
「いまお話してるの!」
「取らないで!」
……取らないで?
そのやり取りを見下ろして、涼がふっと笑う。それから小さく息をついて、子どもたちと同じ目線までしゃがんできた。
「この人、ちょっとだけ俺にも返してくれる?」
そう言って、俺の腕にしがみついていた子の頭を優しく撫でる。
“返して”って言ったよね、この人。
子どもたちは顔を見合わせて、しぶしぶ、という様子で少しだけ距離を空けた。
「……ありがとう」
周りに気づかれないくらいの距離で、そっと腕を引かれた。
「涼、近い……」
「さっきからずっと見てたけど」
「見てたの!?」
「颯太って、ほんと誰にでも好かれるよね」
「普通に相手してただけだよ」
「それができるのがすごいんだって」
肩に手を置いたまま、涼は子どもたちを見る。
それからこちらに顔を近づけて、少しだけ声を落とした。
「あとで俺の時間もとってね」
「……なに張り合ってるの」
思わず小声で突っ込むと、涼はほんの少しだけ笑った。
「ちょっと羨ましいなって」
そのまま、ぽん、と俺の頭に触れる。
「手伝ってくれてありがとう」
「まだ何もしてないよ」
「してるよ、十分」
「そうたおにいちゃん!」
また袖を引かれて振り向くと、子どもたちが待ちきれない顔でこっちを見ていた。
その様子を見て、涼が小さく息をつく。
「……ほら、行ってあげて」
「いいの?」
「気を抜くと抱きしめたくなるから。それに、あとでちゃんと返してもらうよ」
その言い方が、やけに甘くて。
「なにそれ」
「予約だよ」
真顔で言われて、余計に顔が熱くなった。
すっと背筋が伸びていて、無駄な動きがひとつもない。
「あ、兄さん」
兄さん……?
てことは、この人が涼の一番上のお兄さん?
言われてみればちょっと似てる。
でも、涼とはまた違う種類の“きちんとした人”っぽい。
「は、はじめまして。折井颯太といいます。本日はお世話になります」
「掛水俊です。涼の兄です」
男性は落ち着いた声でそう名乗り、軽く頭を下げた。
「弟がいつも世話になっているそうだね」
「いえ、あの……お世話になってるのは、むしろ俺の方で」
こちらも慌てて頭を下げる。
ちゃんと返せているのか自信がなくて、内心は落ち着かない。
そんな様子を察したのか、涼が庇うように少し前に出た。
「兄さん、颯太は慣れてないから。あんまり緊張させないで」
「そうか、悪かった」
淡々と返しながらも、俊さんはもう一度こちらを見た。
「今日はよろしく、颯太くん」
「よろしくお願いします」
俊さんは仁さんとは全然違う雰囲気だ。
落ち着いてて、静かで、ちょっと近寄りがたいタイプかも。
涼とも仲が悪いわけじゃなさそう。
でも、馴れ合う感じでもない。
必要なことだけ交わして、あとは踏み込まない――そんな距離感。
俊さんが涼に何か確認するように視線を向け、短く頷いて離れていく。
「颯太、あっち行こうか」
「うん」
奥の広い和室には、すでに親族が集まっているみたいだ。
涼の半歩後ろに控える形で、軽く頭を下げながら挨拶していく。
「ねえ、ちょっといい?」
挨拶が一段落した頃、四十代くらいの女性が俺に近づいてきた。
「あなた、涼くんとこのお手伝いさんなのよね?」
「あ、えっと……はい」
“お手伝いさん”という言葉に、一瞬だけ胸の奥がちくりとしたけど、今日はそういう立場で来ているのは事実だ。
「ちょっと子どもたち見ててもらえるかしら。大人のお喋りに飽きちゃってて」
廊下を見ると、数人の子どもたちが手持ち無沙汰にうろうろしていた。
「あの、颯太は子守とか……」
「わかりました」
引き受けた俺を見て、涼が何か言いたそうにこっちを見たけど、大丈夫という意味で小さく首を振った。
子どもたちが退屈しているのは本当だし、今日は俺にできることをするだけ。
「涼、ちょっと」
そのタイミングで涼に声がかかる。
「ほら、行って。こっちは任せて」
「……わかった」
廊下に出た途端、数人の子どもたちの視線が一斉にこっちへ向いた。
「……だれ?」
「さっきの人だ」
「ねえねえ!」
ぱたぱたと足音が近づいてきて、気づけば自然と輪の真ん中に立たされていた。
思わずしゃがんで目線を合わせると、子どもたちがいっせいに口を開いた。
「ひまだった!」
「お母さんたちずっとしゃべってるもん!」
「ぼくたちここにいろって言われた!」
口々に不満を訴えてくる様子がなんだか可笑しくて、思わず笑ってしまう。
「そっか。じゃあ、ちょっとだけ一緒に待ってようか」
そう言うと、すぐ隣にいた小さな女の子が遠慮がちに手を掴んできた。
小さくてあったかくて、びっくりするくらい無防備な手。
すると今度は反対側から男の子が言う。
「これ見せてあげる!」
「ねえこっち来て!」
袖を引かれたり、腕にぶら下がられたり、遠慮なんてまるでない。
「ねえおにいちゃん、名前なに?」
「颯太。折井颯太っていうんだ」
「そうた!」
「そうたおにいちゃん、ここすわって!」
「ぼくとなり!」
「だめ、わたしが先!」
取り合いみたいになっているのを見て、思わず苦笑する。
「順番ね。ちゃんとみんなの隣行くから」
廊下には相変わらず子どもたちの声が響いていて、さっきまでの緊張が、いつの間にか抜けていた。
「そうたおにいちゃん、これ見て!」
小さな手が、くしゃっとした折り紙を差し出してくる。
受け取ると、折り目が少しよれていた。
「折ったの?」
「……うん。でも変になっちゃった」
さっきまで元気だったのに、急にしょんぼりした声になる。
「変じゃないよ。ちょっと直したら、もっとかっこよくなるだけ」
そう言いながら、その子の隣にしゃがみ込む。
「一緒にやってみよっか」
「……うん」
小さな指をそっと誘導して、折り目をなぞらせる。
「ここ、ぎゅーってしすぎなくていいよ。やさしくね」
「やさしく……こう?」
顔を上げて見せてくるそれは、少し歪だけど、ちゃんと形になっていた。
「ほら、いいじゃん。さっきよりずっといい」
「ほんと?」
「ほんと。ちゃんとできてるよ」
指さして言うと、ぱあっと顔が明るくなる。
その様子を見ていた周りの子たちが、すぐに寄ってきた。
「わたしもやりたい!」
「ぼくも!」
気づけば完全に囲まれていた。
「え、ちょ、順番ね?」
「やだ、ぼく先!」
「わたしが先ー!」
ひとりずつ相手をしながら、「ここ上手」「その色いいね」「ちゃんとできてるよ」って声をかけていくと、みんな得意げな顔になる。
「そうたおにいちゃん、すき!」
「え、あ、ありがと……」
こんな真正面から好意ぶつけられると普通に照れるんだけど。
「ぼくも!」
「わたしもすき!」
一斉に距離を詰められる。
ちょ、ちょっと待って、近い近い。
気づけば両腕を捕まれ、背中にまでくっつかれて、完全に逃げ場がない。
「……ずいぶん懐かれてるね」
聞き慣れた低い声が、頭の上から落ちてきた。
「涼」
顔を上げると、少し呆れたみたいな、でもどこか面白がってるような表情で立っている。
「すごいね、それ」
「……俺もびっくりしてるんだけど」
「そうたおにいちゃん、だめ!」
「いまお話してるの!」
「取らないで!」
……取らないで?
そのやり取りを見下ろして、涼がふっと笑う。それから小さく息をついて、子どもたちと同じ目線までしゃがんできた。
「この人、ちょっとだけ俺にも返してくれる?」
そう言って、俺の腕にしがみついていた子の頭を優しく撫でる。
“返して”って言ったよね、この人。
子どもたちは顔を見合わせて、しぶしぶ、という様子で少しだけ距離を空けた。
「……ありがとう」
周りに気づかれないくらいの距離で、そっと腕を引かれた。
「涼、近い……」
「さっきからずっと見てたけど」
「見てたの!?」
「颯太って、ほんと誰にでも好かれるよね」
「普通に相手してただけだよ」
「それができるのがすごいんだって」
肩に手を置いたまま、涼は子どもたちを見る。
それからこちらに顔を近づけて、少しだけ声を落とした。
「あとで俺の時間もとってね」
「……なに張り合ってるの」
思わず小声で突っ込むと、涼はほんの少しだけ笑った。
「ちょっと羨ましいなって」
そのまま、ぽん、と俺の頭に触れる。
「手伝ってくれてありがとう」
「まだ何もしてないよ」
「してるよ、十分」
「そうたおにいちゃん!」
また袖を引かれて振り向くと、子どもたちが待ちきれない顔でこっちを見ていた。
その様子を見て、涼が小さく息をつく。
「……ほら、行ってあげて」
「いいの?」
「気を抜くと抱きしめたくなるから。それに、あとでちゃんと返してもらうよ」
その言い方が、やけに甘くて。
「なにそれ」
「予約だよ」
真顔で言われて、余計に顔が熱くなった。
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